アデルとルエラとアナスタシア
装備を整えて、一行は聳え立つ雪山へと足を運んだ。
アデルは目標の「青い薔薇」へ向かってずんずん進んでいくが‥‥‥
「それでどこにあるのかわかっているのか? その【青い薔薇】とやらは」
俺は、俺たちのことを振り向きもせずにずんずんと進んでいるアデルに話しかけた。アデルの速さについていけているのは魔剣を宿している俺だけらしく、他のメンバーは辛うじて影が見えるくらい、後ろの方にいる。
まぁ万が一みんなが迷ったら、この「目」で探せば良いか。アデルは事情が事情だけに焦っているようだ。こちらを振り向かないまま口を開いた。
「あ、ああ‥‥‥。オリビアが、教えてくれた」
アデルは息切れしていた。当然だろうな。いくら鍛えているとはいえアデルは普通の人間だ。
『しかしその女神も辛えだろうなぁ。自分の愛した人の子孫が実の父親に虐げられて苦しんでいるのを、ただ見守るしかできないんだもんな。なぁヴァーリャ〜』
後ろからのんきなニーズヘッグの声が聞こえてきた。ヴァレリアの胸の谷間に挟まってぬくぬくしながら《俺にはそう見える》のたまう。
「そうですわね。辛かったでしょうね。きっと今も‥‥‥。どこかでアデルの姿を見て胸を痛めているのでしょうね」
『でもアデルは恩恵もらってるじゃーん。あーあ。俺様が助けた女神も、何かしら恩恵与えてくれないかなぁ〜』
「まぁニーズヘッグ! その方からはもう金の枝をもらっているのでしょう? それのおかげで私と会えたのですからそれで充分じゃないですか」
『うへへぐへへそうだよなぁ〜! ヴァーリャ〜!』
クソクソッ! あいつら何をイチャイチャしてるんだ??止めようにもアデルが急いでいるせいで‥‥‥。待てよアデルは普通の人間なんだよな。あまり急ぐのも体に悪い。それにルエラに片目をあげたせいであまり体が強くもないのだ。
「アデル! お前は普通の人間なんだ。無理はするなよ」
俺がそう声をかけると、アデルはピタリと歩を止めた。
「そ、そんなこと、言われたのは‥‥‥。初めてだ。ありがとうございます。すみません、俺ばかり急いでしまって」
そこで初めてアデルは後ろを振り向いた。
「あ、ああ! すみません! 俺、俺が急いだせいでヴァレリアさんたちがあんなところに! エリーさんも! 申し訳ない。ずっと一人でいたもので。その、誰かに合わせるとかそういう事考えられなくて‥‥‥」
「気にすんなよ。みんなお前と同じで腹に何か事情がある奴ばっかりだ。それがヴァレリア始め、仲間のおかげで少しずつ心を開けたんだ」
俺もその一人だ。
「それに見ろ。みんな文句一つ言わずにお前について来てる。まだ会ったばかりのお前を信じてついて来てるんだ。ありがたいじゃないか。感謝の言葉は、俺だけじゃなくて、あいつらにもかけてやってくれな」
アデルは後ろのメンバーを見て歩くのをやめた。その片目赤い瞳が、潤んで輝いて見えた。
【まだ会ったばかりのお前を信じてついて来てるんだ】
みんな、まだ会ったばかりの俺を信じて。
「待ってます。俺。みんなが俺、に追いつくまで」
「いいのか?」
「はい、いいんです。ここまでしてくれたのに俺、自分とルエラの事ばっかりで、みんなの事全然考えていなかった」
俺とルエラは、いつも二人だけで生きてきたから。
しばらくして、うっすらとこちらに手を振るヴァレリアの姿が見えた。
「アデル〜!!」
頬を赤くして、息をほんのり弾ませて。とびっきりの笑顔でヴァレリアが顔を見せた。
【アデルお兄ちゃん!】
ああ‥‥‥。ルエラ!!
あれからもうどのくらい会えていないだろう。
ベッドの上のやつれきった可哀想なルエラ。ルエラを助けるためなら、なんでもする! 何故だろう。ヴァレリアさんを見ると、ルエラを思い出す。
「お待たせしてしまいました!『青い薔薇』が咲いている場所はもうすぐですの?」
「‥‥‥。ああ」
「?? アデル、どうしました? どこか具合でも悪くなりましたか?」
【お兄ちゃん、大丈夫? いたいいたいなの?】
「うぅ」
頭が‥‥‥。割れそうに痛い。優しい言葉を言わないでくれ! 俺なんかに、優しくしないでくれ! その手の温もりを、俺に向けないでくれ!
「アデル?」
俺の顔を心配そうにヴァレリアさんが覗き込む。でも‥‥‥。俺なんかに。
「ヴァレリアさん」
「はい!」
ルエラとヴァレリアさんは、似ても似つかない。相反する存在なのに。虚弱なルエラと、快活なヴァレリアさん。なのに何故、こんなにも似ていると感じるんだろう。
「も、もう俺に‥‥‥。優しくしないでください。俺は、俺にはその優しさは眩しすぎる」
「えっ」
アデルは再び歩み始めた。
『ファー! アデルは相当拗らせてるな。多分自分の妹とヴァーリャを比較したりしてごちゃごちゃになっちゃったんだな』
「何故わかりますの?」
『長年生きてきた経験から! いや大体わかるだろ! ヴァーリャが鈍すぎるだけ!』
それにしてもヴァーリャも、入れ替わる前は虚弱だったんだがなぁ。
「アデル‥‥‥。昔の私と同じ事を言っていたわ。優しくしないでって」
『をん? アナスタシアの時? なんで? 優しくされた方がよかったんじゃねぇのか』
「虚弱な人はね、優しい言葉や、優しい人が怖いの」
なんで私なんかに、なんでこんな弱い自分なんかに優しくしてくれるんだろうって。もちろん優しくされるのは素直に嬉しいわ。
でも同時に泣きたくなるの。
申し訳なくてね。この人も、あの人も、こんな弱い自分に優しくするために、こんな自分の介護をするために、生まれてきたんじゃないのにって。
自分が虚弱だから。自分も好きでこんな弱い体に生まれたんじゃないのにって。生まれてきた意味を一日中考えて。勝手に傷ついて。泣いて泣いて。
だから、こんな自分に優しくされるのが怖かった。疑わしかった。この人たちの人生を、私に付き合う事でぶち壊しているんじゃないかって‥‥‥
【何故、こんな私なんかに】って。
『お、俺様はそんな事考えた事ないぞ!! なんだよ! ヴァーリャ! お前鈍いくせにそういうところだけ敏感なんだな! そんなじゃ生きにくいぞ!』
「ニーズヘッグ‥‥‥。分かってるわ。ごめんなさいね。今はヴァレリア様の体で、ヴァレリア様の気持ちもわかるわ。同時に虚弱な人を見ると、その人の痛みも。孤独も。悲しみも全部分かってしまうの」
ぎゅ!
「んんっ??」
「ヴァーリャ、お前はなんて優しいんだ。男というだけでいちいち嫉妬していた自分が恥ずかしい。ヴァーリャ、お前は本当に純粋に自分と同じ境遇のアデルとルエラを助けたかったんだな。大丈夫。たとえお前が病に倒れても、俺が今まで以上に優しくしてやる。甘やかしてやる。その辺は心配しなくていい。負い目を感じる事はない」
レクターがいきなり私を抱きしめてきて耳元で囁いた。いやいやいやいや、私ずっと前からそう言ってましたけど?? なんですの? それに抱きしめて耳元で囁くのやめてくれません?!//ドキドキしますわ!//
「二人とも何をやっているのですか?! いくら雪山といっても、敵がいないとは限らないのですよ。それにほら、アデルがまた待っていますわ」
やっと追いついたエリーが息を切らせて指を指す(若干怒って見える)。その指の先にはこちらに背を向けて一人佇むアデルの姿があった。
「まぁ、アデル」
不器用ながらも、私たちに歩み寄ってくれているのかしら?
「さあレクター離してください。アデルの元へ行きましょう? せっかくアデルが心を開き始めたのですから!」
ヴァレリア様はニーズヘッグに鈍いと言われていますが、他人の気持ちにはなかなか敏感です。
アデルは優しくされた事がないので混乱してるみたいですね。
これから先、少しずつ心を開けていけたらいいですね。あれ?前の話でもこんな事言ってた気が‥‥‥汗
アデル難しいんだよぉ〜!私にも心を開いてくれ!
ここまでお読みくださってありがとうございました!