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第90話 魔女の教え

 バンと大きな音を立てて、教室の扉が開かれる。その音と叫びに釣られて、私達二人が入り口を振り返ると、そこに居たのは一人の女子生徒だった。

 教室の扉を勢いよく開け放ったのは、唯一、付き添いにも見送りにも来なかった変態……ティファニーである。


 彼女は私達が何事かと尋ねる前に、右手を突き出して声を張り上げる。


「女教師サクラちゃんに相応しい服を持って来たよ!」


 ……内容は、そんなどうでもいい事だったのだが。

 何より先に口から漏れたため息を聞いても、ティファニーのやや狂気染みた笑顔が崩れる事はなかった。一人で何をしていたのかと思えば、そんな事を……。


 ここで一つ、はっきり言っておかねばなるまい。


「私は着ませんよ」

「えっ? 何で!?」

「着る理由がないでしょう。そもそも“あれ”だって別に気に入って着ているわけではありませんし」


 私の返答を聞いてティファニーは目を丸くする。まるで想定していなかった言葉を聞かされたとでも言いたげだ。

 逆に聞きたい。なぜこいつは私が女教師のコスプレをして配信に姿を見せると思っているのか。絶対に嫌だ。そんなの一生モノの恥ではないか。


 この場で唯一詳しい事情を知らないシファが、困惑の表情で私とティファニーを交互に窺う。断片的に得た情報でははっきりとこうだとは判断し難いのだろう。

 しかし、心情的にはどちらかと言えば……


「えぇと、授業用の衣装を作ってたって事でしょうか?」

「その通り!」

「もちろん彼女が勝手に、ですが」

「と、とりあえず見て見ませんか?」


 ……突然やって来た不審者よりも、素気無く断る私の方に反感を抱いているらしい。

 見てもどうせこいつの持って来た服なんて、可愛い一直線か、欲望丸出しのどちらかに決まっているのだが……初対面でそれを見抜くのは流石に不可能か。


 まぁそれを私の口から説明するというのも癪だ。いつの間にか近寄って来ていたティファニーに、私は服を見せる様に視線を送る。

 それを許可と受け取ったらしい彼女は、自分の魔法の書から黒い布地を取り出して見せた。それも一着ではない。こちらの制止が入らないのをいいことに、次々と出るわ出るわ服の数々。


 数人用の生徒用の机は、あっという間にティファニーのコスプレ衣装で埋め尽くされていった。

 そのあまりに様子に、最初は肩を持っていたシファも徐に顔を引きつらせていく。ティファニーは私達の胸中など知る由もなく、机の上から一着を掴み取り、そしてそれを恥ずかしげもなく私に見せつけた。


「これが一押し! やっぱり私はこのローライズのレザーショートパンツが……」

「却下。それ着て不特定多数に姿を見せろと?」

「次点はビキニとシースルーローブの組み合わせの……」

「あの、一応全年齢対象の配信なので……」

「うん、一応わたしもわかってるよ。露出が駄目なんだね。このクラシカルなメイド服が……」

「あり得ません」

「ピンクのリボンの……」

「教師……ですか、これ」


 ……と、彼女が示す服にすべてダメ出しをしていく。当然と言うか、その服の内容は彼女の趣味満載であり、私に一応サイズだけ合わせてはあるが、私が絶対に着ない様な衣装まで含まれている。昨日の今日でこれだけ作ったとは思えないので、日頃から作っていた物をごっそり持って来たのだろう。

 とにかく、スケベ方面と少女趣味の両極端。もしくはその両方が入っている様な、特殊な物しかない。


 そんな物、私が着るはずもないのだ。

 しかし、そうして服のダメ出しが終わった頃、最後の一着が机の上に残っていた。


「最後に一着残ったけど……これもこれで可愛いからこれで決まりだね!」

「だから着ないって言って……」

「うーん……今までの衣装の中では一番マシかも……?」

「ほら、多数決! サクラちゃんも民主主義国家に生まれたなら、多数決で決まった事を少数派(マイノリティ)として飲み込まなくちゃ」

「いつから民主主義はそんな多数派の暴力を肯定するようになったんですか」

「そりゃあもちろんフランス革命が起きる前からね!」

「……え、本気でこれ着なきゃダメなんですか? 私の衣装なのに私の意思は……」

「まぁまぁ、アイドルなんてそんな物だと割り切るしかないですよ」



 ***



 私は頭に乗った大きな三角帽子の鍔を触りながら、ちらりと教室の様子を眺める。

 視線の先では、多くの生徒が思い思いの時間を過ごしていた。かなり賑やかなので、授業を真面目に受けに来た真剣さは感じられないが、まぁ突然告知した生徒の授業などこんな物だろう。


 教室の座席は大体7,8割が埋まっている。

 風の噂で聞いたのだが、実技首席の模擬戦は既に多くの見物客で賑わっているらしいので、そこから比べれば大した人数ではない。


 ちなみに、授業内容の告知がほぼ私と同時だった総合主席は、神聖術の応用についての授業を行うらしい。あの人の授業は私よりも時間が後なので、そちらの盛況振りはまだ確認できない。

 しかし、予約が取れなかったとは聞かないので、おそらくは私の集客率と大差ないのではないだろうか。


 何処からかチャイムの音が響く。聞き慣れた学院のチャイムだ。合宿場でも同じ音を使っているらしい。

 私はそれを合図に、ローブの裾を揺らして立ち上がる。暗い色合いのそれは僅かな光沢を揺らし、すとんと椅子から流れ落ちた。


 私の動きに反応したのは、正面に陣取る生徒だけ。

 その内の一人、シファはカメラの席に向かってはにかみながら、「授業始まるよ」と囁いた。それを後ろで聞いていたファンらしき連中が身悶えしているが、気にしないでおこう。変態はどこにでもいるらしい。

 同じく正面一番前の席で爛々と目を輝かせるティファニーと相まってかなり“空気が悪い”が、リサとロザリーは大人しく授業を聞く構えなのが救いだろうか。


 私は教卓の上に置いてあるノートを開き、その隣に置かれていた指示棒……先端に小さな星が付いているステッキを手にした。

 大きな三角帽子にローブ、魔法のステッキ……今回の衣装は魔女っ娘のイメージで作られたものらしい。

 自分の作った衣装を着た教師役が動き出したのを見て、生徒の一人が不気味な笑い声をあげたが、私は意図的にそれを視界から外した。


「……時間ですね。それでは授業を始めます」


 私が口を開くと、それを耳にした生徒が前を向いて口を閉ざす。その沈黙に気付いた生徒がそれに倣い、教室は瞬く間に静寂へと落ち込んだ。


 ……さて、始めるとしよう。衣装ばかり気にしていても仕方がない。何を着ていようとも教える事は変わらないのだから。


 私は両手でステッキを弄びながら、生徒たちを見回した。やや高めの教壇から座っている生徒を見ると、思っていたよりも小さく見える。私が人を見下すなんて珍しい事なので、しっかり味わっておくとしよう。


「予約している生徒は既に知っていると思いますが、この授業は魔法陣についての初級講座。今回は特に魔法の改良について、私の知見、知識を可能な限り教えます」


 学院長に授業内容は何でもいいと言われた時、真っ先に思い付いたのがこの内容だった。


 私が知っている知識で他の生徒が持っていない物は限られる。

 呪術の活用法、状態異常の深度について、多重詠唱の可能性と課題等だ。しかしそれらの知識は残念ながら、多くの人が必要としているとは言い難い。

 深度は知っていてもいいかもしれないが、活用できるクラスは限られる。呪術はもっと酷い。神聖術とは人口が比べ物にならないのだ。

 最後の多重詠唱は多くの生徒に望まれてこそいるが、結局完成した理論ではない。


 そうなると、もう残っているのは精々魔法言語の知識だ。

 魔法言語そのものの授業ではただの暗記になってしまうので、少し趣向を変えて今回は“魔法陣の改良”について。

 これなら魔法学部の中でもオリジナルの魔法を使いたいが、知識も経験も無くて結局テンプレになっている多くの生徒に望まれる内容だ。物好きはこうして聞きに来てくれるだろうと思っていた。


 授業は全部で3回を予定している。

 内容が続いているわけではないが、話す難易度別に初級、中級、上級に分けている。今日は初級、明日は中級で、明後日が上級だ。

 今日は本当に魔法の改造について何も知らない人が、とりあえず授業で教わる魔法の威力や詠唱時間の調整が出来るようになる話だ。


 その結果、つまり生徒の反応は、当然まだ分からない。

 私以外にも魔法陣の改良に詳しい生徒などごまんといるし、私の知識が間違っていない確証などどこにもない。


 しかし、その程度なら生徒全員が同条件だ。私が教えて悪いということはないだろう。


 こうして私の初めての授業が始まった。



 ちょっと遅れてすみません。急いで上げました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直ティファニーの気持ちわかるといいますか、『えっ、着てれないの!?』 って、ぽかーんってなりました 気持ちとしてはこう配信する訳ですし? 授業なんて普段やりませんし? 今回くらいおしゃ…
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