第89話 林間教室
ウッキウキで射的の出店に突撃したロザリーを待っていたのは、凄惨な現実であった。
「くっ、当たっているのに落ちん……なぜだ」
「そういう物だからよ」
6発を4回、合計24発。入手したのは安そうな、そして景品として容易そうなマスコットを2つだけだ。
最初の数発で小さなぬいぐるみを手に入れたロザリーは「銃の癖は見抜いた……」と格好良く決めた後、的の一番上に設置されている大きな本を狙ってかれこれ20発近くを無駄にしている。もうあれは、正面から撃っても落ちない設定になっているのではないだろうか……。
この店の射的のルールは私にとって馴染みの深い物で、射撃台から空気銃でコルクの弾丸を発射し景品に当て、景品台の後ろ側に落としたら獲得という単純な物だ。
景品は手前に倒しただけでは駄目らしい。尤も、弾を当てて倒せれば基本的に後ろに落ちる設置位置にはなっている。射撃台から身を乗り出すのはOK。そのため腕や身長が大きい方が圧倒的に有利だ。大人が大人げない事をするように設計されている。
まぁ、銃の威力的に落とせない景品を前にしては、身長の差などあってないようなものだろうけれど。
まだまだ諦める気配のないロザリーは、5回目の挑戦で30発目のコルク弾を店主から受け取っていた。
「ぐっ……回転のモーメントの計算上、物体の端を狙えば必ず落ちるはずなのだが……!」
「モーメントが回転の力の事なんだから、それって『回転の回転の力』という意味になりませんか? というか、計算何てしてないでしょう」
「んんっ、んっんっ、サクラよ、集中の邪魔をするな。まさかあの本、我が魔力を恐れているとでも言うのか……? 闇の伝承と表紙に書かれている以上、我とは共鳴する関係にあるはずなのだが……」
闇の伝承……どうだか。
ロザリーの狙っている本には、確かに古代言語で何かしらが書かれているが、表紙を見る限りそんな禍々しい本ではなさそうに見えるが……。それにこんな質素な出店に、魔力と共鳴するような何か素晴らしい本が置かれている事はまずないと思うのだが。
射的に集中しているらしい彼女は、私とリサが後ろで怪訝な顔をしていることにも気付かずに29発目の弾丸を装填する。それはもう力一杯。コルク銃はあまり奥に詰めすぎると、逆に弾の出が悪くなりそうなイメージがあるが、彼女は気にする様子もない。
装填が完了すると射的台から身を乗り出し、片手で的の角を狙う。
「そこだ! 食らえ、ジャッジメントアローシューーーーーット!」
「それアローなんですね」
「ぬぅ……これでもダメか。微動だにせん……」
「ずっと言いたかったんだけど、技名の問題じゃないと思うわよ……?」
その後、結局30発目も景品の角度を僅かに変えただけに終わった。
……最悪ロザリーはこの店に置いて行くか。
「ほら、ロザリー、いい加減諦めて行くわよ」
「くっ、次で最後だから! ……こうなったら盟友よ、あれをやるぞ!」
あれ……? まさか、あの技はまだ完成していない……!
何て茶番は当然事前に決めておらず、そもそも私には全く心当たりはなかった。それに一緒にお祭りなんて行ったの、一体何年前だと思ってるんだ。決まり事があっても覚えている自信はない。
私は素直に聞き返す。どうせ碌でもない事だろうけれど。
「あれって?」
「合体必殺技だ!」
***
これを読んでから行くぞ! と読書を決め込んで別れたロザリーと、その辺りで適当に時間を潰すと言って別れたリサ。どうやら二人共、私の授業の準備を手伝ったりするつもりはないらしい。
一人になった私は、お祭りの会場を離れてとある一つの建物へと歩みを進めていた。私の方はそろそろ約束の時間になる。
ちなみに、ロザリーが言っていた合体必殺技とは、二挺のコルク銃で同じ景品の同じ場所を同時に狙うというもの。馬鹿じゃないのかと思いつつ3発ほど練習し、普通に失敗した。
二挺でダメなら三挺で……と言い出しそうな雰囲気だったので、私は横側から裏側の脚を倒すことを提案し、その作戦で闇の伝承の本を見事に獲得した。
本来はああやって取る事を想定している景品なのだろう。細い脚に当てるのが普通に難しかったが、当たりさえすればすんなりと獲得できた。
余程嬉しかったと見えるロザリーの笑顔を思い出し、ふっと笑みが零れる。
本当に、何年振りだろうか。
「……あ、ここか」
目的の場所を僅かに通り過ぎた所で、私は足を止める。
木造の大きめの小屋。周囲に比べて明らかに人気はないが、一応今回のメインイベント会場、教室だ。
新入りと思しき生徒達がちらほらと話し合っている以外に人はいない。尤も、本当に新入生なのかと問われれば疑問が残る。制服をほとんどそのまま着ている私も、多分似たような雰囲気に見られている事だろう。
私はそんな教室の一つである空き教室の扉を開いた。
扉の開放と共にふわり香る木の爽やかな香り。新築の匂いだ。
私は新しい木目の床を踏み締め、教室の中へと進んで行く。内部の造りは学院の教室とほぼ同じ。学院が謎の石材で出来た石造りなのに比べて、木造になっているのが特徴だ。色合いの関係でかなり温かみを感じるが、基本的には同じ形になっている。
入り口の反対方向には教壇と黒板、向こう側の壁から私の手前までは生徒用の席がズラリと並ぶ。
……この教室に今日、どれくらい人が来るのだろうか。一応座席数に限りがあるため予約制だが、配信も行うので最終的にどれだけの人が見るかは分からない。
一応授業内容は学院側に届けたので、昨日の内に生徒向けの授業の告知は済んでいるのだが、その予約数を私は確認してはいなかった。何となく見るのが、怖くて。
私は生徒用の机を撫でながら、教壇へと進んで行く。
そして教壇に立つと、私はもう一度教室を見回した。この部屋は教室としてそう広いとは思わない。しかしこの席すべてに生徒が座った所を想像すると、意外に……。
いつの間にか浅くなっていた息を、意識して大きく吐き出す。
そういえばシーラ先生は呪術科の合宿の教員として、こちらに来て居るのだろうか。まぁ常に授業中であるこのイベントの間は、来ていても会うことはできないのだろうけれど。
副専攻のヒューゴ先生達は、特に授業もないので学院だ。この場に引率が居たりはしない。
先生は毎日ここに立っているわけか。あの人達、実は凄いんじゃないか? いつもこの人数相手に授業をやっているなんて、信じられ……。
……いや、よく考えるとあの人達精々数人にしか教えてないな。私も別にこの教室一杯に生徒が来るわけではないだろうし、何より実技首席がSNS上で有名人ということで、主だった生徒はそちらに関心が向いているだろう。あっちは既にイベント期間中の予約を打ち切る程の人気らしいし。
対人戦闘が下火のこの学院でよくもまぁあれだけの人が集められたものだ。
そう考えると、私はもっと気楽にしていてもいいのかもしれないな。
何とか緊張を解くための考えが纏まると同時に、教室の扉が開かれる。入って来たのは受講希望者ではない。いや、ある意味彼女も希望者と言えるのかもしれないが。
いつも通りの改造制服に、特徴的な可愛らしい顔立ち。今回の問題兼協力者……シファだ。
「こんにちは。今日からよろしくお願いしますね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。……それで、配信前の打ち合わせって具体的に何をするんですか?」
「はい、一応声が乗るかと映像が見えるかだけ確認して、後は日程の相談とかが基本ですね」
私の授業を配信したいという彼女は、授業前の打ち合わせにやって来たのだ。機材や設定の確認の目的もある。彼女は一番前の席へと腰を下ろす。私だけ立っているというのも何なので、私もその隣へと座る。
配信では、授業のアシスタントとして彼女が協力してくれるという話……ではない。
授業をしている私と黒板が良く見える位置から、定点カメラで授業内容を撮影し、その内容を生放送するというだけの話だ。その中でシファはあくまでも一受講生として振る舞う。まぁ今から授業内容をすべて理解してくださいという訳にもいかないし、何より二人でやるには時間が足りない。
ちなみにどうして私に話が来たのかと言うと、半ば消去法だ。実技と総合首席は自分で配信を行うと言っていたし、そもそも彼らはインタビューも終わっている。
しかし特別授業を行う最後の一人、筆記首席には面識がない。そうなるとこのイベント中何をすれば……という所で私がカレンと出会った。彼女にとって私の存在はまさに渡りに船だったそうだ。
簡単な配信の打ち合わせをしながら何度かカメラの位置を調整し、その隣にシファが座る。
一応シファのチャンネルという都合もあり、彼女と一緒に同じ授業を受けている風の配信になるそうだ。そのため配信用の席は最前列。この席が他人に奪われると問題なので、授業開始前からシファにはずっと座っていてもらおう。
二人でそれぞれ何度か声を出して、テスト用の配信に声が乗っている事を確認し終える。他の生徒の声は入らない設定にするらしい。そちらの方が色々と安全なのだとか。
とにかく、これで準備は万端に整った。
後は授業開始のチャイムを待つばかりで……。
「ちょーっと待ったぁ!!」




