第74話 仲間達
主人公が忙しいのでこの回は視点が変わります。ご了承ください。
「コーデリア、こっちはいいから向こうの支援に行きなさい」
「え、でも……」
「正直、こいつ相手に負ける気がしないもの。尤も、勝てもしないでしょうけど」
リサはクレハの攻撃を冷静に捌きながら、背後を流し見てそんな言葉を投げかける。そこに真剣さはあまり見られず、目の前の戦闘にはまるで興味のないような素振りである。
それはリサの本心だった。負ける気がしないのも、勝てる気がしないのも。どちらかと言えば後者の方が比重は大きいのだが、易々と負けるとはどうしても思えなかった。
そんな余裕綽々と言った調子にこちらに対してあちら、ティファニーの方はコロコロ君の加勢でようやく均衡を取り戻した。急いで援護に向かわなければならないという程のでもないが、すぐに終わりそうもないのはどちらも同じ。
しかし、そのまま押し返すことができるとすれば、気味の悪い現象が起きているこちらではなく、あっちの方だろう。
リサはそんなことを考えてコーディリアに指示を出す。
しかし、それを聞いていた者の中で、一人、その言葉に憤慨する者が居た。
「誰に負ける気がしないって!?」
長い剣が鋭くリサに迫るが、それを彼女は容易に弾く。まるでそこに攻撃が来るのが完全に分かっていたような動きだが、リサは自分のその技を当然とでもいう様に冷めた目でただ見ていた。
受け流される様にして剣を弾かれたクレハは、反撃として迫り来る、恐ろし気な大鎌にその身を斬り裂かれる。
尤も彼女は、それを気にした様子もないのだが。
何度目かのそれを魔法視で見ていたロザリアは、冷たく目を細めた。二人の連携で一方的に嬲っている様にも見えるが、実際にはリサがすべての攻撃を受け流しているので、ロザリアはこの戦いにおいてはおまけの様な物である。
明確な実力差を前にしても諦める様子もないクレハを見て、リサは大きく息を吐いた。
「あんたに負ける気がしないのよ。狂戦士科……攻撃用の近接魔法は捨ててバフと通常攻撃特化でしょ? 私もほぼ同じ構成だから戦い方を見れば分かるわ」
「だったら、仲間からの支援があるアタシの方が有利よ!!」
「……この構成って残酷よね」
立て続けに繰り出される斬撃を避け、いなし、時には反撃として拳を振り抜くリサは、ポツリとそんな言葉を彼女に聞かせる。
それが耳に入ったクレハは大きく顔を歪めた。その先の言葉が予想できてしまったからだ。
「実力差があるとこうも一方的なんだもの。同情するわ」
「……うっさい! そっちからも碌に攻撃してこないじゃない!」
「あんたの剣、人を斬るのに向いてないのよ。威力だけを求めて全体重を乗せた大振りばかり……そういうのを好む気持ちは分かるけど、もしかしてそれだけで勝てる相手ばかりと戦っていたの? それとも、余程頼れる男とずっと一緒だったとか?」
「だから、黙れってば!」
クレハは自分でも薄々勘付き始めていた自身の欠点を敵に指摘され、しかし素直に直すこともできず愚直に剣を振るう。
そんな狂戦士同士のやり取りを後ろから見ていたロザリアは、そこに何となく自分の親友との類似点を見出して苦笑した。
リサの機嫌が悪いのは遺跡に入る前からだが、もやもやとして実体のなかったその気持ちに、“コロコロ君を壊す”という明確な敵役が出てきたため矛先がそちらに向いているのだ。半ば八つ当たりに近い状況と言える。
やる気を出してくれるのならばそれでいいかと、ロザリアはそんなことを考えながらも、大きく体勢を乱されたクレハの隙を突いて大鎌を振り下ろす。
その攻撃は確かに脳天から股下まで斬り裂いたはずだが、クレハは相変わらず気にも留めずに、効果のない突進を敢行した。
「……ふむ、やはりおかしいな。神聖術師の魔法と回復のタイミングが嚙み合わん。無限回復か、これは」
「……あんた、見た目の割りに冷静だし、合わせるの上手いわよね」
「ふはははは! 我は孤高の戦士……しかし真の実力者とは、味方の結束にこそ価値を見出すのだ……というか見た目の割りにとか言うな」
そんな気安い会話をしながらも、戦いは継続している。リサは、ロザリアへと逸れたクレハの意識を自分に戻させると、大上段に構えて右足を浮かせた彼女の首を斧で突く。
もちろん大斧に切っ先などは付いていない。それでも不自然な体勢のまま巨大な鉄板に喉を突かれたクレハは、大きくバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
ついにクレハの手から離れた剣の柄を蹴ったリサは、躊躇なく大斧を彼女の頭蓋へと振り下ろす。
しかし、その刃が彼女へ届くことはなかった。
「クレハちゃん! 大丈夫!?」
背後に控えていた神聖術師は味方の窮地に声をかける。駆け寄るか否かを悩んでいるようだ。
その叫びと同時に出現した透明な壁に阻まれ、斧は鈍い音を響かせた。何かが潰れたような音の直後に壁は消えたが、その前にクレハは大きく後退している。どうやら後方に転がって距離を取ったようだ。その結果、剣はリサの足元へ置き去りになってしまっている。
急所への攻撃と、即死寸前の状況を立て続けに経験した彼女は、ふらふらと立ち上がった。その頬に冷や汗が流れる。
学院の生徒は、設定されたHPが無くならない限り戦えるが、それでも長時間戦えば気力面は消耗するものだ。体は疲れずとも、精神はそうではない。
それを知っているリサは攻撃ではなく、言葉を投げかける。今ならこの無意味な、少なくとも自分たちにとって無意味な戦いを終わらせられるだろうかと。
「まだやるつもり? どうやって手に入れたのか知らないけど、死なない体を使えば勝てるなんて馬鹿みたいな考え、いい加減捨てたらどうなの?」
「……やるに、決まってんでしょ。アタシは、勝てないからって諦めたりしない」
「……ふーん。そ」
武器も持っていない相手に攻撃するのは流石に……というリサの若干の後ろめたさは、クレハの鬼気迫る表情を見て消える。
これは例え腕が抜けても首が取れても噛み付いて攻撃してくるだろう。そういった気迫を感じ取っていた。死ぬまで殴るか、精神的に再起不能に追い込むか……どちらが早いだろうか。
「あんたが降参するまで一方的に嬲るけど、構わないのよね?」
「やってみないと分かんないでしょ!」
そんな狂戦士同士のやり取りの隣で、ロザリアは冷静に状況を分析していた。
(それにしても無限回復か。実際には発動条件と解除方法があるのだろうが、それを調べるのは骨が折れる。あくまで最終手段だ。
それに、無限にHPを回復できるとは言っても、神聖術には蘇生魔法がない。蘇生薬の蘇生であればティファニーの弓矢で妨害可能。我が知らぬ魔法の可能性は捨てきれぬが、あれは中級以降の魔法医師が持つ唯一のアドバンテージだからな。そう簡単に追い付かれてしまっては困る。
……と言うことは圧倒的な火力で一撃死を狙えば、一応は殺せるのか)
彼女はチラリとサクラの様子を窺う。攻めあぐねている……と言うよりは、何かが邪魔で魔法が使えていない様な動き。何らかの理由で、少なくとも自由に戦えては居ないのだろう。
ロザリアは、早々にけりを付けられるのは苦戦のくの字もないこちらの方……と、リサとはまるで逆の考えを持っていた。
そして何より、それを実現するための手段を彼女は持っている。
双方の支援を行う神聖術師に狙いを定めると、自作の格好いい召喚のポーズで新たな死霊を呼び出した。
「彼の者、許されざる咎人なり。漆黒の闇より来たれ、イクリプス!!」
ロザリアの召喚に応じて、闇が地の底より立ち上がる。
それは粘性を持った影とでも言うべき見た目であり、鈍い動きでべちゃりべちゃりと地を這っている。嫌な臭いがするわけではないが、瘴気の様な物が体から溢れ出ていたり、時折こぽこぽと音を立てて気泡を体から吐き出したりと、とても触りたいとは思えない見た目だ。
明らかに異様な召喚体を見た神聖術師は、その不気味さに二歩三歩と後ずさるが、すぐに気を取り直すと一つの魔法を詠唱し始める。
ロザリアの観察では彼女は詠唱短縮を使っていない。おそらくは攻撃魔法の威力低下を嫌っているのだろう。暗黒術師がアタッカーとしてあまり使えないから、神聖術も攻撃役として参加させられているのだ。
そして、もう一人の支援役、暗黒術師はコロコロ君の登場で傾いてしまったあちらの支援で手一杯。連携の精度を気にしてか、少々戦場へと近付いた場所へと赴いていた。
ロザリアにはリサの様な実力勝負はできないが、それでも1対1なら勝算はある。
ここで孤立しているこいつを殺せば、サクラが動きやすくなるのは間違いないだろう。
ロザリアはそんな思惑を胸に声を張り上げる。堂々と、威勢よく、そして不敵に。
「この者の名はイクリプス! イクリプスとは力の喪失と言う意味だ……その名の通りこの体に触れた者は、魔法世界の精神の入れ物である魔法体が崩れ、形を保てなくなる。無知なお前にも分かりやすく言えば、即死という訳だな」
常日頃から、敵に態々情報を渡す馬鹿がどこに居るのだと思っているロザリアだが、今回ばかりはこの手が有効だろうと判断してそんな説明をし始める。
対して、突然敵に話しかけられた神聖術師は、無視出来ないその言葉を聞いて目を見開く。
「なっ、触れたら即死!? いえ、……そんな物あるわけが」
「くっくっく……信じずとも良い。何も知らず、二度も死ぬのは流石の我も同情を禁じえんというだけだ。しかし、貴様らも知っているのではないか? 圧倒的な、理不尽とさえ呼ぶに相応しい力を。事実、貴様はこの戦いで回復魔法を一度も使ってないはずだ」
「……」
「答えんか……まぁいい。行け、イクリプス! あの小娘を闇の底へ引きずり込め!」
これ以上の問答は無用とばかりにロザリアがイクリプスをけしかける。
即死と言う可能性を否定しながらも、自分の疑念を消し切れない神聖術師は詠唱を続行する。
もちろんこれはロザリアの嘘だ。イクリプスは見た目が多少気持ち悪いだけで、即死の効果なんて物を持ってはいない。
こんなやり取りはただのはったりなのである。
イクリプスはサクラと連携して強力なデバフを撒き散らす要員として作った召喚体であり、力の喪失を意味しているのはその通りだが、単体では出来ても精々能力値の低下を引き起こすのが関の山である。
とにかく相手を拘束して内部に取り込み、その間にサクラが状態異常を仕掛け、最後に自爆させるというだけの存在。
もちろん連携が決まれば強力ではあるのだが、これ自体の目を見張る能力など、極振りした耐久力くらいだ。
しかし、目の前の神聖術師はそれを知らない。
ロザリアが彼女の未知の魔法を警戒するように、彼女もまた知識の薄い死霊術と言う魔法を警戒している。
即死だと説明されて即座に完全に可能性を否定することはできないのだ。彼女の仲間の暗黒術師も、死霊術には未知の魔法があったという話は熱心に聞かせていたし、何より死霊術という“何となく”の暗い雰囲気が、即死と言う陰湿な効果と結び付いてしまう。
……だから、これを全力で消し去ろうとする。ロザリアはそう考えていた。
ここだけは少し賭けだが、元々バフ込みとは言え何故か能力値では圧倒的に負けているように見える相手。ジャイアントキリングに賭けが必要なのは仕方がない事だと割り切っているし、
……そもそも彼女はそういった“ロマン”が大好物だった。
(陣を読む……自信はないが、筆記テストが終わった後にあの店で盟友に基礎だけは聞いた。攻撃魔法の中でも特に頑強に、威力重視のカスタムをしている魔法を狙って……)
ロザリアにしては珍しくこっそりと詠唱を終わらせた魔法を、発動待機状態で準備する。狙えるタイミングは一瞬だけだ。
息を飲むような緊張感の中、神聖術師が次の魔法を発動する。
それは光の矢だった。魔法陣から発射されると、のそのそと歩くイクリプスの体に次々と突き刺さる。
これは神聖術の攻撃魔法の中でも低位の物だ。
しかし、耐久力特化のはずの彼の体力を少なくない量削り取っていく。
(死霊特攻……忌々しい力ではあるが、今は好都合!)
詠唱の機動力制限の影響でじわじわと縮んでいく距離と、予想外の耐久力に驚いた神聖術師は、とある魔法の詠唱を開始する。
(これは……詠唱が長いが、回復ではないだろう。味方のバフの掛け直しも自分の危機を前にすることではない。自分が死ねばどうせ回らんのだから常人ならば後回しと考えるはず。
神聖術師は死霊系と相性が良いから、この一騎打ちは圧倒的に相性は向こうが有利。だから援軍も来ない、呼ばない……残された選択肢は一つだろう……?)
ついに姿を見せた“予想通り”の魔法陣を見て、ロザリアはすかさず死霊術を発動する。
「御神の導きよ! 光を!」
「だが、それを慢心と呼ぶのだ! 来たれ、ビクティム!!」
直後、光と闇が激突する。




