第73話 接触
日差し温かな花畑。和やかな空気の中で、それは突然始まった。
唐突にぐんと大きく揺らぐ視界。
花畑を見ていた私の目は一瞬にして空の青を映し出す。目を白黒させつつもその原因を探ると、そこに居たのは私を抱えて跳躍しているティファニーの姿だった。
まさか感極まって私に抱き付いて来たのかとも一瞬思ってしまったが、そのいつになく真剣な表情を見てすぐに考えを改める。彼女の行動の原因はすぐに判明した。
少し遅れて青い空に黒い稲妻が駆け抜けていく。
……魔法。それもあの見た目はほぼ間違いなく攻撃魔法か。カスタムが施されているので何のクラスかまでは分からない。
地面に衝突したティファニーの上で姿勢を整えると、私は腰から薬を何本か抜き取り傘を開く。
これは間違いなく誰かからの攻撃だ。もちろん私達の中の誰か、間違ってもロザリー辺りが悪戯で放った物ではあるまい。そもそも私はこのパーティ全員のすべての魔法を知っている。それを隠してまでこんな悪戯する奴はいない。
そして、複数ある心当たりの中から、私は一番ありそうな可能性を一つ弾き出す。
もしや、アイツらが私達を追って来たのか?
「敵襲! 森の中だよ、気を付けて!」
「まさか、ここまで追ってくるとは思いませんでしたね。油断していたと認めざるを得ません」
「不意打ちとはまた……警戒されてるねぇ。あれだけコテンパンにされたんじゃ当然だけど」
油断なく武器を構えるティファニーとそんな話をしながら、少し離れた所でリサがコーディリアを守る様な立ち位置に居る事を確認する。ロザリーも召喚体勢に入っている。
……あちらはしばらく大丈夫そうか。むしろ問題はこっち。戦力的にもこちらが不利だと断言していいだろう。何より私達の中の最高戦力はリサである。
不意打ちをティファニーのおかげで避けられたとはいえ、分断されてしまった。こちらはこちらで対処するべきか、それとも手早く合流して……。
そんな思考をしている間にも、戦況は移り変わっていく。
森の中から姿を現したのは、やはりエリクの一行。
彼ら……特に前衛達の行動は迅速だった。エリクはこちらへ、大型犬……名前何だっけ。クレハだかクレアだかもリサの方へと向かって飛び出していた。
森の手前辺りで残っているのは後衛組、名も知らぬ召喚術師と暗黒術師、神聖術師だ。
彼らは驚愕の表情で成り行きを見守っている……まぁただ立っているわけではなく、こちらと同じで詠唱中なのだろうけれど。特に暗黒術師は驚きの余り、まさに茫然と言った調子だ。どうやら不意打ちは彼女の役割だったらしい。
「今の、避けたの……!?」
「ただの頭でっかちの集団じゃねぇって事だろ。一度負けた相手だ、用心しろよ」
向こうがそんな会話を交わしている間にも、神聖術師の魔法が組み上がる。
どうやら私達ではなく、クレハへの加勢のための魔法らしい。遠目で分かりづらいが、陣を読む限り攻撃系の魔法。神聖術が支援系を優先しないということは、つまりバフは既に万全というわけだ。
私達の圧勝であっさりと終わったさっきとは、状況が違う。全滅しないように部隊を分け、神聖術は後方で支援に徹する。まず間違いなく私への対策だろう。
しかし私の基本戦術は同じだ。というより、元から私はこの戦法以外できない。状態異常をいかに効率よく通すか。これに頼るしかないのだ。
すんなりと通るかは分からないが、生徒が即席で作れる状態異常対策など高が知れている。色々と試せばいつかは通るはずだし、状態異常の解除に頼らざるを得なくなるだろう。そうなれば神聖術のリソースを削り、体力の回復は薬頼りにできる。
……今の私にできるのは精々そのくらい、か。
私はエリクの進行方向真正面に魔法陣を展開する。とりあえず嫌がらせ用の暗闇の魔法だ。視界がやや狭くなる効果しかないが、こっちに居るのは遠距離二人。都合は良いだろう。
それに、これを受けて神経質に回復するタイプならば、それはそれで一つ策が思い付く。
しかし、私の思惑は外れ、彼はそれを見た途端に進行方向を切り替え、効果範囲外へと逃げて行った。大きく迂回して近寄るつもりらしい。
そしてそれは、私以外のもう一人の読み通りだった。
「ばーか! 幼女を襲った罪、死んで贖え!」
「っ!」
明確な殺意と共に放たれたティファニーの矢は、僅かな放物線を描いて直進する。
右に曲がるためにほんの少しだけ速度を緩めた彼は、眼前に迫るその矢を払うこともできずに受ける事になった。とは言え、あちらの動きはその程度では挫けない。頬に浅くない傷を受けながらも彼は猛然と地を駆けた。
意識が魔法陣と矢で逸れている……今なら当たるか?
私は暗闇の魔法を発動し終えると、黒い霧の中に石化の魔法陣を忍ばせる。石化は私の持っている行動制限の中で、一番の新顔。それだけ高度な状態異常である。
耐性装備も滅多に市場には出まい。
私は石化魔法を詠唱破棄で即時発動させると、彼の足元目掛けて発動する。
私と彼の直線上ではなく、死角に入る様に発動したその魔法は、暗殺者の様に鋭い毒矢を彼へと飛ばした。
そして確かに当たった……と、思ったのだ。
しかし結果は不発。状態異常が出ている様には見えない。どういうことだ? 麻痺でも昏睡でもなく石化を優先して耐性を付けた……?
石化効果は目で見て分かるものではあるが、私は右目を閉じて魔法視でも確認する。これは完全に予想外な結果だが、一体彼は何倍の耐性を持って来たのやら。
魔法視の暗い視界の中で、彼の黄色のオーラの周りをいくつもの球体が回っているのが確認できた。
これはバフ効果を示すもので、どれだけの“良性状態異常”が入っているのかが一目で分かる。悪性状態異常とは見た目からして違うのだ。
そして、緑や黄色と言った継続回復や能力値強化の分かりやすい物の中に、一際輝く何かが見える。バフには疎い自覚はあるが、それでもこんな効果見たことも聞いたこともない。
まるで太陽の様なその輝きを、彼のパーティは全員持っているようだった。私の知らない神聖術、もしくは召喚術……いや、考えても仕方がない。マイナーな中級の魔法にそんなのがあるのだろうと、今は思っておこう。
知識欲のままに質問を飛ばしたい相手ではないのだ。
実はそれ以上にもっと重要な問題がある。
エリクに石化の影響力が一切累積している様には見えない点だ。これが示すのは、彼は石化に対する完全耐性を持っているという事。
私はそんな装備が開発されていたなんて一切知らなかった。コーディリアやロザリーとの会話でも聞いたことがない。いつの間に……いや、そもそもどうしてそんな使い道のない珍しい物を彼が持っているのだ?
私の困惑を他所に、本人は気付かないまま石化を何らかの方法で免れた彼は、猛進を続ける。
瞬く間に彼我の距離が縮まり、ティファニーも腰を落として剣を逆手に構えた、その時、私と彼の間に一つの影が割り込む。
それは球体の様な形をした機械。コロコロ君だ。
それを見てエリクは目を見開き、彼の刃を槍で受け止める。甲高い金属音が響き、走っている途中だったエリクは踏ん張れずに数m程後退させられた。ここに来てようやく彼が足を止めた。彼の加勢は有難い。どうやら壊しに来た連中ではなく、私達の方に味方してくれるらしい。
双方が一時静止する。僅かに生まれた余裕の中で、ここに来て初めてエリクが口を開いた。
「……まさか、どうして」
「どうして味方をするのか、何て考えればすぐに分かるんじゃない?」
ティファニーが呆けているエリクに矢を飛ばすが、それは更に割って入った動物の角に弾かれる。
茶色の体毛に二本の牙、二本の長い角……牛だか猪だか鹿だか判別に困るその動物は、鼻を鳴らしてコロコロ君に突撃を敢行する。これは召喚術の召喚体……正面から相手にするのは面倒だが、こいつをこっちに差し向けたのは、愚かな選択だと言わざるを得ない。
そして何故か召喚体だけではなく、術師本体もこちらへのこのことやって来たようだ。おそらくは呆けているエリクを心配して。
私に召喚体を向かわせるのもそうだが、術師本体が弓の射程に入るのは完全に愚策だな。後ろから声をかけるくらいで良かっただろうに。
私の心配を他所に、彼はエリクの肩を抱く。
「向こうの言う通りだぜ。考えるのは後で良い。そんな余裕ないって、いい加減気付けよな」
「……そうだな。確かにこれは、気遣いじゃなくて慢心だ」
私は召喚術師と男の友情を交わすエリクを見ながら、のんびりと混乱の魔法を展開する。向こうとしては召喚体が時間を稼いでいる様に見えているようだが、コロコロ君が一体の動物なんかで止まるわけがない。それは彼の戦闘力を実際に調べていた私達だから知る事実だ。
彼は私を守る様にその動物を弾き飛ばすと、術師である男に機銃を向ける。
直後、轟く雷鳴の様な激しい音。一瞬白に染まった視界が再び元に戻ると、そこには派手に焦げた花畑と、その中心で召喚術師を守る様に立っているエリクの姿。
その壮絶な光景に私は舌を巻く。
……あれ、見た目から機銃だとばかり思っていたが、もしかして違うのか? どう見ても実弾ではないし、それ以前にこの威力は……。
何でもいいが、これは予想外に楽ができそうだ。あと何発当てれば死ぬのかなと魔法視で見てみると、そこで私は予想外の光景を目にした。
「……回復してる?」
もしかして、またこのパターンなのか?
……どうしてこうも私達の敵は回復するのが好きなんだろうな。
感想ありがとうございました。




