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第72話 花の意味

「かわいーーーっ!!!」


 突然の絶叫に、その場にいた3人は驚き固まる。

 声の発生源はもちろん彼女、ティファニーだ。いつもの病気かと思ったが、それにしても様子がおかしい。彼女は私の方を見ては身悶えを繰り返す。いつも通りの格好のはずだし、心当たりがない。


 ……何なんだ一体。

 どこかおかしな所でもあるのかと自分の体を見下ろせば、そこには見覚えのない物。


 白い花輪が首にかけられている。一体いつの間にと視線を巡らせると、すぐに犯人は見付かった。

 リサが後ろでにやにやしながらこちらを見ている。どうやら気付かない内に首の前に通され、後ろで結ばれてしまったらしい。服装とはそぐわない装飾の様な気がするが、ティファニーにとっては可愛いなら完全に無意味な事なのだろう。


 私は花にくっついていた黒い虫を指先で弾き飛ばすと、二人を軽く睨む。


「暇なのは分かりますが、こんなことで遊ばないでください」

「あら、いいじゃない。可愛いわよ? 年相応って感じで」

「子供じゃありません」

「……これは、この花畑でも比較的珍しい花ですね。繁殖力で負けているのでしょうか。それとも季節外れとか?」


 私の弾いた虫を目で追っていたコーディリアがそんなことを言い始める。どうやら飾りとして使えそうな物を選択的に編み込んだようだ。

 しかし、そう言われても、流石にお花で遊ぶ年齢ではない。


 私は首の後ろに手を伸ばし、結ばれた茎を外そうと手を動かす。

 意外に硬い茎と、しっかりと結ばれた結び目に指先が振れ……私はため息と共に諦めた。どうせもうすぐここを離れる。何の変哲もないこの花飾りはその際に消えてしまうだろう。


 私は騒ぎ続けるティファニーから視線を外すと、未だ稼働を続ける魔石製造機を眺める。

 改めて見ると、最初の頃よりも気泡の数と大きさが減っている様にも見えた。もう終わりも近いのだろう。魔力の代わりに空気が入って行っているのだから、気泡が少なくなっている分、エーテル液の割合が増えて来たということだ。


 ところでこれ、残っているのは高純度のエーテルなわけだから、学院ではそこそこの高級品……何とかして持って帰れないものか。

 まぁできないんだけど。そもそも、それが出来たら高級品になってないものな。


 魔法世界の物は例外を除いて持ち出せない。その例外は魔力や魔石が大半だ。

 これが例えば、貴金属辺りが持ち出し放題になっていた場合、万象の記録庫は生徒たちの探索の場ではなく、権利者のための“採掘場”になっていたことだろう。

 何せ魔法で再現された世界なので資源が枯渇することはないし、表層に採掘しやすい金属が露出している世界まで無限に“リセマラ”も出来る。原始的な採掘技術で荒っぽく掘れ、それでいて無限に出て来るのだからこれ以上の場所はない。

 もちろんこれは金属に限った話ではない。木材も人材も持ち出し放題、使い放題となってしまう。


 ……結局、ここは()()()()世界。

 持ち出せるのは知識と経験。そしてちょっとしたお土産だけだ。


 私がそんなことを考えていると、突然視界に黒い影が映る。

 いきなり何事かと視線を上げると、そこに居たのはコロコロ君だった。彼はその大きなレンズで私を見下ろすと、刃の腕で何かを挟み、私へ差し出している。


 それは白い花だった。

 私のしている花飾りと同じ花。しかし、採取する時に傷付けてしまったのか、少し花びらが欠けていた。


「……くれるの?」

「……」


 彼は答えない。

 それどころか私の問い掛けすらも理解できていないのだろう。知能が足りないとかじゃなくて、言葉の壁があるから。


 良く分からないまま私がそっとそれを受け取ると、彼はゆっくりとその場を後にした。


 私は茫然とその後ろ姿を目で追う。

 彼は花畑のある場所で立ち止まると、次の白い花を探しては慎重に刃を花畑に差し込んでいた。足元へ腕を伸ばすための構造をしていないため、時折バランスを崩しては車輪を回転させて前進し、……花を踏み潰している。

 目的の物が潰れてしまったのを見ても諦めず、また次の花を探しに行った。


 その行為に私は首を傾げるばかりだ。


「……どういう事でしょう。これは」

「花をプレゼントするなんて、きっと惚れてるんだよ! 種族を越えた禁断の愛かも!」


 いつの間にか復帰していたティファニーがそんな答えをくれる。

 まさか。そんなことあるわけがない。軍事用の機械にそんなロマンチックな機能を付けるのは大馬鹿か、もしくは非常に稀な性質を持ったサディストか何かだ。


 しかし、私がその仮説を鼻で笑う前に別の人物が疑問に答える。


「ふむ……まぁ惚れた腫れたという訳ではないだろうが……もしかすると、生まれて初めて花を見たのではないか?」

「というと?」


 私の疑問にロザリーは答える。それを詳しく聞きたいと問い返せば、彼女は自信満々に自分の推論を話し始めた。

 “もしかすると”とは言っていたが、この自信の持ち方を見るに何か根拠があるのだろう。マニュアルに何か書かれていたのだろうか。


「奴は花を生まれて初めて見たから、花の()()を知らぬのよ。その隣でリサが花飾りをせっせと作って贈呈しただろう? つまり奴の真っ新だった価値観が更新され、“花はサクラに渡す物”として認識されたのだ」

「……なるほど。好意よりは余程納得できます。まさか内部の大精霊の意志という訳ではないでしょうし」


 精霊の意志として見ても訳が分からんし、その仮説はありそうだ。

 私達の話が分からない以上、彼は私達の行動、目に見える部分からしか情報を得る事が出来ない。その場合同じ事をしてみるというのは、確かにあり得そうな話ではあった。


 しかし、私が納得している隣で一人、新たな疑問を持った人物がいた。


「そうなると、かなり高度な学習能力ですわね。あんな単純そうな中身だったのに……」

「それは違うぞ」

「え?」


 コーディリアの疑問にロザリーが自慢げに鼻を鳴らす。おそらくは彼女の読んだ資料に何か書いてあったのだろう。……マニュアルは読んでいないが、私もその疑問に対しては別の解釈を持っていた。


 私達が実際に見たあの“中身”は、実際には中身でも何でもない。あれでもまだまだ外側だ。

 何せあの研究所で研究していた対象はロボットその物ではなく、その更に中。“精霊核”と呼ばれる未知の構造。精霊を閉じ込めている檻、そして動力源だ。

 動くロボット部分は、既にあった技術の流用でしかない。もちろん私にとっては新たな発見ではあったのだが。


 つまり、私達はあの研究所の研究の核心部分には触れられていないのだ。その辺りの事情は持ち出した資料から推察するしかない。……まぁ、あの研究所の来歴を思えば、簡単に見つかる場所には残っていないだろうな。

 外装のリングはあくまでも体を制御するための魔法陣であり、実際にそこへ指令を出しているのは中の精霊核。あの中がどうなっているのかは流石に確認できないから、諦めるしかないのだ。


 私はそもそも、精霊核に“私達の知る魔法陣”の技術を使っているのかはかなり怪しいと思っている。

 今花を渡してきたように、コロコロ君は学習する。言い換えれば、彼は経験によって価値判断基準が書き換わるわけだが、私が知る限り魔法陣は自分自身を描き替えられない。他の魔法陣に干渉することはあっても。

 もしもそれが可能なのだとすれば、それはもう3次元どころではなく4次元の魔法陣……例えそんな物があったとしても、人間にはその()()()()()事すら不可能だ。


 コロコロ君が次の花を私に献上する隣で、ロザリーは自慢げに語っている。


「奴はな、精霊核の疑似人格、つまり人工知能によって制御されているのだ。そこに精霊の意志は存在しないし、そもそも内部のリングすらも“外装”の一部。情報制御用の“内部”とは別物なのだよ」

「疑似人格……召喚体の様な物でしょうか」

「そうかも知れん。まぁあちらはあちらでよく分からない物であるから、何とも言えんな」


 私はロザリーの話を聞きながら、次の花を探しに行ったコロコロ君を引き留める。声を掛けても仕方がないので両手で腕の部分を掴んで。

 もちろん私の体重なんかで止まる程非力ではない。しかし、それでも彼は私の前で止まってくれた。


「もういいわ。ありがとう」

「……」


 ぽろりと零れた言葉に、私はふと疑問に思う。言葉は通じていないと認識しているはずなのに、私はどうして礼など口にしたのだろうか。


 自分でもなぜこんな事をしているのかよく分からない。

 通じないと考えているのに声をかける。意志の疎通ではなく、ただ、感謝を告げるだけの行為に何も意味はないだろう。

 伝わらないなら、伝える努力をしても無駄のはずなのに。


 私が立ち上がる隣で、リサが何か言いたげにこちらを見ていた。


「……ただの独り言ですので、気にしないで下さい」

「別に、変な事してるわけじゃないでしょ。言葉が通じない相手に声をかけるなんて。まぁ、意外に思ったけど……あなた、ペットとか飼った事なさそうだし、子供の世話もしたことないでしょ?」

「ああ、なるほど……この微妙な意志の伝達は、確かにペット、もしくは赤ん坊なんかに似ているかもしれません。経験はあなたの言う通りなので、想像でしかありませんが」


 さて、話をしている間に魔石の錬成も完了したことだし、そろそろ調査を切り上げる事も視野に入れて、予定を立てなくてはならないかな。


 そんな、この場にいる誰もが気を抜いていた時だった。

 のんびりとした花畑に、その人影がやって来たのは。



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