第71話 調査の終わり
外装の修復を確認。
精霊制御魔法陣・エンブリオ、正常に稼働中。
再起動を実行――一部失敗。
再試行――一部失敗。
一部機能を制限、限定起動モードに移行。
マスター登録――該当データ無し。
命令権の管理――登録データ破損。
記録修復のため、内部精霊の記憶からサルベージを実行―――精霊の拒絶により失敗。
緊急措置として特殊記録領域からのサルベージを実行――、――――データ破損。
記録領域に上書きされた戦闘、修復時の記録から、マスター登録を更新。該当者有り。
マスター登録――氏名不明により失敗。
記憶からサルベージ……割込みで処理内容を変更。
侵入者を確認――該当データ無し。
危険度認定C。
『……懐かしい気配がする』
精霊核の活性化を確認。
特殊処置Kk-1109を実行――効果無し。
『友達の気配だ……』
友達――互いに心を許し合い、一緒に過ごす親しい相手の事。
関連データ、大精霊。
特殊処置Rg-8を実行――一時的な精霊核の鎮静化を確認。
『……苦痛と後悔だけの長き時の果てで、僕は、ようやく救われるのだろうか』
精霊核の活性化を確認。
特殊処置Rg-9を実行――精霊核の鎮静化に失敗。
『“君”も、救われたいとは思わないのか?』
君――二人称、人代名詞。
関連データ無し。該当者無し。
処置2番を実行。
『君だよ、まさに今考え事をしている君の事だ……』
待機命令を実行。
会話の解析を開始。
『長き時の中で無為に生きるのは、疲れただろう……』
待機命令を実行。
戦闘の記録を開始。
『君もまた、生贄の一人だ。共に永き眠りに付こう』
侵入者の危険度認定をB相当へ上方修正。
……指揮官不在の現状を深刻な危険状態と推定。
マスター登録を強制実行。これより“氏名登録無し”をマスターとして認定。
追従状態へ移行。
『……? どういうこと? 君はあの子に付いて行くのか?』
処置1番を実行――はい。その通りです。
『まさか、君は……死ぬのが怖いのか?』
精霊核の活性化を確認。
処置2番を実行。
深刻な危険状態のため、特殊処置を一時的に中断。
『……』
会話内容の解析に失敗。
マスターの使用言語は公共語ではないと断定。
行動から命令を推定。追従状態を継続。
『いや、君は……好きにするといい。どうせもう“僕”は長くないんだから……』
――活動記録を特殊記録領域から展開。
情報処理機能を命令の推察に割り振り、破損した記録の上書きを開始。
***
軽快な動きで敵を屠るコロコロ君を眺めながら、私はメモを記していく。尤も、書いている内容に大した意味はない。強いか弱いかの“基準”もはっきりしていないのだから。
これはただの研究員の真似事だ。
機動性、攻撃力共に高水準。近距離戦闘での一撃離脱型を基本に、遠距離戦にも対応可能。装備からの推測では単独での飛行は不可能と思われるが、対空戦闘も出来なくはない。
修理も大方成功し、こうして実際に動いているのを見ると中々の高性能マシンだな、これは。少なくとも、今は私達が束になっても勝てる相手ではなさそうだ。
さっき勝てたのは単純に装備が古くなっていたのと、外部制御の影響で判断速度が低下していたためだ。修理も完了した実際の実力を見ると、これにはリサでも対応しきれないだろう。
羽の生えたサルの様な魔物を切り捨て、コロコロ君の戦闘テストは一時中断となった。周囲にいた魔物を粗方倒し終えてしまったし、今はとある事情でここから動けない。要は相手が居ないのだ。
彼と一緒に戦っていたリサは、消えて行く魔物を前に不満げな表情。おそらく、工作室での戦闘から暴れたりないのだろう。
私は戦闘ログからもざっくりとしたデータを抜き、報告書用のメモを書き終える。
今の所、データは順調に集まっている。まぁ、一番気になる“中身”の動きは見れていないが、こういう目に見えるデータ集めも得点にはなるはずだ。稼働中は装甲が完全に閉じる仕組みになっているので、どうにかして装甲を切り取るか……どうするべきか。
……それに、こうして私達が彼を持ち出した以上、彼の記録は私達にしか残せない。可能な限りデータは取っておきたいのだ。エリクに壊されることはないだろうが、私がここを出れば魔法世界諸共消えてしまう物なのだから。
一応一仕事を終えた私は、消えて行く魔物から視線を背け、背後を振り返る。
そこにあるのは一面の花畑。黄色と白の花が咲き乱れ、風に戦ぐ。一切の人工物など見当たらない、何とも長閑の風景だ。……事前に聞いていた話とは随分違う。
私はその事実をもう一度確認し直すと、隣で一緒にデータを取っていたロザリーを横目で睨む。それを受けても涼しい顔をしているが、自信満々の彼女の案内が間違っているという可能性は十分に考えられるのだ。
「ここ、本当に町だったんですか?」
「少なくとも方角と距離は正しい。遺跡に比べて建築物が軟弱だったのか、それともあの施設だけが戦火を免れたのか……どちらがありそうだと思う?」
……いずれにしても、月日の流れと共に消えて行ってしまったというのが結論か。ロザリーの言葉を信じるならば、だが。
結局あれ以降進展しなかった“遺跡”調査に、私は小さく息を吐く。それは落胆なのか安堵なのか、自分でも判断が付かないものだった。
遺跡は古代の研究施設で、その中でも地下は特殊な魔力の影響で強力に保護されている。おそらくは強度を増す魔法的な仕組みと精霊の魔力……そして死骸が反応しているのだろう。なぜ地上へ続く階段の手前で途切れているのかは定かではないが、単純に地上階はあまり耐久性を意識していない造りになっているか、もしくは何らかの理由で精霊の力が地表手前で途絶えているのか……流石にこの辺りを調べるのは無理そうだな。
残った研究対象は、無人戦闘ロボット。その詳細は今まで調べた通りだ。
後は、コロコロ君の戦闘データと内部の記録、そしてあっちでやっているあの作業が終わればついに調査完了となる。そうなればこの魔法世界ともお別れだ。
仕事が終わった開放感と達成感、そして未知に手が届かなくなった虚無感……胸の中にはそのどちらもある様な気がする。
私は最後まで残った、とある大きな作業を行っているコーディリアを探す。私達が移動できない最大の理由である彼女はすぐに見付かった。見晴らしのいい花畑の中央に、白いドレスと帽子が見える。
コーディリアは巨大な装置の横で、作業の進行を見守っていた。
花畑の真ん中にあるのは、大きなボトル。小柄な私達と比べると、その大きさに大差はない。しかし太さを考えると私達以上の体積なのは間違いないだろう。
人間一人分程はある円柱状のボトルには、明るい青緑色をした液体が入っており、下からこぽこぽと気泡が音を立てている。
あれは試験室の魔法陣、つまりあの外部制御装置だった大規模魔法の“魔力源”だ。あれだけの規模の魔法を使うのに必要だった魔力量は計り知れないが、その魔力の元となっていた電池の様な物を一つ部屋から拝借してきた。これが魔法の書で持ち運び出来なかったら、私達は今でも遺跡に留まっている必要があっただろう。
それが今謎の装置に繋がれ、徐々にではあるが、中身を吐き出させられている。
やることのなくなった私は、ただそれが減っていくのを待っているだけに見えるコーディリアに、一応手伝うことはないかと歩み寄る。
「進捗はどう?」
「はい。大体7割くらいは終わっていますね。そろそろ終わります」
「そうなのか? まだまだ残っている様に見えるが……」
「エーテル含有率が高いので、純粋な魔力量は見た目ほどではありません。質は調べてみないと何とも言えませんが……」
私とロザリーは、コーディリアの聞き慣れない話に思わず聞き返す。
エーテル含有率? 興味深い話だな。それが高いということは、魔力の質を維持したままエーテルで水増し出来るということなのだろうか。
半分も終わって無さそうに見えるこれが7割程度だとすると、この魔力ボトルの中身は2倍の希釈くらいだろうか。……ああ、毒液も霊水入れて希釈するけど、濃度と効果は単純には比例しないな。それと似たような物だろうか。
「それにしても、コーデリアがこれだけ大きい物をくすねて来た時は驚きました」
「すみません……どうしても気になってしまいまして……」
「別に責めてるわけじゃありません。役に立つならそれでいいんです」
彼女が今行っている作業は、魔力の魔石化だ。
魔石とは、毒液や装備、もっと言えば、魔法世界に持ち込める大抵の物の原材料となる魔力の結晶。そのため、当然こうして“魔力から魔石を作る”こともできるらしい。
ついでに魔力が何か、という話をするとまた複雑になっていくのだが、簡単に言えば魔法の源であり、生命力、そして精神力に近い概念だ。無くなると死ぬという程ではないが、生命維持にもある程度無意識的に使われているので、それなりに生きづらくはなるらしい。
生命維持に使っている魔力が切れた人間なんて物は見たことがないが、魔物なんかは自分の形を維持する魔力が不十分になると“霧散”してしまう。実は魔法世界にいる私達も似たような物だったりする。
そんな魔力が結晶化した物が魔石である。
生徒にとって基本的な入手手段は魔物の討伐だ。魔物を殺すと魔法の書が自動で収集してくれる。正確に言えば、魔法の書は魔物が死んだときに放出する魔力を収集し、結晶化して蓄えてくれる。魔法世界で死ぬと持ち帰れないけど。
それ以外にも、特殊な鉱石や植物の採集でも、それに対応した魔石が獲得できる。流石にその辺の土とか草とかを取っても何も意味がないが、珍しい物だと面白い性質の魔石が作れるのだとか。やったことはない。
そして、当然ながらその魔石についての学問も、学院には存在する。
それが魔石学だ。生徒にとっては副専攻の授業だが、これを活用していない生徒は一人も居ないと言っても過言ではないので、かなり重要な学問の一つである。
それでいて特殊なものでもあり、他の副専攻が“魔石の使い方”の学問であることが多いのに比べて、魔石学は魔石その物、そして“魔石の集め方”の学問と言える。この辺りは私以上にコーディリアが詳しい。
尤も、授業の内容は魔法の書のアップグレードが主だ。目的は魔石の質と量の向上……メタ的に見れば“ドロップ率”の増加の効果。
そんな便利系の副専攻を、コーディリアは選択していた。
毒性学が終わるか終わらないか程度の時期から始めたはずなので、魔石学に関してはまだまだ初心者のはずだが、こうして自分で魔石の生成を行える程度には授業も進んでいるらしい。
そして、私達の目の前で行われている、魔力の魔石化。これは魔法の書が収集してくれない時に使う、言ってみれば例外的な処理である。
魔力は通常目には見えないどころか物質ではないのだが、結晶化するのと同じ理屈で“液体”や“気体”に変化することがある。完全に結晶化してしまうとそのまま魔力源として使いづらい性質を持ってしまうので、魔法陣等の魔力源として使う場合、魔石として保存しそれを必要に応じて液状に変化させるか、今回の様に液体として保存してそのまま魔法陣に流し込むかの大体二択になる。
あの大規模魔法陣は魔力液を魔法陣内部に循環させるシステムだった。今手元にあるのは交換用の予備タンク。大きいので魔石も沢山取れる事だろう。余ったら毒液用にいくつか貰えないかな、とも思うが、実は召喚系は魔石を馬鹿食いするので、ほとんど彼女の“愛しき虫”の育成に充てられるだろう。
ちなみに、結晶化は魔法の書が自動でやってくれるのにどうしてこんな面倒な作業をしているのかと言うと、このタンクは流石に大きすぎるし、そもそも液体の魔力は魔法の書の自動機能に対応していない。こうして別の機材を使って魔石にし直す必要があるのだ。
タンクの中で再び大きな気泡が上へと上っていく。
ついに暇になった私達は、魔石学の豆知識などをコーディリアから教えて貰いながら、座って作業の終了を待つ。
コロコロ君はリサとティファニーの方に居るのが見える。何をしているのかは分からないが、多分大丈夫だろう。
何と言うか、やっていることも実験みたいだし、コーディリアの話は程好く知識欲を満たしてくれるし、花畑もそよ風も気持ちがいいし、和やかな気分になるなぁ……。
これでサンドイッチやお茶でも持ってくれば、最高のピクニックだっただろう。
しかし、そんな気分は一つの叫びによって掻き消されたのだった。
総合評価が3000ptを超えました。四桁自体が未知の領域でしたが、その三倍になるとは……。
これも偏に皆様の温かい応援のおかげです。ありがとうございました。
今後も拙作をどうぞよろしくお願い致します。
そして、そんなおめでたい話をしたところで恐縮ですが、明日は個人的な都合で休載となります。申し訳ない。
今後の生徒達の活躍にご期待ください。




