第67話 胎児
私は長いスカートの裾を捲りながら靴を履き終えると、突如として現れた部屋の奥の部屋に視線を向ける。
そこは円形のドームの外側に付けられた四角い箱。魔法陣の形に添うように作られているわけではないが、魔法陣の一部を飲み込むような形で存在していた。
私の踏み台になってくれていたコーディリアも立ち上がると、一部ガラス張りになっているその部屋を覗き込む。
「何でしょうか、これ。隠し部屋……?」
「……試験室というにはただ広いだけだと思っていましたが、なるほど。確かに“観測者”は必要ですからね」
「えっと……?」
「きっと入れば分かります」
何となくこの部屋の意味に気が付いた私は、レバーの隣に出て来た部屋の入り口を躊躇なく開け放つ。
その先にあったのは様々な機材や机、資料が乱雑に置かれているだけの部屋だった。壁も床も特におかしな部分は見当たらない。試験室の一部を壁で隔離したような部屋だ。
前面、つまりは試験室側はガラス張りになっており、ここからでも機械とリサの激闘が良く見える。戦闘用の機械なんて物を作っていて、ここが試験室だというのだから“観測用の部屋”が無くては流石におかしいからな。研究員はここから研究成果を見ていたわけだ。
部屋を隠していたのは完全に謎技術だったわけだが、ガラスの様に見えている目の前のこれも、あの激戦を見るにどれだけの強度を持っているのやら。
私は古代言語で書かれている紙の資料を一旦無視して、床の魔法陣と繋がっているであろう機材に目を向ける。こちらにもスイッチに古代言語で何かが書かれているが、何度も言う様に私には読めない。
一瞬ロザリーを呼び出そうかとも考えたが、未だに激しさを増すあの戦いから戦闘要員を抜き出すのは問題かもしれない。
魔法陣に流れている魔力自体は魔法視で簡単に見える程に多いのだが、流石に制御用のと思しきこの辺りの端末にはそこまでの量は流れていない。この辺りにあるスイッチのどれかが、床の大規模魔法陣を制御していると思うのだが……。
私はぱちぱちと手当たり次第にいくつかスイッチを切り替えはするのだが、どうも反応が見えない。
もしやこの設備が壊れているのか。そんな事を考えていると、突然部屋の中で“声”が響く。
『あー、あー。マイクテスト、マイクテスト。……このマイクはしっかり動く様ですわ』
「……マイク?」
大きな声の発生源は目の前の試験室の方からだが、もう一つ、小さい声の発生源は隣にいるコーディリアだ。
彼女は壁際にあった、大昔の電話の様な機材へ声を入れていたらしい。この部屋から見るだけではなく、試験室側へ指示を出せるのか。私達には必要ないが……。
しかし、どうやらこの部屋の設備が壊れてしまっているわけではないらしい。
放送用のマイクには緑色のランプが点灯しているが、私が触っている台のランプは点いていない。もしや電源……と言っていいのか分からないが、この制御盤らしき設備には動力が来ていないのだろうか。
「……手当たり次第に弄りましょうか」
「だ、大丈夫ですか? それ……」
「いざとなったら、資料回収して逃げましょう」
私がそうとりあえずの方針を決めると、私とコーディリアは目に付くスイッチやレバーをすべて操作していく。
中には個別に何らかの反応を示す物もあったのだが、床の魔法陣が反応する物は中々見つからない。やはり私が最初に触っていたあれが正解なのかと、半ば諦め始めた頃、一見スイッチとは関係のなさそうなロッカーを調べていたコーディリアが一つの発見をした。
彼女が取り出したのは、いびつな形をした棒。鍵、だろうか。私達が普段目にする物理錠とは程遠いその見た目に、私は怪訝な顔を返す。
「こんなところに鍵がありますよ」
「鍵なんですか? それ。でも鍵穴なんてどこにも……」
見えない、と言い切ろうとして、ふとある事が思い当たる。
そう言えばこの施設、さっきも見えない、触れないという仕掛けがあったなと。
私は制御盤の前に戻ると、スイッチではなく、何もない部分をぺたぺたと触っていく。さっきはスイッチばかりを触っていたが、何やらこの部屋を隠したい思惑があったように見えるし、もしかするとここも……。
……あった。中央やや右寄りに、何か細い穴がある。目には見えないが、触ると確かに感覚があった。間違いなくこれが鍵穴だろう。
「コーデリア。ここです」
「はい。えっと……」
見えない鍵穴を前に迷うコーディリアの手をそっと取ると、やや特殊な形をしている鍵を穴の中に差し込ませる。鍵に付いている突起が鍵穴に合っていない様にも思えるが、右に左にと順番に回しながら差し込むと、カチリカチリと音が鳴って深く挿し込まれていく。
最後まで挿し込まれた鍵を一回転させて引き抜くと、左右に回していたはずの鍵はあっさりと抜け、代わりに鍵穴のあった場所の隣にある蓋が開いた。
その奥にある武骨なレバーを見て、私達はようやくかとため息を吐く。
「これが動力のレバーでしょうね」
「流石にそうだと思いますけど……」
隠し扉で隠された隠し部屋に、隠し鍵穴の奥に隠された隠しレバー。流石にこれ以上何かが隠されているとは思いたくない。
私は無遠慮にレバーを掴むと、やや重いそれを両手で引いた。
次の瞬間、制御盤だと思っていた機械のランプがすべて点灯し、そして、試験室から何かが破壊される衝撃音が響き渡った。
***
「……ふむ。どうやらこの新たに来た研究者が改造した際に、外部制御へと切り替えていたようだな。床に仕込まれた大規模魔法陣は、この機械、秘匿呼称“エンブリオ”の外部制御装置という位置付けだろう」
「胎児とはまた、……いえ、言い得て妙とも言えるかもしれませんわね。この“中身”を見てしまうと」
私達が地下のあらゆる場所から集めてきた古代言語の資料。それを読み漁っていたロザリーが、結局あの床が何だったのかを教えてくれる。
私は手を止めずに彼女の話を聞いていた。
なるほど。
最初に作られた設計とは別に、戦闘力を強化する改造として外部制御にしていたということか。確かに条件付けして複雑なプログラムの様に機械を制御するなど、魔法陣だけで行うには至難の業だ。あれだけ複雑かつ大規模になったのも頷ける。
話を聞く限り外部制御に関しては急造っぽいので、壊れた武器を使おうとしたりしていたのは、そのせいもあるのかもしれない。
私達の手元にある紙の資料は、大きく分けて4種類。
あの制御用の端末の使い方、つまりはマニュアルが1冊。エンブリオとやらの基本的な説明が1冊。これらはあの隠し部屋に置かれていた。
この施設の研究員が消えた後に、本部とやらから派遣された調査員の記録がいくつか。こちらは地下にいくつかある小部屋に破棄されていた。本来は本部に持ち帰るはずの物だったのだろうが、調査員があの機械に殺されてしまったらしい。次の調査員はついに来なかったようだ。
そして最後に、この研究の責任者の日記。
これだけは作業室の机の上に置かれていた。
全て読み終えた私達に今分かっているのは、この機械が大精霊とやらを核にして動いている事。
最初の設計とは違った形で完成した事。
完成時は少なくとも1体の大精霊を殺す程度の力はあったという事。
扉や機械に残っていた破損個所はこの大精霊との戦闘の痕跡である事。
他にも色々。
どうもこの施設の所有国はその後戦争に負けたらしく、色々あってここはそのまま破棄されたらしいが、大規模魔法と大精霊の“死骸”の影響でこうして綺麗な状態で残っていたらしい。
正直、精霊とやらに会ったことのない私にはピンと来ない。それは私だけではない。ここには精霊に会ったことのある生徒など一人もいないのだ。
大精霊とはどの程度強いのだろうか。精霊の里に統治者として“3体”いたという話だから、ここに1体、死んだのが1体……もう1体は精霊の里の里長だろうか?
そちらにも興味はあるのはもちろんだが、優先度は目の前の“これ”に比べると圧倒的に低い。精霊なんて学院の資料を漁れば出てきそうだしな。
私は手元の設計図と潰れた内部構造を交互に見ながら、内心ため息を吐く。流石にこれは無理かもしれないな。
ため息は出なかったが、代わりに文句が口を衝く。
「……もう少し手加減とかできませんでしたか」
「し、仕方ないでしょ! いきなり止まるとは思わなかったし、チャンスだと思っちゃったんだから!」
リサの返答に、それもそうだよなと頷いておく。別に彼女が悪いわけではないのだから。言ってみれば、これは仕方のない事。
私とコーディリアが大規模魔法を止めた後、外部制御によって動いていた機械はその動作を完全に停止させた。マニュアルを聞いた限りでは、本来は待機状態になるはずなのだが、流石に経年劣化の不具合だろうか。
しかし、戦闘中だった3人はそんなことを知る由もない。
戦闘中に機能を停止した結果、リサの斧の一撃を真正面から受けた機械は、正面のレンズと内部の部品を破壊されてしまったのだ。
そして現在。
試験室から工作室へと移動した私達は、全員でえっちらおっちらと運んだ機械の修復に臨んでいるのである。
主に私が。
今はレンズや絞りといった、完全に破壊された部品の位置を確認してから抜き、内部の潰れてしまった部品をどうやって取り出すかという所で作業が止まってしまっている。
幸い、工作室は所謂整備室であり、この機械の替えの部品がいくつも置かれていた。部品の調達には苦労しない。
見た所、壊れた部品はすべて替えの利く物の様なのだが……専門家でもない私には少々難しい。かと言って、この場に私以外にできそうな人物もいないというのが、辛い所なのだが……。
私は設計図から目線を外し、機械の内部を覗き込む。
装甲を剥がした今は、その呆れた内部構造が良く見える。
まず、中央にあるのが精霊核。大きな黄色の水晶玉の様な見た目をしているが、いつか科学館か何かで見たプラズマボールの様に内部に継続的な雷光が発生しているのが見える。
その周囲には金属製のリングが幾重にも重なっている。そのリングは両手両足の各部位の歯車とも繋がっているが、最大の特徴は魔法言語が書かれている事だろう。
書き込まれている内容は極めて単純。回転するとか移動するとか、そういった内容だ。この機械は間違いなく魔法陣の技術を応用している。
しかし、もちろんそれだけでは魔法陣にはならない。
そこから更に、リングの各箇所に細い糸が張り巡らされているのだ。おそらく、円に接する多角形の役割を持っていると思われる。
不思議な事にこの糸、中央にある精霊核と接触している物だけが目に見え、他は消えてしまう。見えている物も消えている物も触る事が出来ず、糸同士が絡み合うこともない。
この糸とリングが魔法陣を作り上げ、精霊核から供給される魔力で“部品を動かす”という魔法を発動する。
この機械はそれを動力にして動いているのだ。
言葉にするだけなら簡単だが、はっきり言ってこの設計者は頭がおかしい。
機械の内部には不完全な円弧状の物を含め数十本に近いリングがあり、数えきれない程の組み合わせで魔法陣があるはずだが、それのいくつかが同時に発動しようものなら魔法陣の干渉によって魔法は発動しなくなってしまう。
つまり、これだけの数がありながら、魔法陣として動くのは常に一カ所だけと考えなければおかしい。
リングが回転したり糸が消えたりして、特定の場合以外発動しない様になっている……のだろうか。正直この考えに自信はない。
しかし、この機械は戦闘中は走るのと腕を動かすのを同時に行っていた。両手両足を同時に動かすくらいは普通に出来る……。
そんな簡単な方式ではとても間に合わないと思うのだが……。
この考えが正しいとすると、これは、私に理解できる範囲の魔法陣で作られた、私には想像もつかない機能を持った機械と言うことになってしまう。
内部のリングが魔法で回転することで、物理的に繋がっている歯車を回し、各種部品を動かしている様に見えるが、実際には物理的に接続していない部分もこの単純な魔法陣で動くのか? それとも発動する魔法とは関係なく、一つのリングが動くと他のリングも連鎖的に動くとか……。
後者はありそうかもしれないが、魔法陣からそんな内容は読み取れない。そんなことがあり得るのだろうか。
ちなみにロザリーにこの辺りを聞いてみても、反応は芳しくなかった。
専門用語や魔法言語が入り乱れていてとても読めないというのだ。これは私も古代言語学を取るしかないか……と思っても、既に私は副専攻を二つ取っている。一人につき二つまでが副専攻の決まりだ。
目に入る範囲の部品の位置関係を把握した私は、光学系の制御装置――構造的にカメラのズームレンズに近い。感光部分が精霊核に直結しているのでやや簡素な造り。――を、内部からではなくレンズ側から外していく。
途中、メンテナンス用の機械油を差したりしながら、私はこの不思議装置についての考察を深めていくのだった。




