第53話 当事者と外野
この学院にももちろん正門という物がある。
そもそも学院生はこの学院内で生活が完結しているため、“外出”すること自体あまりない。それでも外との繋がりは一応あるのだ。
正門から学院側には前庭、つまり広場があってその先に教員棟と教室棟のそれぞれの正面玄関、そして格闘学部の実技試験を行っていたグラウンドへと続く道がある。
逆に正門から外に出ると大きな下り坂になっており、学院生や教師を狙っているのか屋台や店が多く建ち並んでいた。坂を下りてすぐの所にも街がある。
……と、色々と話してはいるが、実は私は学院の敷地内から出たことがない。教室棟の最上階から何となく見たことがあるだけだ。
こうして学院の屋外に出るのでさえ、よくよく考えてみれば中庭に出たのが一度きり。こちらではかなり不健康な生活をしている。
私は教室棟の玄関から外に出て、正門の正面右側に設置されてある大きな掲示板へと目を向けた。学生掲示板とは違い、季節毎に掲示物が変わる物であるようだ。確か、この前までは「入学おめでとう」みたいな事が書かれてあったような……。
周囲には私と同じ目的を持った生徒が何人か並んでいるが、身長の低い私はそれとなく前へ前へと優しさによって押し出されていく。
この学院に風紀委員とか要らない説。あると思います。
今日ここに貼り出されたのは、進級テストの成績上位者の点数。つまり私を含めたテストのランキングである。
そのためここにはもっと生徒が集まっている事を覚悟していたのだが、私の予想に反して意外な程に空いていた。掲示された直後はもっと人が居たのだろうか。
私はそこで自分の名前があることを確認し、その点数を見て驚愕した。
学院首席として大々的に書かれているサクラ・キリエの筆記試験は3501点。
魔法学部次席である試験の合計得点は6780点。
実技は得点が書かれていないが、その二つから算出される実技試験の得点は3279点で間違いない。
掲示板に書かれている内容はそれだけだが、授与式が終了した段階で私の下にも成績の通知が届いている。
そのため成績を確認するだけならここに来る必要はない。ここに来たのは何となく、私の名前が貼り出されているらしいというのが気になって来ただけだ。
多少の混雑を抜け出して、魔法の書から自分の成績の詳細を開く。
筆記試験は30分間で2000問中784問に手を出し、782問正解。3519点に正答率補正が入って18点のマイナスとなっている。
間違えた問題は単純な勘違いと計算ミスが一問ずつ。それさえなければ……と思わなくもないが、後悔してももう遅い。二度と同じテストは受けられないのだ。
正直、筆記の結果だけ見ても良く解いたなという自分でも少し驚きの得点なのだが、それ以上に私が驚いているのは実技試験だ。
先に言っておくと、ロザリーやティファニーは私と同じ魔法学部だが、成績優秀者として選ばれていない。学科ですら準優秀者に選ばれていないのだ。
つまりあの試験で、私だけが頭一つ抜けた高得点を取っていたということである。
得点の詳細を見れば、強敵撃破点が最も多くなっているが、これはおそらく全員が取ったはず。他の点数で差が付いたのだろう。
どう考えても私よりティファニーの方がダメージを出しているはずだし、召喚体でしか攻撃を受けていないコーディリアや、大蜘蛛の正面で切った張ったの大立ち回りをしていたロザリーが得点を得ていないというのが納得できない。
私はそんな疑問を抱きながらも、詳細を深く読み込んでいく。そこでは気になる評価項目がいくつか出て来た。
まず、指揮者得点というもの。要するに味方に指示を出してそれがどれだけ有効に働いたかという得点だ。確かにそう言われればそうなのだが、これは偶々私がやっていただけだしな……。
ダメージ補助なるものも加算されている。これは毒かなと思っていたのだが、どうやら恐怖によるダメージ上昇効果の話らしい。ティファニーの射撃が大真面目に百発百中だったため、ここでもかなり点数を稼いでいた。
そして、回復補助。これはロザリーのHPの回復と蘇生分だろう。自分よりも味方を回復させた方が得点が高いようだ。後、味方を身を挺して庇ったなんてことも書かれている。こちらは終盤のコーディリアの事だな。
他にも混乱の仲間割れ、昏睡、麻痺での足止めの時間、毒ダメージなども評価されており、そんな細々とした物が積み重なって、平均点を大きく上回る点数を叩き出してしまった。
そんなことが詳細には書かれてある。
これは何と言うか……詐欺臭い。
下の欄には、合否判定トビスケ、採点者サルメラと書かれていた。どうやらトビスケが採点をしていたわけではないようだ。
こうして実技テストでも高得点を取った私は、見事魔法学部総合得点次席の座を勝ち取った……らしい。どうしてこうなったのやら……。
未だに実感がなくどこか釈然としないままではあるが、丁度詳細を読み終えると同時に前の授業が終わったことを知らせる鐘が響く。
私はそれを合図に魔法の書を閉じると、呪術科最初の授業へと赴いた。
***
薄暗い部屋で、少女が徐に起き上がる。
彼女がVR用のゴーグルとバンドを取り外すと、それを検知した照明が自動で部屋を照らす。それは柔らかな光であったが、彼女はそれでも眩しそうに目を細める。
外は既に夕方と呼んでも良い時間帯だが、窓をカーテンや段ボールで塞いでしまっている彼女にとってその光は、強烈に見えたのだろう。
しばらく彼女は目を慣らす様に瞬きを繰り返していたが、視界が徐々に楽になってきたのを確認すると、ベッドの脇に置かれた冷蔵庫から、プラスチックボトルのジュースを取り出す。そして差し込んだままだったストローで中身を飲み込んだ。
一応、彼女なりに栄養素とカロリーを摂取している。つまりは食事。少なくとも彼女にとってはそのつもりだ。
現実で起きてから一言も喋らないまま、たった一口だけの食事を終えると、彼女は部屋の隅の机に置いてあったパソコンを立ち上げる。
安価なスピーカーから響く軽快な起動音を途中でキャンセルし、少女は無表情のまま画面の変遷を急がせる。明るくなった画面を覗き込むと、そこには電子掲示板が表示されていた。
現在、賢者の花冠にはプレイヤーが使える公式の情報交換サイトが存在しない。あくまでも“現地”で情報を集めろというのが運営の想定だ。
しかし、高度に情報化されて久しい現代で、仮想現実以外の方法で一切の情報交換を行うな。そう言われても難しいのが現実だ。どれだけ世界観を大事にしたとしても、現実で広告は出さなければならないし、ネット上でも話題になってくれた方が運営として助かるのは間違いない。
彼女はその点に目を付け、そうした目的を持った掲示板や情報共有のためのサイトを立ち上げれば人気になるのではないかと、βテスト時代から考えていた。
リリース直前になると彼女はなけなしのお小遣いから安価なサーバーを借り、掲示板やそれ以外の情報交換のためのサービスを開始。
すると賢者の花冠に特化した利便性は大いに評価され、狙い通りに彼女の作ったサイトは一躍最大手の内の一つとなる事が出来たのだ。その中でも現在は攻略と雑談に使う掲示板と言えばここという規模にまでなっている。
尤も、賢者の花冠というややマイナー気味の作品の中では、という説明が必要なのだが。
彼女は現在、そのサイトの管理、運営を行って幾ばくかの金銭を受け取っていた。
とはいえ、もちろん一人で生活するには全然足りない。親とは顔を合わせても今更収入について何を話せばいいのか分からず、自分でネット上に作った口座にただお金が積み上がっていくのを見ているだけの、彼女にとっては意味のない数字でしかなかった。
そんなサイトではあるが、彼女の心の拠り所にはなっている。同じ話題を共有する仲間を自分が集めた、という自尊心と達成感が彼女の中に確かに芽生えているのだ。
それは今までなかったものなのだ。
管理者用の画面を開き、今日もサイトでは様々な話が飛び交っている事を確認する。
ダメージコンテストの告知や魔法陣のカスタム例など、いつ来ても話題に事欠かない場所ではあるのだが、現在、というか今朝から最も話し合われている内容は“進級テスト”の結果についてだ。
「ぁ……」
NGワードやブラックリストと言った古典的な機能はあるとは言え、こうした掲示板に頻繁に書き込むような連中はスラングや抜け道を多く知っている。特定の個人を攻撃する内容は手動で警告、もしくは削除する必要がある。
そのため彼女は自分のサイトを自分の目で確認することを好み、そしてそれを自分に課せられた義務の様に感じていた。
今日もざっと発言に問題がないか流し読んでいた彼女は、とある書き込みを見付けて思わず小さく息を漏らす。
しかしその事には自分では気づいていないのか、真剣なその目は書き込みの前後を追っていく。
『筆記首席の得点やばない?』
『つーか、呪術科って死んでなかったのかよ
完全に死滅してるもんだと思ってたわ
ゲーム内で見たことないぞ』
『それより呪術師が実技で3000点超えは一体どういう手品使ったんですかぁー?』
『筆記もあり得ん点数出してるし絶対チーターじゃん
はよアカウント消せよ運営』
そんな書き込みを見て、彼女は管理者アカウントではなく一般用のアカウントで新しくサイトを開き、キーボードを静かに叩く。
『VRでチーターとか本気で言ってんの?
ゲーム内で外部ツール使ってるってこと?』
『思考加速とか直結制御とかいくらでもあんじゃん』
『いつの時代の話?
現代のVR内で30分バレずにチート使い続けた時点で、世界トップクラスのスーパーハッカーなんですがそれは』
『今は作者ですら監視ツール停止させる以外のチートできないとか言われてるし、それやるとまず間違いなくサーバーから弾かれるぞ
出来て精々事前に仕込んだカンニングくらい?』
『このサイト古代人まで書き込んでるってマジ?
やっぱ賢者のカカン人気作やん』
彼女の書き込みをきっかけにして、特定のプレイヤーではなくチーター疑惑を持っていた人物への嘲りに変わっていく。
品はないが、こういった罵り合いがここの“文化”だ。それを否定しなかったからこそ、このサイトはこうしてそれなりの地位を保っている。
その流れを見て少女は一先ず安心するが、“魔法学部筆記首席”に対する疑問はここだけではなかった。
管理用の画面が別の場所の書き込みを映し出す。
『どう考えても、あの筆記で次席と1000点差は何かヤバいでしょ』
『結局、筆記3500点取るのが実現可能か話し合っても仕方ないんだって
平均2.3秒で一問解いて全問正解すれば誰でも可能って話になっちゃうんだから
本人の直接の情報持って来ないと』
『無理言うなよ
呪術科で3000点取ってるってことはほぼ確実に固定で組んでるぞ
ランダムマッチでやってるやつ、呪術師と組んだこと一回でもあるか?』
『つーか、合格点ギリギリの俺から見ると筆記より実技6000点越えの人の方が遠いんだよな
筆記は何て言うか、実力関係ないじゃん?
クイズゲームみたいな感じで、やり込めばできそう』
『そっちは動画と成績詳細上がってたぞ
何かリーダー的な立ち位置で作戦が上手くいくと勝手に点数上がるんだとか何とか
だからあの人の味方とかはあんまり点数伸びてない
そもそも一人に得点を集中させる作戦だから当たり前なんだけど』
『あんまり伸びてない(2500点超え)
あれの笑いどころは当の本人が筆記試験真面目に13点で不合格だったってとこ』
『あのパーティヒーラーの入る隙無くて笑っちゃうんだよな』
『あれはリーダーが前衛物理型DPS担当薬投げヒーラー指揮官なだけやぞ
ヒーラーはリーダーとか言う一番目立つポジションにいる』
流れていく情報を目で追いながら、少女は小さくため息を一つ。
そして、ついに出てしまった書き込みを前にどうしようかと手を止め、頭を悩ませた。
『俺多分筆記首席見たことあるわ
結構有名人だぞ』
『そうなん?』
『名前はランキングで初めて知ったけど、あれ図書室でずーっと本読んでる呪術科の幼女だろ?
呪術科だし身長低いしでめっちゃ目立つから図書室通ってるやつは普通に知ってんじゃね?』
『図書室の有名人とかいう一言で矛盾した言葉』
『真面目な質問なんだけど、図書室って何する場所なの?
痴漢???』
『今までよく分かんなかったけど、あいつのおかげで分かったやん
筆記試験で主席取るための勉強』
『まぁ俺も顔は知ってたけど、司書としか会話しないし普通にNPCだと思ってたわ
何か読書が趣味とかそういう設定されてる系だから図書室いるんだろうなって』
『あー、それはあり得る
ってか、筆記試験の結果も思考速度バグってるNPCだからじゃね?
呪術科なのもやり込み要素のための役割持ってるから転科できないとか』
『今回の話で一番納得したわそれ』
彼らには悪意はない。攻撃性もほとんどなく、ただただ勘違いをしているだけ。それは少女にも分かっている。だからこそ、この話題を止めにくい。
彼女が悩んでいる間にも、別の場所で似たような話題が書き込まれる。
そこは公式で応援隊長として任命されているVRアイドルの、とある企画の募集コーナー。
お互い名前が大きくなる以前、リリース前からの付き合いがあり、現実の電子上でしか取引をしていないが、一部場所を貸しているのだ。
こちらの管理も少女に一任されていた。
ここは掲示板ではないが、自由にコメントへのコメント等を残せるシステムになっているため、半ば掲示板の様な扱いになっている。
プレイヤーの中でもアイドルのファン同士という、微妙な連帯感と監視の雰囲気を持った場所である。
『配信お疲れ、シファちゃん! 次は進級テストの成績上位者インタビューとかどうかな!? みんな気になってると思うよっ!』
『気軽に言ってるけどハードル高くね? どうやって連絡取るんだろ……』
『今までインタビュー系は事前に連絡取れるプレイヤーにしか声かけてないしな』
『それは……頑張れとしか言えない! でも筆記首位の人とか気にならない!? 上位6人で唯一知らない名前だし!?』
『上位6人ってのが学部首席の話なら、そうかもしれんけども。そもそも呪術師ってどうやって出会うんだよ。絶滅危惧種っていうか、もう一人しか居なくて繁殖できないから事実上の絶滅だよ。募集したら来るのか?』
『しかし今調べたけど本当に何の情報も出てこないな。このサクラ・キリエって人。呪術師で検索してもろくな情報ヒットしないから、多分有名人の知人ですらない気がする』
『すまんが特定の個人について話すなら他所行ってくれ。それここの話と関係ないじゃろ』
「……」
少女はこれらの書き込みについてどうにかしようと頭を悩ませるが、部屋に小さなノックの音が響くとびくりと震え、慌てて机を離れてベッドへと潜り込む。
「……食事、置いておくわね」
そんな言葉は扉越しに響くと、ついに扉は開くことはなく、足音が遠ざかっていく。
少女は大きく安堵の嘆息すると、いつもあまり手を付けられない食事を部屋に持ち込むためにベッドから立ち上がるのだった。
感想ありがとうございます。閲覧数が急上昇してどう喜べばいいのか分からない状況なので、言葉は大変励みになります。
今朝は自分の文章を読み返し、誤字脱字や表現の修正を行いました。
どうしてこんな誤字したんだろうなと思うような文章が多々あり、不思議に思っていたのですが考えてみると当たり前ですね。
物語には当然道筋があります。
書いている間は道が頭の中にあるので、文章はその足跡でしかありません。道から外れない限りは、急に片足立ちになっても猫になってもあまり気になりません。
しかし物語を読むという行為は、足跡から道を知るということ。突然足跡がピンヒールになったり兎になったりすると、最悪道を間違えたかと思って気になるわけです。
ということで、拙作から誤字脱字が無くなることはありません。
気になる誤字を見つけた際には優しく誤字報告の方から知らせて下されば幸いです。
ちなみに表現は大幅に変更した部分がございます。物語の本筋に影響することはありませんが、スカスカだった部分を多少肉付けしたので読みやすく、分かりやすくなっているはず。
やはり偶には自分で読み返さなければいけませんね……。




