第52話 成績優秀者
こちらは本日二話更新の後半になります。
今日の最新話に飛んだ方は前話からお願いします。
他の生徒に学院から“成績通知”が渡されている中、私の下に届いたのは学院長室への呼び出し。
その内容は想像通り成績優秀者に対する授与式だったわけだが、私には一つ気になる点が残されていた。
「それで、私は何点だったのですか」
「成績優秀者はこの後名前と成績が貼り出される。そっちを確認するんだね。で、とりあえず受け取りな」
一応狂戦士科教員と同じく、学院長に背を向けない位置に立ったシーラ先生から、私は金色の勲章の様な物を受け取る。
裏を見ればこれもブローチになっているようだ。制服に着けた時に重みで下を向かないような細工がしてある。
こんなのを貰っても、やはりというかあまり嬉しくはないな。リサの様に恩師から褒められて気分が良いなぁという雰囲気でもない。
私はそんな多少失礼なことを考えつつ、一礼して下がろうと足を動かす。すると、シーラ先生はすぐに私を呼び止めた。そこにあるのはやや悪戯っぽい笑みだ。
「おっと、まだだよ。それは呪術科筆記首席の証だ。あんたが貰うのはそれだけじゃない。手を出しな」
「……?」
私は怪訝に思いながらも言われるがままに手を出すと、シーラ先生はもう二つのブローチを私の小さな手の上に乗せる。
これは何だと一瞬考えてしまったが、三つと言う数字には心当たりがあった。確かに、私が出たのは筆記試験だけではない。
「これが実技の首席、こっちが総合得点の首席だ」
「……そういえば、実技にも出ていたんでしたね。忘れていました。ありがとうございます」
すっかり忘れてしまっていた。呪術科なら私でも実技で主席が取れるんだったな。
渡された3つのブローチは色はどれも同じ金。よく見れば呪術科の学科章が彫られているなど、ほとんどデザインは共通しており、一見違うのはリボンが色違いなことくらい。
しかし、どれも良くできているのは間違いない。制服に三つ並べたら目立つだろうな。
私は今度こそ一礼して一歩後ろへ……
「まだだって言ってんだろ。せっかちだねぇ……」
「……? これ以上何かあるんですか?」
「まぁ本当はあんたのじゃないんだが、貰い手がいないからあんたにやろう」
シーラ先生はそう言うと、後ろに控えていた助手のトレーから何かを取り上げ、ガチャガチャと音を鳴らしながら私の手の上に再び何かを押し付けた。
小さな手には乗り切らず、積み上がる様になったそれをよく見れば、すべて似たようなブローチだった。
首席のブローチの色違いが3つと、リサ達が貰ったブローチが色違い合わせて6つ。
どれを見ても、主席のブローチの方が豪華に見える。おそらくどれも今渡された首席バッジより低い評価の物だろう。それが主席のブローチと合わせて合計12種類。
何の評価だこれ。これに関しては全く思い当たる節がない。
私は積み上がったブローチを前に両手を動かせず、渡した張本人の顔を見上げる。
「何ですか、これ」
「筆記、実技、総合の、次席、優秀者、準優秀者の記章だ。貰い手がいないからあんたが貰っときな」
シーラ先生の不穏な言葉に、一つの心配が頭を過る。
ぼんやりとしていたその不安が急速に形を持ち、私はつい口から疑問をこぼす。
「……貰い手がいないとは、つまり該当者がいないということですか?」
「そうだねぇ……」
……それはおかしい。
私が首席なら、私以外の合格者は自動で次席や優秀者として授与されるはずだ。なぜならこれは、点数に対する評価ではなく順位の話なのだから。1位が居れば2位が居る。当然だ。
呪術科のレベルが低いとかそういう話ではなく、私が1位である以上、どこかに2位が居ないとおかしいはずだ。
それにも拘らず、私以外の貰い手がいないということは……
「私以外の、呪術科の合格者は?」
「いないよ。元々人数なんて大したもんじゃなかったけど、数少ない呪術科の生徒は碌に勉強もせずに筆記試験で落第、実技試験は不参加だった。後は全員両方不参加の、居るんだか居ないんだか分かんない連中さ」
「……」
それはつまり、呪術科中級の生徒が、私一人しかいないということではないか。
今まで私は、何だかんだ言っても最初の頃に授業で一緒になった、数名の生徒が同じ呪術科として、仲間としてまだこの学院にいるのだとばかり思っていた。
しかし、現実は違ったわけだ。私と同じ様に、呪術科で足掻いている者など存在しない。
では、これから先私は、一人で、この世界で唯一呪術科を専攻している生徒として、孤独に生きていくのだろうか。
そう思うと、途端に積み上がったブローチが無名の墓標の様に思え、しかしそれでも突き返す気にもなれず、ただ視線を落とす。
「そっか……私以外、誰も学んでいないんですね」
「何しょげてんだい、しっかりしなよ」
「……別に」
「胸張りな。授与式なんだから。言っておくけど、まだ終わって無いんだからね」
「……え?」
シーラ先生は、私の持っていたブローチを一旦トレーに回収すると、そのまま元の場所に帰らず“こちら側”に黙って立つ。その様子は本人の言葉通りに胸を張っており、まるで自分が賞を授与されるかのようにも見える。
終わっていないとは一体何のことだと目を白黒させていると、魔法学部長が先程シーラ先生が立っていた場所へ……。
「おほん。えー、サクラ・キリエ君」
「……はい」
トビスケは胡乱気に私を見ていたが、学部長であるサルメラ先生は大真面目。私は状況を掴めないまま、ただ名前を呼ばれたからと条件反射的に返事をする。
サルメラ先生はそんな私に大きく頷いて見せた。
「貴君は魔法学部所属として大変優秀な成績を収めました。本校魔法学部学部長としてこれを認め、ここに……」
「堅っ苦しいねぇ……早く渡しな。後が支えてんだ」
「……えー、これを授けます。大事にするように」
「……ありがとうございます」
シーラ先生に急かされたサルメラ先生は私の手の上に、豪華なブローチを差し出す。
学科で貰った物に比べると、共通しているのはリボンの色くらい。まるでデザインが異なる。……これ、“何の”授与だ?
私が首を傾げているのを見かねてか、サルメラ先生は追加でこのブローチの意味を告げる。
「あ、それはねー、実技の準優秀者」
「え、は? 実技の? ……トビスケ、もしやあなた何かしましたか? これは何か遠回りな嫌がらせとか……」
「この私がそんな事をするか、愚か者! 貴様ではないのだ。生徒に嫌がらせなどせんわ」
とはいっても、身に覚えがなさ過ぎる。魔法学部全体としての評価は、呪術科の実技で授与されるのとは訳が違うぞ。何せ人数が違う。ただそれだけの違いだが、一人中一位なんて物を貰った後では無視することは当然できない違いだ。
なにせ魔法学部と言うのは、神聖術師を筆頭にした人気クラスが跳梁跋扈する魔界の様な所。呪術師にそんな連中と張り合える実力があるとはとても思えない。
私は突然の出来事に混乱しているが、サルメラ先生は助手から更に次の何かを受け取っていた。
「えっとね、続けてこれを授与します。魔法学部筆記首席おめでとう! すごいね、君」
「……首席?」
私はついに理解が追い付かず、手を出したまま隣にいるシーラ先生を見上げる。彼女はそんな縋る様な視線を受けて、笑みを返した。
「だから言ったろ? 胸は張って置けって」
「……」
今までで一番豪華なブローチがサルメラ先生によって私の小さな手に乗せられ、私はその実感のなさにまじまじとそれを眺めた。
普通に見れば綺麗なブローチだなとしか思わないが、これは魔法学部という巨大な集団の中で頂点に立った3人の内の一人しか与えられない物。そう考えると……
「次で僕からは最後だよ」
「次、ですか」
「何となく想像できてるかもしれないけど、筆記が首席だから総合得点も高かったね。魔法学部、総合得点次席」
積み重なるブローチを前に、私はただぼんやりをそれを眺める。
……総合得点次席と言うことは、私の上に一人居るのか。いや、筆記の得点が首席と言うのが信じられないので、むしろ実技の評価点が……もう自分でも何を考えているのか分からない。
シーラ先生は茫然とする私からブローチを取り上げると、自分の持っていたトレーに乗せる。
とにかくこれで私の分の授与式は終わり……と思っていたのだが、シーラ先生が少し横にズレると、私と彼女の間にサルメラ先生が立った。
そのさっきも見た光景を前に、私は良く分からない不安を抱きながらも正面に視界を戻す。
そこに居るのは、入室した時から変わらぬ表情の学院長で……。
「生徒のモチベーションのために学科と学部からは大勢授与することに決めたが、俺から授与するのは3人だけだ。実技、総合、そして筆記の“学院首位”。当然だが、そいつは学科と学部から授与されてるだろうしな。こっちで沢山作っても、両方ただ面倒なだけだろうからって数を減らしたんだが……」
「……」
「サクラ・キリエ。受け取れ。お前の勝ち取った、“賢者の証”だ」
彼は机に置かれていた物を掴むと、無造作に私へと放り投げる。
授与とは言い難いその行いに慌ててそれを掴み取ると、彼はにやりと笑って私の慌てる姿を眺めていた。助手が隣でため息を吐いているが、そんなことは気にしないらしい。
私は改めて、手の中に一つだけ残った“賢者の証”とやらに視線を落とす。
それはブローチと呼ぶにはあまりに華美で、そして“仰々しい”。
政府が特別な国民に授与する勲章と言った方がしっくりくる。罷り間違っても、学生の頑張ったで賞としてプレゼントされる物には見えない。世界運動会のメダルだってもう少しシンプルにするだろう。
「……驚いた」
何が驚いたって、この学院で一番筆記の点数を取っていたのが私と言う事実に。
そりゃ、私だってそこそこ頑張った方だとは思う。筆記では当然平均点は大きく超えていて、上位三桁くらいに入っていれば上出来かな、なんて考えていたのだ。
それが蓋を開けて見れば、学院でトップ。たった3人しか授与されない内の一人として選ばれていた。
ようやくそれを事実として、しかし噛み砕けないまま飲み込むと、私は学院長に一礼をする。
「ところでこれ、制服に着けないといけないのですか?」
「好きにしろ」
とにかく、これでようやく授与式も終わりだ。シーラ先生からブローチを受け取って帰ろう。
私に合わせて隣に並ぶ教員二人も一礼し、元の位置へと帰っていく。この場に居るほぼ全員がこれで授与式が終了するのだと、一気に空気が弛緩していった。
と、私達はそんなことを考えていたのだが、学院長はそんな雰囲気の中で唐突に自分の机から一本の鍵を引っ張り出す。その表情は不承不承といった様子であり、逆にこの場で唯一シーラ先生だけが楽し気に彼を見ている。
「本来なら今渡す物じゃないんだが……この鍵も渡しておこう。好きに使うといい」
もう一度放り投げられたそれを、私は今度こそしっかりと受け止め、今度こそ授与式はお開きとなるのだった。




