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第51話 学院の柱

 教員棟の階段は、他の建物の階段と違ってやや装飾が華美だ。

 手摺には必要以上の細工が施されており、階段の踏面には毛の短い絨毯……と言っていいのか分からないが、寝転んだら気持ち良さそうなカーペットが敷かれている。

 このカーペットは来賓用なのか、教員棟の正面玄関から特定の廊下と階段にしか敷かれていないある意味でレア物だ。


 走ってリサに追いついた私だったが、彼女はすぐそこの踊り場で足を止めていた。

 私を待っていたわけではない。“障害物”にぶつかったのだ。


「あっ、リサ・オニキス! こんなところで何をしているのですか!?」

「げっ……面倒なのに会っちゃったな……」


 リサは丁度階段を降りて来た生徒と鉢合わせし、彼女に自分の名前を呼ばれて顔を顰める。

 私は何事だと問題の彼女を見るが、顔を見ても状況を理解することはできなかった。彼女は至って真面目そうな格好であり、とてもそんな反応をするような生徒には見えなかったのだ。これが下りて来たのがロザリーなら分かるのだが、リサと彼女は何か因縁でもあるのだろうか。


 階段を降りて来た女生徒の容姿で最も目を引くのは、黒縁の眼鏡。前髪は眉の上で横一直線にバッサリと切られ、頭には申し分程度に、しかし装飾以外の機能を一切備えていなそうなリボンを控えめに付けている。

 この学院のどこにでもいそうな、つまり美形の顔立ちをしているが、リサを見た途端に彼女は柳眉を逆立て私達の前に仁王立ちで立ち塞がっていた。


「不良生徒がこんな所で何をしているのかと聞いているのです」

「どうでもいいでしょ……通行の邪魔だから退いてよ」

「いいえ、退きません! 私は“風紀委員”として生徒の安全と学院の風紀を守る義務がありますから」

「自称風紀委員が何言ってんの」


 真面目そうだと勝手に思っていたが、いきなり人を不良呼ばわりとは。というか、風紀委員?


 リサと彼女の会話を聞いて、私は真面目そうだという印象を改める。

 そう言えば、前にもどこかでそんな単語を聞いた覚えがある。まぁ変人はどこにでもいるからなぁ。こちらはまだまだ外も暖かいし、虫とかこういうのが元気になる気候かもしれない。


 とにかくどうやら自分には関係のない話だと察した私は、彼女の脇を抜けて階段を上ろうと歩みを進める。

 そんな私の背中を見たリサが、慌てて私の背中を指差した。


「あ、いいんちょ、ほら、止めなきゃ」

「? 善良な一般生徒を止める必要は……」

「彼女、パープルマーカーだよ」

「パープル!? そうなのですか?」


 いや、別に隠すことでもないが、知らない人にべらべら喋って欲しい内容でもないのだが……。


 私は“風紀委員長”に肩を掴まれて急停止。どうやら私も通してはくれないらしい。

 対象になっているのは私とリサ。この反応を見る限り、彼女の言う不良生徒とはマーカー持ちの事か。確かペナルティ中は掲示板に名前が張り出されているのだったか。別に素行不良という訳ではないだろうに。


 私はリサの情報を一部訂正し、視線を私の肩を掴んでいる腕から彼女の顔へと持ち上げる。


「正確には“元”パープルで、今は善良な一般生徒です。放しなさい」

「いいえ、そうはいきません。要注意生徒はしっかりと観察し、問題がないとはっきりしてから……」

「……」


 どうにも話の噛み合わない彼女から視線を逸らし、問題のリサを見る。リサは悪い笑顔で、私と風紀委員長のやり取りを眺めている所だった。

 ……どうやら私に彼女を擦り付ける事が出来てご満悦のようだ。


 とにかくこの変人は、風紀を乱す存在として私達を監視したいらしい。何とも一方的な話だが、無視すると逆に厄介なことになりそうだ。リサの反応を見る限り、かなりしつこそうだし。

 警察の職務質問は、下手に拒絶すると向こうもあの手この手で粘着してくる。こういう場合こちらに落ち度がないのだから、私に正当な事情があるとチラつかせながらもある程度個人情報を開示。

 向こうから連絡が取れる手段を与えずに様子を見るとしよう。


「……はぁ。名前を言っていませんでしたね。私はサクラ・キリエ。呪術科の生徒として、この先に“呼ばれた”者です。確認しますか?」

「……そうなのですか? では、リサ・オニキスはその付き添い……と?」


 私の言葉を聞いて、彼女はようやく私の肩から手を放す。一応こちらの話も聞き入れてくれたらしい。

 私は一歩後ろに下がると、これ見よがしにため息を一つ。あーあ、時間の無駄だったなぁと言外のアピールしてみるが、その私の反応を見ても彼女は未だ怪訝な顔をしていた。この程度ではへこたれないのか。


 そうして距離を取った彼女の服装をよく見れば、いくつか特徴的なものがあった。

 まず胸に描かれた学科章は、剣と杖の美しい紋章。これは格闘学部、魔法戦士科所属を表す学科章だ。火力系の人気学科の一つとして数えられる。MPへの依存度が高い反面、スキル火力が高い特徴があり、ダメージコンテストで頑張っていたクラスの一つでもある。

 そして腕には自作と思しき“風紀委員”と書かれた腕章。こちらは他の生徒が着けている所を見たことがない。やや崩れた共通語を刺繍している所を見るに、自作なのだろう。


 最後に、学科章の隣。そこには制服をきっちり着ている彼女には相応しくない様に思える一つの“ブローチ”が輝いていた。


 私はそのブローチが何なのかを察しつつも、目的地である階段の先に視線を投げる。


「今は人を待たせているので行ってもいいですか?」

「……分かりました。私は風紀委員長のミーシャ・ガードナー。あなたは要注意人物として観察対象としますが、今日はお互いに用事があるのでここまでにしましょう」


 話せば意外に分かるタイプか、と思いきやどうやら向こうも用事があるらしい。今日は中級の授業が始まった初日だ。忙しいのは当然か。

 私はガードナーに別れを告げると、最後の階段をようやく上り切った。


「さっきの、説明しなくて良かったのですか? あなた、ここに“呼ばれた”一人でしょう?」

「いいのよ。私が呼ばれたなんて言ったら確認するまで離さないーって言い始めるから。絶対。賭けてもいいわ」

「……長い付き合いなのですか?」

「全然。会ったのは更生施設で補習受けてる頃。出会って数日ね。不思議とどこにでもいるのよ……」


 私達はそんな会話を交わしながら、目的地である“学院長室”の扉を叩く。ノックと私達の名乗りに対して、中から入れと短く返事が届いた。

 目的地の直前で何と言うか、無駄な時間だったな。ここまでが無限の道程にさえ感じてしまう。


 他の部屋と違ってやや重厚な造りになっているその扉は、……ドアノブが冷たい。

 身も心も緊張させるような冷たさだったが、風紀委員長の登場で気が抜けていた私達は特に影響されることもなく部屋へと足を踏み入れる。


 そこに待っていたのは数名の教員。その中央に座っているのが、おそらくは学院長なのだろう。よく見ればトビスケを連れた男も彼の隣に控えているので、彼がおそらく魔法学部長。学院長を挟んで逆側に立っているのは格闘学部の学部長だろう。


 学院長は入室した私達を鋭い眼光で貫く。リサはそれを受けて居心地が悪そうに身動ぎをしていた。


 学院長の姿を初めて見たが、彼は何とも立派な大丈夫(だいじょうふ)だ。

 この前見た変態(セイカ)よりも引き締まった、“実用的な”筋肉。日に焼けた黒い肌と年齢を感じさせる白い髪。顔には古い傷跡も残っている。

 確かにシーラ先生よりは若そうだが、若造と言われる程年の差がある様にも見えないな。


 彼は一人だけ椅子に座っているが、その威圧感は他の教師の比ではない。魔法学院の学院長と言うよりは、歴戦の傭兵か何かと言った方が、この野性味と迫力には納得できる気がした。


 私の観察する視線に彼は軽い笑みを返すと、口を開く。

 大岩のような彼が動くと、何と言うか独特な迫力がある。流石に剣を向けられたわけでもないので、魔物に丸呑みにされる程ではないが。


「よく来てくれた。さて、呼び出された理由は何となく想像できているか?」

「先程、ブローチをした生徒とすれ違いましたから、何となくは」


 私は改めて学院長室に揃っている面子を眺めながら、そう答える。


 魔法と格闘の学部長は初対面だが、学院で教員室に行くことの多い私は教員の顔をそこそこ覚えている。そうでなくとも彼らは学科章を身に着ける義務もあるため、それが確認できれば一発だ。


 今裏の扉から出ようとしているが、魔法戦士科の教師。先程すれ違ったガードナーに用事があったのだろう。向かって一番右、格闘学部の学部長の隣に立っているのは、リサも所属する狂戦士科の教師だ。

 そして一番左は、


「そもそもシーラ先生から呼び出しを受けたということは、ほとんど二択のような物です。私の成績が足りなかったか、もしくは足りていたか」

「で、すれ違った生徒を見て、ほぼ確実に説教ではないってかい?

 正解だよ。ったく、可愛げがないねぇ、もっとビビりな。錚々(そうそう)たる面子なんだよ、これでもね」


 私の言葉に、この学院で最もお世話になっている教員、シーラ先生が頷く。


 本当は、彼女からの呼び出しを受けた時から何となく分かっていたのだ。

 この呼び出しが昨日一昨日と続いていた進級テストの、“成績優秀者への何か”だということは。

 流石に私でも“呪術科首席”がそう自惚れではない事は理解しているし、進級テストで成績優秀者が表彰されるのは事前情報として知っていた。


 ということは、学院長室に呼び出された段階で、まぁまずそれ関連だろうなと想像はついたのだ。

 そしてガードナーが誇らし気に、ブローチを付けて階段を降りて来たのが決め手だ。


 私はくつくつと楽し気に笑う恩師から視線を外す。今の質問でとりあえず聞きたいことは終わったようで、狂戦士科の教師がぬっと前に出たのだ。急に大きな影が動いたため、そちらに自然と視線を引き寄せられた。

 彼は学院長に背を向けない、しかし私達の正面にもなる位置で立ち止まる。


 彼も学院長に負けず劣らずの肉体をしているが、あちらが豪快さを持った太さなのに比べ、こちらは随分と寡黙そうだ。

 狂戦士科の教員ということで、まず間違いなく強いとは想像できるが、私から見ると何だか反応が鈍そうに見えてしまう。蜂とかに刺されても痛がらなそう。


 彼はリサを学院長の正面に呼び出すと、一つのブローチを差し出した。

 そのブローチのデザインはさっき見た、ガードナーが着けていた物とよく似ている。もしかすると細部が異なるのかもしれないが、遠目から見る分には違いはよく分からない。


「リサ・オニキス。狂戦士科筆記成績優秀者として、これを授与する。……テスト前に更生施設入りをした時はどうかと思ったが、頑張ったな」

「あ、ありがとう、ございます……」

「実技も……惜しかった。やはり単独ではやや成績が落ちた。お前なら十分に狙える範囲であっただろう。更生施設で1対1で散々しごいたが、我々が十全に力を発揮するには協力が必須だ。覚えて置け」


 リサは(いわお)の様な教員(名前は知らない)からそんな言葉とブローチを渡されると、いつになくしおらしく反応する。怯えている……わけではなさそう。


 私はそんな様子のリサを見て、隣に戻ってきた彼女だけに聞こえる様に問いかける。


「……もしや、感動していますか?」

「うっさい、バカ」

「ほら、あんたたちが仲良しなのは分かったから、次はあんたの番だよ。サクラ」


 リサからバシッと弱々しく叩かれると、シーラ先生から名指しで呼び出しを受ける。

 正直、呪術科の首席なんて貰っても大して嬉しくもないが、貰える物は貰っておくとしよう。一応、予想を超える点数を出すと約束してしまったしな。


 私は教員の視線が集まる中、学院長の前へと足を進めるのだった。



二話更新の前半になります。後半の更新は夕方くらいの予定です。

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