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第50話 授業日程と待ち合わせ

 学生寮から伸びる渡り廊下は、万象の記録庫や生徒準備室へ繋がっている短い物が一本、教室棟へと続く長い廊下が一本の合計2本ある。

 前者の廊下の先には他にも、あの大広間があったり教員棟へ続く廊下があったりするが、もちろん最も使われる場所は準備室と記録庫で間違いない。学生寮と課題置き場、記録庫を往復するのが日課のほとんどの生徒はこちらの廊下を頻繁に使うことだろう。

 後者の廊下からは各教室、体育館、そして地味に図書室等がある特別棟への最短ルートにもなっている。寮で起きて図書室へ向かう私にとっては、どちらかと言えばこちらの方がよく使う廊下だ。


 教員棟の第3教員室はどちらから行っても似たような距離だとか、教室棟地下へは廊下から遠い方の階段を使う必要があるとか、図書室は最短ルートを通っても異様に遠いとか、私にとってはやや面倒の多い場所でもある。せめて教室棟のど真ん中に直結していれば……と考えたのは一度や二度ではない。


 そんな2本ある渡り廊下の脇には、生徒が自由に活用できる“テラス”が設置されていた。戦闘での作戦会議などは記録庫からも近い課題置き場こと生徒準備室で事足りるので、そういった用途ではあまり使われていない。

 しかし、もっと落ち着いた理由では結構使われている施設だ。昼でも日差しは不思議と柔らかいし、ややオシャレな雰囲気のテーブルや椅子が並んでいる。廊下から窓越しに見られる点を除けば、そこそこの快適空間になっている。

 そのため人込みを避けた生徒がお茶会をしていたり、システム的には完全に不要な食事をこっそりと楽しんでいたり、異性同性問わず親交を深めるための一種のデートスポットとして活用されているのだ。


 いつもの渡り廊下からそんな場所へと足を踏み入れた私の目的は、人目を気にせず恋人とデート……ではもちろんない。

 私は魔法の書から、自分の日程表を抜き出して別の用紙に記入していた。いつもは見るだけの場所だが、今日は自分が廊下から見られる側になっている。そう認識するとやや居心地が悪いので、私は廊下側に背を向ける位置を選んで座っていた。


 別にこの作業は、私の提出物に不備があったとかそういう話ではない。そもそもそんな書類を書かなければならない場合、あの一度も掃除をしていない自室で事足りるのだ。一応作業用に机だけは物を置かない様にしているから場所もある。

 もっと別の、こうして顔を合わせて行う理由があるのだ。


 ふと気が付けば、穏やかな春先のような温かな風が枝葉を鳴らしている。それが少し耳に心地よい……が、それに紛れて、耳慣れた鬱陶しい声が響いた。


「くっくっく……新たな力が目覚めし時、来たれり……」

「でもまた授業受けなきゃねー。それだけはちょっと面倒なんだよね」

「そうでしょうか。(わたくし)は好きですよ、授業」


 ペンを走らせていた紙から視線を上げれば、そこにはいつもの三人が私と同じ様に作業を行っている。

 何となくとりあえず集まろうという雰囲気があって、集合してから全員で作業を始めたのだが、こうして揃ってから始めなくとも各自自分でやってから来た方が手間がなかったな……。

 私はそんな小さな後悔を抱きながら、再び自分の作業へと戻る。


 私達が行っているのは、専攻中級と副専攻の授業日程の書き出しだ。

 学院は授業日程表を発表しているが、それは“教室毎”の物でしかない。魔法の書に届くものなので検索機能などもあるのだが、誰がどの授業をどの時間に取りたいのかを一目で見るには少々問題がある代物だ。


 そして今私達が必要としているのは、まさにその誰がどの時間に授業を受けるのかという部分だった。

 私は抜き出す部分が想定よりも多い事を確認し直すと、不満を溢す。


「今日から中級の授業が始まったわけだけど……思っていたよりコマ数多くないですか? これはしばらく集まる時間ないかもしれませんね」

「授業時間自体が伸びている上に、初級に比べて授業数は倍以上。当然だな」

「呪術科は流石に倍まではありませんけど……魔法の数だけは多いの、相変わらずですね」


 相も変わらず状態異常ばかりの授業内容に辟易しながら、私が受けるべきここ数日間の授業時間をまとめていく。

 もちろん私とティファニーには仕事があるため午前中の授業は取る事が出来ない。そこから更に重複する内容を抜いて行くと……中級で増えたすべての魔法を覚えるのに、合計で4日間もかかる計算になってしまった。


 授業は魔法解放のための“イベント”なので、勝手にシーラ先生に教わっても使えるようにはならない。

 ……少なくとも私はそう思っている。実際に試したわけではないが、普通に授業を受けても覚えるのだからできたとしてもやらないだろう。4日間黙って授業を受ければいいだけなので、大した意味がないのだ。


 しかし、主専攻とは違って、副専攻である毒性学は明日の授業が最終だ。おかげで私の予定のほとんどが主専攻の呪術科の授業。かなりの時間に穴が開いてしまっていた。


 毒性学は唯一の受講者である私達二人が常に一緒に受けているので、ヒューゴ先生にお願いして本来の授業日程を崩してもらっている。本来ならば既に受けた毒性学の授業があるはずの時間に、次の内容をやってもらっているのだ。

 他に受講者が居ないから出来る、マイナー専攻故の荒業だ。


 そのため毒性学の授業の進みは非常に早い。

 たまにヒューゴ先生の話の脱線が止められず次回に内容が続いてしまうことはあれど、それでも主専攻に比べて進みの遅いはずの副専攻の授業が、この数日で終わるのだからその異常さは明らかだ。時間割を改めて見ると、正式な時間割では第1回や第2回の授業が多めの比率になっている。他の副専攻ではこうはいかないはずだ。


 話がズレてしまったが、今までこの4人でこうして気楽に集まる事が出来ていたのは、受けるべき残りの授業がコマ数の少ない副専攻しかなかったから。中級が解放されて主専攻の授業が増えると、ここに“予定を合わせる”必要が出てきてしまう。

 その前段階として行っているのが、今こうして4人で励んでいる、この授業日程の書き出しなのである。


「……おおっ? 中級はこんな授業もあるのか……」

「スキル概要読んでも良く分かんないなー、これ……」


 私は授業内容も碌に確認せずに、重複がないかどうかだけを見てすべての授業日程を書き上げる。手早く終わらせたのにはもちろんそれなりに理由があった。

 見れば他の3人は、自分の専攻で教えられるスキルの内容を確認しながら行っているらしい。こちらはまだまだ終わりそうにはないな。


 私は自分の授業日程にペーパーウェイトを置くと、足の着かない高い椅子から飛び降りる。教室の椅子と机もそうだが、私とコーディリアにとってこの学院は少々“大きい”。もう少し何とかならないものか。

 少し移動した椅子を元の位置に戻すと、私はすぐに踵を返す。


「それじゃ、私はこの後予定がありますから。時間の調整が出来たら連絡ください」

「ああ、ご苦労だったな。気張って行ってこい」


 返事も聞かずに背を向けた私に、ロザリーがそんな言葉を投げかける。

 私はその言葉に振り返りもせず、テラスを後にした。


 私がテラスを出て行ってしばらく。


「……これ、無理じゃないか?」

「死霊術と呪術って同じ教室で授業してるんですね」

「ああ、もう一つは暗黒術だな。この三つは地下の教室を共同で使っている」

「で、その残りの暗黒術の時間は見事に奇術と蠱術が他の教室で授業をしてて……」

「……数日は授業に集中するしかないようだな……完全に予定が合わん」


 そんな会話が行われていたことを、私は後から知らされることになる。


 テラスを出ると、当然だが渡り廊下の中ほどの位置に出る。そこから私は右に曲がって教室棟へ。

 今日は既に中級の授業は始まっているので、教室棟は賑やかだ。


 ちなみに昨日までここらで授業をしていた初級クラスだが、今日から初級の授業は教室棟の少し奥まった場所に追いやられてしまっていた。私達が今までと同じ教室で中級の授業を受けるためだ。

 そちらはここと違って閑散としている事だろう。場所は初級に譲って自分たちが進級と共に移動となるのが普通だと思うのだが、なぜか進級した生徒が優先になっている。学生寮から近い教室は“実力優先”と言うことだろうか。


 ちなみに、私達はこの学院が大きく生徒を集め始めた、つまり授業のカリキュラムが変わってからの最初の生徒であり、私達の上の“上級生”というのはまだいない。同じ様に、今まで“中級生”というのも居なかったことになる。

 学院に居る私達の“先輩”というのは教員か教員見習い、研究助手という少し変わった立場の人達だけだ。

 ついでに言うとこの学院での区分で“上級”というのは、実質的に教員と対等な立場の研究員という扱いになるらしく、授業で魔法を教わるのは中級までとなっている。


 そう考えると、昨日の実技試験が若干難しかったのも多少は納得できるかな。


 私は教室棟の廊下を通り抜け、教員棟へと続く渡り廊下を進んで行く。大半の生徒はこちらには用事がない。廊下には一気に生徒の姿がなくなったが、私にとっては通い慣れた道だ。不安に思うことはない。

 学院に入学してすぐは第3教員室への最短ルートが分からず、多少は道の分かる教室棟からの廊下を通っていた。見慣れた風景だ。


 ただ教員棟に足繫く通う私も、今日向かう場所は教員棟の中でも初めての場所である。


 私は教員棟までやって来ると、魔法の書からマップを開く。はて、渡り廊下正面の階段から上っていいのだったか。

 この学院には廊下を潰す程に大きな部屋まであるので、同じ棟の同じ階なのに他の階から回り込まなければならない場所が結構ある。外から見ると単純な構造をしているからと言って油断は禁物だ。


 私はマップを頼りに階段を上っていく。いつも通っている第3教員室へ向かう廊下を今日は無視。今あそこにはシーラ先生もいないだろうし。

 今の目的地は教員棟の最上階。具体的には4階にあった。マップを読む限りここから上っていくのが最短のはず。


 私は自分の体には少し高い階段を一段一段乗り越え、3階までやって来る。ここから目の前の階段を……


「やっと来たわね。待っていたわよ」


 上ろうとしたところで呼び止められた。

 私にはここで待ち合わせをしていた記憶はない。と言うことは間違いなく人違いだろう。私はマップを信じて歩き出す。


「人違いです」

「あんたみたいなチビ助見間違えるはずないでしょ。ほら、こっち向きなさい」


 待ち伏せ女は私から魔法の書を取り上げると、勝手に閉じてしまう。

 ここからはほぼ一本道とは言え、なんて事をするのだと視線を上げれば、そこに居たのは予想外に見覚えのある人物だった。


 意志の強そうなつり目に、やや高いポニーテール。制服の上着は脱いでおり、胸には熊の学科章……。


「ああ、リサですか」

「またその反応……私ってそんなに影薄い?」

「こんな場所で何をしているんですか? 私を待っている約束をした覚えはありませんよ」


 この前ダメージコンテストに協力した狂戦士、リサ・オニキスが階段の前に立っていた。それは橋を守る弁慶の……橋を守っていたのは張飛だったか?

 とにかく、私には彼女に待ち伏せをされる謂れがない。私がその疑問を彼女に聞かせれば、彼女は小さくため息を吐く。


「あるでしょ。ほら、私のパーティの制限が解除されたのよ」


 ああ、そう言えばそうだったな。ペナルティが解除された時、連絡が欲しいと言ったのは私だったか。実技試験のごたごたですっかり忘れてしまっていた。

 しかし、それでも疑問は残る。


「なぜこんな場所で? 普通にメッセージでは駄目だったのですか?」

「……別に。あんたなら今日ここに来るだろうなって、そう思ってただけよ。ほら、行きましょ。あんたもこの上に用事があるんでしょ?」


 リサはそう言うと、くるりと後ろを振り向いて4階へと続く階段を上っていく。

 彼女は当然の様に限界まで巻き上げられたスカートを気にする様子もない。この場に同性しかいないので、と言うよりも元から気にしていないらしい。


 私は彼女が呼ばれた理由を察しながら、彼女の横に並ぶように階段を駆け上がった。



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