第48話 決着
「そんなに格好つけないでよ」
私は小さくそう呟くと、倒れ行く友の姿を見送った。
あの状況が何とかなった。何とかさせてしまった。冷静に戻った私は慌てず急がず、次の魔法を詠唱し始める。
ロザリーが残したこの状況、上手く使わない手はない。……何としてでも勝って見せるとしよう。
「ティファニー、前に出て下さい。コーデリアだけでは長くはもちません」
「もちろん! ロザリーにばっかり格好つけさせないよ!」
剣を逆手に持って大蜘蛛の前に躍り出たティファニーは、そのまま私達から大蜘蛛の視線を逸らすように動き始める。素早い身のこなしで右に左にと攻撃を避けると、顔面に規則正しく並んだ蜘蛛の瞳を斬り付けた。
攻撃による欠損表現のないこの世界では、目が攻撃で潰されると言うことはない。それでも彼女がそこを狙ったのには理由がある。弱点部位への攻撃と言うのは敵意を集めやすいのだ。
弱点判定の派手なエフェクトが舞い、反撃の糸が口から噴射される。
それは避ける事が出来ない完璧なタイミングではあったが、コーディリアの召喚した蜂が身を挺して庇った。全長50㎝はあろうかという殺人蜂は、その自慢の翅を絡め捕られて地へ落ちて行く。
抵抗できなくなった彼女に、大蜘蛛は無慈悲にその鋭い脚を踏み下ろす。プラスチックが砕かれるような軽い破砕音が響き、彼女の頭部は無惨にも貫かれてしまった。
虫だからなのか召喚体だからなのか、頭が砕かれても尚も動こうとしていた彼女だったが、既に糸の中の彼女は逃れる事はできない。それでも“気を引く”という最大の目標を達成し、幾度となく大蜘蛛の攻撃をその身に受け続けていた。
その間にティファニーはお返しとばかりに剣を深々と突き刺すと、その剣を思い切り足で蹴り上げる。
文字通り全体重をかけたその攻撃は、大蜘蛛に深々と傷を残した。
……私の詠唱も終わり。これで準備は整った。
私はおそらく今回の戦いで私の最後の仕事になるであろう、昏睡の魔法を展開した。
範囲を限定して影響力を高めた昏睡の魔法は、瞬く間に大蜘蛛を幾度目かの眠りへと誘う。
私はそれを確認すると、腰から最後のとっておきを抜き出す。唯一今回の試験で使う機会がなかった薬。最後までこれが余ったのは最早奇跡……いや、全員の奮闘の成果だ。
私は注射器型のそれを片手で弄びながら蜘蛛の下まで向かうと、その手前で寝ている“死体”へと突き刺した。
「……いっってぇっ! あだだだっ、痛いって! 何これ!?」
その直後に、死んでいたはずのロザリーが目を覚ます。あの足に比べたら注射なんて大して痛くもないだろうに。太さは数十、いや数百倍は違うはずだ。
私は大きくため息を吐くと、注射器で薬液の注入を続けながらまだ動けない彼女を見下ろす。
「蘇生薬です。あなたが中々死なないので一本残っていました」
「……我、めっちゃ格好良く死んだと思ってたのに、生き返ったら台無しじゃないか?」
「簡単に死なないで……いえ、あなたが死んだらあれに誰がとどめを刺すんですか。私達では火力不足ですよ」
意外に時間のかかる蘇生を終えて、私は不満気なロザリーを立たせる。
彼女は私の言葉を聞いて一度困惑するように視線を彷徨わせたが、すぐに眠る大蜘蛛に目を向けた。
「あの魔法なら残りのHPくらい余裕でしょう?」
「むぅ……最後の一撃を任せられるならば、まぁいいか……」
ロザリーは私の提案を渋々了承すると、とっておきの古代魔法の詠唱を始めるのだった。
***
「それで……わたしの合否は?」
古代死霊術、ビクティムのカウンターが決まり、大蜘蛛が消えて行く。コーディリアだけが名残惜しそうにそれを見送る中、ティファニーは試験官にそう問いかけた。
試験中は黙ってこちらを見ていたトビスケだったが、試験が終わるといつの間にかいつもの調子に戻っていた。……ちゃんと試験は見ていたんだろうな。
「ふん。まぁ上出来と言ってもいいだろう。戦闘時間は長かったが、合格点は超えている」
「ぃやったー! サクラちゃんのおかげだよーっ!」
「……それは良かったですね」
突然ぐんと高くなる視界と、柔らかな圧迫感。トビスケの言葉を聞いてティファニーは私を抱き上げる。
幾度となく繰り返されるキスに辟易しながらも、私は今回の試験官、トビスケに視線を向ける。彼は私の視線を受けて不機嫌そうに目を細めた。
「それで、私を落第させるという話はどうなったのですか? まさかこれから試験が始まるとか?」
私がそう微笑みかけると、トビスケは不満そうに止まり木から飛び上がる。
「次の受験者が来る。さっさと帰ると良い」
彼はそれだけ言い切ると体育館の梁へと飛び去って行く。どうやら試験開始前はあそこで待機していたようだ。何のためかは分からないが。
……まぁいいか。試験が終わればそうそう会うこともないだろうし、このくらいで。
私はティファニーの指を外させて地面に降り立つと、体育館を後にする。
体育館を出ると再び受付前の混雑に巻き込まれることになったが、相変わらず列が進む速度自体は早いのですんなりと混雑からは解放された。入り口が決まっていた行きの道とは違い、帰り道はとにかく混雑から解放さえされればそこから目的地まで移動できる。とにかく流れに乗っているだけで済むのだ。
混雑から解放されると、私達は人のいない教室棟の廊下を進んで行く。テスト期間中は専攻学科の授業がないのでいつになく静かだ。筆記試験のあった昨日はあれだけ騒がしかったというのに。
誰も居ない廊下には西の窓から眩い夕日が差し込み、窓枠の影を反対側の壁に映していた。夕日は既に地平線よりも高い位置にある建物の影に半分ほど消えて居る。もうすぐにでも暗くなっていくのだろう。
「これで試験は突破。明日には中級になるわけだな」
「中級になれば呪術も多少はマシになる……そう信じたい所ですが、どうなんでしょうね」
ロザリーがぽつりと呟いた言葉に、私はそう言葉を被せる。
会話のつもりの言葉ではあったのだが、その声は自分でも驚く程に小さく響いた。さっきまでの喧騒が耳に残っているが、静かな廊下にその小さな声が響いてしまう。その場にいた全員が聞こえたことだろう。
この声の響きに、自分が少しだけ不安に思っている事をそこでようやく自覚した。
私は、呪術科は、中級になってからも碌な魔法を覚えられなかったら、どうなってしまうのだろう。
これから魔物も強くなるはずだ。いくら魔法陣の勉強をしていても改造するには限度があるし、何より状態異常耐性の強い敵に対して無力と言う圧倒的な課題は抱えたままだ。やはり戦力として私は……。
ロザリーはそんな私の言葉を聞いて、ぽんと私の頭に手を置いた。
「今日は勝った。なら明日も勝つ。当然の摂理だ」
「考え無しの言葉は必要ありません。慰めにもならない」
私は彼女の手を払うと、ため息と共に魔法の書から授業日程を呼び出す。
予定ではこの後毒性学の授業があるはずだ。専攻の授業はないが、実はテストには一切関係のない副専攻の授業は昨日も今日も予定通り行われている。
それを受けてから……シーラ先生は採点作業中だろうか。というか、今日は教員棟に入ってもいい日だったか?
私に今必要なのは、間違っても助けてくれる仲間の優しい言葉などではない。
この不安を取り除くのに必要なのは確かな根拠。中級になれば呪術がマシになる。マシにならなかった場合でも、強くなる手段は他にある。私に必要なのはそういった話だ。
そしてそれらは、自分で見つけなければならない。いや、私が自分で見つけたいのだ。
今日、皆は自分に出来る事を懸命に熟していた。私も自分の出来る事を増やさなければ、置いて行かれてしまう。
そうなってしまう予感こそが不安の元凶。そこで彼女らの手を借りる等、できるはずもない。
呪術師が強くなる手段として考えられるのは、残念なことにそう多くはない。レベル上げて装備を揃えて、私の“能力”を上げたところで何にもならないのは分かりきっている。ただ考え無しに課題を行うだけでは駄目なのだ。
私が強くなる手段。具体的に考えられるのは、2種類だ。状態異常以外の戦法をなんとかして生み出すか、状態異常が通らない敵にも無理矢理状態異常を通すか。
今の所、前者も後者も手掛かりすらない。ただ、すべての状態異常が効かない敵と言うのは今の所見たことも聞いたこともないので、状態異常の種類が増えればそれだけ強くなったと言える……かもしれない。
そんなことを一瞬考えるが、すぐに私は首を振る。本当にそうだろうか。
それでは私は永遠に、有効な状態異常がすべて効かない存在に怯え続けなければならないのではないだろうか。
現状私が使える状態異常は7種類。例えばその内暗闇だけが通る魔物を相手に、私が出来ることなどそうそうない。精々囮になって死ぬくらい。
私はその状況こそ不安に思っているのだから、結局20種類の状態異常を使いこなそうとも、状態異常完全無効という敵が出てくるかもしれないという不安はこの先一生消える事はないのではないだろうか。
やはり状態異常以外の方法、手札を増やす以外に方法はない。
中級呪術にそれを期待するか、それとも……。
いや、呪術に期待する以外にもあった方が良いというのは確かだ。他の手段も考えた方がいいだろうな。
私は手元にあった副専攻の授業日程に視線を落とし、新たな力のヒントを探し始めるのだった。
評価、ブックマークありがとうございます。
昨日は更新できずに申し訳ありません。
更新日を見て頂けると分かると思うのですが、実は昨日は自分で本作の誤字修正、表現の更新を行っていました。本編の内容の変更はございませんのでご安心ください。
どうして突然そんなことをしていたのかと言うと、突然学院の見取り図が必要になったのですが、学院の構造を考えていなかったのに位置関係だけぽつぽつ話してしまっていたんですね。その辻褄を合わせるために情報を掘り返していました。誤字脱字の修正や表現の訂正はついでの作業だったので、そこまで大幅に隅から隅までは行っていません。
昨日は忙しかったとかゲームをしていたとかではなかったんです。その内いつも通り未来の私が2話更新を行うと思います。




