ホワイト20
最終章です。
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きーーーーん
7月17日だ。
ここは自宅だ。
あれから僕は自分の家に戻った。2年間でこれほど変わるのかと言うほど部屋は懐かしいもので溢れかえっていた。
母は気づいていないみたいだ。それはそうかもしれない。体も声も多分正確も昔のままの僕なんだから。
ただ、この焦りには気づいて欲しかった。
僕は帰ってきてすぐに寝た。
2年後と違く、目覚ましのアラームも壊れていなかった。そのおかげで気持ちよく目覚められた。
僕は改めて部屋の周りを見回した。箪笥には中学時代の制服が掛かっている。机の上には薄っぺらい教科書が散らばっている。このまま中学生活をもう1度やり直すのもありかなと思えてきた。
二音はベッドの脇に掛けてあるカレンダーを見た。
7月17日。
この何世紀にも及ぶ、この『予告』と言う能力はもしかしたら、今日の、この自分のためにあるのかもしれない。
世界全体を見ればものすごく小さい、何の影響もないことかもしれないが、僕達にとって、秦はこれだけの大きな存在だったのだと改めて気づけた。
人、一人の存在の大きさにも気づいた。
二音はベットから跳ね上がって1階に下りていった。
時刻は7時。
早朝ではあるが、二音はのんの家に向かうところだった。
二音がドアの取っ手に手を掛けたのと同じくらいのタイミングで、ドアが勝手に開いた。
そして、ドアの向こう側には眩いくらいに鋭い、いつになく真剣な目付きをしたのんが立っていた。
「春手・・・・・・。」
二音は驚きを隠せなかった。
まだ7時だ。こんな早くから来てくれるとは思いもしなかった。
のんは何も話さない。ただ、意思だけが伝わってくる。
この事件を、とても真剣に考えているようだ。
「行くよ」
のんに言われ、二音ははっとした。ここからが始まりなんだ。
ここからが運命なんだ。
「おう。」
のんには何も言わなくたってすべて分かってもらえると思う。
僕がそうならばきっとのんもそうだ。
三ツ星公園に着いた。午後7時半だ。
三ツ星公園には秦と、泉がいた。
泉はどうやら秦が呼んだようだ。
「泉も着てくれたか。本当にありがとう。」
「ん? お前、二音か? なんか二音らしくないオーラがするな。」
「それな。僕もそう思った。そしたらこいつ、未来から来た二音なんだってよ」
「ん? 未来から来た? タイムスリップして来たってこと?」
「そういうことなんだろ、二音。」
「あ、ああ・・・・・・。」
2年前の僕達もこんなに仲がよかったんだ。
2年前から、いや、もっと前から僕達は親友だったんだ。
こんなに仲良さそうな僕たちを見ているとこの事件に巻き込みたくなくも思える。
「みんな、ちょっとよく聞いて。まず、さっき言ったように僕はさっきまでの二音とは違う。同じ人体でも、人格は違う。人格は2年後の二音だ。分かりやすく言うと、人格だけがタイムスリップしてきたような感じだ。そして、僕がタイムスリップしてきたのにも意味がある。」
僕は1回、間を取った。みんなは僕の方をしっかりと見てくれている。
吸う空気がとても新鮮に感じる。息苦しかった胸の中に入った酸素は自分を取り戻してくれた。自分を見つけてくれた。
「僕がタイムスリップしてきた理由は、秦を救うためだ。」
昨日、メモを渡しておいたお陰か秦は動揺していない。ただ、泉の表情は少し曇ってきている。
「2年後の今、秦はこの世にいない。何者かが今日、秦を殺す。」
泉の目には確かに変わってきていた。
二音は何回も空気を求めた。それでも空気は与えられてこない。神様が酸素を奪っている感じだった。
そういえば以前もこんなことがあったな。
「僕の使命はそれだ。秦を守ることだ。」
絶対に秦は俺が守る。
何の意味も持たなかった言葉だ。僕は約束を守れなかった。何もできなかった。
以前、のんは「同じ失敗は2度としない」と言っていた。
2度としない。こんな意味のある言葉を裏切るなんて。意味を持たせないなんて。
「くよくよするんじゃないよ二音。お前はいくら経ったって、どこに行こうたって僕たちの仲間だ。僕らの親友だ。」
「ありがとう。ありがとう・・・・・・・。」
二音は秦の方を向いた。
「今度は約束守るからね。どんなことがあったって死ぬ気で守るから。それが僕の信じる姿勢だ。」
人それぞれでいいんだ。莉亜が信じるのは疑うことって言ったのなら、僕は堂々と信じることが約束を守ることだって言い返してやる。
辞書に載っている言葉が正しいなんて一度も思ったことがない。
僕が勉強をどんなにやっても成績が悪いのは神様のせいなんかじゃない。僕がどんな答えにも納得しないからだ。
自分が正しいと思い込んでいたからだ。
自分の考えが正しいと思っているからだ。
僕達は秦の家に移動した。2年ぶりの秦の家。懐かしいと言うよりもその内装は完全に忘れ去られていた。
部屋の配置はなんとなくで覚えている。僕はそのなんとなくを頼りに秦の部屋に向かった。
秦の部屋も全く覚えていなかった。木の壁には秦がやっているテニスの表彰状と、いくつかのトロフィーがあった。
泉ものんも、今日1日はすべて秦を守ることに使うと約束した。そして、秦の近くにいるためにも今日は秦の家に泊まることにした。
僕達はいろいろなことをした。ゲームしたり、将棋したり、食事したり、部屋で勝手に飛び跳ねたり・・・・・・。そんなことをしているうちに時間はあっという間に過ぎた。秦が殺されることも忘れかけていた。
楽しい時間だった。これがずっと続けばと思った。しかし、現実はそう甘くない。時間は刻一刻と進んでいる。
そして運命の歯車が回り始めた。
*****
ぴゅううぅぅーーードーン!
花火がなった。
それは時間が来たというお知らせでもあった。
「僕達は玄関のほうを守るね。」
のんと泉は玄関の前に立っていた。
僕は窓から今年1発目の花火を見上げていた。
色は赤だ。炎のように真っ赤に染まった空はこれからの危険を暗示しているような感じだった。
「秦は、この仲間達はいいメンバーだと思った?」
赤い空を見ながら何気ない口調で聞いてみた。
秦は戸惑っている様子もない。その瞳には信念が宿っていた。
そして秦が何かを言おうとした時だった。
「あっつ!」
二音は声を上げた。1階からは逃げてと言う言葉が飛びたかっていた。
僕は窓の下を見た。そこに人影はあるが肝心の犯人が見えない。
閃光が走った。周り1面が眩しくなる。
花火の光に照らされた犯人が見えた。あ、あの人は・・・・・・。
遅かった。犯人に見とれている場合ではなかった。床は怒り狂ったような炎が床を染めていた。
―まるで赤い花火を打ち上げられた空のように。
この炎はさっきの犯人が放火していったものだ。怒り狂った炎は抱きつくように僕を襲ってくる。
僕はとっさに部屋から飛び出た。幸い、さっき自分がいた位置とドアが近くにあったため怪我はしなかった。とは言え、もうすでに1階へと続く階段は炎の餌食になっていた。
そして僕はとても大切なことに気づく。
秦を部屋に置いてきてしまった。これではこれまでの1週間はなんだったんだ。また秦のことを救えなかったじゃないか。
のんは何のために死んだんだ。
僕は秦の部屋に戻った。秦はさっき、ベッドに横たわっていた。まだそこにいることを信じ、僕はそこに向かった。案の定、秦はベッドに横たわっていた。
僕は秦を抱きかかえた。服には少し墨が付き、黒く汚れていた。
僕は自分を信じて、諦めずに出口を目掛けた。
周囲にはどす黒い煙と、家の素材を激しく燃焼する火で周りは見えなかった。そんなの気にしてない。僕はその中に飛び込んだ。痛い。もう、熱いという感情はない。炎に包まれたって何も気にならない。何も感じない。自分に言い聞かせた。腕がちくっとする。何かに刺されたような感覚だった。知らない知らない。周りとの感覚をシャットダウンする。それでもやはり痛い。
煙を吸い込んではいけないことは知っていた。だから息はしていなかった。空気の味も忘れた。それでも、それでも胸が苦しい。もうあんな思いはしたくなかった。あんな苦しい思いはしたくなかった。
二音は全力で走った。もう熱いとか知らない。痛いとか知らない。苦しいとか知らない。いっそこのまま消えてしまってもいい。これが自分の最後の使命だ。こんな無残な人生、誰も称えてやくれないだろう。ただ、称えてもくれないほどの惨めな死に方はしたくない。
称えてくれないのならばもっと生きたい。
もっともっと生きて英雄にでもなってやりたい。
どうせ2回ほど死に掛けた人生だ。どうなったって後の祭り。
ただ、今はその前に・・・・・・・助けて・・・・・・。
助けてお母さん・・・・・・・。
助けてお母さん・・・・・・・。
あの時そうだったように。




