ホワイト21
ラストスパート!!
*****
それは今から6年前の小学4年生の頃だった。
僕達は友達と川遊びをしに出かけた。
僕は突然それを見つけたんだ。動く魚を。
動いていたというだけで嬉しかった。それが感動した。
僕はその魚を追いかけた。清流に沿って流れるその生魚は、自由で羨ましかった。
あと少しで魚に手が届く距離だった。
僕は精一杯手を伸ばした。
伸ばしすぎたかもしれない。僕は手に力を込めすぎていたため、バランスが崩れて遭えなく滑った。
僕は頭を石にぶつけた。
そしてパニックを起こしていた。息ができない。ここでこの息を吐いたら水が入ってきてしまう。
僕は必死でもがいた。
ついに口を開けてしまった。口から放たれる泡がこんなにも美しいとは知らなかった。僕は魚になりたかったのかもしれない。
泡が出るとともに肺の中に液体が流れ込んでいった。うまく呼吸ができない。
更なる空気を求め、また深く息を吸った。魚みたいに泡は出なかった。体の中へと浸透していく液体はもっともっと体の奥に流れていった。
あの青色は忘れない。
自分の好きな色だった青があれほど怖く思えたのはあれが初めてだろう。
これが僕の体験した1回目の死にかけだった。
*****
もう5分ほど経過した。
それなのに秦も二音も出てこない。
僕は泉を見た。泉と僕は一緒に脱出していた。
泉は僕に向かって頷いた。僕はそれを見て、動き始めた。
泉が頷いたってことは、突入を始めるという合図でもある。
僕達は炎に包まれた秦の家の中に入っていった。木造の家だったので、炎の勢いは衰えない。
僕は全力で走った。熱いという感覚が脳に伝わるよりも早く走った。
秦と二音がいたところは2階だ。ただ、階段は激しく炎が立っていた。煙で辺りも見えないがそれでも階段を上っていった。
階段を上りきったところだった。僕は衝撃の光景を見てしまった。秦の部屋が爆発した。炎の塊が天に向かって伸びていく。
急に苦しくなった。もしあの中に二音や秦がいたら・・・・・。
僕は階段を下りようとした。3段ほど降りたところだろうか。誰かがいた。秦だ。秦がいる。
僕は秦を抱き起こし、そのまま玄関に向かった。階段はとても熱く、燃え尽きていた段もあった。
僕が外に出た直後だった。秦の家が完全に爆発した。どうやらお風呂の燃料に着火したようだ。
泉が寄ってきて秦を寝かせてくれた。秦は顔と腕に火傷を負っていた。そして僕も足に火傷があった。傷口がズキズキしてとても痛い。
すぐに泉が呼んでいた救急車と消防車が駆けつけた。
秦は救急車に乗せられ、緊急で搬送させられた。
消防隊は秦の家の中に入っていった。どうやら泉がまだ二音が見つかっていないことを伝えたみたいだ。
消防隊はすぐに救出を断念した。家は完全に燃焼しきり、家の床や壁はぼろぼろに剥がれ落ちていた。
火はなかなか鎮火しなかった。木造というだけあり、火の勢いも収まらない。
二音の捜索は鎮火した後にずっと探された。
しかし、どんなに探したって二音の消息以前に体も何もかもが見つからなかった。
あの晩、二音に何があったのだろうか。
二音はどこに行ったのだろうか。
*****
疑うことは知ること。
莉亜は「正義のある悪者」という本を読んでいた。
この言葉は莉亜にとってとても大好きな言葉だった。そしてこの言葉は1995年にイタリアの保守党党首になったイーデンの言葉だ。
疑うことは知ること。
知ろうとすることは信じること。
みんなはあの晩の出来事を知らない。すべては私が2年前にしたように何事もなかったかのように消化されていった。
ただし、私の頭の中にはそれがまだ残っている。保管されている。
私はあの時、泣きながら二音に「疑うことも信じることなんだよ・・・・・」と言った。もちろん二音も忘れてはいないだろう。
思い返せば私が晴を親友と思い始めたのも私が疑ったからだ。
もともと、晴はこの町にいなかった。
私が小学2年生の頃に晴は転校して来た。いつまでたってもクラスには馴染めず、いつも机に向かっていた。
私は隣町に出掛けたときに消しゴムを買ってもらった。この学年で1人だけ持っているきらきらした特別な消しゴムだった。
ある日、私はその消しゴムを失くしてしまった。私は悲しかった。あれほど大事にしていたものが自分の手元から離れるのはショックで初めての経験だった。
それから4日後だろうか。
晴は私と全く同じ消しゴムを持ってきていた。
私は晴が盗んだと思い、晴に直接聞いてみた。
「それ私の消しゴムでしょ。返してよ。」
晴は驚いたのか口をぽかんと開けていた。
「ううん。これは僕の消しゴムだよ。前の学校の友達から貰ったんだ。」
私はそれでも信じなかった。ちょっと貸してよ。といって無理矢理消しゴムをひったくって自分の手で触れてみた。
触ってみただけだと分からなかった。
それで次の時間の最中、私は晴の消しゴムを見ていた。始めは。
しかし、途中から飽きてきて秦の背中を眺めるようにしていた。授業中は全く動かないその背中を見てると、親近感が沸いてきた。
昼休みになった。私は晴から話しかけられた。
なんて話しかけられたのかは覚えていない。ただ、これをきっかけに私達は友達となった。それどころか親友にまでなった。
晴からメールが来た。
いつもの喫茶集合。私は後10分で着くとメールを打つ。自宅からどれくらい掛かるかはよく行くとこだったら把握している。すぐに返信の音がなる。急いで携帯を開く。了解。僕も後10分くらい掛かるね。家が近所だから当たり前だなと笑う。
「グレート・リーフ」には私のほうが先に着いた。ここに来るということは勉強するということだ。
「お待たせ。待った?」
「待ってないよ。ってそのくだりもう要らなくない?」
私達の間で待った? 今来たところ。は、いつの間にか挨拶となっていた。おはようと言うように「待った?」と聞く。これを始めたのもタイムスリップして二音と出会ってからだな。
「今日は、珍しいものを持ってきたんだ。」
晴はカバンをあさりだす。
「あった。あった。覚えているかな? この消しゴム。」
それはまさに私達の出会いのきっかけとなったあの消しゴムのことだった。あのときよりも美しくないし、きらきらもしていない。
「あっ! それ、覚えてるよ! 思い出の消しゴムなんでしょ」
晴は笑い出した。
「これは僕が唯一吐いた嘘だよ。」
嘘? 何が嘘だ?
「これ、本当は莉亜のものなんだ。僕も前の学校でこれと同じ物をプレゼントされてね、でも僕のはすぐに失くしちゃったんだよ。」
それじゃあやっぱりそれは私のだったのか。もっと疑うべきだったのね。信じるのも疑うのも難しいな。
「もっと信頼されるようにも唯一の嘘も無くそうと思ってね。」
信頼か・・・・・・・。
結局信頼という言葉はなんなのだろうか。嘘を一つも吐いていないことが信頼されることになるのだろうか。
「思い出した。昼休みに話しかけてきた言葉。」
小2の昼休み。晴が私に話しかけてきた言葉。それは・・・・・・
「この消しゴムね、本当は僕のじゃないんだ。ごめんね。勝手に取って。でもこの消しゴムを見ると新しい出会いが見つかると思えるんだ。」
そして私は消しゴムを晴にあげた。お守りになるようにと祈って。
「それは大切なお守りだから大切に採っておきな。それと、やっぱり晴は嘘なんか一つも吐いてないよ。」
私は晴から受け取った思い出の消しゴムでノートに書いた7月21日という文字を消した。そしてそれから晴に消しゴムを返した。
7月21日か。
もうあの恐ろしいことがあってから4日も経ったんだね。
晴ものんも泉もあのことなんて無かったかのように流れていったけれども二音は本当に過去に戻ってよかったと思っているの?
これではのんの代わりを二音が背負ったような感じになっちゃったじゃん。
なんかこれからもっと嫌なことが起こるように思うよ。
私は机に載っていたノートと参考書をカバンに戻し、「正義ある悪者」を読み始めた。
町の風景は、莉亜が覚えていた4日前と変わっていた。
*****
2年後に戻ってきたのか。
二音は三ツ星公園のベンチに座りながらそんなことを考えていた。地平線の彼方へ消えていく太陽は僕を避けているようだ。
二音は自分の家に向かって走った。最近テニス部をサボっていたせいか足がピリッとする。
すっかり暗くなってしまった街を見渡しながら今年1発目の花火を見た。今頃のんや泉は楽しく花火を見ているのだろうか。
二音は携帯を開く。―着信なし―
今年1発目の花火は赤だった。
2年前と同じか。火事に気をつけなきゃな
二音はまた携帯を開いた。『紀伊町 厳島家 火事 検索』インターネットのトップページには様々なことが書かれていた。二音は1番上の見出しをタップした。
紀伊町火災まとめ
二音はページを下のほうに引っ張った。しばらくするとお目当てのページが見つかった。
7月17日、厳島家で放火が発生。死者はいないが、けが人3名。残っていた木材に付着していた指紋から犯人は倉土二音容疑者(当時14)のため、少年法でその父倉土清(47)を検挙。しかし、被害者の厳島秦(当時14)や、春手のん(同)も二音容疑者の容疑を否認。また、二音容疑者も、倉土家で保護されており、事件に関しては何も知らないとのこと。
二音は混乱した。どうなっているんだ! お父さんが検挙?
怒りに任せて落ちていた石を蹴り飛ばした。空には赤い花火がまた上がる。石はタイヤのホイールに当たり鈍い音が周囲に響く。
二音は急いで駆け出し自分の家に向かった。
*****
7月21日。二音はシャイン橋の上を歩いていた。
その後ろに忍び寄る黒い影。
その影は二音に棒のようなもので殴りかかる。
周囲の人はその姿を見て叫ぶ。いや、車の音が叫んでいるように聞こえただけかもしれない。何せもう9時だ。歩行者はいないし、暗いから車の中からでは見えないだろう。
二音はその振り下ろされた棒を避ける。すべて知っていたかのように。
どうやら黒いコートを着ている男はもう1度棒を上に上げる。
「あんた白神先生だよね。」
その男は固まったように動かない。




