Vol.7:あおぞら号開館!
頑張れブックハンター達。あとシド。
三ヶ月が経ち「2000冊ハント」の納期が訪れた。都内の某河原には改造されたマイクロバスが止まっていた。この度高橋の主導で開館に至る事になった移動図書館「あおぞら号」である。内部、及び左右の改造された扉部分に書架が積まれており、ミミミ達はこれまで何度かに分けて蔵書を運び、既に大半はこの中に収められていた。今日が最後の納品日なのだが、高橋の事務所に直接持って行っていた今までとは違い、今回は事情によりこの河原に集まる事になっていた。
「今日でようやく最後か……疲れた」
大量の段ボール箱の前に日傘を差して立つアプリコットがぼやいた。相変わらず今日もゴスロリファッションである。
「いやあ、皆さんには本当に頭が上がりません」
高橋がぺこりとミミミ達に頭を下げた。彼の後ろでは既に彼の仲間がせっせと納品作業を始めている。
「あとはシンのおっさんか……」
「あの男、ちゃんと来るんだろうな」
「開館は23日でしたよね」
「はい。あの、本当にいいんですか?」
「ええええ大丈夫ですよ、この眼鏡もゴリ子もおっさんも、どうぞ好き勝手使って下さい」
「おい何さらっと自分を抜かしてんだよ!」
にこやかに話すミミミにシドがツッコんだ。
「待て、何の話だ」
アプリコットが尋ねる。
「アフター・サービスだよ。開館初日だけお手伝い」
「はあっ!? 聞いてないぞそんなの!」
「言ってないもん」
「…………はあ……まあ大口の依頼だし、そこは我慢するか……」
彼女が浅く溜め息をついた所で高橋の携帯が鳴る。あおぞら号運営の同僚かららしかった。
「はい、どうしたんですか山さん……え、足を骨折した……? それで……ぜ、全治3ヶ月……? ……あ、あーあーいいですよ、こっちは心配しないで下さい……はい、はい……何とかしますから、ゆっくり療養して下さい……はい、では……」
通話を終えると、彼は深刻な顔をした。
「? どうしたんです?」
「……このあおぞら号のドライバーからだったんですが……足を骨折したそうです……」
「……じゃあ運転は……?」
「当然出来ませんね……」
「他にもドライバーはいるんです?」
「い、いやそれが……山さんひとりしかいなくて……何とか確保しないと……」
「……」
「ま、まあこっちの話ですからこっちで何とかします」
その時一台の4tトラックが河原に乗り入れてくる。運転しているのはシンだった。
実は彼はこれまでのハント数がミミミとアプリコットよりも少なく、最終日である今日にまとめて運んでくるとの事だったのだ。納品場所を広めの河原に設定したのは彼の頼みからだったのだが、どうやらこういう事だったらしい。
ミミミ達の前に一旦停車すると、彼は窓を開けて笑みを見せた。
「いやあ遅れて悪い。まとめて持ってきたぞ」
「……!」
彼女の頭上で電球が点灯したのが間違い無くシドには見えた。
「何でこんな事に……」
ハンドル上の腕に顎を乗せ、シンは渋面を作っていた。
四月二十三日、土曜日。移動図書館「あおぞら号」の開館日である。彼は足を骨折した山口という男に代わって臨時の運転手となっていた。
「もーいつまでも文句ばっかり言って。ネチネチ言う男はモテないんだよ」
助手席に座るミミミが説教を垂らす。
「だからこいつだっていつまで経っても童貞なんだから」
補助席のシドを指した。突然の飛び火である。
「関係ねえだろ!」
「すいません、それではよろしくお願いします」
「はいはい。安全運転で行きます」
「運転するのは俺だ」
ミミミに一言声をかけた後、高橋は別の車に乗り込んだ。あちらの方には彼とその同僚ふたり、それからアプリコットが乗っている。高橋の車が先に発進し、シンが運転するあおぞら号はその後ろを付いていく形になる。
「よし、あおぞら号全速ぜんし~ん!」
「安全運転じゃないのかよ」
ミミミの掛け声でシンがゆっくりとアクセル・ペダルを踏んだ。最初の目的地へ向けいざ出発である。
「なあミミミ、体型的にお前が補助席なのが妥当だと思うんだけど」
「やだよちっちゃいし」
「少年、悪い事は言わないからこういう女とはとっとと別れた方がいいぞ」
「別れたくても別れられないんですけど……」
「……お前達を見ているとあの頃の俺達を思い出しちまうよ……そう、あれは確か、嘘みたいに涼しい夏の日だった……」
「あ、何か語り出した……」
「お前が余計な会話するから……」
最初の訪問場所は保育園である。今日は土曜だが特別行事の一環という事で興味のある子供達や近隣住民が集まってくれるらしい。あおぞら号が運動場に入ってくると初めて見る移動図書館に子供達は興奮している様だった。
「……それっきり、あの娘の姿は見なくなっちまった」
「長かった……」
「結局ずっと微塵も興味が湧かないおっさんの思い出話を聞かされていた……」
ミミミが外へと降り立った時、先に到着していた高橋達があおぞら号の左側と後ろ側の二ヶ所にある書架部分への出入口となる扉を開けた。と同時に彼の同僚が車体両側面の書架部分を開放する。続けて車内から本がぎっしり詰まった箱をいくつか外に持ってきた。全ての蔵書の準備が整う。
「お待たせしました。あおぞら号開館です」
高橋の言葉を全て聞き終えない内に子供達は声を上げながら一斉にあおぞら号に駆け寄った。あっという間に車内はぎゅうぎゅう詰めになり、外の蔵書箱にもわらわらと人だかりが出来ていた。彼らはたくさんの絵本に夢中になっている様で、本を手に取っては戻して、手に取っては戻してを皆が繰り返していた。あおぞら号の蔵書の半分は児童向けの物となっている。
「大人気ですね」
「喜んでもらえているならよかったんですが……」
「で、手伝いって何をするんだ」
アプリコットが日傘を差してミミミ達のそばまでやってくる。
「あ、ゴリ子さん」
「ゴリ子って言うんじゃねえその眼鏡かち割んぞ童貞」
「はいサーセン……でも確かに何かする事あるかミミミ」
「今日は特別プログラムを組んでもらってるんだよ」
「特別プログラム?」
「読み聞かせやるんだ」
「読み聞かせ……か」
上手く出来るだろうか……授業でやる音読とはまた少し違うしなあ、と思いながらシドが隣に立つシンの顔をちらりと見ると、彼も苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
「俺、あんまりそういうの得意じゃないんだがな……」
「……さっきは饒舌に語ってたくせに」
「『そこでたかしくんはいいました。[そうだ、みんなでさやかちゃんのおみまいにいこう]』」
屋内の広い遊戯室でシドとブックハンターの三人はそれぞれ部屋の片隅に陣取り読み聞かせを行っていた。何人かは遊戯室の真ん中辺りでぎゃあぎゃあと騒いでいるが、本の周りに集まっている子供達は熱心に話を聞いている様にシドには見えた。他の三人が気になった彼は文章を読みながらそれぞれに目を向けてみる。アプリコットはあのクールな雰囲気からは想像もつかない、抑揚のある流暢な口ぶりで読んでいた。やはり女性だから子供は可愛いのだろうか。時折見られた粗暴さも全く見受けられず、さしずめ保育士の様だ。うーんあっぱれ。ただしゴスロリだが。
シンは……姿が見えない。さっきまで片言で紙芝居を読んでいたのだが(紙芝居なら子供と目を合わせなくてもいいからという理由だった)……諦めて退出したのだろうか。
「行け行けー!」
部屋の中央部から騒ぐ子供の声が聞こえてくる。
シンがおうまさんをしていた。
「遅いぞ遅いぞー」
「はっ……はいはい……何で俺がこんな事を……」
何であんな事に……それにしても大変そうである。シドも昔はムムムとメメメにああやって付き合わされたものだ。開いている箇所を全て読み終えたので彼はページを捲った。目の前に座る子供達は興味津々でシドの読み聞かせに聞き入っていた。こいつらは躾がなってるな。感心しつつ今度はミミミを見る。
彼女はちょうど本を読み終えたらしく、椅子から立ち上がった所だった。そのまま次の本を選ぼうとカゴの中をごそごそとまさぐり始める。
その時、ひとりの男の子がいたずらで彼女のスカートをばさりと捲った。可愛らしいクマさんが描かれたパンツが露わになった。
「ぶっ!」
声を出して読んでいたにも関わらずシドは思わず途中で吹き出した。
「……も~う、やったな~! いたずらするクソガキはこうだぞ~!」
あっはっは~! と朗らかに笑いながらミミミはスカートを捲った男の子の両脚を掴み上げると腕で挟み、ジャイアント・スイングをしかけた。声は笑っているが目がマジだ……。
「それ~!」
「あぐっ!」
ふわりと宙に舞った男の子はそのままおうまさんになっていたシンに激突するのだった。
「は~、読み聞かせって疲れるな……」
シンがげっそりした顔でがくりとうなだれる。あの後結局ずっと彼は子供の遊び相手になっていた。
「いやおっさんがやってたのはほとんど読み聞かせじゃないじゃん……」
「見たぞミミミ。あんた高校生にもなってまだあんな子供っぽいパンツ履いてるのね。この依頼が終わったらまずは報酬で下着でも買いに行けばいいんじゃない」
「若さに嫉妬か……やれやれ、年は取りたくないねえ」
「私はまだ24だ!」
「シドもまだ童貞だぞ!」
「余計な事は言わんでいい!」
「皆さんありがとうございました。次もよろしくお願いします……ですがその前に、お昼にしましょう」
一言告げ、高橋は自分の車に向かった。ミミミ達も再び先ほどと同様に分かれ、車に乗り込む。
「よ~し、お昼ご飯に向けてあおぞら号しゅっぱ~つ!」
シンがセレクターを動かしドライブに切り替える。あおぞら号が動き出すと同時に彼はゆっくりと口を開いた。
「……俺とあの娘の夏、第2章」
「……」
「……」
続きあるんかい……。
今回推敲中に回線のせいなのか何なのか、保存が反映されずに書き直しを二、三回やってます。もうほんと、ハート震えますよ。ヒートが燃え尽きるほどですよ。