Vol.5:禁書奪還作戦・下
体育教官室脱出寸前でピンチに陥ったシド。どうなる……?
榊は上機嫌で体育教官室へと戻ってきた。その手にはしっかりと落ちていたエロ本が握られている。
「ムフフフフ」
満悦の笑みを浮かべながら着席した。これからじっくりと見ていきたい所だが、まだ少し仕事が残っている。ここは我慢して帰宅後の楽しみにしよう。
プリントの作成を再開した彼ははっとした。鍵を閉めないまま外へと出てしまっていた。
「……まあ、誰もこんな所に忍び込んだりしないか」
室内を見回した後そう言うと、パソコンに向き直った。
いや、この室内には彼の他にもうひとりいたのである。
(あ、あぶねえ~~~~~……!)
教官室の隅にたまたま置かれていた空き段ボール箱の中にシドは潜んでいた。扉のすぐ外に榊がいる事に気付いた彼はとっさに目に入ったこれに隠れたのである。
(榊の奴、もう少しで仕事終わりっぽいし、このままあいつがここを出ていくまでじっと耐えるしかねーか……!)
彼は箱の形に合わせてひたすら縮こまっていた。全力で静止し続ける。ん? ふと手元の違和感に気が付いた。
(! 無いっ! ぼ、僕のお宝が無い! 何で!? どこにっ!? ……はっ!)
狼狽えながら箱の持ち手の穴から外を見た時、数メートル先に先ほどまで彼が持っていた本が床に落ちているのを確認した。焦って隠れたため手から滑り落ちてしまったのがわからなかった様だ。シドがいる所から壁沿いに行った別の隅のごみ箱の前に開いた状態である。ごみ箱の隣には教師の机が配置されており、幸いな事に榊の机の位置からは見えない角度になっていた。
(あんな所に! どうする!? このまま榊が帰るのを待つか? いや、あいつがあれに気付かない保証はどこにも無い。リスキーだが、今すぐにでもこのままこっそりと回収しにいった方がいい……!)
物音を立てぬ様、某伝説の傭兵さながらの動きでシドはスニーキングを開始した。榊は仕事に集中しており振り向く気配は無い。ごみ箱まで半分の所に来た。もう少し行けば手を伸ばして取れる……いや、念を入れてこのまま本に箱ごと被さった方が賢明か。
と思考を巡らせていると不意の電子音が彼の心臓にアラートを鳴らす。榊も驚きびくりと体を大きく動かした。シドは慌てて止まり、ただの段ボールに戻る。
「兄さんか……もしもし」
どうやらさっきの甲高い音は榊の携帯の着信音だったらしい。電話の相手は彼の兄の様だ。兄ちゃんいたのか、榊。くっそどうでもいいプライバシー知っちまった。
「久し振りだね。え? うん、僕は元気だよ。それより兄さんの方こそ大丈夫かい? ……ああそうか、よかったよ。会社は順調? 何年か前に何とか君っていう子と協力してネットスーパー始めるとか言ってたけど……何君だっけ、秋田君? 柴君? ああ思い出した盲導君だ」
えっ、何? 榊の兄ちゃん会社経営してんの? すげー。弟と正反対にしっかりしてんだろうなあ。
榊はくるくると意味も無く椅子を回しながら話していたためシドは終始動かない事を徹底していた。さほど長くはなく、五分も経たない内に通話は終わった。さあとっとと仕事に戻れ榊。
彼がディスプレイに顔を向け一安心したその時。
今度はシドの携帯が震えたのである。
「!」
「ん?」
また後ろを向く榊。シドの心臓が高鳴った。
「何だ? 今何か音がした様な……気のせいか?」
だあれだあああああこんのタイミングでメッセ送ってくる奴うううううう! 床に張り付けていた掌が急速に汗ばんでいく。
「……そこに段ボールなんかあったか?」
「!」
まずいっ! 怪しまれてる! 榊は席を立ちシドの方にゆっくりと近付いてきた。まずいまずいまずいまずいまずい! 足音がすぐそばで止まったのがわかった。
「ずいぶん変な所に置かれてるなあ」
絶体絶命。このまま段ボールを持ち上げられて見付かってしまうのか……!
「……しかし私物かもしれないし、勝手に触るのはやめておくか」
よっしゃ! 切り抜けたぜ! 僕の勝ちだ!
「んんっ!?」
だが、榊の声が突如上擦った。何だ、何が起こったんだ……! まさかこいつ……!
シドの予想通りである。彼はごみ箱の前のエロ本を見付けてしまったのだ。作戦失敗……!
「おお、なぜこんな所に!?」
本は再び榊の手に陥ってしまった。
〈おうシド。今どこよ? メッセ見てないの?〉
「やっぱさっきのお前かあっ!」
教官室を出て榊の尾行を始めたシドはすぐにミミミに電話をかけていた。
「あれのせいで携帯が震えて榊に怪しまれて! おかげでもう少しだった僕の本をまた取られちまったんだぞ!」
〈え、そうなの? ごみ~んに☆〉
「殴っていいか!」
〈大体ハントの時は携帯はサイレントにしとくのが基本だろ〉
「知らねーよ! 僕はブックハンターじゃねーよ!」
〈んで本は? 持ち帰られちゃったの?〉
「ああそうだよ! 『ひとりで出歩かせるほど寂しい思いをさせてしまったね』とか訳わかんねー事言ってな! とりあえず後つけてるけど……もう学校出る直前だ! おいお前も何かいい案考えろ!」
〈しょうがないなー、じゃあ最終作戦を使うか……〉
「最終作戦? 何だよそれ?」
シドが聞き返した所で通話が切れた。
「! おいっ!」
苛立つシドの肩に誰かがぽんと手を乗せる。ミミミだった。
「待たせたな」
「……イラッ!」
その後ミミミとシドは榊が学校を出る寸前で呼び止め、学食へと連れて行った。
「いやーすいませんね先生、お帰りの所を引き留めちゃって……」
「いやいや、どうせ帰った所で待ってる人なんて誰もいないからな。それよりどうした?」
「さっき話した事なんですけど……シドが反省したみたいで、一言先生に謝りたいって」
「なっ!」
作戦自体は聞いているが、細かい会話の内容まではシドは聞いていない。多分今の台詞はミミミのアドリブだ。さっき話した事というのは第一ラウンド(前々回)で彼女が榊にした嘘の相談の事だろう。根も葉も無い事をよくも平然と言えたものだ。
「ね、シド。謝りたいんだよね」
隣で彼女がにこりとしながら圧をかけてくる。
「う……あ、ああ、そうだ」
これも奪還のためだ……!
「す、すいません先生、心配かけて……」
「いや、気にするなシド。私じゃなくてミミミにしっかりと謝るんだぞ」
「あ、はい、それならもう……」
「そうそう、ボクにも謝っとかないとね」
「え」
もう謝った、って言おうとしたんだけど。合わせろよ。
「ね、謝らないと……ねえ?」
彼女の笑みが嫌らしい物に変わった。
「主に土下座とか土下座とかしてさあ……あ、土下座でもいいよ。にやり」
「……!」
こ、こいつっ! 楽しんでやがる……! わざとだ! わざとこんな事言い出したんだ! 何でやってもいねー事で謝んねーといけねーんだよ!
「……くっ……! ぐっ……ぐぐぐぐっ……!」
全ては本のため……!! そう割り切って、わなわなと全身震えながらシドはずしり、ずしりと体を折っていった。
「こ……これでよろしいですかミミミさん……!」
「んー、まだ頭が高いんじゃあないのかなあ。お前の誠意はずいぶん軽いもんだねえ」
「……!」
シドはさらに深く頭を垂れ、額を床すれすれまで落とした。それを見たミミミは満足そうに足を組む。
「んふう、よろしい」
「……お前、覚えてろよ……!」
拳を握りながら立ち上がる拍子に彼は彼女のハートの模様がプリントされているパンツを見た。
「それで、相談に乗ってくれたお礼に先生にご馳走したい物があって」
話を切り替えるミミミ。
「ご馳走? いいんだよそんな物は。生徒の相談に教師が乗るのは当たり前の事だ」
「まあまあそんな事言わずに。せっかく用意したのでぜひ食べて下さい。これを……」
そう言って彼女はタッパーを取り出し、中身の切り札を榊に見せた。
「! こ、これは……!」
そこにはふたつのプリンが入っていた。ただし、形に特徴がある。それはまるで……。
「お、おっぱいプリン……! ムフーーーーーーーーーーーー!」
落ちた……! これぞ、ミミミが調理部に予め頼んでおいた品である。今日はプリンを作るという事をクラスメイトに聞いていたためもしもの事を考えて対榊用のアレンジプリンを発注していたのである。
「今だシド! 榊の動きが止まっている間にバッグを漁れ!」
「んな簡単に……あれ……せ、先生?」
榊の目の前でシドは手を動かすがぴくりともしない。ミミミがプリンの入ったタッパーを動かすとそれに連動して彼の首も動いた。ゾーンに入っている。
「……アホでよかった!」
「ああ、今度こそ離さないよマイ・スイート・ハニー……!」
「いや引くわ」
帰り道、色々あったが何とか取り返した本に頬擦りしていたシドにミミミが吐き捨てた。
「うるせえ、お前にはわかんねーんだよ、この本の価値が……つーかお前さっきはよくも土下座させたな」
「え? だってしたそうだったから」
「んな訳あるか! フアじゃねーんだよフアじゃ!」
フアというのは彼らの同級生である。
「それよりはいこれ」
ミミミはぴらりと一枚の紙を差し出した。
「ん? 何だこれ……領収証……?」
「おっぱいプリン×2の材料費とタッパー及びスプーン代。締めて324円。ボクが建て替えといたから」
「は? 建て替えたって……僕に払えってか?」
「ん。経費って事で」
「だからこれは依頼じゃねーって……つか小銭程度で……みみっちい」
「ミミミっちいだろ」
「言ってねーよ」
「あのー先生、もう閉めますけど……」
「ムフ!?」
一方、榊は閉店までずっと固まっていたそうな。
榊先生のお兄さんがスタイリッシュに活躍する志室さんの作品はこちら。
NAYUTA:2012 学園生活はエンターテイメントでなければならない!
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