Vol.4:禁書奪還作戦・中
榊に奪われたシドのエロ本を取り戻すため、ミミミは渋々タダ働きをするのだった。
榊は体育教官室で再びキーボードを叩いていた。授業で使うプリントを作成しているのだが、これに載せる資料のデータがこちらのパソコンにしか入っていなかったからである。USBメモリにコピーをしておいたはずなのだが、何かのミスでうっかり消してしまっていたらしい。
体育教師は彼の他にあとふたりおり、今はどちらも部活動の練習に参加していた。榊も女子水泳部の顧問なのだが生徒から露骨に嫌な顔をされるため指導は外部のコーチに任せ、試合の時ぐらいしか関わらない様にしていた。名ばかり顧問である。
ひとりきりの静かな空間という事もあって仕事は捗り、予想よりも早く終わりそうであった。もう一踏ん張りだ、そう思い椅子に座ったまま伸びをした、その時。背後にある窓ガラスが音を立てた。
「ん?」
振り向いた彼の視界にはとんでもない光景が飛び込んできたのだった。
「榊を誘き出す」
ミミミは力強く言った。
「やっぱまたそれかよ……もう僕絡みの相談はやめてくれ」
頼むから、とシドは付け足す。
「いいや、今度はスタイルを変える。餌で釣ろうと思うんだ」
「餌?」
「うん……ボクとしても極力面と向かいたくないし」
「? 何だ? それじゃ文字通り釣るってのか?」
「そう。あいつの大好きな物で釣ってやるんだ」
「大好きな物……?」
ミミミに連れられシドは学校の前にあるコンビニへと足を運んだ。しばらく外で待っているとやがて自動ドアを通った彼女がなぜか軽やかにぽんとステップをして出てくるのだった。
「買ってきたぜ」
ミミミは意気揚々とレジ袋を見せた。何をだよ、と彼は中を確認する。
「ぶっ!」
思わず吹き出した。こいつ何て事してんだ。
「榊の好きな物……それはずばりエロ本だ!」
高々とエロ本を掲げるミミミ。目には目を、エロ本にはエロ本を! などと訳のわからない事を叫んでいる。
「いやーそれにしてもシドードーには困ったもんだよ……女子高生にエロ本買わせるとかマジ引くわ」
「考案したのも行動したのも一律全部お前の自由意思だよな」
背は低いし若干童顔だし、何よりこいつ制服着てるんだけど、一体どうやって購買出来たのか……謎である。
「ごくり……よし、榊がしっかりひっかかるかまず僕が中身を検証する。ちょっと貸してくあがあっ!」
「いつでもバッチコーイ!」
シドの邪な企みはミミミのフルスイングにより打ち砕かれた。
「……! お……おお……!」
榊は目の前の信じ難い景色に思わず声を漏らした。
エロ本が、浮いている……!
黒髪の女性が豊満な乳房を露にし、こちらに微笑んでいた。何たる神々しさ。気のせいか、いや気のせいではない。後光が射している。何とも眩く、尊い存在。
「ムフーーーーーーーーーー!」
スイッチ、オン!
「ムフ、ムフーーーー!」
鼻息を荒げて凝視する。するとぴょんぴょんと空中を跳ねていたエロ本が一際高く跳び上がり突如姿を消した。
「ムフ!?」
彼は戸惑った。だが数秒後、彼女はまた彼の前に現れた。もしかしたら恥ずかしがっているのかもしれない。
「ムフ!」
ぴょん、ぴょんぴょん。
「ムフフ! ムフムフ!」
ぴょんぴょんぴょん。
「ムフフフフ!」
ぴょんぴょ……ぱっ。また消えた。
「ムフ!?」
ひょこっ。再び現れる。
「ムフフフフ!」
何をそんなに恥じる必要がある。さあ、もっと自信をお持ち。
ぴょんぴょ……ぱっ。
「ムフ!」
またしてもいなくなる彼女。榊は窓際に駆け寄り再訪に期待するが、いくら待てども出てきてくれなかった。
「ムフー……?」
ふと外の地面を見る。何と、そこに落ちているではないか。
「ムフ!」
おお、痛かっただろう。もう大丈夫だよ、私が介抱してあげよう。
傷付いた彼女を回収するため彼は急いで教官室を出た。靴に履き替え現場へ向かうが、先ほどまでそこに倒れていた彼女の姿はどこにも無かった。
「……ムフ?」
いや、あった。いつの間にか数メートルほど移動していた。大丈夫だ、私が来た。もう安心するといい。
しかし彼が近付くとそれに呼応する様に彼女は彼から遠ざかっていく。逃げなくていいんだよ、待ちたまえ。
おいおい、待てってば。
榊は無我夢中でエロ本を追い始めた。
「アホでよかった!!!!!」
無人になった体育教官室の扉をシドは全力で開けた。
榊は今ミミミの釣り糸大作戦により餌を追っている。透明な糸の先にエロ本を結び付けただけの単純なしかけなのだが、見事に引っかかってくれた。校内中をぐるぐる回っている今の内にさっさと机の中を物色しなければ。
「てかだから何で僕がやってんだよ……いやエロ本引っ張りながら校内歩き回るのも嫌だけど」
パソコンが立ち上がっていたためすぐにどれが榊の机なのかはわかった。早速引き出しを順番に漁っていく。職員室同様プリントや資料ばかりだった。やっぱり外れなのか……?
たが、最下段の大きな引き出しを開けた時、彼はすぐに違和感を覚えた。
「……?」
底が……浅い。明らかに引き出しの外見の高さと内側の底からの高さが合っていない。
「これは……ビンゴじゃねーのか?」
ていうか隠すの下手過ぎる、榊。
中に入っているファイルなどを全て取り出すと、シドは引き出しの底を指先で揺らしてみる。がくがくと動くのがわかった……外れる、確実に。端のわずかな隙間に爪をかけ上に引っ張ると、薄い金属の板は簡単に浮き上がった。
こうして彼は隠された「本当の底」についに榊のコレクションを見付ける事に成功したのである。
「ナイスだぞ……ミミミ」
そこはまさに宝物庫だった。二次元、三次元問わず様々なジャンルの十八禁本が埋蔵されていた。
「お、おお……! (ピー)に(ピー)、さらに(ピー)まで……さ、榊の奴……榊のくせに何つー豊富なラインナップなんだ……じゅるり……」
目の前の宝の山によだれをたらしてしまう。ついつい目的も忘れ一冊一冊じっくりと吟味し始めるのだった……興奮してきた。
「うほっ……これはまた……! …………ム、ムフフ……! はっ! い……いかんいかん、ついサカキアライズする所だった! まずは僕の本を見付けないと……! あった!」
ふとした瞬間に我に返る事が出来たシドは欲望を抑えながらハントを続け、数多ある本の中からかつて自分が所持していた物を見付け出す事が出来たのだった。
「おお~ようやく迎えに来たよマイ・トレジャー、遅くなってごめんな~~~」
嬉しさのあまり表紙に頬擦りをする姿を鑑みるに、この眼鏡も人の事を言えないなかなかの変態である。自分の事を棚に上げてよくもまあ。
「うう……しかしこの素晴らしい中身に汚れた手で触れられちまったのか……帰ったら除菌しねーとな……」
ぺらぺらと何の気無しにページを捲った後シドは一息ついた。
「さて……」
目の前にはお宝である。
「……こんだけあるんだ、ちょっとくらい拝借してもバレまい……ムフ……ムフフ……はっ! いかんいかん、そんな事をしたら僕もあいつと同じになっちまう!」
もう十分同じに見えるのだが。
「いやしかし、ちょっとくらいなら……いやいかんいかん! いやちょっとなら……いやいかんいかん!」
手を伸ばしては引き、伸ばしては引きを繰り返していると突如携帯が震えた。ミミミからの着信であった。
「うおびっくりしたあっ! ……何だよミミミ、いい所だったのに……もしもし?」
〈ターゲットは見つかった?〉
電話越しの彼女の声からは若干の焦りが伝わってきた。
「おう、引き出しの中が二重になってやがった……何かあったか?」
〈ごめん、獲られちゃった〉
「獲られた?」
〈うん……なーんか糸が軽いなあ、って思ってたら、いつの間にか餌を持って行かれてた〉
「何!? ……じゃあ榊はもうこっちに戻って来てるのか?」
〈多分……見付けたんだったらさっさとトンズラこいた方がいいと思うよ〉
「わかった。んじゃーもう逃げるわ」
そう伝えて通話を切った彼は急いで隠し底を元に戻した。
「とにかく、これで奪還成功だ」
引き出しを閉めて教官室から退出しようと扉に近付いたその時、目の前のすりガラスに榊らしき人物の姿が映る。
「! えっ!」
まずいっ!
どうなるシド。
まさかまた続くとは思いませんでした。