Vol.42:フライ・ミミミ,フライ!
-コロンシリーズ再び(23)-
「……っ!」
ジェイクは目を疑った。死んだと思っていたはずのミミミが目の前に立っているのだ。彼女は校舎の下敷きになったはず。それなのになぜ今ここにいるのか。
「どーもー、超絶美少女ブックハンターミミミちゃんとその仲間達がコロンシリーズを再び奪い取りに来ましたー」
彼女は昨晩コトトネで言っていた台詞をもう一度吐いた。明らかに挑発している。野球のヘルメットに金属バット……対カヴァー様に少しは対策をしている様だ。しかしそんな物、目ではない。
彼女の後ろには太った男が何やら大層なおもちゃを抱えて立っている。見た所大きな水鉄砲の様だ。背中のボンベの様な大きな容器とチューブで繋がっている。容器の中は大量の液体で満たされている。あのデブは確か、暦史書管理機構の異能処理班員の男……奴が彼女を助けたのか。
「……しぶとい娘だ……ガール……!」
「地獄の底から帰って来たよん……てめえをぶん殴りにな」
「いいだろう……だったらもう一度叩き潰すまでだ……!」
彼は煙草を捨て、カヴァーを展開した。
「デブ! サポートよろしく!」
「デブって言うな! ……ああ、任せろ!」
「んじゃいくぜえええええっ!」
ミミミは金属バットを引きずりながら走ってくる。持ち上げながらは重くて無理なのだろう。おいおい、今の時点で既に動きが怪しいじゃねえか。
「そんな鉄クズ……!」
「うらああああああっ!」
ぐぐっと両手で上げ、彼女は真正面からそれを振り回した。だがやはりふらふらだ。体が引っ張られている。
「アホみたいに突っ込んできた所で……! ……!?」
受け止めてカウンター攻撃を与えるつもりの彼だったが、突如ミミミの後ろから飛来してきたつぶての様な物に気を取られてしまう。
「何だこれは!?」
シャボン玉だ。無数のシャボン玉が彼目がけて飛んできた。それらは彼のカヴァーに当たった途端勢いよく破裂した。打ち上げ花火の様な音が駐車場に木霊した。
「っ! な、この威力……!」
「よそ見してんじゃねえよおらあっ!」
「!!」
怯んでいた間に横腹に金属バットを打ち込まれた。シャボンのせいで気が散って強度が落ちてしまっていた。カヴァー越しに痛みが伝わり、そのせいで体勢を崩してしまう。倒れ込んだがすぐにぐるりと受け身を取り片膝を突く。
「! ……くっ……!」
「うおっ、とっ、とっ、とっととと……!」
ミミミも同じくバットを振った勢いで転ばない様にバランスを取っていた。こんな……こんな娘に一撃を……!
「……これで、ワンストライク……!」
「くっ……クソが……!」
思い切りヒットしているがそんな事はどうでもいい。
彼は左肩を押さえながら立ち上がった。カヴァーにヒビが入っている。すかさず修復した。あのシャボン、見た目とは裏腹に恐ろしい破壊力を秘めている。後ろのデブの能力か……異能処理班というのは伊達じゃないらしい。だがそれだけではない。そもそもカヴァーの強度自体が落ちている。能力を使い過ぎたか。
「……っ!」
「まだまだいくぞおらあっ!」
「そんなのろのろな動きで黙って殴られると思ってんのか!」
バットを振り下ろされる前にこちらから攻撃を仕掛ける。細く小さな、しかも先ほどの戦いのダメージが残っている傷だらけの体だ。たった一撃与えただけで簡単に倒れるに決まっている。
「ちっ!」
しかしギリギリの所で避けられたせいで掠めただけに終わってしまった……何か下に着込んでやがるな。どうやらガードしているのは頭だけではないらしい。そしてそれとは別の不思議な感覚が彼の手に伝わってくる……今の妙な感覚は何だ。
「……! へっ、へへっ……! 確かに大分楽じゃん……!」
彼女は揺るがなかった。踏ん張っている。身に付けているプロテクターのお陰か。
そのまま振り直された金属バットをかわし、ジェイクは一旦後退した。今の状態で受け止めるのは決して良策ではない。万全を期した対応をしなければならない。
だがそこにすかさずシャボン玉が飛んでくる。つい反射的に割ってしまったが、それと同時に全身に衝撃が伝わってくる。
「クソがあっ!」
ミミミは攻撃をする度に隙が生じる。ならばそこを突けばいいだけの事。ゲームのボスキャラクターの様なワンパターンだ。今の内に距離を詰める。彼女が応じようとバットを振りかざすが間に合わない。彼はそれを掴んで攻撃を妨げた。
「うあっ! 離せえっこの野郎!」
狙うは胸だ。肺を叩けば呼吸が出来まい。そうすれば必然的に動けなくなる。
「いい加減諦めろ!」
今度こそ拳が彼女の胸部に当たった。さあ、悶えろ、苦しめ、のたうち回れ……彼はにやりと笑った。
だが、ミミミは歯を食いしばりまたしても耐えている。悶えるどころか叫び声ひとつ上げない。ジェイクは再び先ほどの奇妙な感覚を味わっていた。攻撃が当たったはずなのにどこかすり抜けていく様な違和感。
「……っ! こっ、こいつっ……!」
彼はその正体が何なのかに気が付いた。
こ……こいつの全身を、薄いシャボンの膜が覆ってやがるっ! 俺の攻撃が……! 衝撃が、こいつの体に届く前に表面のシャボンに吸収され、受け流され、分散するっ……! こいつっ……こいつっ……!!
カヴァーの真似をしてやがるっ!!
加えてこのシャボンは、ヤンによって心を操作されて生じた物。対して彼の身を覆うカヴァーもまた同じ。シャボンとカヴァーが触れ合った時、異能力同士の干渉が起こっている。それによって結果的にカヴァーの強度は自然と落ちてしまうのだ。ミミミが纏っているシャボンの膜は彼女の身を守ると同時に彼の攻撃力も下げる厄介な物となっていた。
「……ちょっとおっさん、JKの何てとこ触ってんのさ……このセクハラ親父があっ!」
まずいっ! 避けられないっ!
次の瞬間、ミミミが大きく振り回したバットが彼の顔面を殴打した。衝撃がカヴァーを突き抜ける。
「うがあっ……はっ!!」
「これでツーストライク……!」
「ぐ……!」
「てめえに慈悲なんざ微塵も感じないね。あと1発で終わらせてやるよ!」
「……………………ふっ…………ふざけやがって…………!」
亀裂の入った顔をすぐに修復する……しかし完全には出来ない。カヴァーの限界が近付いていた。
「ク……クソがああああっ……!」
ここまで来て、最後の最後でこんな事になるとは。真っ向から挑むには最早リスクが高過ぎる。ならば逃げるか? いや、ここは十五階建ての立体駐車場の屋上。飛び降りるにも今のカヴァーの状態ではやはりリスクが高い。
そう考えている間にもバットとシャボンが襲ってくる。クソがっ、クソがっ、クソがあっ……!
追い詰められたこの状況で、彼の耳にひとつの音が飛び込んできた。彼にとってそれは勝利を確信させる福音に聞こえた。
「な、何だ……!? どんどん近付いてくるぞ……!?」
ふたりの戦いを見守るシドにもそれは聞こえていた。これは間違い無い、プロペラの音だ。
「!!」
上空から一機のヘリコプターがバタバタバタと轟音を鳴らしながら降りてきた。この時彼はジェイクが通話をしていた事を思い出した。まさかこのヘリは……歴史書解放戦線……! ジェイクを迎えに来たのか……!
「ふふ……ふふふはははははは……っ!」
ジェイクは勝ち誇った様に高笑いをしていた。
「もう少しの所だったな……ジャパニーズ! 俺の……俺達の勝ちだ!」
強風でミミミは身動きを取れずにいた。ちくしょう、今度こそ本当にあと一歩だったってのに……ちくしょう……ちくしょう!
「おい! どうなってやがる!」
その時風見とアプリコットが揃って駆け付けた。しかしもう遅い。誰もコロンシリーズを奪いに行けない。
「あと一歩の所で戦線のヘリが到着しちまった」
「あれ、ヤン……? ……本物か?」
「本物だよ! それはもういいから! それよりコロンシリーズを持ち逃げされてしまう! この風じゃあさすがにオイラのシャボンは流されちまう!」
「くっ……! 俺が触れてさえいたらコロンシリーズをすぐにここまで引き寄せられるってのに……!」
下ろされたはしごに掴まったままジェイクは空へと昇っていく。五人はそれを見ている事しか出来なかった。
「ゲームセットだ! グッバイ、クソみてえなジャパニーズ共! ははははは!」
ヘリがゆっくりと上昇していく中、ミミミが金属バットを投げ捨て四人の元へやってきた。彼女の目はまだ諦めていない。
「……まだ手はあるよ」
「……どうするって言うんだ。奴はもう空の上だぞ」
「決まってる。こっちも空に上がればいいじゃん」
「なっ……! 上がるってどうやって……!」
「風見鶏のあんちゃんの能力でボクをヘリに向かって弾き飛ばしてくんない?」
「! 出来なくはないが、嬢ちゃんの体がどうなるかわからねえぞ」
「デブのシャボンでボクを包むんだ。だから加えるのは少しの力でいい。デブも、勢いが付けばシャボンを飛んでいかせられるでしょ?」
「だがどっちみちヘリの近くまで行ったら吹き飛ばされるぞ」
「シャボンに更に水をかける。そしたらシャボンの後ろにいくつもシャボンを付けられるでしょ。逆風が強くなったら後ろのシャボンで弾いてブーストをかければいい」
「……! よくそんな事を思い付くな……! 不可能じゃないが相当精密な心象操作が必要だぞ……! 下手したらお前を包んでるシャボンも割っちまう」
「無理なの? 異能処理班員さん」
「……やってやるさ」
「決まり。んじゃヘリが遠のく前にさっさとやっちゃってよ」
ヘリは上空に滞空していた。ジェイクがはしごを登り切って乗り込むのを待っているのだろう。今ならまだ何とかなるかもしれない。
「ミミミ」
アプリコットが突然スカートの裾をびりびりと破り始める。シドは驚きつつ彼女の脚を凝視していた。
「! ゴリ子さん、なな何を……! ムフッ……! おっといかんいかん!」
「お前、遂に露出に目覚めたのか……!」
「アホな事を言うな! ……これを持っていけ。腰にくくりつけてやる。奴からコロンシリーズを奪い取ったらすぐに開け。私が絶対にお前をここまで戻してやる」
そう言って彼女は破ったスカートの切れ端を傘本体とバンドの間に通し、ミミミの腰にぐるりと回して前側でリボン結びを作った。こうして傘はミミミの腰の後ろに横一文字に固定された。
「ちょっと動きにくいけどしょうがないか。でもこれ空中で開けるの?」
「首都高から飛び降りた時も大丈夫だったろう。私が操作するから大丈夫だ」
「オッケー。あとさっきからレースのパンツが見えてますけど」
「っ!!!! なっ! こ、こここれは、仕事の時の勝負用だ!」
アプリコットは慌ててスカートを押さえるが、ミミミの言葉が嘘だったとすぐに気付く。そもそも下着が見えるほどまでスカートは破れていない。
「! だ、騙したなお前えええええっ!」
「……ムフ」
いかんいかん……しかし、ゴリ子さんは今レースの下着を身に付けているのか……何て、何てエロいんだ……。
顔に出ていたのかアプリコットに殴られた。
「念のため俺もそいつを引き寄せられる様にしとくか」
風見が傘に触れた。彼が能力を使用するには一度対象に触れて「氣」を乱さなければならないらしい。そんな話を帰りの車中で聞いた。
「よし、準備オッケーだ」
ミミミはシャボンに包まれてぷかぷかと浮上する。
「……ミミミ! ……き、気を付けろよ!」
「……………………きっしょ」
「は!?」
心配して声をかけたシドに対してミミミは顔を歪ませる。
「何お前急に。きっしょ。引くわ」
「な……! お前この野郎珍しく心配してやったのに!」
「いちゃついてる所すまんがそろそろ打つぞ。ヤン、頼むぜ」
「ああ」
「いくぜ嬢ちゃん」
「ばっちこーい!」
風見がミミミに向けて腕を伸ばした。
「3……2……1……ゴーッ!」
合図と共にミミミを包んだシャボン玉が上空のヘリに向かって放たれた。
「「「「飛べ! ミミミーーーーーーーーッ!」」」」
さて、いよいよという感じです。長かった。本当に。テンタクルズの「フライ・オクト・フライ」をお聴きになってお待ち下さい。この暦史書編の勝手にテーマソングです。さあ、フルスロットルでいきましょうか。




