Vol.18:ママが来た!
ママさんは何やら怪しげな人達と怪しげな本の取り引きを行っているみたいです。
「シド~、今夜泊めて♡」
「断る」
一週間が終わろうとする、とある金曜日の放課後の事である。ミミミが突然そんな事を言い出してきたのは。シドは一切考える間を持たずに即答した。
「も~う、照れてるんだから♡ このこの♡」
「断る」
彼女は動じずにつんつん、と指先でシドの肩をつついてきた。しかしそんな行為になど彼は全く屈しない。
「恥ずかしがらなくたっていいんだよ」
「断る」
「大丈夫。ボクそんなの全然気にしないから」
「断る」
「……終電、無くなっちゃった」
「帰れ」
「……」
「……」
「……はあ~あ、どうして女の子からこんな事言わせるかなあ」
「断る」
「てめえ同級生の女子が泊めてって頼んでんだぞ泊めろやボケおどれはどこまで童貞貫くつもりだごの野郎オ!」
「お前以外なら喜んで泊めるわこのアブノーマルJK! それにお前を泊めた所でこちとら明日も変わらず童貞じゃ!」
「……」
「……わかったんならもう帰るぞ僕は」
会話を切り教室を出ていこうとする彼に対し、ミミミは逃すまいとその腕を掴んで引き止めた。
「……た、頼むよシド、これマジでリアルガチなお願いなんだよ。一生のお願いの一度目をここで使わせてくれよ」
「何で分割してんだよ……何だよ一体。そんな深刻なんか? アパート燃えたとかそんなんなのか?」
ミミミは飯田橋駅近くのアパートで独り暮らしをしている。ブックハントでそこそこは稼いでいる様に見えるし、まさか家賃を滞納して家を追い出されたなんて事は到底考えられない。
「ママが来る」
「…………は?」
「ママが来るんだよ」
「…………さて帰って勉強するか」
「待って! 行かないで! さっさと帰ってAV見ようとかそんな事言わないで!」
「誰も言ってねえよ!」
「でも見るんでしょ!」
「見るよ! 引くわ!」
「頼むよシド~。今夜ママが泊まりに来るんだよ~。ママとふたりきりなんて勘弁して欲しいでござるよ~」
「いいじゃねえか親子水入らずで過ごせば。久々じゃん」
以前述べたが、ミミミの血筋はブックハンターの家系である。もちろん彼女の母親も彼女と同じくブックハンターをやっている。話によるとかなりの腕前を持っている様で、一年の内をほとんど仕事に費やし家にはめったに帰らないらしい。シドはこれまでに彼女の母親と二度だけ会った事があるが、のほほんとした人で、とても三人の子供を産んだとは思えないほど若々しく見える女性だ。その点は童顔のミミミに遺伝したのかもしれない。
「しかし胸の発育についてはそこまで強く遺伝しなかったらしい」
「急にどこを見てるのかな君は」
ミミミがバットで顎を突いてくる。
彼女の母親は決して怖い人ではない。にも関わらず彼女は母親を酷く苦手としている。
「頼むよシドく~ん、ママとふたりで一夜を過ごすとか耐え切れないんだよ~、な~いいだろ~? 童貞にとっちゃ断る理由が無い一大イベントじゃ~ん?」
ごりごりごりとバットを捻じる様に回す彼女。どう見ても人に物を頼む態度ではない。
「はっはっはっはっはっ、そこまで言うなら考えてやってもいいなー。
無 理 な 物 は 無 理」
「……」
「……」
「……ちっ。あーそうですか。はいはい、わかりましたよ。じゃあ明日の10時にお前ん家の近くのドゥトゥールでな」
諦めた彼女は彼の机に唾を吐き捨ててから帰っていった。
「……そういうとこだよ? ミミミさん」
「……で、こういうとこなんだよ僕は。何だかんだでわざわざ付き合ってやる辺りお人好しが過ぎるんだよ……」
翌日、土曜日の朝。シドはミミミに言われた通り自宅の近くにあるコーヒー・ショップへと足を運んでいた。先ほどから三分おきにミミミから「早く来い」という旨のチャットが入ってくる。既読スルーを繰り返して今店の前までやってきた。この中にすでに彼女とその母親がいるらしい。
この店はセルフ式となっており、カプチーノとハムエッグサンドを頼んだシドは清算を済ませ商品を受け取ると店内に母娘の姿を探した。
いた。一番奥のテーブルに向かい合って座っている。ミミミの母親は常に着物を着ているためどこにいても目立つ。あんな美人の母親を持って何が不満なんだあいつはと思いながら彼はふたりがいる席へと歩いていった。
「こんちはーっす」
「! あらあら! シド君、大きくなって」
「お久し振りです。お元気そうで何よりです」
「お元気よ~? もう、物凄く元気」
「遅いぞシド! 何時だと思ってんだよ!」
「10時ジャストなんですが」
「5分前行動って学校で習わなかったのかよ! 女を待たせるなんて」
自分の行動を棚に上げるミミミを無視して彼女の隣に腰を下ろした。普段彼女は大体約束の時刻に来ないのである。
「あの、いいんすかね、僕が混ざって……せっかくの水入らずなのに」
「いいのよ~。ミミミちゃんがどうしても連れて来るって言うんですもの。ふふふふふ」
扇子で口元を隠してミミミの母親、ママミは上品に笑う。それを聞いたミミミが反応を見せた。
「なっ! そっ! そんな事言ってないし! ただこいつもママに会いたいんだろうな~って思っただけだし!」
……何だか彼女がツンデレのテンプレみたいな台詞を吐いている。それほど動揺しているのだろう。ママミといる時はいつもそうである。
おそらくそれが彼女が母親を苦手としている所以だろう。常に周りを巻き込むミミミが唯一巻き込めない存在。それが母親なのである。何物にも流されない独自の空気を持つ彼女は、むしろ逆にミミミを振り回す。彼女の前でのみミミミはペースを狂わされるのである。さすが母親といった所か。ミミミ自身はその事については一切触れないが、傍から見ていて明らかにわかる。
三人はしばしの間談笑した。学校での事、ミミミのブックハントの事。そしてママミの仕事の事……それ以外にも他愛の無い事。
「まあ、ミミミちゃんもお仕事頑張ってるのね。ママも負けないくらい頑張らないと。昨日は全然何も話してくれなくって」
「おい、そんなに冷たくするなよ」
「ちっ、違うって、どうせ今日ここで喋るんだろうし、ネタを持ち越しただけだよ」
「うふふ、ミミミちゃんシド君といると色々表情を変えてくれるのね。楽しそう」
「だーっ! そんな事はどうでもいいでしょ!」
何だこいつ、今日ほんとおんもしろい。
「聞いてシド君。ミミミちゃんったらお部屋の中と~っても散らかしちゃってて。お片付けするのが大変だったの」
「お陰で余計に散らかったよ! だから何もするなって言ったのに!」
ママミは色々と不器用なのだろう。ちなみにミミミの部屋は物凄く汚い。
「それよりもう今日の夕方には家に帰るんでしょ! ほら色々見て回りたいって言ってたじゃん! もう昼だよ! さっさと予定決めなくていいの!?」
「あらあらそうね」
「見て回るって……観光ですか?」
「そうなの。まだ私あんまりゆっくりと東京を見た事が無くって」
「お仕事でお忙しそうですもんね」
ミミミの実家は青梅にある。のどかな山の中(彼女いわく田舎)にあるそうだ。彼女はそこで生まれ、育ち、そして五年前の夏休みが明けた二学期、シドの中学校に突如転入してきた。さっさと実家を出たかったらしい。
「行きたいとことかあるんですか」
「この間までお仕事でヨーロッパに行ってたんだけど、そこでお話した女の子が日本のメイドさんに凄く興味を持ってて。それで私もメイドさんに会ってみたいな~って思ってるの。ええと……アキバハラね」
「惜しい」
ニアミス。
「アキバのメイド・カフェか……僕も行った事はないんだよな。いい機会だ」
「お? エロ子来ちゃう? 着ちゃう?」
「着んわ。じゃあまずはアキバに行きますか」
「よ~しさっさと行こうすぐ行こう!」
「は~い……うふふ」
「どうしたんです」
「こうしてふたりが並んでるのを見ると何だか婚前のあいさつみたい。ミミミちゃんもいつかそういう時が来るのかしらって」
「ななななふざけた事を言わないでよママ!」
こいつ今日ほんとおm(ry
目的地が決まり一行が店の外に出た所で、スーツ姿のひとりの男が待ち構えていた。見覚えのある顔だ。確かママミの付き人をやっている……そうそう、服部さんだ。とシドは何とか彼の名前を思い出す事が出来た。
「シド坊ちゃま、お久し振りです」
「どうも……ちゃんと来てたんですね。今回はいないと思ったら」
「お三方の邪魔をしてはいけないと思い、近くの古書店で適当に時間を潰していました。奥様から連絡が来たので急いで駆け付けた所です。さあ、どうぞお乗り下さい」
「っ! こ、これに乗るんすか……」
三人の前には立派な人力車が停まっていた。ママミはこれに乗ってここまで来たのだ。そういえば前もこれを見た記憶がある。
「……!」
ミミミのテンションが少し上がっている。こういうの、好きそうである。
「これをこんな狭い通りに停めてたんですか……」
「いえ、ちゃんと近くのコイン・パーキングに駐車していましたよ」
目立つ車に乗り込み一行は秋葉原へ向け出発した。
ミミミが可愛い。ただそれだけです。