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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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誠の空音

「いかがでしたか、ご自身のご活躍を改めて御覧になられて」

明るい灰色のスーツを着た司会者が神妙な顔つきで尋ねる。


「いえ、これはちょっといろいろ脚色されていて……何と言うか恥ずかしいです」


「あなたが生存したという奇跡が無ければあの時、日本いえ世界中の人々、全人類は絶滅してしまっていたかもしれないのですよ」

アシスタントの若い女性が煽てるように言った。

「人類史上、最も忌々しい伝染病と言って間違いないfall病。その撲滅に非常に大きく貢献している訳ですから全世界の人々はあなたを称賛してもしきれませんよ」


「あはは……そんな事は。……でも自分ひとりでは『あの時』生きていけなかったでしょうね」


「そしてその後、岩手県平泉にあった今や世界一となったMGB製薬の研究所まで500キロ以上移動なされたとの事ですが、これは相当な困難の連続だったでしょう?」


「……はい、そうですね」


「私共、素人考えで厚かましいですが……少し考えただけでも、あの始まりの日以降、交通網は寸断され壊滅していたはずです。鉄道、高速、勿論使えませんよね。それに加え怪我人がいる訳ですし」


司会者とアシスタントは囃し立てる如くその武勇伝を本人の口から聞き出そうとしている。

「更に、手当てや治療の為、病院へ行きたくとも、そこは正に地獄絵図だったとか……」


「……はい。感染者で溢れ返って……近寄る事も出来ませんでした」


「そして悲劇に見舞われますよね。……辛いお話でしょうけれど、あの始まりの日から、行動を共にしていた方々との別れ……命を落とされてしまわれた方が多いそうですが……」

司会者は神妙な顔で尋ねる。


「お辛いですよね。極限の状況を共に過ごした強い絆で結ばれた仲間との別れという事になりますし」

アシスタントの女性も同じ表情で頷きながら合いの手を入れる。


「……」


一瞬の間が空き、司会者は口を開いた。

「それでは、ここまでをまとめましたのでスクリーンボードの方を御覧下さい」


司会者が右手に差し棒を持ちボード横に立つ。


「ええっとですね……長谷川さんは、平泉目前で感染症になり死亡。……そしてこの事で早乙女雪乃さんが自殺してしまいます」


司会者と女性アシスタントの声だけが響く。


「長谷川さんは本当に無念だったでしょうね……そして一方の……愛する人を失って生きる意味がなくなってしまわれた早乙女さんの心情も言葉では言い表せないほどだったと思います」


「……」


「えー、そして神田さんは行方不明となっており、雨宮さんに至っては……殺害されたとの事ですか……。となっておりますが……」


司会者は、じっと見つめたまま何とか彼女の声を聞き出そうとしている。


「はい……。緋……雨宮さんは……私の膝の上で目を瞑りました」


—―――TV画面の中で彼女、如月凛子はそう言いながら静かに目を伏せた。


 雪乃が大きく溜息をつき、身体の力を一気に抜いた。

「ふう……」

 びっしょり全身に汗をかいている。

「二人とも応急処置として出来る限りはしたわ」


 一方、凛子は固まったまま動かない。息をする事すら忘れてしまっているようだった。

「……」

「凛ちゃん、終わったわよ?大丈夫?」

「あ……。は、はい」

 凛子もまた全身に汗をかいている。


「ありがとね。中々の手伝いっぷりだったわよ」

「え……、何も、と言うより夢中過ぎて良く覚えてない……」


 先に縫合を終わらせた長谷川は座席を倒した簡易ベッドで眠っていた。その姿を見ながら雪乃が言った。

「長谷川ちゃんは気絶してくれたお陰で何とか乗り切れたから良かったわ」


 次に雨宮へ視線を向けると口角を少しだけ上げて言う。

「緋色ちゃん、よく耐えたわね。かなり痛いはずよ。麻酔無しだもの」

 雨宮も額に汗を浮かべていた。呼吸も乱れ肩で息をしている。

「痛いに決まってるって顔ね」

 雪乃の言葉に雨宮は眉間に皺を寄せて言った。

「……痛いよ、マジで。泣きそうだ」


 凛子がペットボトルの水を雪乃と雨宮へ渡す。

「さっき、長谷川さんから後で飲んでと」

「あら。気が利くわね、長谷川ちゃん」


「凛子、気を利かせてくれ」

 雨宮が冗談交じりにキャップの開栓を催促する。

「ごめんなさい、気が利かなかった……」

 三人は少しだけ笑みを見せ、場の緊張感が若干薄れた気がした。


「さて、ちょっとこのまま休憩したいけど、そうもいかないわよね」

 窓から外を覗いた雪乃が言う。雨宮も窓へ目をやってから肯定した。

「ああ、少し数が増えて来ている。夜が明けたからだろうな」


 長谷川のカスタムカーは窓の位置が高く、外からは車内の様子は見える事はない。結果として感染者達からは標的にされる事が無く、手当てを行なっていた最中も集中出来た。


「移動するならこれ以上、数が増えないうちにって事?」

 凛子が尋ねるように言った。


「ええ、そうね。一先ず、良かったら家へ来ない?着替えたいし出来たらシャワー浴びたいし」

「あ、私も浴びたい……」


 しかめっ面で雨宮が言う。

「ここから近いんだったら行きたいな、お約束のお色気シーンが期待できそうだから」


「まったく、痛みを堪えて良くそういう冗談が言えるわねえ」

 雪乃が呆れた感じで言った。


「ホント、そういうとこ凄いと思う」

 凛子も呆れている。だが二人とも嬉しそうに優しく雨宮に微笑んでいた。








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