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パンデミックは秋風に  作者: 千弘
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Angel's feather

 夢ならそろそろ覚めるはずと思った瞬間―――。


 頭上から誰かが舞い降りて助けてくれた。


 これはこの人は天使なのではないかと凛子は思った。(なび)く上着が白い翼に見え、綿ぼこりは舞い落ちる羽根に見えてしまう。

 その天使が振り返り優しい瞳で凛子を見つめる。ハートを射抜かれるとはこういう事かもしれないと思った。

 そして天使はとても優しい声で凛子に話掛けてきた。


「大丈夫だったか?」


 凛子は嬉しくて思わず子供のように声を弾ませて「は、はい!」と言ってしまった。なにせ天使に声を掛けてもらうのは生まれて初めてだ。嬉しくもなる。

 それにしてもさすがは夢だ、これは面白い。怖いけど天使が助けに来てくれたのならもう大丈夫だ!夢の最初からこういう素敵な天使がいればいいのに。そんな事を考えている凛子にその天使が言う。

「あれはお前さんの彼氏か」恐怖に慄く例の男を指して言った。

「ちちち、違いますっ!絶対違います」

「そうか。じゃあ……まさか旦那とかないよな」微笑んで天使が言う。

「違うったら違います!」

「そうか」天使はそう言いながら翼に見えた白いコートを脱いで凛子に手渡しながら続ける。

「着てな、それ」渡された翼が香る。

 天使っていい匂いするんだなと思った時、聞き間違いかと思う一言が飛んできた。

「おっぱい見えてる。丸見えだ」凛子の胸元を指差して雨宮は言った。

 白い天使は翼を失くし黒尽くめの悪魔に変わっていた。

「たぶんこいつも見てたぞ」人を指差してはいけないと教わらなかったのだろうか。しっかりとPDAの男を指している。

 雨宮は少しだけ笑みを浮かべた後、(おもむろ)に商品棚の商品を手で全てなぎ払い棚板を下から持ち上げ外す。

 どうするのかと思った矢先、その棚板で迫る暴徒を押し戻したり叩いたりし始めた。凛子もそれを真似て棚板を外し暴徒を押し戻す。PDAの男は震えていた以外、何もしていない。いや、できないのだろう。

 その場の暴徒全員を床に倒したとき雨宮が二人に言う。

「今のうち逃げろ!」黒い悪魔は凛子の手を引いて走った。

 三人で走り出した瞬間だった。

「僕、保安室でシャッター降ろすように言ってくる」PDAを持つ男はそう言いながら逆方向に走って行ってしまった。

「これまたずいぶんと酷い彼氏だな」呆れた感じで雨宮が言った。

「絶対彼氏じゃない」雨宮の問いに凛子は微笑みながら言った。

 この天使か悪魔かわからない男の不思議な話術で笑顔になっている自分に気付いてまた少し笑った。

 店舗が立ち並ぶ中央通路を二人は走った。シャンシャンと雨宮の銀細工アクセがリズムを刻む。途中、警備員達とすれ違った。こんな状況で客や従業員を守る仕事とは恐れ入る。

 二人は雑貨系ショップの突き当りにある観音開きの扉を開けて薄暗い通路に入った。従業員が使うバックヤードに逃げ込んだ二人は安堵の表情を浮かべた。

「ふう。怖かったな」

「ええ。何がなんだか分からないけど怖かった」

 二人は切らした息を整えながら周りを警戒している。

「暗いな、ここ」

 薄暗いコンクリートむき出しの空間に段ボール箱が数多く積んでありポップや台車などが見える。

 一画にはガラス張りのパーテーションで囲った部屋があるがそこには誰もおらず電気は消えていた。

「これかな」凛子は目の前にあった配電盤のスイッチをいれてバックヤードの明かりを点けた。二人は瞬間的に目を細めてその眩しさをやり過ごした。

 雨宮は辺りを見渡しこの場の安全を確認している様子だった。

 凛子はその横顔をまじまじと目で追う。先ほどこのモールに連れて来た赤い車の男を見ていたからだろうか……。

 目の前にいる頭上から降りて来て自分を助けてくれたこの天使はとても格好良く見えてしまう。見つめてしまっている凛子は我に返り慌てて目線を彼から外した。

「お。自販機あるじゃん」彼はそれに近づきながら商品を選び小銭を取り出してペットボトルの水を買った。

 凛子はさっきから気になっていた。彼がが歩くとシャンシャンうるさい。走ると特に騒がしい。

 その騒音の原因は彼が腰に付けている太めのウォレットチェーンだ。

「ねえ、それ邪魔じゃないの?」

 凛子の問いかけに雨宮は水を飲みながら片手でチェーンを指差している。よくわからないが親指を立てて頷いている。その仕草でまた凛子は微笑んでしまった。

 半分ぐらい減った水を差し出しながら雨宮は言う。

「飲むかい?小銭が無くて二本買えなかったんだよ」

 凛子は普段なら初対面の人間が口付けたものなど飲むはずがない。やや潔癖症の類だと自覚している。

「ありがとう」

 考えてみるとこの男の名前すら知らない。まったくもって通常の自分ならありえない話だ。不思議だった。この男の独特の雰囲気と喉が渇いていたせいもあり、つい飲んでしまう。

 彼は凛子が返した水を飲みながら「間接キスだ、間接キス」と笑っていた。

 優しそうな目で冗談を言う雨宮に凛子は年甲斐もなく照れてしまった。その瞳を見て照れたのか間接キスという言葉に照れたのか自分でもよくわからない。

 天使が貸してくれた白いコートはほのかに甘く香っている。凛子の好みの香りだった。まるでこの目前にいる黒尽くめの格好をした悪魔に誘惑されている。そんな気がしてならない。

 まったくこんなにもリアルな感覚の夢は見た事がない。起きたらどこまで覚えているのだろう。


 そう思った時、現実へ引き戻す様に足首の傷が疼いた気がしてこれは夢ではないと凛子は静かに思った。





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