本編 レギウス視点 ⑩
ロディがレティの元に泳ぎ着いた。しかし、レティをうまく支えることができないでいる。
俺はロディを補助するために腕を伸ばした。重い。レティのドレスが水を含んでいるせいだ。一人ではきつすぎるが、二人なら大丈夫だ。
なんとか二人で泳ぎ、レティを近くの岩場に上げた。
「レティ! レティ!」
ロディが叫ぶように呼ぶが、反応がない。レティはぐったりしている。
「どけ!」
俺はすぐに人工呼吸を始めた。
「ロディ、助けを呼んで来い! 俺の監視に医術の心得があるやつもいる!」
ロディははっとした表情になると、濡れて重くなった上着を脱ぎ捨て、助けを呼びに行った。
最悪だ。レティ、目を覚ませ……死ぬな! 絶対に死ぬな!
俺は心の中で叫びながら、人工呼吸を続けた。
しばらくして、レティは息を吹き返した。だが、すぐにまた気を失ってしまった。
「代わるか?」
姿を表したのはハーロムだった。俺の監視役の一人だ。
「息は吹き返したが、すぐに気を失った」
「ルイに馬車を取りに行かせた。このまま連れ去ればいい」
元の計画では、レティは海で溺れ、行方不明になるはずだった。つまり、今の状況は都合がいい。
しかし、それはレティが俺と一緒に来るのを望むことが前提だった。
「レティに振られた。ロディの方がいいらしい」
「ならば置いていけ。俺達だけで姿を消す」
「レティを病院に連れて行く。放置するわけにはいかない」
俺はレティを抱え上げようとしたが、重すぎた。ハーロムがレティのドレスのスカートを短く切って軽くする。レティの美しい足が見えた。
「ハーロム、見るな」
「重さはどうだ? これでも辛いなら、俺が運んでもいい」
「誰が代わるか!」
俺はレティを抱きかかえて馬車に向かった。ハーロムがロディの上着を拾う。
途中で戻って来たロディと合流し、ルイの用意した馬車で病院に向かった。
医師達にレティを託した後、ずぶ濡れだった俺とロディは病院の好意に甘え、シャワーを浴びて着替えた。
俺はロディと二人だけで話すことにした。
「ロディ」
「ごめん。こんなことになるなんて、思わなかった。僕は最低の人間だ。レティのことはレギに任せるといったのに、それなのに、レティが僕のことを想ってくれているなんて思わなかったから……混乱してしまった」
「俺は怒りを感じている。だが、お前にではない。自分自身に」
レギは言った。
「俺はレティがずっと俺のことを愛してくれていると信じて疑わなかった。お前もそう言った。まだ、レティが俺を愛していると。だからこそ、余計に疑わなかった。だが、冷静になれば、死んだ人間をいつまでも想い続けている者ばかりではない。新しい人生を歩こうと考える者もいる。優しく頼りになる者がいれば、余計だ」
「僕は立派な人間じゃない。弱い。ただ、レティのそばにいるしかなかった。悲しみを埋めることなんて、全然できなかったよ。レティはずっとレギのことを話していた。そして、泣いていた。失ってしまったと」
「お前がそう思っていただけだ。実際は違った。レティはお前に励まされた。一緒に生きて行こうと思った。時間はかかったが、過去と決別し、お前と本当の夫婦として歩くことを選んだ」
「あれはレティが優しいからだ。僕に同情しただけだよ。それに、一緒に頑張ると約束したからだ。約束を破ることになる。素直になれないだけだ」
「素直になれずに、死を選ぼうとしたのか? ずっとしていた指輪を捨ててまで」
ロディは言葉に詰まった。
「俺もお前もレティに捨てられた。あの指輪がその証拠だ」
ロディは呻いた。
「俺はずっと考えていた。レティに会いに行かない方がいいのではないかと。レティは新しい人生を歩き始めている。その人生は豊かだ。光が溢れ、希望も夢も残っている。時間がかかったとしても、いつかは心も癒され、幸せだと感じることができる。だが、俺との人生は、豊かとはいえない。素性を隠して生きる人生だ。苦労させ、我慢させることになる。一生、俺は監視される。レティも一緒にいれば、同じだ。いつ、囚人に戻るかもわからない」
「大丈夫だよ。名前も身分も新しくなる。普通に暮らせる。年金も出る」
「多くはない。本当に普通の生活だ」
「いいじゃないか。愛する者と一緒に生きることができれば」
「レティが愛しているのは、もう俺ではない。お前だ」
ロディは言葉を失い、体を硬直させた。
「約束したはずだ。レティがどちらを選んでも恨まない。祝福すると」
俺は遠い昔にした約束を口にした。
「俺が約束を守る番だ。レティはお前を選んだ。守って欲しい。そして、幸せにしてやって欲しい。そして、お前も幸せになれ。俺はお前達の幸せを願い、遠くから見守る」
「レギ……」
「レティは優しい。土下座して許しを乞えば、許してくれる。そして、もう一度、やり直したいと懇願しろ。お前達はこれまで多くの試練を共に乗り越えて来た。これも試練だ。共に乗り越えることができる。お前達は夫婦だ」
俺は更に言った。
「レティも言っただろう? 恋人に選んだのは俺だが、夫に選んだのはお前だ。元々、王子と平民の侍女だ。結ばれるわけがなかった。俺は政略結婚し、レティもまた、別の者と結婚しただろう。俺はレティを愛人として囲い、一生縛りつける気はなかった。もしかすると、お前がレティと結婚していたかもしれない。戦争が起きたせいで状況が変わった。甘い夢を見た。だが、甘いだけで、夢は夢だ。現実ではない。現実から逃げ切ることはできなかった。その時、何もかも終わった」
俺は大きく深いため息をついた。
「俺は去る。後はお前に任せる。いいな?」
「わかった」
「絶対に幸せにしろ。不自由はさせるな。レティがお前を拒んだら、どこか静かな場所を用意してやれ。死なせるな」
「約束する」
「約束を破ったら、お前を殺しに来る」
俺はそういうと立ち上がり、部屋を出た。
廊下に出ると、ハーロムがいた。
「話はついた。レティのことはロディに任せる。俺達はここを去る。問題ないな?」
ハーロムは俺の解放条件を知っている。いずれ、レティを手放すということも。
あらすじとはやや違う部分があるものの、結末が早くなっただけの話だ。問題はないはずだった。
「特にない。行くぞ」
廊下を歩きつつ、俺は時計を見た。
「この後どうする?」
「問題が起きた際の備えはある。取りあえず、馬車で移動する」
俺達は馬車に乗り込んだ。
すぐに馬車が走り出す。中にはルイが悠然と座っていた。
ルイも俺の監視役の一人だ。
化粧や服装次第で様々に変装する技術が高い。今は女の格好をしているが、実際は男だ。
「失恋したみたいね」
すっかり女になりきった口調でルイが言った。
「慰めてあげましょうか?」
「男色の趣味はない」
「奇遇ね、私も同じよ。憂さ晴らしに娼館でも行く?」
「そんな気分じゃない」
「酒場の方がいいかしら?」
酒は飲みたい。気分的に。
「この後の予定はどうなる?」
「列車に乗るわよ。但し、指定席じゃないわ。席は早い者勝ちだから、立つことになるかもね」
「仕方がない」
「かなり混雑しているだろうから、私だけでも座りたいわ」
「女に弱そうな者に媚を売ればいい。譲ってくれる」
「勿論、そのつもりよ!」
一旦街に移動すると、貸し馬車を返却し、駅に向かう。
次の列車が来るまでに時間があるため、ハーロウが切符売り場に向かった。
指定席をまだ購入できそうであれば、手に入れたいらしい。かなり長時間乗るからだ。
「買った」
ハーロウが言った。
「但し、貴族席だ。服装が不味い」
俺達はすぐに駅の側にある店にかけこみ、貴族らしい既製服を購入して着替えた。
貴族席には貴族の者しか座れない。車掌が切符だけでなく、身分証などの提示を求め、確認する。
俺達は平民にも貴族にもなれる。両方の偽造旅券があるからだ。王太子が支援者だけに、複数の身分証も旅券も手に入る。
「やっぱり似合うわね。イケてるわ」
貴族らしい服装をした俺を見て、ルイがそう言った。
ルイは女装したままだった。ドレスはそのままにし、ショールなどの小物を取り入れ、装いの印象をがらりと変えた。地味なドレスの女が、どこからみても裕福そうな女になった。
俺達は列車に乗り込み、貴族席に悠然と座った。
車掌が来るが、全く疑われない。ルイが笑みを浮かべると、車掌は嬉しそうな表情をした。本当は男だと知れば、青ざめることだろう。
列車は走り続ける。
俺は窓の外を見つめていた。田舎の景色が広がる。列車の速度は速い。どんどん移動していく。
俺は行き先を知らない。監視役であるハーロウとルイが案内する場所に行くだけだ。
「……念のために聞くが、あの村に戻ることはないだろうな?」
「それはない」
「だったら、私は辞退しているわね。付き合いきれないわ」
二人の返答に、俺は安堵した。
「そろそろ教えてくれ」
ハーロウは胸ポケットからメモを取り出すと、俺に渡した。
ロドレスヘイムと書かれていた。
「ここに向かうのか?」
「そうだ」
聞いたことがない地名だった。そこに、俺の未来がある。過去と決別し、新しい人生を踏み出す場所だ。
レティがいない。ロディも。
二人とはもう会えないだろう。それでも、俺は生きていく。
王子でもなく、セレスタイン人でもなく、ただ一人の男として。
お読みいただき、ありがとうございました!
レギウス視点はこれで終わりです。いかがでしたでしょうか?
一応は完結ですが、またいつか、他の話が執筆できればいいなと思います。
*レティとロディの本編後の続編は「永遠の愛を刻み続ける」の方で更新しますので、よろしくお願い致します。




