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かつての理系女はあの人に会う

 国王に謁見中力尽きてしまったアンは、第三騎士団に送られた。近衛騎士団長のマティアスは近衛騎士団で引き取りたがったのだが、ジャンヌ聖女代理が大反対した。王宮に近いところでは政治の道具にされる。いま打ちひしがれている聖女様は、気心が知れ、うかつに貴族が近づけない第三騎士団のほうが安全だ、と言うのだ。マティアスもそれには納得し、アンは第三騎士団のヴェローニカのベッドに寝かされていた。


 アンが目を覚ますと近くにフローラがいた。

「あ、目が覚めた? 気分はどう?」

「うん、最悪ってほどではないかな」

「何か飲む?」

「うん、水飲みたい」

 すぐにフローラは水を持ってきてくれた。背中に手を入れ、上半身を起こしてくれる。

 入れてもらったクッションを背に、水をこぼさぬよう注意して水を飲んでいると、フローラが泣き始めた。

「聖女様、ごめんね。私たちみんな、たいへんなこと、やりたくないことを全部アンに押し付けちゃってたみたい」

「そんなことないよ。私は私の役割を果たしただけ」

「私ね、この世界にパーマがないのが悔しい」

 突然の話題にアンはついていけなかった。

「私の髪、金髪でカールしててかわいいのはわかってるけど、今は黒くしたい。ストレートにしたい」

「なんで?」

「だってそうすれば、聖女様の影武者ができるじゃん。ぜんぶ聖女様に押し付けなくて済む」

「もしかしてヘレンやネリスもそう言ってるの?」

「もちろんだよ」

「うん、なんか、ありがと」


 そのうちヘレンとネリスもやってきた。アンを中心に、みんなでベッドにすわる。

「それにしてもお主、陛下相手に数字だけで戦争の経過をつたえるなんて、理系の鏡じゃな」

 ネリスの指摘にアンは答える。

「だってさ、矢が怖かったとか魔法が怖かったとか言っても、あのヤバさは伝わんないじゃん。自国の兵、民がじわじわと減らされていく恐怖、わかってほしかった」

 ヘレンはその後の増援兵について言及した。

「何々様、増援なんとか名、人口なんとか名、ありがとうございますって、あれ、嫌味だよね」

「当たり前だよ。領地に応じた人を出せっていうの。結局自分たちの領地を守ることになるんだよ」

「聖女様あそこ、全部暗記してたよね」

「うん、フィリップの流した噂にのった。非協力なやつは聖女と聖女室は知ってるぞ、忘れないぞってね」

「つらかったね」

「うん、だけどさ、私、この国でさ、意地悪された記憶ない。むしろみんなよくしてくれてる」

「そうね」

「だから義務を果たそうとね、国王陛下には正確なことを伝えないと」

「うん、よくやった」

 フローラが話を続ける。

「あのあとね、大変だったみたいよ」

「そうなの?」

「だれかがね、被害はわかったが戦果はどうだったかって聞いたのよ。そしたら陛下が激怒されてね、防衛戦だからそんなものあるわけがない。捕虜の身代金、戦時賠償などもすべて、死傷者の補償、戦闘地域への補償、経済対策に使い、のこりは騎士団で山分けすると宣言されてたわ」

「それでも国庫は赤字だろうね」


 そんな話をしていると、第三騎士団でメイドをしているウィルマがやってきた。

「アン様、王宮から使いの方がいらっしゃいまして、こちらを」

と言って封書を差し出した。つい先日ヘルムスベルクで受けとったのと同じ封書である。早速封を切ると、明日の夕食をぜひともにしたいと国王からの呼び出しだ。フローラ、ヘレン、ネリスも来いという。

 断れるような話ではない。

 すぐに応じる旨、返事をしたためた。

 

 翌日午後遅く、第三騎士団から馬車で王宮に向かう。午後遅くと言っても北国だからもう真っ暗である。ちらつく雪が札幌を思い出させる。

 車内での会話は気楽な話題で終始した。夕食という形での褒美だろうとか、きっと美味しいだろうとかそんなものだ。

 

 王宮では小さい部屋に通された。そこにはフィリップ、ケネス、マルスがいた。聞けばみな、国王から呼び出されたという。アンにとってみんな大事な仲間だが、自分のパートナーだけがいないのが少し寂しかった。

 優花と言うかフローラは、大学に入ってすぐにケネスを捕まえていた。フローラとケネスがセッティングした合コンで、杏は修二に、のぞみは明と出会ったのだ。真美とカサドンが付き合うきっかけを作ったのは杏だ。そういう8人のなか、杏は修二と早々に結婚はしたが、すぐに別居生活を強いられた。今もまた自分だけ一人と思うと少し辛かった。

 

 すこしお腹が空いてきたなと自覚されるころ、部屋に使いが来た。国王と王妃が七人に会うという。部屋を出て、王宮の中を案内されて歩く。王宮は外から見たことは何度もあるが、今自分がどのあたりを歩いているのかさっぱりわからない。そしてまた、小さな部屋に通された。するとそこには国王と王妃が待っていた。あわてて跪こうとする七人に、王が声をかける。

「ここは私達の私的な場所だ。そのようにかしこまらないで欲しい。知り合いの家に来たとでも思ってくれれば」

 とにかく挨拶して入室する。

「さあ皆、かけてくれ」

と国王自らソファを勧めてくれる。一同が座ったところで、王は話をはじめた。

「今回の戦争では、アンを中心にみなよくやってくれた。王として礼を言う」

「とんでもありません」

 アンとしてはそうとしか言いようがない。

「それにしても君たちは、本当に有能で、しかも協力できるのだな。私にはわからない強い絆があるのだろう。だから私としては、君たちの絆を断ち切るようなことはしたくない。ただこれから先、君たちが有能すぎるゆえに利用しようとするものが必ず現れる。こまったときは必ず私に相談してくれ」

 ありがたい言葉に頭を下げるばかりである。続けて王妃も話す。

「女の子たち特有の問題については私も力になるわ。ヴェローニカにもよく言っておくわ。それと、ときどきは遊びに来てね」

 どう返事していいかわからない。だからただただ頭をさげていると、王妃が話を続ける。

「これから夕食を取ってもらうのだけれど、また部屋を移ってもらうわ。案内を呼びましょう」


 すーっと案内の女官がやってきて、また部屋を出る。アンは王宮とはなんとめんどくさいところだと思いながらも口には出せずついていく。

「こちらでございます」

 案内されて部屋に入ると、ステファン第二王子がいた。

 

 アンは足が止まってしまった。

 

 ここ何ヶ月かずっと、どうしても会いたかった人が目の前にいた。

 

 あと何歩かの距離にその人が微笑んで立っている。

 

「アン」

とその人は言った。

「修二くん」

と、アンは前の名前で言ってしまった。まちがえた、と思ったからまた足が前に出なくなった。

「しょうがないな」

という声が背後からしたとおもったら、背中をドンと押された。


 自然足が前に出たが気持ちが追いつかず、バランスを崩しそうになる。

 するとステファンが受け止めてくれた。

 懐かしい匂いがした。

 

 その日の夕食は、国王夫妻は出席せず、ステファンを含めた8人で食べた。ステファンによると、王が仲間だけでゆっくり食事をして欲しいと言っていたとのことだ。フィリップはステファンに近況をアンに言うよう促されていたが、アンはもうどうでもよかった。

 アンにとってその夜の食事は、この世界で一番美味しかった。ただ一つ、何か足りない気がして食卓の上を見回す。するとステファンはアンに言った。

「ワインは無いよ。未成年だし、記憶をなくされても困るからね」

 アンとステファン以外の全員が爆笑した。

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