三度の陰キャ(相談と悩みと将来と)
「三者面談か……」
僕がそう呟くと、机越しに葵さんが僕を見た。葵さんはスマホを机に置き、僕の方へと向きなおる。
「ソウスケ君のお母さん……雛さんを呼ぶのかい?」
「そりゃあまぁそうするしかないですし……」
鴨川雛。僕の母の名前だ。葵さんなら親戚の名前も全員覚えてそうだな。
三者面談に関するプリントをカバンから取り出して、葵さんに見せてみる。と言っても期間くらいしか書かれていないが。
「ふむ……私もついて行っていいかい?」
「なんで?」
しまった、つい声に出てしまった。思ったよりガチなトーンだったし少し大きめな声だった。急に何を言うんだこの人は。
「いや、同居してるいる者からの意見もあったほうがいいかなと」
「……本音は?」
「ソウスケ君の今後について聞いてみるのも面白そうだと思った」
正直でよろしい。別に聞かれたらそれくらい答えるのだが……しかし同居人となると理由としては大きいな。一度、神戸先生に連れて行っていいか聞いてみるか。
◆
「おう、いいぞ。同居していて、それでちゃんと親族なんだろう?葵先輩ならどんな人かもわかってるし」
放課後に尋ねてみると、意外とすんなり許可をもらえた。
「話は聞きましたっ!鴨川くんのところは葵さんが三者面談に来るんですね!」
「あ、利根さん」
利根さんがひょこっと僕たちの間に現れる。彼女から話しかけてくるのは珍しい気もするな。
いつもの4人の中で竜田と千葉さんとは結構な頻度で話すものの、利根さんと対面で話すのは滅多にないので新鮮だ。
思い返してみても、利根さんと2人で話したのは文化祭とクリスマスだけな気がする。それ以外は基本誰かと一緒に話していたような。つまりこれでまだ3度目か。一学期からの仲とは到底思えない。
「神戸先生、鴨川君もらってって良いですか?」
「もう終わったし、鴨川がいいなら持ってってもいいぞ」
僕を物みたいに言うな二人とも。しかし僕に拒否する理由もないので、利根さんに連れられることにした。
利根さんはどうやら、行き先があるというわけではなく僕と話したかったようだ。下校の方向が逆だが、話したいとのことなので、ついていくことにした。途中「ごめんなさい!」と謝られたのだが、利根さんも真面目だな。
「それで、話ってのは?」
「大した用事でもないのですが……最近雪ちゃんの様子がおかしい気がしまして」
そそぎ……千葉さんの事か。
心当たりは無いことも無いが、あまり僕から言うべきことでもないだろうし……どうしたものか。
「例えばどんなふうに?」
「えっとですね、私といるときは普通なんです。それで別れるときもいつも通りで、一人でいるのを見かけたときも変わりない感じでした」
「は、はぁ」
じゃあ何もおかしくないじゃないか、と言いたかった。どれもいつも通りならば、何に違和感があったのだろうか。
利根さんは足を止め、俯いた。合わせて僕も止まると、寂しそうな顔で語り始めた。
「ほんとに、いつも通りなんです。でも、私にはそれが、表に出てないだけで何か抱えてるんじゃないか……私が無理させてるんじゃないかって思えちゃうんです。変なこと言ってるのは分かってます。でもなんというか……こう……うーーん」
腕を組んでうんうんと唸り、考え込んでいる。
つまり利根さんは、言語化はできないがどこか雰囲気が違って見えると言いたいのだろう。いつも通りなはずなのにどこかが違う……千葉さんからその胸の内を聞いている僕からすると、変に気を遣わせないように無理をしているようにしか思えない。
唸っている利根さんを横目に、千葉さんに連絡を取ってみた。
『千葉、いまどこ』
『いま学校出たところだけど』
『駅前まで来て、急ぎ』
『よくわからんけどりょ』
僕から呼び出すことは滅多にないので、何かあったと思ってくれたのだろう。物分かりが良い。
あとはここで来るのを待つだけなのだが。
「と、とにかく……なにか鴨川君からきいてませんか?」
「僕は何も聞いてないな……千葉はいつ頃からそんな調子なの?」
「私が気付いたのは三学期に入った頃くらいからかな……」
「利根さんに心当たりは?」
「あったら聞いてません!ふふん!」
何故に自慢げなのだろう。
「困りましたね……鴨川君も駄目となると誰に聞けばいいのか……」
「千葉なら他にも友達とかいるんじゃないのか?」
利根さんは「何を言ってるんですか?」と言わんばかりにキョトンとした顔をしている。僕は間違ったことを言ったか?
「雪ちゃんが色々話してるのって多分私と鴨川君くらいですよ?」
「……そうなの?」
耳を疑いたくなる事実だった。確かに愚痴を言う相手を選んでいるのは知っていたが、少なくとももう2人くらい、そういう悩みを話せる相手がいるものかと思っていた。
「雪ちゃん、普段から不平不満はひとりで抱え込む子だったんです。まぁ悪い子としてる子にはすぐ突っかかりますけどね。
でも、それもある程度にちゃんと抑えてるんですよ?雪ちゃんは傷つけたいわけじゃなくて、悪いことをしてほしくないだけで……良くも悪くも良い子過ぎるんです」
千葉さんについて語る利根さんは少し楽しそうだった。困ったふうに笑いながら、ゆっくり言葉を紡いでいる。
「だからみんなから嫌われたりして、私はそれが許せなくて。でも、雪ちゃんはやっぱり良い子だから、何もするなーって。もどかしいですよ、すごく。今ではやんわりフォローできるようにもなってきた……気がしますけどね。中学の頃なんかはあたふたでした」
利根さんはケラケラと笑顔を見せていて、やはり楽しそうにしている。だがその顔は、少し悔しそうにも見えた。……ん?
「中学の頃?昔から知り合いだったの?」
「あれ?知りませんでした?私たち中学から一緒なんですよ。
あ、とっておきのエピソードがあって――」
とっておきのエピソードとやらも気になるが、それよりも今は、到着した彼女と話してもらおうか。
「まふっ!どの話しようとしてたの!?」
「あれ、雪ちゃん!なんでここに?」
ぜぇせぇと肩で呼吸をしているのを見るに、全速力で走ってきてくれたのだろう。
千葉さんは利根さんを一瞥し、僕の方へ向き直った。
「なんで呼び出したの?」
利根さんに聞こえない程度の声量で僕に詰め寄って来た。利根さん絡みで呼び出したのをすぐに理解したようだ。
僕は利根さんが最近の千葉さんの様子について心配していたことを簡潔に伝えた。
「あー……そっかぁ。ごめんね、迷惑かけて」
千葉さんはそう言って利根さんに抱き着いた。
「ごめんね、心配させちゃって」
利根さんは戸惑っていたが、そのひと言で、今日一の笑顔を見せた。
その後、利根さんのことは千葉さんに任せて僕は帰路についた。
千葉さんや利根さんの関係性も、前とまた変わっていくのだろう。だがあの二人だ。悪い方へ転んだりはしないだろう。
「三者面談の件どうだった?……そうか、、よし。安心してくれ、変なことはしないさ。日ごろの態度が悪いと言うこともないさ、美化して伝える可能性はあるが。……え、必要ない?いやいや、等身大の内容よりも多少盛ったほうが良いだろう?」




