第89話 厚かましい事は問題だが、厚かましい事が嫌われると理解してないのはさらに問題だ。
「なあロバート。前にお前をぶん殴る前。俺には手を出さないって言ってた気がするんだけどな」
「そんなことを言った覚えはない!」
門の前にいたのはロバートだ。
ただ、あまりにも焦燥にかられたその姿は、以前のような傲慢を助長させる要因にしかなっていない。
「おい、テラ・ディザスをたおして宝石を手に入れたんだろ。それは俺が回収する! いや、それだけじゃない。勇者が持っている剣はドラゴンの力が使われているそうじゃないか。あの剣も竜封院が管理する! 今すぐに俺に差し出せ!」
「前にも言ったはずだが、竜封院であるというだけで、管理できる資格があるわけじゃないぞ」
「うるさい! 人間として見てもこの何の地位もない一般人で、モンスターのお前が俺に反抗するな!」
ロバートは血走った目で喚くが、ホーラスはあきれ顔だ。
「なあロバート」
「なんだ! お前が何を言おうと、俺は回収する。竜の力は竜封院のものだ!」
「人と人である以上、話し合いの余地っていうのは必要なんだよ。なんでかわかるか?」
「モンスターの貴様が人の社会を語るな! ゴチャゴチャ言ってないで渡せ!」
「……話をしないってことは、お互いが極論を持ったまま衝突するってことだ。どうなると思う?」
少し、ホーラスは威圧した。
当然、無色透明で、そこまで威圧として本気度はない。
しかし、それでも効果は大きい。
「ぐっ、あっ、ううっ……」
「どうなるかわからんか? 戦いが起こるんだよ。戦争になるんだよ。俺は竜封院の在り方には納得するから、お前が怒鳴り込んできたって、別に上に文句は言わないさ。だけどさ。注意することくらいはあるんだよ」
ホーラスは威圧するのもバカバカしくなったのか、それを解いた。
「だからさ、『強力な兵隊を五人。武器を六本失ったロバートってやつが調子に乗ってるから何とかしてくれ』って言いに行くことはできるんだぞ」
「そ、それだけは絶対にダメだ! 絶対に許さんぞ!」
「お前の許しなんて元からいらんよ」
ホーラスはどこか、シルビオを思い出す。
「しかしまぁ、なんというか、神を絡んだ組織っていうのは、正統じゃない怒りを誰かに向けるのが流行ってるのかね? いや、人間なんて大体傲慢で、そういうことをするのは誰にでもあるが……」
「ゴチャゴチャうるさいぞ! いいか。お前はモンスターだ! 人間じゃないんだ! 俺に逆らうな!」
「……モンスターだからいうことを聞くと思ってんのか? だったらテラ・ディザスにも言えばよかったじゃないか。『おとなしく俺に封印されろ』って」
「馬鹿にするな!」
「お前の理屈の範囲で話をしてると思うんだがな」
ホーラスは溜息をついた。
「なあ、俺が前に言ったこと、覚えてないのか?」
「何がだ!」
「あの時は傷をつけずに痛みを与えたが、次は普通にぶん殴ると」
右の拳に左の掌を当てて、バキバキとならすホーラス。
……ロバートの顔が青くなった。
「ヒッ。や、やはりお前はモンスターだ。話が通じないと判断すればすぐに暴力に手を出す。貴様のような存在に、竜の力を持つ資格はない!」
「『今のお前』の遺言はそれでいいか?」
「はっ? えっ? 遺言?」
「ああ」
ホーラスは拳を構える。
ただ……ホーラスが普段『眼』から放っているものと同種の威圧感が、その拳から感じられる。
「俺の威圧、実はいろいろ弄ると拳にも乗せられるんだよ。ただ、普段は空気を動かして間接的に相手を封じるんだが、こっちは直接叩き込むからな」
冷めた目でロバートを見るホーラスは、どうしようもなく『うんざり』という感情に包まれている。
「精神への影響も大きいし、後遺症もデカい。人格に影響を与える可能性がかなり高い。というわけで、お前の『遺言』はそれでいいのかって聞いたんだよ」
「いっ、嫌だ、やめろ!」
「おらっ!」
ホーラスは拳を振りぬいて、ロバートの顔面に叩き込んだ。
「ぶわああああああああっ!」
再びギュルギュルと回転しながら飛んでいき、地面に墜落して転がっていった。
ピクピクと痙攣しており、明らかに顔面の骨格が変わっている。
「……思ったより手ごたえがないな。頭を思ったより崩せてない。変なところが必要以上に頑丈だな。まったく……」
ロバートに背を向ける前、ホーラスはつぶやいた。
「お前の言い分は、正しい部分は多いんだよ。確かに、竜の力を扱うのなら、竜封院は優れてるさ。俺がモンスターで、俺が色々持ってることに問題があることも事実だ。だけど、その無理を俺に通せるのは、『強者』の理屈なんだよ」
ホーラスは背を向けて屋敷に戻っていく。
「……俺より弱いお前が俺に文句を通す権利はない。それが、なんでわからんのかねぇ」
ホーラスの十年近い王都ワンオペ時代において、『ただ文句をつけてくるもの』は多かったし、どうでもいいクレームをつけてくるものも多かった。
正直、毎回毎回思うのだ。『その程度のことも自分で解決できないことに羞恥心を感じないのか』と。
だからこそ、ホーラスは王都の民を見限ってこの国に来たし、政府の人間として働こうとは微塵も思わない。
誠意を込めて上に謝る。
それができれば、ロバートだって降格はないだろう。
失われたものは戻らないが、それに折り合いをつける必要があるのだ。
何かを作るのは、育てるのは、決してタダではない。
だが、ロバートにはそれがわからない。
加えて、誠意を込めて謝るという経験がないゆえに、誠意の示し方がわからない。
そして、なおさら、外部の人間に誠意を示すことなど、考えもしない。
「俺のアイテムボックスには、今回のお前の失態を吹き飛ばす程のアイテムが実際にあったんだがな……馬鹿なやつだ」




