第70話【神殿SIDE】 枢機卿シルビオの怒り。
第七隊を完全にボコボコにしたホーラス。
彼が放った拳は『痛みをそのままに傷を治す』ことで、『痛みがありながらも体は正常』という状態を作り出し、どんな回復魔法を使っても『痛みがなくならない』という結果を作りだす。というものだ。
ありとあらゆる回復魔法やそれに類するものは『傷』を軸とし、『痛み』を軸としないため、治すことができないというものなのだが……。
あまりにも高威力でぶん殴りすぎて、全員が悶絶し続けることになったため、第七隊が帰れなくなった。
というわけで、大神殿から彼らを運ぶ人を呼ぶ必要がある。連絡は第七隊の隊長が『緊急アラーム』みたいなものを持っていたので、それを使って『人を呼ぶ』ことにした。
声も画像も届けられないが、『信号』を送ることができる魔道具なので、これで来るだろう。
ホーラスは第七隊が調子に乗っていた町で様々な復興作業をしている間に、大神殿の人が来て、彼らを回収するという想定である。
なお、全員が外傷は一切ないのに、鎧も盾もバラバラで顔面真っ青という超異常現象だが、隊長が途切れ途切れに話すだろう。
と言いたいところだが、よく理解しないやつもいたし、町で復興作業しているホーラスに剣をいきなり向けて斬りかかってくる奴もいた。
どこにでも『その手のバカ』はいるので、町の外まで蹴り転がした後、『援軍』に来た人の前でそういう連中の鎧を粉砕しながら痛みだけを与えて『理解』させて、お持ち帰りいただくことにした。
あまりにも『異質』。
勝つとか勝てないとかそれ以前の問題。
そう、それが、たった一人で、魔王を倒すコミュニティを作り出す、『勇者の師匠』。
こんな男を前にして、『戦いたくない』と思うのは人間として当然のことだ。
★
「第七隊が完全に敗北。援軍で送った第二十五隊は数人がやられた時点で戦意喪失だと!? ふざけるな! こいつらは全員クビだ! 真っ当な職務をこなすことすらできん無能は、騎士団から追い出してしまえ!」
大神殿の枢機卿執務室では、シルビオが怒り狂っていた。
復興作業をしているホーラスは町にとどまっているため、先に帰った騎士団の面々は大神殿に届けられることになった。
そしてそこで、大神殿の人々は、異質すぎるホーラスの『手札』に驚愕し、恐怖している。
だが、怒りに捕らわれているシルビオはそうではない様子。
「結論はともかく、『戦えなくなる』っていうのは予想通りじゃないの~?」
「レミ教官、また私の邪魔をしに来たのか!」
「別に?」
朗らかな笑みを浮かべて執務室に入ってきたレミは、シルビオに向けて正論をぶつけてみたが、彼には届かないらしい。
「あなたの邪魔をするつもりはないよ? だってあなたは止まりようがないもん」
レミは新聞の記事を取り出す。
「この、パストルから宝石を抜き取って、モンスターから人に戻したって記事、これを読んでからずっと怒ってるもん」
「当然だ。人を救う技術だ。それを誰かに教えるわけでもなく、人を救う職に就くわけでもない。こんな怠慢なやつがいるから、世界は救われないのだ! 力を持つ者には、技術を持つ者には、それ相応の『義務』があるのだ!」
怒り狂うシルビオだが、レミは涼しい顔だ。
「いるよね。力がある人には、それを誰かにために使う義務があるって考え方をする人」
「どこが悪い。これは正義だ! 力とは神から与えられた特別な贈り物なのだ。独占せず、人の社会のために使うのが正しいに決まっている!」
「ふーん」
レミは何か考えているようだが……。
「神が人に、慈悲を与える。か……この神殿に保管されてる『教典』を読んだけど、神って、自分の体をモチーフにして人間を作ったって書かれてたんだよね」
「そうだ。それは人がほかの種よりも優れている証拠で……」
「じゃあ、ここまで人が欲深く、厚かましいのも、神が自分をモチーフに作ったからじゃないの?」
「ふざけるな! 神がそんなわけがあるか!」
「なら、神が自分をモチーフに作った。なんて言えないね。人が進化した先に神という到達点があると考える方が、まだ納得できる」
レミが言う『神が人の進化の到達点』というのは、ある意味、血統国家の集まりである『世界会議』の考え方だ。
『神という言葉よりも強い言葉を作れない。よって、神とは人間の限界である。人として成長せよ』というのが、世界会議の考え方である。
「何が言いたい!」
「神が人の慈悲を与えると人はよく言うけど、じゃあシルビオさんは、困ってるサルに木の実を与えたことはあるの?」
「……」
「あげたことないでしょ? 上位の存在にとって、下位の存在の困りごとなんて見えないしわからないんだよ。サルの言葉がわからないのに、困ってるかどうかなんてわからない。だから、『困ってるサルに木の実を与えること』は、人にはできない。人と猿の関係がこうなってるのなら、神と人の関係もそんなもんじゃない?」
レミはニヤニヤしている。
「か、神とはそうではない! 言葉ではなく、信仰によって認識するからだ!」
「おお、ほう、なるほど。その返し方は想定してなかった」
レミは頷いている。
彼女にとってとても感心する内容だったようだ。
「そんなことはどうでもいい。私は、私は絶対に、ホーラスを許さん!」
シルビオは怒る。
「この技術を知っていれば……15年前のあの日、宝石に侵食され『魔王』となった、私の娘を救えたはずなのだ! この技術を隠していたホーラスを、絶対に許すものかあああああああああああっ!」
シルビオの絶叫は、しばらく、執務室を震わせていた。
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