第49話 静かな夜の酒場にて……
宝都ラピスは多くの人間が集まる場所であり、訪れる冒険者が高ランク、かつ多種多様なところからくる場合が多い。
景観を失わせない都市開発をしているゆえに外観はそろっているが、かなり内面は複雑でごちゃごちゃしている場合がある。
そんな宝都ラピスの端に、夜中も営業している酒場があり……アイヴァンが、静かにワインを飲んでいる。
「んー……お、こういった店を好むのは昔から変わらないな。アイヴァン」
そんな彼に、後ろからホーラスが声をかけてきた。
アイヴァンが振り向くと、そこにはゲッソリしたホーラスが彼の隣に歩いてきている。
「……随分痩せたな」
「夜中に獣になる女が多くてね」
「元凶はお前だろう」
「そりゃそうだ」
「まったく……マスター。奥の個室を用意してもらえるか?」
「かしこまりました」
「ん? 別に聞かれてマズイ話なんてしないぞ」
「良い酒を用意している。十年ぶりだ。それくらい察しろ」
「ははっ……変わらねえ」
普段よりも砕けた口調で話しているようにも見えるホーラス。
アイヴァンはそんなホーラスを見て、特に何も言わずに立ち上がる。
マスターに先導される形で、アイヴァンとホーラスは奥の通路を通って、個室に入った。
広さは二人用ではあるがゆったりできる程度。
向かい合わせに座るタイプのテーブルと、高級そうなワインボトルが置かれている。
おかれているのは一本だけ。
とはいえ、二人とも『長居する気はない』ことは考えられるが……。
「へーってあれ、コレ、400年前の『青き竜の涙』? 何処で手に入れたんだ?」
「俺も知らん。部下がどこかから持ってきた」
二人で向かい合ってすわる。
グラスに注いで……。
「とりあえず……久しぶりだし、乾杯だ」
「ああ」
グラスをチンッと合わせて、二人で飲む。
「ふむ……やはりこういうのはいい」
「他と違いが判別できねぇ」
「まったく……体をいじりすぎだ。味覚にも影響が出ているんじゃないか?」
「あー、自覚はある」
「はぁ……」
アイヴァンは溜息を隠しもしない。
というより……アイヴァンの外見が二十代後半であることを考えると、ホーラスの実年齢とほぼ変わらない。
十年前までコンビを組んでいたことを考慮すると、『ほぼ同年代』なのだろう。
しかし、ホーラスの外見は十代半ばから後半といったもので、とても外見に適していない。
体をいじりすぎという指摘が出てくるのも当然だ。
「昔のお前は、まだ金銭的な価値がわかっていたがな」
「ハハハ……」
テーブルに置かれているつまみを見る。
高級ワインの傍に置かれているとは思えないような、安いチーズだ。
「確かに、高いワインも、安いチーズも、価値の違いはたいして分からなくなったよ」
金を使って手に入れられるリターンの感じ方が、通常の人間と異なる。
ホーラスはそんな状態だ。
「というか、高いワインに安いチーズを合わせる食べ方、昔から変わってないな。アイヴァン」
チーズを食べながら良い笑顔になるホーラス。
そんな彼にアイヴァンは苦笑し……。
「……ホーラス。ワイズリア王国でわかれて以来、お前はどうだった?」
「ん? ああ……知っての通り、鍛えたやつらが魔王を倒しちまったよ」
「直接戦い方を仕込んだのは六人。救出して、鍛える方法だけ教えたのは百人に及ぶといったところか」
「ああ。あと、屋敷に俺の知らないやつが一人もいなかった。多分、アイツらは俺が関わったやつしか仲間にしてないんだろう」
「……そうか」
ホーラスは鍛えた後は各々に任せるというタイプなのだろう。
手紙くらいのやり取りはするが、深いところまで強制するようなこともない。
とはいえ、それでかかわった少女たちが実際に魔王を倒してしまうのだから、『鍛える者を選ぶ目』は良かったということか。
「アイヴァンはどうだったんだ?」
「『全世風靡』というギルドを作った。主に、魔王の影響が及ばない場所で活動していた」
「なるほど、まぁ……最前線に多くの人材が送り込まれる時代だったし、魔王から遠くなると薄くなるわな」
「ああ。だが、モンスターが減るわけではないからな。そこに介入して解決していた。いつの間にかSSランクになってしまったが」
「そもそも別れた時点でお前はSランクだっただろうに」
「お前もな。当時の協会の慌てようもすごかった。俺のところに、お前を抱えろと言う連中が押し寄せてきたよ」
「それは……悪かったな」
苦い顔をするホーラス。
だが、アイヴァンは首を横に振った。
「十年前のあの選択を『悪い』と言うな。俺は俺のやりたいようにやるし、お前はお前のやりたいようにやる。それだけだ」
「その結果、セデルみたいなのが入り込んだ。そう考えると、思うところはお互いにあるけど」
「……否定はせん」
「なんでセデルを? お前の実力なら……」
「お前の弟子の一人、ラーメルが作った失敗作がオークションに流れてきた。それで競り落とすために金が必要になって、商人の息子だったアイツを入れた」
「へぇ。で、今回は馬鹿なことをしたから追放と」
「見ていたのか」
「もちろん」
あの演説の場をホーラスも見ていたし、アイヴァンに気が付いていた。
アイヴァンは驚いている様子がないので可能性として考えていても、確信してはいなかったようだ。
「まあ、金を出す代わりに入れるといっても、神血旅を侵したらクビにして当然か。まあ、パストルもろとも『消えた』のは不可解だが」
「ああ。おそらく、厄介なやつが関わっている」
「……『ファーロスの鍵盤』か。てことは、あの二人が裏で始末されたってことはなさそうだな。どこかで出てきそうだ」
「だろうな」
アイヴァンはグラスを置いた。
ただ、目が少し揺れている。
「なあ、ホーラス」
「ん?」
「お前は、極論というものを、どう思う?」
「少なくとも、このワインよりも人を酔わせるし、狂わせるんだろう」
ホーラスは即答した。
そこに一切の躊躇もない。
「いろんな奴に会ったし、いろんなことを言われた。あの王都でどれほどのクレームが来たか、もう数え切れないくらいだ。別にあの王都だけで世界をわかったような口を利くつもりはなかったけど、魔王を討伐した後も、散々なもんだったろ」
「そうだな。世界会議が開いた勇者の功績を評価するあの式だが、あの時点で、魔王討伐から半年が経過している。何より、後始末に時間がかかった」
「強さよりも特性ってことだな。それによって勘違いする奴がたくさんいて、その勘違いが、多くの間違いにつながった」
「ああ。そうだ」
アイヴァンは苦い顔だ。
「旅の中でたくさん。そういうやつに出会ったんだろう……勇者が世界会議の場で最初に要求したのは、メンバー全員が、お前と結婚できる権利だったそうだ」
「俺と?」
「ああ。勇者コミュニティは多国籍な集団だ。全員がお前と結婚できるかどうかとなれば、納得しない者もいるだろう」
「……」
「勇者たちは、魔王討伐の中で世界を旅して擦り切れてしまった。だから、報酬を得ようなど、援助を受けようなどと思わなかった。アイツらに残ったのは、そこまで成長できるきっかけになった、お前への感謝だけだった」
「だから、国籍と市民権を俺に用意したってわけか」
「この国は男が少ないから、一夫多妻が可能だからな」
「その男が少ないっていうのも、前線に武器をもって戦いにいったやつが多いからって話だろう」
魔王の位置さえわかっていれば、立ち回り方はある。
だからこそ、男であっても最前線に向かうものは多かった。
虜になった男に武器を向けたら抵抗はされるが、魔王の力は男性への絶対支配であり、原則的に『男が魔王に会おうと思えば、誰でも会えるし、なんなら案内してくれる』のだ。
それほどの性能であり、魔王の位置さえわかっていれば、男なら即殺されることはないため、立ち回り方はある。
しかし、今も少ないということは、結論はとても単純だろう。
「あいつらが俺とねぇ……」
「お前も分かってるんだろう。勇者たちは強いが……『ただの女』になれるのは、お前の傍だけだ」
「……俺はね。極論は嫌いなんだ。で……俺にしか価値がないって思うのも、極論だと思うよ」
「そうだな。そこは俺も同意見だ。だからこそ、あの『王』が見せた可能性は、眩しく映っただろう」
会見の場でバルゼイルが見せた可能性。
実際に目にしたのはコミュニティメンバーの中ではランジェアだけだが、どう思ったのだろうか。
「まあ、あんな『王』がいる世界だ。結果的に良かったんじゃないか?」
「最悪とは言わん。それに……アレを、俺たちは忘れられん。俺たちは、選びたい未来が、あの時に決まってしまった」
絶対に忘れられない。
『おねがいじまず。おねがいじまず。おれに、剣を、おじえでぐだざい』
絶対に忘れられない懇願は、今も脳裏にある。
……一度、時間を、10年前に戻そう。




