第21話 会見2
バルゼイル・ディアマンテの登場。
この状況に、貴族たちはどう思うだろうか。
勇者の威圧の中を進む王を見て、『期待』しているのかもしれない。
自分たちは正義なのだと、そう強く宣言してほしいと。
『随分様変わりしたな。しかし、王を集めての会議はのちに開かれる。ここは難癖をつけたいやつを呼んで、私の力を刻み付ける場所。お前に用はない』
「まあそう言うな。私も難癖を付けに来たのだ。『せっかく勇者に言いたいことがあるのに、難癖をつけたいものだけを呼ぶなど、なんとももったいない』とな」
『……』
通常、ランジェアはですますを使った丁寧語だ。
しかし、現在はその気配はなく、今なお、バルゼイルに対して威圧している。
……そう、勇者コミュニティは、これまでにディアマンテ王国の貴族が起こした問題の首謀者とその動機が分かっているゆえに、バルゼイルに対し『責任』を問うつもりはない。
だが、『アンテナのオマケ』のインゴットでホーラスが喜んでいるので『敵』にはしないものの、別にホーラスに対し明確な謝罪もないので、『許しているわけではない』のだ。
だからこそ、遠慮する気は毛頭ない。
「私はこの場にいる者たちの意見に賛同するために来たのではない。ただただ、私の言いたいことを言いに来た」
『ほう? 言ってみろ』
威圧を一切緩めないランジェア。
だがその中で、バルゼイルは静かに告げる。
「前に開かれた世界会議で、常任理事国をはじめとする『王』たちは、勇者コミュニティの功績を評価し、褒美を与えた。ただ、最も大切なことを忘れていた」
『大切?』
「そうだ」
バルゼイルはゆっくりと、頭を下げる。
「勇者ランジェアよ。勇者コミュニティ『ラスター・レポート』諸君。そして、彼女らを導いた勇者の師匠ホーラスよ。魔王を討伐し、世界を救ってくれたことを、心より感謝する」
『……』
ランジェアはバルゼイルからの『感謝の言葉』を聞いて……威圧を解いた。
次の瞬間、金縛りにあったかのような貴族たちがバタバタと動きを取り戻し、席に崩れ落ちる。
「感謝。ですか」
「そう。感謝だ」
頭を上げて、バルゼイルはランジェアをまっすぐに見る。
「……私個人は、他人の成長を認められないほど、嫉妬深い性格ではありません。ただ、あえてこう言いましょうか? 『何を今さら』と」
「そうだ。そう問う権利がある。私たちは、あまりにも勇者の名を軽んじ、不快なことをやりすぎた。世界を救ったというのに、世界に可能性がないのなら、やはり見限るのに苦労しない。それは変わらん。だから私は、可能性を示そう」
「貴方が? 可能性を?」
「そうだ」
バルゼイルは頷く。
「勇者殿のその威圧、確かに強力なものだが……確か、『こう』やるのだったかな?」
次の瞬間、バルゼイルの眼光が輝き、赤いオーラとなって会見の場を満たした。
再び、貴族たちは押さえつけられることになる。
ランジェアはそれに巻き込まれておきながら、涼しい顔だ。
というより、『赤いオーラ』となっているが、『色がついているかどうか』は『本気度』を現しているだけで、威圧の『強度』ではない。
魔王を討伐し、世界を救った少女を抑え込もうというのなら、そんな付け焼刃では何も意味がない。
「……っ!」
ランジェアもまた、威圧を放った。
色がついていない。無色のそれ。
だが、莫大な圧力は、バルゼイルが放った赤いオーラを、一瞬で霧散させる。
「……フハハハハッ! 付け焼刃では到底無理だと思っていたが、まさかこうも簡単に『負ける』とはな! なんとも不甲斐ない」
笑うバルゼイルだが……ランジェアは彼の行動の真意をつかんでいた。
それは、『威圧を放てるほどの男に、王になったバルゼイルだが、それでも勇者には遠く及ばず、勇者は圧倒的な高みにいるのだ』と。
そう、貴族たちに見せつけるため。
世界最大の国家の長が放つ『覇気』であろうが、到底、敵わない。
そう見せつけることが、彼の目的なのだ。
「……らしくないことをしますね」
「そのらしくないことをさせるほどの『事実』が、我が国にはたくさんあったのだ」
バルゼイルはランジェアをまっすぐに見ている。
「さて、君たちの師匠、ホーラスにも会いたい。私は彼に、謝らなければならないのだ」
「……そこまで言われると、出ないわけにはいかない」
ホーラスは裏から出てくると、ランジェアの傍まで歩いてきた。
「君がホーラスか。長い間、君を我が城で働かせて、何も報いることができなかったこと、深く謝罪する。この通りだ」
バルゼイルは再び、頭を下げた。
ホーラスはそれを見て、ため息をこらえた。
「顔を上げてください。アンテナについていたオマケですが、とても気に入りましたから。アレをくださるのであれば、ディアマンテ王国で働いた甲斐があります」
「そうか、なら……私と君の間に、これで貸し借りはない。君は我が国よりも竜石国に魅力を感じているから、そこに身を置く。これでよいな?」
「ああ……少し、『城に帰ってこないか』って言われると思ってましたが」
「その未来はもう捨てた。我が国は、あるべき姿に戻り、私の力で強くする」
バルゼイルはホーラスを見て、少し、決意を胸にしたような雰囲気になった。
「勇者の師匠ホーラスよ。その威圧だが、一度ぶつけ合わんか?」
「それはどういう……」
「千の言葉を交わすより、そちらの方がわかるだろう」
「……『あの本』を読んだんですね。なるほど、いいでしょう」
「ならば……っ!」
バルゼイルは再び、赤いオーラを放つ。
先ほどランジェアにはなった時より、もっと強いだろう。
……だが、ホーラスの瞳が少し光り、たったそれだけで、バルゼイルは疎か、『全て』が押しつぶされたかのような、そんな『幻覚』が発生した。
「……ぐっ、おおっ、こ、ここまでか」
「立っていられるとは思ってなかったですよ」
「そうだろう。そうだろうな。私も驚いているほどだ」
バルゼイルはランジェアを見る。
「勇者よ。あの時の、無知で、無能で、愚者であった男が、これほどの男に、王になれる世界。君が救った世界は、そんな『可能性』があるのだ。我らに流れる血は、まだまだ可能性にあふれている」
バルゼイルは少し、笑みを浮かべた。
「世界に愛想をつかすのは、もう少し、待ってもらえないだろうか」
それに対するランジェアの返答は……。
「……」
何も言わない、だが……パチパチと、手を叩く。
拍手だ。
彼女の瞳に、バルゼイルを下に見る色はない。
バルゼイルが『世界の可能性を示した』ことに、拍手を送っている。
「完敗ですね。確かに私は、世界というのは思ったより、見限っていいのではないか。愛想をつかしてもいいのではないかと思っていました。ですが、違うと、今ここで証明するとは……」
言葉が見つからずに考えているようだが、数秒でまとまったようだ。
「これが、『王』ですか。勇者というのは、何を成し遂げたかという結果に過ぎませんが、『王』というのは、『存在そのもの』なのですね」
ランジェアは瞳を閉じて……すぐに開く。
そこには、少し、良い笑みが浮かんでいる。
「魔王討伐への感謝の言葉。絶対に忘れないと約束しましょう」
「ふぅ、この場はこれで良し。私は調子に乗った貴族を放り込むダンジョンを選ぶという仕事が残っているのでな。これで失礼する」
「良ければ資料を渡しますけど、必要ですか?」
「城で長年勤務した君からの情報だ。ありがたく受け取ろう。後で城に送ってくれると助かる」
「なら、そのように」
「では、私はこれで失礼する」
バルゼイルは踵を返すと、扉に向かって歩いていた。
……一応、この場にはディアマンテ王国の貴族たちもいるわけで、なんだか実質的な死刑宣告があったような気がするが。
しかし、とんでもない圧力に何度も晒されて、腰が抜けている彼らに、抵抗の余裕はない。
バルゼイルが部屋を出るまで、誰も何も、話すことはなかった。
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