第10話【王国SIDE】 すべてが足りない町
ホーラスがグオドルを鉄拳制裁にしたころ。
ディアマンテ王国の王都では、緊張感が漂っていた。
「やっていることが多様過ぎる。これを一人でさばききっていたというのか? 世界最大の国家であるディアマンテ王国の中枢を、一人でだと……」
瘦せこけたバルゼイルは執務室で唸り声を出していた。
……この手の状況になった場合、『机の上が書類山脈になる』というケースも考えらえる。
なんせ、一日に何百件も要求やクレームが来るのだ。
もちろん、国王であるバルゼイルが関わらなければならない案件など、平民のクレームの中にあるはずもない。
しかし、事情を把握するためには、数多くの報告書を確認する必要がある。
だからこそ、書類が数多くできてしまう。
……はずなのだが、バルゼイルの執務室に送られた報告書は、とても少ない。
「ハハッ……まさか、報告書を作るための紙すらまともに調達できんとは、堕ちたな。この国も」
そう、『紙』がない。
そんなトイレでしか使わないようなフレーズが実際に発生している。
何百件と来るクレームを一々紙に書いてまとめておくなど、ホーラス一人にできるはずもない。
確かに作業面はゴーレムに任せまくっていたが、『文字を書かせる』というのはなかなか難易度が高いのだ。
そのため、記録媒体に紙以外のものを使っていた。
数多くの作業がマニュアル化されて効率的なものになっているが、当然そのマニュアルも紙以外の媒体に全て納めており、現在はホーラスが持っているので、誰もノウハウがない。
「陛下!」
「どうした」
部下がノックもなしに入ってきたが、それを叱る元気もない。
「城の敷地内に設けられた『一般開放スペース』の平民たちが、解決されない問題に威圧感を放っています。このままだと、暴動になる可能性も」
「……そうか」
バルゼイルはどこか諦めたような顔つきで、部下に言う。
「こう言いに行け、『平民は自分の悩みを平民たちだけで解決せよ。城に持ち込むな』と」
「そ、それでは……」
「それを解決する人手はない。反対するなら、お前には十人分働いてもらい、できなければ厳罰とするが?」
「し、失礼しました! すぐに平民を追い出します!」
部下はどこかホッとしたような様子で部屋を出ていった。
そんな部下を見て、バルゼイルはつぶやく。
「魔王が出てくるまではそうだったのだ。それを戻すだけだ……と思うことができればよかったのだがな」
ホーラスの影響で、王都は流通網、生活レベルにおいてかなり『便利』である。
ゴーレムマスターというのは言い換えればマジックアイテムの運用に長けているわけで、それがもたらす『豊かさ』の影響で、王都は避難民を抱えても問題がなかった。
しかし、もうホーラスはいない。
彼がいなくとも動かせるマジックアイテムはそのまま使われているが、彼の『指令』がなければ動かない魔道具は動かない上に、研究室に持ち込んでも解析が進んでいない。
文字通り、ホーラスは化け物だったのだ。
「平民が多くなりすぎた。それを管理する人間がいない。どうするかな……」
そう、避難民に爵位などないのだから、全員が平民だ。
そして、その数が莫大なものになっている。
この数年で王都そのものは拡張されて広さは増しているが、それをもってしても、人口密度がほかの町と比べてかなり高い。
「とにかく、食料の搬入は滞りなくさせなければ。これが途絶えると、『世界最大の王都』の名が廃る。勇者の師匠に逃げられた失態に加えて、『最大』の称号まで捨ててたまるか」
バルゼイルは少ない書類を仕上げようとペンを取り……。
「陛下! 大変です!」
「なんだ」
「イーモデード伯爵家の長男、グオドル・イーモデードが、勇者の師匠に接触、『借金を帳消しにしろ』と命令し、その場で殴り倒されました!」
「勇者の師匠を敵に回す気か!」
バルゼイルは『傷害罪』という言葉が頭に浮かぶことすらなかった。
借金を帳消しにしろなどと、世界を救った勇者への『暴言』としてあまりにもヤバすぎる。
むしろその場で、『暴言』の対価の支払いが殴り倒されただけで済んだ。ということにどこか安堵しているくらいだ。
「勇者側からはなんと?」
「今のところ要望はありません。ただし……イーモデード伯爵家の借金は、金貨2万枚。その1%の200枚を支払うだけで、イーモデード伯爵家の『年間貴族予算』は吹き飛びます」
「あの地は大した産業はなかったな。確か、聖剣があるからと伯爵位を与えたが……」
今まで伯爵家ですらなかったにしては、バルゼイルは頭の中からすぐに情報が出てきている。
「……金貨2万枚。用意する」
「えっ?」
「国庫から金貨2万枚を出せ、それでイーモデード伯爵家の借金を返済せよ。イーモデード伯爵家の財産は、最低限の金を持たせてあとは王家で没収。辺境に追放とせよ」
「じ、事実ですか?」
「ガードールには借りがある。でかい借りがな。だからこれで済ませる。良いからいけ」
「はっ!」
このタイミングでの金貨2万枚。
とてつもなく大きい。
だが、ここで謝罪の意思を見せなければ、後がない。
部下が部屋を飛び出したのを見て、ため息をつく。
「……もうこれ以上、誰も調子に乗るな。と言っても無駄か」
王国の真理を突くようなことをつぶやくのだった。