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一夜目 3 どこにでもあってありふれない真実

 「は――はは」


 気づいた時には、もう遅かった。

 あまりに予想していなかった事態に呆気にとられた俺は、頭が真っ白になっていた。

 それどころか、目の前にいる彼女を見てから、彼女が笑い出した今この瞬間までの、ほんのわずかな記憶が――飛んでいる。

 ほんの数秒だけ、意識が遠のいていた。

 そこまでの、衝撃。

 そして気づいた時には、彼女はすでにアクションを起こしていた。

 先手を取られた――見知らぬ怪異相手に。

 否、見知った怪異相手だからこそ後手に回ってしまったのか。


 「ははは――、あは、あはは」


 目の前にいる『朱音』は、引き攣った様に笑っている。

 こらえようとしてこらえきれていないような、とらえようのない笑い声。

 その笑い声さえ、俺のよく知る朱音の声とよく似ている。

 今すぐ後ろを振り返り、朱音の姿を確認したかったが。

 どうしても、目の前の『朱音』から目が離せない。

 

 (もしかしたら、俺は――)


 俺の頭の中で、別の俺の声がこだましている。

 いまだに何も考えられない空っぽの頭の中に、どこか高いところから固まっている俺を俯瞰しているもう一人の俺の声が空しく響いてくる。

 

 (俺は、もう魅入されたのかもしれない――)


 どうしてだろう。

 見慣れた美貌のはずなのに、慣れた魅惑のはずなのに。

 どうして目の前の『朱音』は、こんなにも俺の目を、心を引き付ける?


 「っははははははははははは!あはははははは、はひ、ひゃは、ははははははははは!」


 ……いくら何でも笑いすぎなんじゃないですかね?

 さっきまでの控えめな笑いから打って変わって文字通り抱腹絶倒、腹筋が引き攣って死ぬんじゃないかと心配なほど笑い転げている。

 その姿すら、何かがが笑いのツボにはまった時の朱音に瓜二つだった。

 あまりにあまりな急激な豹変に、張り詰めていた緊張の糸がぷっつんと切れたような気がした。

 冷めた、というべきか。

 どちらかといえば血の気の弾いていた頭に血が戻っていき、フラットな状態まで脳が熱せられたような。

 劣勢から、冷静に。

 冷血が、熱血に。

 本来の自分を、本当の目的を思い出した。

 今なら、動ける。


 「――何がそんなにおかしいんですか、華子さん」


 そう、目の前にいるのはあくまで華子さんなのだ。

 そんなことは、今も後ろに感じている朱音の気配でわかる。

 しかしどうして、まだ笑い袋さながらに大笑いしている彼女は朱音にここまで似ているんだ?

 他人の空似にしたって限度がある、まるで双子の姉妹だ。


 「ん?んー……」


 ようやく笑いの収まった華子さんが、目元の涙をぬぐいながら(だから泣きすぎだ)ようやくまともな言葉を発した。

 

 「なにがって、そんなの決まってるじゃない……。それに、分かってるんでしょ?君も」

 「期待に沿えず申し訳ないですけど、俺にはさっぱりですよ」


 口調こそ違えど、雪のような冷たくも儚い声質も朱音のコピーそのものだ。

 聞きなれたはずの声が、また俺の心をざわつかせる。

 それを無理やり抑え込んで、俺は会話を続ける。

 正体も、得体も知れない怪異が相手なのだ。

 会話するときは、慎重に言葉を選ぶ必要がある……もちろん嘘も、選ぶ言葉の一つとしてある。

 前回は思ったことをそのまま伝えてしまったために一人女の子を泣かせてしまったことがある、ちょうど華子さんと同じような顔をした美少女だ。

 

 「あらそう?その『さっぱり』がどこまでの『さっぱり』なのかによって、あたしが笑ってた理由を教えるかどうかが決まってくるんだけど」

 「……というと?」

 「えっと、なんというか、そうだなぁ……。あ、じゃあ本当はマナー違反なんだけど、質問に質問で返すよ?君はあたしの今のこの姿、どう思う?」

 「凄く可愛いと思います」

 「あ、ありがとう……。じゃなくて!ああもう、ごめんね。あたしの聞き方が悪かったわ。君は今の私の姿に、心当たりはない?」

 「心当たり……は」


 ここでは正直に答えるべきだろうか?

 いや、考えるまでもない。


 「あります、その……。心当たりというより、見覚えがあります。それもすごく」

 「あはは、そりゃそうでしょうね。なんてったって、今君の後ろにいる女の子そのものだもんね、今のあたしの見た目は」

 「…………っ!」

 

 そうか、見えているのか。

 思わず絶句してしまったが、よく考えれば想像できたことだ。

 そもそもここに来ることになったのは、前々から朱音が華子さんの気配を感じ取っていたからなのだ。

 ならば、その逆で、華子さんも朱音の気配、すなわち怪異の気配を感じ取れるかもしれない。

 人間ですら怪異を見ることができるのだ、怪異同士ならばお互いが見えて当然と考えておくべきだった。

 

 「ちなみに君は見てなかったけど、君があたしの事『凄く可愛い』って言ったとき、すっごく複雑そうな顔してたわよ。イライラと胸キュンが混じり合ったみたいな。駄目だよ、いくらあたしが後ろの彼女にそっくりだからってそんな事迂闊に言ったら。女の子は嫉妬深いんだから」

 「は、はい。気を付けます」

 

 思わず背筋が伸びてしまった。  

 さっきから後ろから突き刺さるような殺気が来ていたのはそういうことだったのか。

 つい本音が出てしまっていたとは。慎重に言葉を選ぼうと思った矢先にそれでは、この先が不安になるなぁ。

 ……しかし、まだ分からない。

 華子さんが、自分の姿が俺の後ろにいる朱音とそっくりだということを自覚しているということは分かった。

 だが、それだけだ。

 どうしてそれが彼女をああも笑わせたのかについては、全く見当もつかない。

 

 「あぁでも、まるっきり一緒って訳じゃないのね。ていうか、よく見たら結構違うところあるんだ」

 「え?違うところ?」

  

 思わぬ一言で、虚を突かれてしまった。

 キョトンとする俺に、華子さんは何故かいたずらな笑みを浮かべて。


 「ほら、まず脚が違うじゃん。なぜかその子は片脚ないけど、あたしには両脚そろってるし。それから長さもあたしの方が長い。あとそれから、あたしもその子とおんなじ白い着物みたいなの来てるから分かりにくいかもしれないけど、ほら」

 

 華子さんは、おもむろに白装束をはだけさせた。

 何の抵抗もなく擦り落ちていく布から、白く透き通るような肌と、力を籠めれば折れてしまいそうな白い鎖骨、そして魅惑的な曲線を描く肩が一気に露わになった。

 今まで沈黙を保っていた朱音も、あまりの急展開に「えっ!?」と驚きの声を上げる。

 しかし、そんなことで布が止まるはずもない。

 瞬きすら許さないような次の瞬間には、たおやかな二の腕が。

 そして、次に現れたのは、思わず凝視してしまうほどの――双丘。

 白装束の上からではよくわからなかったが、確かにこれは朱音とは違う。

 なんとか大事な部分が見える寸前で華子さんが布の落下を止めてくれたため、最後の防波堤は守り切られているし、丸見えなのはたわわに実った果実の上半分だけだ。

 それがむしろ倒錯的な情欲をそそるような見た目になっている――とくに下着を着けていないところが。

 しかし、ここまで大きいとは……。

 手のひらでは収まりきらないだろうその豊満な乳房は、こちらを誘惑するかのように彼女の腕の中でたゆんたゆんと揺れている。

 いかん、このままでは俺は「全部見せてください」とか言い出しかねん……!

 よかった、後ろに朱音がいてくれて……。ありえない仮定だが、もしここに朱音がいなかったら、そして俺が朱音と何の関係もなかったなら、俺は迷いなく華子さんを押し倒していただろう。

 そして数日風邪で寝込む羽目になっただろう。

 あとあれだ、巨乳なら妹で見慣れているというのも助かった。

 サイズは亜弥と同じくらいだろうか?ともあれこうして見るだけなら俺は余裕はないが理性を保つことはできる。

 成長してから亜弥の着替え中に出くわしていてよかった、ありがとう妹よ。

 お前のプライバシーの犠牲とFカップでお兄ちゃんは救われたぞ!


 「ね?おっぱいが全然違うでしょ?君がその子の見たことあるかは知らないけど、その反応を見る限りやっぱりここはあたしの勝ちってことね」

 「……勝ち負けなんてないし、その人は私の胸でも満足してくれてるわよ」

 

 ものっすごい低い声で朱音が華子さんに反論した。

 おぉ、怪異同士でも女と女の戦いってやっぱり怖いんだな……。

 やめてくれよこんな逃げ場のない場所で喧嘩は。

 華子さんおっぱい半出しのまんまだし。

 ――まぁ胸云々はさておいて、じっくり見ると確かに細部が朱音と違う。

 顔の輪郭や顔のパーツの位置は同じようでも、華子さんの方がややくっきりとしている。

 それに、今は便座の上に座っているから分かりづらいが、足の長さからいっても当然身長も華子さんの方が高いだろう。

 手の指も華子さんの方が長いし、そもそも腕の長さも……。

 まるで、朱音がそのまま二、三年ほど成長して、俺と同じぐらいの年齢になったよう、な……。


 「それでも、男の子はやっぱり大きいおっぱいに惹かれるものだよ?顔も声も同じなら、おっぱい大きい方を選ぶんじゃない?」

 「何を言ってるのかしら。女の価値は見た目も重要だろうけど、それと同じくらい中身だって大事よ。いきなり見ず知らずの人に胸で勝負して、勝手に勝ったなんて思う独りよがりな女なんて、この人にとってはお呼びでないのよ」

 「独りよがりかどうかは、この子が決めてくれるから。ねぇ、君まだ名前聞いてなかったよね?教えてくれたらいいことして、あ、げ、る」

 「いいから貴女は早く服を着なさい!」


 女性陣が言い合いをしているのを他所に、俺の中でなにかが弾けた。

 それはもちろん、華子さんへの性欲とかではなく――俺の思考が、弾けたのだ。

 驚くべきことに、きっかけは華子さんの弾けそうなデカ乳のおかげなのだが。


 ――男の子は大きいおっぱいの方が好き。


 ――道弥が大きいおっぱいの方が好きってこと、私知ってるんだから。


 ――華子さんは巨乳のことが比較的多い。

 ――華子さんの姿は巨乳で共通してることが多いが、その姿は面白いほど千差万別で。

 

 ――それは黒髪ロングで清楚な雰囲気だったり、茶髪でいかにもビッチだったり、金髪ツインテールの幼女だったり、行為が終わったらいつの間にか消えてそのあとは生命力の欠如によってか数日寝込んで二度とは会えなくて朱音が第六感めいたもので感じた違和感生命力を吸収する仮説夜の生物室の女子トイレ一番奥三回ノック遊びましょ出てきたのは朱音が成長して高校三年生になったような姿で俺は魅了されて華子さんが笑い出してその理由は。


 全てが、繋がった。

 否、最初から全ては繋がっていたのだ。

 仮説に仮説を重ねたような、都合のいい解釈を積み上げたような、証拠らしきものも見当たらない、根拠というには頼りない欠片を当てはめたつぎはぎだらけの結論。

 それは、論理ロジックというより魔術マジック

 理論セオリーというより空想ファンタジー

 砂上の楼閣のような答えだが、ぶつけるに値する解答。


 「白谷」

 「え?」

 「白谷道弥――、俺の名前です。白い谷に、脇道の道。弥生の弥で、白谷道弥です」

 「へぇ、道弥君っていうんだ。それじゃ改めて道弥君、名前を教えてくれたってことは、あたしとエッチなことしたいってことなんだよね?本当なら複数人でするのはNGなんだけど、今回は特別にその貧乳ちゃんも混ぜて三人でもいいよ?」

 「道弥、しないわよね?私たちが何のためにここに来たのか忘れたの?そういうことなら帰ってからいっぱいしてあげるから、この女の脂肪の塊なんかに惑わされないで。お願いだから、ね?」

 

 空爆さながらに爆弾発言を落としまくっているのは黙殺し、俺は今一度華子さんに向き直る。

 突然かしこまったかのような態度の俺を、華子さんは乱れた服装のままできょとんとして見ている。

 よし、この場の主導権を握った。

 これで質問がしやすい――否、質問というのは形だけ。

 これから始まるのは、ただの答え合わせだ。


 「華子さん、そういうエッチなことはさておくとして。一つ聞きたいことがあります」

 「…………?あぁ、なんであたしが笑ってたかって?そういえばまだ答えてなかっ――」

 「いえ、それはもういいんです。それも含めて、次の質問に答えてもらうだけで答えは得られるんです」


 華子さんの言葉を途中で無理やり遮って、俺は続ける。  

 人と会話するときのタブーなのだが、俺はそんなこともかまっていられなかった。

 早く、答えが知りたかった。

 自信のあるテストの結果を心待ちにするような心境で、俺は胸の鼓動が大きくなるのを感じながら。

 

 「華子さん、あなたはここを訪れる男子の好みに合わせて姿を変化させる――、理想のタイプに自分の見た目を変幻自在に操れる怪異なんですね?」

 「………………………………………」

 「生命力を吸収しやすく、すなわち性的行為に入りやすいよう。相手を興奮させるために貴方は姿を変えている――。違いますか?」

 「………………………………………………………………………………………………ふふっ」

 

 長い長い沈黙の後に、彼女は静かに笑って顔を上げた。

 その顔は、いつまでも見つけてくれない子供が、かくれんぼでようやく見つけられた時のような。

 心の底から自然にあふれ出たような、純粋な笑顔で。

 その笑顔だけは、朱音とは似ていなかった。

 きっとそれが、彼女の本来の感情であることは簡単に分かった。


 「あーあ、ばれちゃった。なんか適当なこと言ってごまかそうと思ってたのに。最初に思わず笑っちゃったところから、失敗したなぁって思ってたけど……。まさかそこまで見破られるなんて。姿を変えておけばいい煙幕になるかと思ってたんだけど、逆効果だったなぁ」

 「それじゃあ、華子さん。貴方は――」

 「深華」

 「み、みか?」

 「あたしの、本当の名前。あたしがこうなる前の、あたしにつけられた名前。華子さんなんて、誰かが勝手につけた名称なんだ」

 

 こうなる前の、彼女本来の名前?

 ということは、やはり彼女は、朱音が危惧していた通り――!


 「そう、あたしは人間だった。そして死んだ。それからいつのまにかここにいて、ずっとここを訪れる男子の生命力を糧に、こうしてここに留まり続けてる」


 そこで彼女――深華は一息ついてから、おどけたように。


 「いわゆる、淫摩サキュバスとして転生したのです」


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