第三十五話:晦日と大晦日
2007年12月30日(日)、21時30分頃〜同年12月31(月)の夜までの話です。
12月30日、晦日の夜。俺は未砂記の部屋でビーズを通して一階のリビングに戻ると、未砂記が涙目になっていた。
あぁ、なるほどね、俺の胸にもジンジンくるよ。
未砂記はレコード大賞のコブクロの曲を聴いて涙ぐんでいたのだ。これを聴いて泣ける人は本質的に優しい人、だと思う…。
そういえば未砂記の母親は、今どうしているのだろう。いや、未砂記の場合は、母親より、亡くなった姉さんを思い出して、それを曲の詩と重ね合わせているのかな。
「優成? 死んじゃ駄目だよ?」
曲が終わり、涙目でこちらを見る未砂記は、ネコを膝に座らせ、ネコの肩に右手を添え、左手をソファーに指立て伏せの体勢で置きながら、この幸せな日々が続いて欲しいと切実に訴えてきた。
「あぁ、でも未砂記が居なくなったら淋しくて死ぬかも」
うわっ、我ながら臭い台詞だ。あぁξ(クサイ)ξ…
◇◇◇
翌日、大晦日、今日も引き続き俺と未砂記は家の大掃除をしていた。こうもトラブルのない日常は、俺にとって決して当たり前とは言えない、非常に貴重なものだ。去年、家族と過ごした年末は、正に地獄絵図だった。あぁ、なんて幸せなのだろう。
午後、未砂記が家にオタちゃん、浸地、石神井さんを呼んだ。実は俺を含めたこの五人で卒業ライヴに参加する事になったのだ。今日はそこで発表する曲を作る。軽音楽部の未砂記と浸地は勿論、他の部に所属しているオタちゃんや石神井さん、ほぼ帰宅部の俺でも参加出来るのだ。
演奏する曲数は二曲で、一曲目はロック、二曲目はジャンルは決めていないが卒業ソングにしようかと考えているが、まだ決定ではない。
「なぁオタちゃん、ビーズの意味はもう聞いたんだろ?」
「うん、でも意味は仙石原さんから聞いた方がいいよ」
オタちゃんは就職試験の少し前、二学期の初頭頃にビーズの製作を終えた。同じ日から始めたのに一体どういう事だ?
「優成にもそろそろ教えてあげるよ。だからそれまで待っててね!」
前にもそんな事を言われたような気がする。未砂記の勿体振りな解答に俺は、はぁ、と気の抜けた返事をした。
「本当にそろそろ教えてあげるから溜め息ついてないで、先ず一曲目はどんな楽器を使うかとかみんなのパートを決めよう」
テーブルに酎ハイを並べ、会議は続いた。どうでも良い話だが、個人的には柑橘系のフレーバーが好きだ。しかしご存知の通り、未成年の飲酒は禁じられていますよ。
「優成ぃ、飲み過ぎだよ? 健康診断で未成年なのに酒あんまり飲むなって言われたんでしょ?」
「ふぁい、言われましたよ?」
◇◇◇
優成は酔い潰れたのでナレーションは私、未砂記に、ちぇんじぃ!!
優成を除く四人で会議は順調に進んでいる。
「じゃあロックだからギターとベースは二人で」
「おう! 分かってるじゃねぇか未砂記ぃ! 時代はハードロックだぜぇ!!? ヘッヘッヘッ!!」
優成は頬を赤くしてヘラヘラと私を褒めた。コイツ、アルコール入ると人格変わるよな。
◇◇◇
再びナレーションは俺に交代。意識がないうちにみんなは帰ってすっかり夜になっていた。時間は紅白歌合戦が始まる少し前だった。
「優成ぃ、お風呂入りなよ。今年の汚れは今年の内にね!」
「あぁ、未砂記はもう入ったん?」
「入ったよ! 優成が爆睡してる間に。今から年越蕎麦茹でるから、優成が出たら食べようね」
頭いてぇ、酔ったんだ。俺また変な事言ってないだろうな? 肝臓弱るから酒は控えよう。
未成年の台詞じゃねぇ。
「ぷはぁ、酒の後の風呂は微妙だぁ」
独り言で微妙な満足感に浸る。
風呂といえば、ここでの寝泊まりを始めた夜、ここに未砂記がとか妄想してひっそり興奮してたなぁ。未砂記が聞いたら変態だとか思うだろう。でも大概の男子はそんな事を考えているのだよ。修学旅行の時なんか、一人が言い出すと、ほぼみんなが同じ様な事を言い出して盛り上がる。心のベールを脱いで、非常な迄の変態っぷりを発揮するんだよな。群集心理って恐ろしいわ。
『群集心理』とは、例えば、そこにいる多くの人が誰かや何かに対して共通の不満を抱いている時、その中の一人が文句を言い出すと他多数の人もそれに続いて文句を言ったり暴れたりする時の心理状態。
一言で言えば
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
俺は風呂に入ると、どうでもいい事を長々と考える癖がある。
さて、そろそろ出て、年越蕎麦でもいただくか。重い腰を起こして、俺は目眩でふらふらしながら風呂を出た。
レコ大決まりましたね。今年もあっという間に終わり。歳を重ねる毎に一年が早く感じられます。
今年も汚い事が目立つ一年でした。来年は本当の意味で善良な人たちにとって、そして自分にとって良い年になりますように…