序章・後編
どん!
「うわ」
「わ!?」
また衝撃、何事かと誓が目をこらすと、多分、そう多分だが、どうも自分たちが乗るロボットが暴走しているように見えた。走り方もめちゃくちゃで、止まることもなく、目の前のビルに突っ込んでしまった。誓が男を見ると、思っていたよりは冷静に真剣な顔で色々ボタンを触ったり動かしたりしているが、やがて、んーっと唸りながら、また頭をかいた。
「駄目だ。こいつ、動かないわ」
「え?」
「お前の方がいいみたい」
一体何を言ってるのか理解できないまま、誓が男の指先を辿ると、信じられないものが映っている。天井の小さなテレビ画面状一覧に、自分の顔が映っている。
「今、こいつを動かせるのはお前だけみたいだ」
「嘘…」
「嘘じゃねえって、ほら」
ぞんざいに腕を引かれ、ボタンを押させられる。すると、体の中の水分が全て沸騰したような妙な感覚が一瞬起こり、ロボットが止まった。男が肩を掴むまま運転席に座らさせられ、男は狭そうに、嫌そうにではあったが後ろに回り込んだ。
「止まれって思ってみ」
「え…」
「いいから。早くしねえとまたビルが潰れるぞ」
(止まれ、とま、れ)
馬鹿馬鹿しい、嘘みたいだと思いながら、なぜか、滑るように、祈るように、頭の中でそう呟き続けた。すると、あれだけ暴れ回っていたロボットがようやく足を止めた。
「よし、完璧だな」
「と、止まっただけだけど」
「いいから、ほら、倒さねえと、やられるぞ」
「倒すって」
喉を鳴らしながら、目の前の目的物を見た。仮にXとしよう、Xは嘲うかのように、試すように、展開を待っているかのように、こちらを見ている。気のせいか、先ほどよりも大きく見える。
「どうやって」
「喧嘩と一緒だ、瞬発力、攻撃、防御、あとはノリ」
説明する気ないなこの人、状況が状況でなければ、誓は男をはっ叩いてしまいたかった。情けないが、誓に喧嘩の経験などない。昔から、どこか、子どものくせに子どもを馬鹿にしていることがあった。一方的に殴られたことはあったが、殴り合ったことなど一度もない。
まあ、要は倒せば-倒してしまえばいいのだろう。物理的に。
一瞬目を閉じて集中した誓が目を開き、きっとボタンを押し直す。するとロボットが走り出した。いわゆるタックルを仕掛けようと思ったが、あっという間にXは避けてしまった。寸前で避けられてしまった為バランスを崩し、
「うわ!?」
ロボットは思い切りまたビルへと突っ込んだ。
「い、いたたたた…」
背中が強い衝撃があったと思ったら、今度は、頭に衝撃がうつった。Xがロボットの頭を小馬鹿にするように力強く掴んでいた。頭が割れるようだ、信じられないことだが、ロボットと自身の痛覚は繋がっているらしい。どこかで、機体がばらばらにさえならなければ自分に痛みはないと思っていた。
「おい、逃げろ!」
「言われて、もっ、うっ!!」
今度は激しい痛みが腕を襲った。がらん、と、寂しい音が響き渡る。腕がまた落ちた、両腕が落ちたのだ。あっという間に絶望感が広がった。腕がなくなっては、もうどう戦っていいか分からない。
「おい、しっかりしろ!」
「う、う、うーーー」
激しい痛みのまま機体は完全にXに投げられ、ビルに正面から直面し、誓は、意識を投げ出した。
ふと、気がつくと、痛みがなかった。
ああ、死んだのだと、自嘲気味に笑った。ほら見ろ、頑張ったって、結局駄目だったじゃないか。地縛霊になって文句の一つも-
あれ、違う。あの屁こきオヤジじゃない。あそこにいるのは-
『貴様、大学に落ちたのか!?』
「…うるっっさい雷オヤジ!何でもかんでも怒鳴ればいいと思いやがって!」
「おおー、びっくりした!」
「…あれ…」
「よかった、生きてたか」
黄ばんだ歯で笑う、現実を思い出した。夢みたいな現実を。何度かまばたきをして、おかしいことに気づいた。ロボットはXに嬲られ続けているが、自分に痛みは全く感じない。まさか、と思って後ろを見ると、男の足元に妙なチューブが絡まっていた。最悪な、自惚れた予想をせざるえなかった。
「まさか…痛覚…全部、あんたに?」
「ああ、お前死にそうだったし」
「何言っ…おっさんも死ぬだろ!?あ、いやっ」
叫ぶだけ叫んで、あることに気づいた。そうだ、最初に腕が落ちたときは、まだロボットはこの男が操縦していた。なのに、この人は、へらへらへらへら、ずっと笑っていた。
「あんた…痛みは…?」
『そいつ、痛覚ほとんどねえよ』
男の代わりに、真夜中が面白くなさそうに答えた。五体満足の自分には想像さえ出来ない世界だ、かける言葉もないくせに、要らない言葉は勝手に出て来る。
「でも、少しは、痛い、だろ?」
「ほんのちょっとな」
「すぐに倒す!」
「おっと」
誓が再び真剣な顔つきで操縦ボタンに両手をつける。ひたすらわけも分からず、助けたい、逃げたい、と情けないことばかり念じていると、Xから引きちぎられるように離れることが成功した。一瞬頭部分に衝撃が走ったような気がして、男を見ると、少し油汗をかきながら、それでも、無理に笑って手を挙げている。少しは痛いんだ、誓は再び集中してボタンに手をやった。
「ありがとよ」
「こっちの台詞…あんたみたいなおっさんに助けられたまんまじゃ、俺が可愛そうだ」
手段は選んでられない、恥ずかしがったり、変にプライドを持っている場合ではない、誓はしっかりと男の目を見た。
「どうすればいい。どうすれば倒せる」
「そうだな…叫べ」
「…は?」
「最近一番むかついたこと叫べ。人間怒りとか悲しみのエネルギーが一番発散しやすいだろ。悲しいことに」
「むかついたこと、って」
そんなの今日しかない、萌え声で何を言ってるのか分からない真夜中、そういや名前も知らない(聞くつもりもない)おっさんの前で、これ以上恥をさらすわけには-
『おー…ちかぁ。何だぁ、お前、まだ、学生かあ?』
「…っ、何が危篤だ生きてんじゃねえかクソじじい!!」
「おおお!?」
誓が操る機体が走り出し、跳び上がる。腕はなくなり、もう足しかない。ひたすらXに蹴りを連発させていると、たまらずXが光線を繰り出してきた。どこまでもお約束だ。機体は舞うように避けると、そのまま回るように全て避けてしまった。
『おお、やるじゃないかイケメン!』
「五月蠅い、集中力が落ちる!」
『チ○コもぐぞ、てめえ!』
「真夜中、その可愛い声で言うな」
今度はこちらの番とばかりに機体が走り出しXに再びタックルを仕掛けようとすると、Xの前にもう一体似たような黒一色の異物が現れた。仮にYとして、これには男も真夜中も驚いていた。しかし、誓は冷静に、Yを羽交い締めにし始めた。
『おい、一旦引こう!二体なんて、おっさんでも難しいよ!腕もねえし!』
「腕」
そうだ腕がない、腕がなければ、不利なままだ。頼む生えてくれ、血がにじむほどボタンを叩き続けると、ふわっと暖かい感覚に、腕が復元したような感じがあった。念の為男の方を見ると、両手をぶらつかせ、笑っていた。ほっと笑い返してしまい、慌てて前を向いた。
「く…!」
無理矢理Yをねじ伏せるように退かせ、その間にXを攻撃しようとするが、Yが力で負けないと言わんばかりに、機体に突っ込んできたが、機体はまた跳び上がるように避け、膝蹴りで地面深くねじ込んだ。まるでかばうかのように走ってきたXを、機体の手の平で押さえつける。いつまでも、勝負がつかない腕相撲のようにもみ合い続けていると、ふっと力が抜けたように、二体とも、煙のように消えてしまった。
『二体完全に宇宙へ帰還確認…すげえ!やったぞイケメン!』
「おいすげえぞ誓…お前、やっ…おい!?」
ずる、と、汗まみれの手で誓が倒れ込んだ。
夢を見た。怖い夢を。何かに追いかけられる夢。XやYでもなく、それはテスト用紙、参考書、両親の顔だった。酷く滑稽だと自分で笑った。自分は、あんな化け物よりこんなものが怖いのだと。
目が覚めると、学校の保健室のような、簡易的な医療機器が並ぶ部屋で横になっていた。手を曲げ、足を曲げ、起き上がる。信じられない、無傷だ。心臓に手を当てて、動いてることを確認する。動く、動いている。どうしてそれだけで泣けてしまうんだろ。
「入るぞ-」
もう入ってる、ノックの意味ない。誓が慌ててぬぐうと、やっぱりというか何というか、ロボットに乗ってたおっさんだった。にかっと笑って差し出してきた古典的なフルーツの盛り合わせは、片手で断った。
「これいっぺん買ってみたかっただけなのに…ま、いいや。良かったわ、無事で」
「あんたは」
「俺は日常茶飯事だから」
いくら痛覚を感じ辛いとはいえ、真っ当な仕事ではない。こんなおっさんにさせるべき仕事ではない、どうして、と聞こうとしたが、すぐに関係ないと蓋をした。会話することもないから顔を上げると、ニュースがやっていた。避難訓練と、謎の爆発は、原因不明と死者Oだけを謡い、次はあっという間に芸能人の離婚騒動に話が変わった。
「こんなもんだけど、お前はよく頑張ってくれたよ。俺じゃ倒せなかったかもしれね…お、おい、どうした!?」
「違」
何も違うことないだろうに、涙が溢れて止まらなかった。ぬぐってもぬぐっても止まらないから、もう勝手に、流し続けた。
「俺は-」
あのニュースに、自分が出て、そしてそれを両親が見て、少しでも自分が見返されればいいなんて思ってしまった自分が嫌で、ただ、泣いた。男は声もかけず、ただ、じっと、誓が泣き止むまでそこに座っていた。
「送らなくていいのか」
「電車だから」
たかだか数時間供にいただけなのに、何だか、随分長い時間を過ごしたようだ。さすがに名前くらいは聞こうかと思ったが、面と向かっていると、余計なことがしゃべれなかった。
「早く帰れよ、お前優秀だからな、パイロットに選ばれかねないぞ」
「それは早く帰れないと…もう御免ですよ」
「また、大学受けるのか?」
「いえ、次は-」
笑って首を振った誓が、電車が来て、慌てて飛び乗った。挨拶もろくに出来なかったが、ずっと笑顔で立っている男が妙に印象的だった。
次は。礼を、礼を言えなかったから、せめて。せめて。
『おっさん、今度、何か美味いもん奢れよな-』
「食えないだろ、お前」
男が歩きながら、今は携帯電話の中にいる真夜中と話す。話ながらポケットを探り、あれ、と呟いた。社員証がない、また無くした。まあいいか、と大あくびしながら、また怒られに、本社へ帰っていった。
電車内、誰にも見られないように、そっと吹き出した。手には男の社員証。こんなに簡単に盗られるなんて、本当に、あんな男に世界が救われているなんて、どうかしている。世界も、あの男も、そして、俺も。
電車から降りるなり、誓は社員証の会社に電話をかけた。
「あ、もしもし。突然申し訳ありません-少し、おたずねしたいことがあるのですが」
西日が思い切り差し込み、夕日が誓の視界に飛び込んでくる。夕日が綺麗だなんて思えたのは、随分久しぶりだった。




