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おじロボ!  作者: 七色
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序章

 絶対に受かると言われていた大学に落ちた。

 具合が悪かったんでしょう、今時浪人なんて恥ずかしくないよ、周囲の棒読みな励ましに元気をもらったふりをして、半ば自棄で予備校生になった。そして-

気がつけば、家を飛び出していた。



 「………暑い」

 突き刺すような殺人的な日差し、まだ6月で風は少し冷たいが、日差しの強さはもう夏だ。半引き籠もりには応える。汗を拭きながら、上着を脱いで、急ぎ買った100均のネクタイは公園のゴミ箱に捨てた。

 祖父の危篤の知らせを受け、半ば強制的に実家に帰らされた。約五年ぶりだ。変わったことといえば、庭の草木が少し減ったことくらいで、刺すような家族の目も、こちらを見向きもしない親戚の目も、何も変わってなかった。

 やっぱり行くべくじゃなかった、ため息をついて、美味くもないアイスコーヒーを飲み干し、空を見上げる。なんだかんだで、どこか、家族を一目見たかったかもしれない。結果、後悔が押し寄せてきただけだけど。

 「さて」

 帰るか。何もない家に。



 平日の夕方の割に、なんだか随分と人が少ない。耳障りな警報が鳴り続けている。火事でもあったのか、肩をすくめ、関係ないとばかりに駅に向かって、言葉を失った。嘘だろ、電車が止まってる。

 都会とは随分離れたこの土地だが、だからといって公共の足がなくて困らないわけではない。待ちくたびれた老人たちが駅員に群がっている。いいぞ頑張れと心の中で軽く声援を送っていたが、期待するだけ、応援するだけ無駄だった。皆、文句を言うついでに、話を聞いてほしいだけだ。騒ぎ続ける老人をかきわけ、誓が駅員の前までいった。

 「いつ動くんですか」

 「今のところ分かりません」

 「そんな」

 まだ言葉を繋ごうとしたが、すぐに老人たちが押し寄せてきて、押し出される形になってしまった。ため息一つ、電車の時刻表を見る。ずっと見合わせだ、舌打ち一つ、階段を駆け上がる。別に急ぎの用なんてないが、ただ、一刻も早く、この土地から去りたかった。

 もったいないがタクシーを拾おうとすると、こういうときに限って全力で田舎をアピールされる。待っても待ってもタクシーが来ない。誓は諦めて、バス停の椅子にへたり込んだ。何事か分からないが、バスならもっと来ないだろう、それでも、座れれば、もうどこでもいい。

 

 ふと、耳がちぎれるのではないかと思うくらいけたたましい警報が鳴った。何だ、思わず顔を上げると、住人たちが次々と逃げ込んでいくのはシェルター状の避難所だった。避難訓練か、それにしたって大げさな-

 『住人避難確認!』

 『警報警報!!』

 なんだ、目元をしかめ、誓はシェルターに入ることもせず、ただ傍観していた。だから、目の前に何がいるか、すぐに気づかなかった。


 嗤った、気がした。

 何だろう、何か、と問われると上手く説明できない。出来るわけがない。人に似ている、気もするが、圧倒的に違うのは大きさだ。高さだけで家の倍近くある高身長がいるわけがない。それは腕のようなものを振り落とすと、周りの木々、誓のすぐ側にあった車をオモチャのように破壊した。

 「うわ!?」

 ようやく状況を理解した誓は、慌てて逃げ出した。信じられないことだが、あれは生きて、動いて、おまけに、木や車と同じように自分を潰してしまおうとしている。

 空が五月蠅い、見上げると、模型でしか見たことがないようなミサイル型ロケットが『それ』に向かってすごい数の銃弾を撃ち込んでいくが、それの足も止められない。歯が立たない、攻撃が通じないのは明確だった。

 

 『おい、人がいるぞ!』 

 『何をやってるんだ、早く逃げろ!』


 軍の人間だろうか、小さく笑った誓は、目を閉じて、少し足を広げて、ただ、それが自分を破壊してくれるのを待った。何を逃げてるんだ、馬鹿馬鹿しい。ずっと、誰かが、殺してくれるのを待っていたのに。


 だん!!


 激しい衝撃は、自分が死んだものではなかった。


 「は」

 最初は『それ』の腕に掴まれたかと思ったが、少し違った。それよりも更に機械じみた顔つきだが、不思議と攻撃性は感じなかった。腕の曲げる部分が開き、乱暴に、内部へ投げ入れた。

 「え!?」

 体を曲げて咄嗟に衝撃に耐えた。どうにか目を開けると、あまりの煙草臭さに噎せ返った。何度も咳払いしながら顔を上げると、低い声が頭上をかすめた。


 「自殺なら余所でやってくれるか」


 見透かしたように笑うその人は、どこにでもいるような中年だった。お世辞にも美形とも言えないが、ただ、何というか、一度見たら忘れない味のある俳優のような顔をしていた。腹は少し、出ているが。

 「何…」

 誓が二、三度、まばたきして、辺りを見渡す。狭い。かがまないと頭を打ちそうだ。一見コックピットのようだったが、空の酒缶、つまみの切れ端、エロ本、下着、煙草の吸い殻、生活臭が溢れ過ぎているため、どうにも緊張感に欠ける。しかし機内正面の窓からは、先ほど自分を殺そうとしていた『それ』がいた。

 「…ここは…あれは、え…あんたは?」

 「質問は一つにしてくれ、二つ聞かれたら一つ忘れちまう」

 「あれは何ですか」

 「あれなあ」

 うーんと唸った男が頭をかきむしる。フケが落ちてきそうで、思わず顔を逸らした。ちゃんと風呂には入っているのだろうか。この散らかりよう、ここで生活していると言われても納得してしまう。

 「俺もよく分かってないんだわ」

 「はあ?」

 「つうか誰も分かってない…分かってるのは、あいつらは宇宙から来てて、んで、好きなだけ触れるもの見るもの全部壊して、飽きたら帰っていくんだ」

 「そんな漫画みたいな…」

 「現実なんだよ、信じろってのが無理な話だけど。で、あと何だっけ…あ、そうそう、これ、だっけ?今、お前が乗ってるの。まあ、要はガン○ムみたいなもんだ」

 なるほど分かりやすい、じゃなくて。

 「ガンダ○って…え、じゃあ、貴方がパイロット?」

 「そうなるな」

 「おっさんじゃないか!」

 「うるせえな、いつまでもガン○ムパイロットがぴかぴか美少年だと思うなよ。生きてれば誰だって年とるし、人生の大半はおっさんだぞ」

 何も上手いこと言えてないし、目眩がしてきた、誓がくらくらと、とりあえず、おっさんの運転席をしっかりと掴んだ。気のせいだろうか、機内全体が緑に小さく点滅し続けてる。

 「何ですか?」

 「んー」

 「燃料切れ、とか?」


 ぶっ!!


 「何かすごい音したけど、大丈夫なんですか?」

 「ああ、悪い、俺の屁。気張ったら出た」

 許されるなら、思い切り頭突いてやりたかった。

 「下ろせ!こんな屁こきに助けられるくらいなら、あいつに殺された方がマシだ!」

 「今、何つった」

 息が、出来なかった。何でこんなに煙草くさいオヤジがこれほど動きが早いんだ。いきなり鼻がつくくらいの距離で睨まれた。気配なんか、全く感じなかった。

 「命を粗末にするな」

 「…なんだよ…生きてればいいことあるとか…説教するつもりかよ…っ、ないよ!何も!いいことなんか!!」


 何を。何を、泣いてるんだろう。親の前でも泣いたことなかったのに。


 『おい、おっさん!おっさん!そのイケメン降ろせよ!余計な知能増やしたせいで、ロボット動かないよ!』 

 急に聞こえてきた甲高いアニメ声に、誓の涙は止まった。まだ誰かいたのか、見渡すが、この狭さでは二人が精一杯だ。これこれ、とおっさんが差した方を見ると、驚いた。ホログラムだろうが、まるで生きているようだ。なんというか、いかにもな感じの萌え系少女が睨み付けている。

 「これは?」

 「人工知能。お助けキャラみたいなもんだ…萌え系にしたのは俺の趣味じゃないからな。悪いな、真夜中。こいつ殺されそうだから、慌てて拾っちまった」

 『知らないんだから、ほら、敵さん気づいたよ』

 

 どおん!!


 「うわ!?」

 激しい揺れ、何か大きいものが落ちた音がした。『それ』が、嗤ったような顔で、こちらを見ている。

 「あーあ、右腕落ちたな。また始末書だ」

 「腕落ち…大変じゃないですか!どうしてじっとしてるんです、攻撃しないんですか!?」

 『お前がいるから、動かないんだろ、ボケ』

 はっと目を見開いた誓が、真夜中と呼ばれたホログラムに向かって頷き、背を向けた。

 「降ります」

 「おい」

 「助けてくれてありがとうございます、でも、あんたみたいなおっさんと心中は御免だ。俺が降りれれば、おっさんは助かるんでしょう。俺は一人で勝手に死にます」

 「…何でお前の言う通りにしなきゃいけないんだよ」

 「い!?」

 鼻を軽く曲げられた。半泣きになった誓が鼻もとを押さえると、別の方の手をおもむろに掴まれ、運転席の中央部の穴に突っ込まされた。

 「うわ…な、なっ」

 何かぬるぬるする-おまけに抜けない。ついていけない誓の後ろで、また真夜中が甲高い声で怒ってる。

 『あーーー!何やってんだよ!』

 「うるせえな、これで文句ないだろ」

 『運転手照合、運転手照合…運転手、二人目、認定。名前は』

 いきなり真夜中が機械的なしゃべり方になり、誓が呆けていると、男が背中を軽く叩いた。

 「ほら、名前」

 「…ち、誓」

 「…かわい。キラキラネームって奴か?」

 「~ほっといてくれ!俺もこの名前やだよ!」

 『運転手の対価として-』

 誓がごくり、と喉を鳴らす。まさか寿命を半分寄越せ、とでも言うつもりだろうか。や、自分は死ぬことなんて怖くないのだけれど-


 『人生で1番恥ずかしい話を』


 空間が音をたてて壊れたような気がした。信じられないまま男を見ると、てっきり大笑いしているものだと思ったが、何だか感慨深げに頷いている。

 「俺んときは初恋の話だったよ」

 「…馬鹿馬鹿しい!そんなもの披露するくらいなら、死っ」

 激しい水音に引き込まれ、誓は膝をついた。抜けない。そう力を感じないのに、抜けない。その矛盾が逆に恐怖だ。

 「それ腕切らない限り抜けねえぞ」

 「…っ」

 切るなら切ればいい。死ぬことなんて怖くない。怖くなんて、ない。なのに、どうして立ち上がって、口を開こうとしているんだろう。


 「…A判定の大学に落ちた」

 『それから?』

 「…っ、自棄になって…二回目…三回目も受けた」

 『それから?』

 「~、のまえ…この前!八回目、落ちた!」

 「-ぶっ!!」

 「-!笑ったな!?」

 「いや、だってお前、八回目って!」

 ゲラゲラ笑う男を睨み付けていると、ようやく腕が自由になり、足元が一瞬浮いたような感覚があった。自分たちを乗せたロボットが、歩き出したのだ。何だかよく分からないが、認められたようだ。

 「そんなに必死に頑張れるもんがあって、何で死にたいかねえ」

 「だ、って…試験監には顔覚えられるし…予備校では神とか先輩とか呼ばれるし…もう諦めて、就職しようと思ったら、汚いコンビニでさえ落ちるし…」

 「そりゃお前、本気じゃねえからだ。雇う方も馬鹿かやる気ない奴じゃなきゃ、本気で働きたいかどうかくらい分かるよ。汚いコンビニだからこそ、やる気ない奴雇う余力ないだろ」

 分かったようなことを、分かったような顔で言う。殴ってやりたかったが、足がすくんで動けない。怖いのではない、情けない、車酔いだ。この場合ロボット酔いか。

 「死ぬのもタダじゃねえぜ、八浪。片付けて、遺族に連絡して、葬式上げて-どうせ金銭的に迷惑かけるなら、せめて自分の後悔する生き方はすんな」

 「…偉そうに…あんたは後悔してないのかよ」

 「後悔ばっかりだから、偉そうなの」



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