プロローグ1
くそったれの人生だ。
血なまぐさい部屋の中で、俺は声に出さずそう呟いた。
手には血まみれの日本刀。
足下には首を切り落とされた祖父と父親の死体。
そういう、話だった。
もちろん、平日の昼過ぎからやってる温いサスペンスドラマのように、他人に罪をなすくりつけられて八方塞がり、なんて状況じゃない。どこの誰ともしれぬ他人が二人を殺したのではない。父親も祖父も、俺が殺した。
ああ、殺してやった。
豪勢な飯を食いながら、これまた豪勢な酒をあおっていた連中を、俺は祖父が大事にしていた日本刀を持って、真っ二つに切り裂いてやった。有無を言わさず脳天から一刀両断にしてやった。だから、痛みは感じなかったと思う。ま、泣き叫びたいほど痛かったとしても構わないが。日頃のくそったれの鍛錬のせいで、俺は名実共に必殺の名にふさわしい美しい一撃を二度見舞い、二人は呆気なく死んだ。本当に、呆気ないもんだ。
如何にもちゃちだが、現実は所詮こんなもんだ。
そう思った。
今日は俺の十七歳の誕生日だった。
世間で安穏と日々を生きている他の人々にとっては、きっと特別でも何でもない区切りなんだろうが、俺にとってはそうじゃなかった。生まれてから今まで、ずっと願いに願い続けてきた願望を、ちょうど成し遂げる日であるべきだと俺は考えていた。
すなわち、父と祖父の殺害である。
物心ついて以来、毎日、毎分、毎秒、休む間もなく考え続けてきたことである。十七歳になったその日、二人を殺そうと決めていた。
そして、俺はそれを成し遂げた。
二人は死に、俺は立ち尽くしている。状況を理解したらしい何人かの家政婦が、きっと警察を呼んだだろうから、あと十分そこらで俺はパトカーに乗り込むことになるはずだ。
目撃者も証拠も十分、俺も正直に自分のやったことを話すつもりだから、百パーセント有罪だろう。
だがまあ、俺は未成年であり、生まれ育った境遇なんかも考えれば、裁判官なり裁判員なりの同情を買うだろうから、たいした罪にはならないだろう。
法廷であれこれ説教なり励ましの言葉なりもらった後、速攻で社会に戻ってくる。俺に無関心なこの社会に、俺が無関心なこの社会に、だ。
ため息をつく。
いい加減、手元の日本刀が邪魔になってきた。
いつまでも持っていても仕方ないので、そこら辺に放り出す。
面倒くさい。
それしか考えられなかった。
もっと劇的になると思っていた。
なんだかそう、世界が一変するような、全ての価値観が覆るような、目映い希望が見つかるような、そんな変化が起きると思っていた。何しろ、俺という人格の根本に居座る二人を殺すのである、そういったものは必然であると考えてきた。
ところが、どうだ?
何も変わらない。
ため息が二つ増えただけだった。
二人が死に、俺は生きている。
それだけ。
それだけだった。
劇的な変化なんて何もない。
むしろ空っぽになった。
俺はただ、もはや何もやることが見つからず、ただ警察の到着をぼんやりを待っているだけ。待ち望んだ新しい世界、輝かしい夜明けなんて、いくら待っても来やしない。
そりゃそうだ。
別に俺はこの二人を憎んでも妬んでもいなかった。
愛情も憎しみも、かけらもない。
ただ漠然と、この二人は殺さなくてはならないと考えただけ。
感情的な衝動ではない。
一種の義務感だ。
一切の感情を乗せず、水で濡らした畳の塊を斬るように、俺は二人の首を切り落とした。
見返りは何もない。
虚しさだけが、ぼんやりと胸に広がっている。
得るものなど何もなかった。
刀を肩の上で振かぶったとき、恐怖と混乱で強ばった祖父と父の顔を目にした時、股間のそれは痛いほど勃起した。
が、こうして全てが終わった今、それは元の大きさまで縮み、なりを潜めている。
なるほど、俺が今成し遂げた一連の出来事というやつは、自慰行為に似ているのかもしれない。
女も知らないガキが、想像もつかない快感を夢見て、ナニをしごき、しごき、しごき、そして最後に我慢できずに射精した。それだけのことだ。多分、それ以上でもそれ以下でもない。生産性など皆無、ただの発散だ。
息を吐く。
まだ警察はやってこない。
時間がある。
となると、意識は自然とこれまでの十七年という短いんだか長いんだか解らない、微妙な歳月を振り返り始めた……。




