表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/73

僧侶に「途方もない孤独が感じられる」と言われた。方向性は合ってるけど理由が違う

 僧侶に「途方もない孤独が感じられる」と言われた。方向性は合ってるけど理由が違う


 その日の依頼は、山間の村への物資輸送の護衛だった。


 大したことのない仕事だ。盗賊が出る可能性がある程度で、パーティの実力を考えれば散歩のようなもの。ヴァルゼンにとっては、久しぶりに胃の痛くならない穏やかな一日になるはずだった。


 ——はずだった。


「ヴァルゼン様」


 荷馬車の隣を歩いていたミラベルが、不意にヴァルゼンの横に並んだ。


 つば広の帽子が風に揺れている。翡翠色の瞳がヴァルゼンを見上げた。小柄な身体がとことこと歩調を合わせてくる。


「はい?」


「少し、お話ししてもいいですか」


「もちろんです」


 ミラベルとの会話は、パーティの中で最も安心できるものの一つだった。エルヴィンの熱量に押されることも、フェリクスの分析に追い詰められることも、グリゼルダの鋭い視線に怯えることもない。穏やかで、柔らかくて——。


「ヴァルゼン様の傍にいると、時々、とても悲しい気持ちになるんです」


(え?)


「悲しい……ですか?」


 ミラベルが頷いた。帽子のつばが揺れた。


「私、人の感情を——少しだけ、感じ取ることができるんです。治癒魔法の素養と関係があるのかもしれません。傷ついた方の傍にいると、その痛みが伝わってくるような感覚で」


「はあ……」


「ヴァルゼン様の傍にいると——途方もない孤独が、感じられるんです」


 ヴァルゼンの足が止まりかけた。


(孤独——)


 それは、間違っていなかった。


 魔王軍にいた頃、ヴァルゼンは孤独だった。誰も顔を見てくれなかった。冷たい玉座の間で一人、食事をし、一人、眠った。将軍たちは勝手に戦争を進め、ゴブリンたちは陰口を叩き、ヴァルゼンは透明な存在だった。


 だからミラベルの感知は——方向としては、正しい。


 ただし。


「あの……ミラベルさん。僕の孤独は、そんな大層なものじゃ——」


「大層なもの、なんですよ」


 ミラベルの声が、少し強くなった。翡翠色の瞳が潤み始めている。


(泣かないで。お願いだから泣かないで)


「ヴァルゼン様。あなたは魔王として——魔族の頂点として——誰にも理解されない孤独を、ずっと一人で抱えてこられたのでしょう」


(孤独の理由が違う。頂点にいたからじゃなくて、底辺だったから孤独だったんだ)


「強すぎるがゆえに、誰も傍に立てない。力がありすぎるがゆえに、対等な関係を築けない。——フェリクスさんの分析を聞いて、確信しました。あなたが弱さを装っていたのは、孤独が怖かったからなんですね」


 ヴァルゼンは絶句した。


 方向は——合っている。孤独が怖いのは本当だ。弱さがバレたら居場所を失うのが怖いのも本当だ。


 でも理由が百八十度違う。


 強すぎるから孤独だったのではなく、弱すぎるから孤独だった。力がありすぎるのではなく、なさすぎる。


 それなのに、ミラベルの感知した「孤独」の本質は——不思議なほど正確だった。


「私には、わかります」


 ミラベルの目から、涙が一筋こぼれた。


「私も——孤児でした。神殿に拾われる前は、誰にも必要とされていなかった。だから——居場所のない苦しさが、わかるんです」


 ヴァルゼンの胸が、ずきんと痛んだ。


 それは胃痛ではなかった。もっと深い場所の痛み。


(この子は——自分の孤独を、僕の孤独に重ねている)


 理由は違う。状況も違う。ミラベルが想像している「孤高の魔王の孤独」は、ヴァルゼンの現実とは全く異なる。


 でも——「居場所がなかった」という根っこの部分は、同じだった。


「ミラベルさん——」


「ごめんなさい」


 ミラベルが慌てて涙を拭った。帽子のつばで顔を隠すように俯く。


「変なことを言ってしまいました。ヴァルゼン様のお気持ちを勝手に決めつけるなんて——」


「いえ」


 ヴァルゼンは、首を横に振った。


「孤独だったのは……本当です」


 ミラベルが顔を上げた。涙で潤んだ翡翠色の瞳が、まっすぐにヴァルゼンを見た。


「魔王軍にいた頃、僕は——本当に一人でした。誰も顔を見てくれなくて、食事はいつも一人で、広い部屋で一人で……」


 言葉が自然に出てきた。フェリクスの時と同じだ。ミラベルの前では——嘘をつきたくなくなる。


「だからここが——このパーティが——すごく、温かくて……」


 声が震えた。


 ミラベルの目から、また涙が溢れた。今度は堪えようとしなかった。


「やっぱり……やっぱり、そうだったんですね。ヴァルゼン様は——ずっと、孤独だったんですね」


(うん。そうだ。でも理由は君が思っているのとは——)


「あの方の悲しみ……こんなに深かったなんて……っ」


 ミラベルが両手で顔を覆った。肩が小さく震えている。


 前方を歩いていたエルヴィンが振り返った。


「おい、ミラベルが泣いてるぞ! どうした!?」


「ヴァルゼン様の……ヴァルゼン様の孤独が……あまりにも……っ」


「孤独……!」


 エルヴィンの目が潤んだ。


(泣かないで。頼むから連鎖しないで)


「そうだよな……。魔王として、一人で全てを背負ってきたんだもんな……」


「エルヴィン、お前まで泣くな。護衛任務中だぞ」


 グリゼルダが呆れたように言ったが、その蒼灰色の瞳もどこか揺れている。


「泣いてない! 目に風が入っただけだ!」


「そうか。私もだ」


 グリゼルダが目元を甲冑の手甲で拭った。


(二人とも泣いてるじゃないか)


「面白い現象ですね」


 フェリクスが後方から歩いてきた。手帳を開いている。


「ミラベルの共感能力が、魔王殿の感情を感知し、それがパーティ全体に伝播している。一種の感情増幅回路だ」


「フェリクスは泣かないのか」


「僕は分析者ですから。——ただ、昨夜の会話を思い出すと、多少は……いえ、何でもありません」


 フェリクスがモノクルの位置を直した。手帳を持つ手が微かに震えていた。


(全員影響されてるじゃないか)


「ヴァルゼン様」


 ミラベルが涙を拭い、真っ赤な目でヴァルゼンを見上げた。


「もう一人にはしません。私が——私たちが、傍にいます」


 その声は震えていたが、芯は強かった。泣き虫の僧侶の中にある、折れない部分。


「あなたの孤独を——全部はわからなくても——少しでも、軽くしたいんです」


 ヴァルゼンは——返す言葉を探した。


 否定すべきだと思った。「僕の孤独は、あなたが思っているようなものじゃない」と。「強すぎるから孤独なのではなく、弱すぎるから孤独だったんだ」と。


 でも——そう言ったら、ミラベルはもっと泣くだろう。


 それに。


「傍にいたい」と言ってくれるその気持ちは——理由が違っても——本物だった。


「……ありがとうございます、ミラベルさん」


「ぅ……っ、また泣いちゃいます……」


「泣かないでください」


「だって……ヴァルゼン様が『ありがとう』って言う時、いつも少し寂しそうなんです……。本当はもっと甘えたいのに我慢している顔をしています……」


(甘えたいのは……まあ、少しは合っているかもしれない。でもそれは魔王としての矜持とかじゃなくて、申し訳なさで甘えられないだけだ)


「ミラベル、いい加減にしないと護衛任務に支障が出るぞ」


 グリゼルダが前を向いたまま言った。声が少しだけ鼻にかかっている。


「す、すみません……」


 ミラベルが帽子を深く被り直した。だが目は赤いままだった。


 一行は再び歩き出した。


 ヴァルゼンの隣を、ミラベルが歩いている。さっきより半歩、近くなっている気がした。


 荷馬車の車輪が石畳を転がる音。風が木々を揺らす音。エルヴィンが鼻歌を歌っている。フェリクスのペンが手帳を走る音。グリゼルダの甲冑が微かに軋む音。


 全部——温かい。


(ミラベルさんの感知は、方向だけは恐ろしいほど正確だ)


 孤独だったのは本当。居場所がなかったのも本当。ここにいたいと願っているのも本当。


 ただ、理由が違うだけ。


 強すぎるのではなく、弱すぎる。隠しているのは力ではなく、無力。


 でもミラベルが感じ取った「痛み」の形は——不思議と、ヴァルゼンの本当の痛みと、ぴったり重なっていた。


(この子の共感は——核心だけは、嘘をつかないんだな)


 それが救いなのか呪いなのか、ヴァルゼンにはわからなかった。


 正しい核心の上に、間違った物語が積み上げられていく。その物語がいつか崩れた時、核心だけでも残ってくれるだろうか。


 それとも——全部、一緒に崩れるのだろうか。


「ヴァルゼン様」


「はい」


「今日の夕食、一緒に食べてくださいね」


「……はい。もちろんです」


 ミラベルが微笑んだ。


 つば広の帽子の下で、翡翠色の瞳が夕暮れの光を映していた。


 その笑顔を見ていると、崩れることへの恐怖が——ほんの少しだけ——遠くなる気がした。


(僕は——この温かさを、自分で壊したくない)


 それは誤解の上に建てられた温かさだ。いつかは崩れる砂の城だ。


 でも今は——今だけは。


 砂の城でも、温かい。


 物資輸送の護衛は、何事もなく終わった。


 盗賊は出なかった。魔物も出なかった。ただ穏やかな一日が過ぎた。


 それだけの、何でもない一日だったのに。


 宿に戻り、一人になった部屋で、ヴァルゼンはベッドに座って天井を見上げた。


 ミラベルの言葉が、まだ耳に残っている。


 ——途方もない孤独が、感じられるんです。


 方向は合っている。理由は違う。


 でも、「わかりたい」と泣いてくれる人がいるということが——最弱の魔王にとって、どれほど眩しいことか。


(ミラベルさんは、きっとこの先も誤解し続ける。僕の弱さを強さと読み替え、僕の臆病を覚悟と読み替え——)


 でもその誤解の根っこには、本物の共感がある。


 それだけは——信じてもいい気がした。


 ヴァルゼンは目を閉じた。


 今夜は——珍しく、胃が痛くなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ