表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
322/340

ミラベルの魔力が、限界を超えた。

 ミラベルの魔力が、限界を超えた。


 西の救護陣地。

 負傷者は途切れることなく運ばれ続け、ミラベルの治癒の光は薄く──限りなく薄くなっていた。金色であるはずの光が、白に近い色にまで褪せている。魔力が底を突きかけている証拠だ。


 杖を握る手の感覚がない。指先が白い。爪の色が紫がかっている。視界の端が暗くなり始め、耳鳴りがする。

 魔力が枯渇した状態で回復魔法を使い続ければ、術者の生命力が代償に削られる。聖都の大神殿で最初に教わる禁忌。「魔力が切れたら止めなさい。さもないと命を落とします」──師匠の言葉を、ミラベルは思い出していた。


 知っている。知った上で──止められなかった。


「ミラベル様、お休みください! このままでは──」


「次の方を」


 穏やかな声だった。震えてはいたが、拒絶の色はない。帽子の下の翡翠色の瞳は疲労で霞んでいたが、芯の光だけは消えていなかった。


 次の担架が来た。魔族の少年兵。まだ子供と言っていい年齢だった。十四か十五か。角がまだ小さく、体も華奢だ。右足が折れ、顔面が恐怖で歪んでいる。目が潤み、唇が震えている。戦場に出るべき年齢ではない。しかし虚淵の危機は、子供も老人も区別しなかった。


「だいじょうぶ。大丈夫ですからね」


 ミラベルは微笑んで、杖を翳した。少年兵の手を、空いている方の手でそっと握った。冷たい手だった。


 治癒の光が──出なかった。


 一瞬、完全に途切れた。

 魔力が底を突いた。杖の先端が暗くなり、淡い光すら消えた。


 ミラベルの翡翠色の瞳が見開かれた。

 だめだ。ここで止まったら、この子が──この子の足が、二度と動かなくなるかもしれない。


 歯を食いしばった。

 生命力を削ってでも。自分の命を削ってでも。

 師匠に怒られる。でも──今、この瞬間、目の前の子供を救わなければ、自分は何のために僧侶になったのか。


 淡い光が、ミラベルの体から直接滲み出した。杖を介さない、術者の生命力そのものを変換した治癒。体の内側が燃えるような感覚がある。命を削っている実感。

 少年兵の骨が接合され、傷が塞がっていく。少年の顔から恐怖が消え、安堵の涙が溢れた。


 同時に、ミラベルの顔色がさらに青ざめた。唇が白く、額に冷や汗が浮かんでいる。意識が遠くなりかけた。


 その瞬間──


 温かいものが、流れ込んできた。


 ミラベルの体の内側に、魔力が注がれている。外から。どこか遠い場所から。穏やかで、優しくて、少し怯えたような──不安定だけど、不思議と温かい。


「ヴァルゼン……様……?」


 ミラベルは顔を上げた。

 流れ込んでくる魔力の質に、覚えがあった。微弱で、不安定で、頼りなくて──だけど不思議と温かい。世界中で一番弱い魔力。ゴブリン以下だと言われるその魔力を、ミラベルは一度感じたことがある。旅の途中で、ヴァルゼンが恐る恐る火を熾したときの──あの微かな、しかし確かに温かい魔力。


 ヴァルゼンの魔力だ。


 核心で世界を繋ぐ作業の真っ最中に──ヴァルゼンは、ミラベルの異常を感じ取っていた。


 魔力感知。

 世界全体の魔力の流れを捉えているヴァルゼンには、ミラベルの魔力が枯渇し、生命力が削られ始めたことが手に取るようにわかった。世界を感じるその感覚は、個人の魔力の変動すら見逃さない。


 わかって──自分の作業を遅らせてでも、魔力を送った。

 ヴァルゼンの魔力量はゴブリン以下だ。送れる量など、たかが知れている。砂漠にコップ一杯の水を撒くようなものだ。

 それでも──送った。


 ミラベルの目に、涙が溢れた。


「あの方は……」


 声が震えた。

 涙が頬を伝い、顎から落ちた。帽子の縁に雫がつく。


「みんなのことを、全部感じているのだ……」


 世界を繋ぎながら。自分の限界を超えながら。虚淵の反撃と戦いながら。それでも仲間が苦しんでいることに気づいて、わずかな力を分けてくれる。

 自分の作業が遅れることを、わかっているはずだ。それでも──仲間を、優先した。


 弱い人だ。

 途方もなく弱い人だ。

 戦闘力はゴブリン以下で、攻撃魔法は暴発して、剣を持てば腰が引ける。怯えて、震えて、いつも「僕なんかが」と卑下する。


 でも──この人は。


 ミラベルは、とうに気づいていた。

 パーティの中で、最も早く。天性の共感力が、ヴァルゼンの本質を最初から──歪んではいたが──正確に捉えていた。


 ヴァルゼン様は最弱だ。

 最凶の魔王などではない。怯えは本物で、震えは本物で、「僕なんかが」と卑下するあの言葉も、全部本当だ。


 でも──だからこそ。


「弱いあなただから」


 ミラベルの唇から、言葉が零れた。


「弱いあなただから──みんなの痛みがわかるのです。みんなの怖さがわかるのです。強い人には見えないものが、あなたには見える。だから──みんながあなたの傍に集まるのです」


 涙が止まらなかった。

 だが治癒の手は止めなかった。ヴァルゼンから送られた僅かな魔力を大切に──一滴残らず大切に使い、少年兵の治療を完了させた。少年が「ありがとうございます」と泣きながら言った。ミラベルは微笑んだ。泣きながら微笑んだ。


「弱いあなただから──みんなを救えるのです」


 その言葉は、ミラベルだけのものだった。

 誰にも聞こえない場所で、涙を流しながら言った、小さな真実。

 誤解フィルターは、もう要らなかった。真実を知った。知った上で──この方についていくと決めた。


 ヴァルゼンには聞こえていなかった。

 彼の意識は世界を繋ぐ作業に戻っている。ミラベルに魔力を送ったことで接続作業が数秒遅れたが、彼にとってはそんなことはどうでもよかった。

 仲間が苦しんでいるなら──助ける。

 それだけだ。深謀遠慮ではなく、善良さだけが理由だった。


 ミラベルは涙を拭い、立ち上がった。


「私も──繋がっている」


 治癒の杖を握り直した。

 流れ込んだ魔力は微量だったが、ミラベルの心には十分だった。

 コップ一杯の水でも──渇いた心には、海のように感じられる。


 回復魔法が再び輝いた。

 それはこれまでで最も強い光だった──魔力の量ではなく、意志の強さが生んだ光だった。


「次の方を! まだまだ治せます!」


 声は震えていた。

 だが──もう、折れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ