七章 資格試験②
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「能力試験って、具体的に何をやるんですか?」
「ANIの解明作業です。危険性の少ないANIを用意しましたので、二つのチームに分かれてその性質を解析してもらいます」
質問されるとハイドがあっさりと答えた。悪びれる様子などあろうはずもなく、マッドサイエンティストのように両腕を広げて緩く解説する。
受験会場の外に出て、何やら台車を押して戻ってきた。ワゴンカートのようなそれの上には、二つの異物が堂々と鎮座しており、そこだけ空気が違うように感じる。空間自体が揺らめく蜃気楼のようだ。ハイドが興奮しながら、カート上の異物について話し始めた。
「これは『変化する表情』と呼ばれるANIでしてね、今回は特別に”ファクトリー”からお借りしてきたのです。試験に使うと言ったら快諾してくれたようでして、本当に助かりました」
アスターが隣で欠伸をしているのを、カムパネラは見逃さなかった。それでも口達者なハイドは止まらず蘊蓄を垂れる。「このANIは」から始まり、「それでこのANIは」で話が続いていく。しばらく一人だけのボーナスタイムだったが、アスターがわざとらしい咳払いをするとようやく悟ったように口を引き結ぶ。閉じる瞳には力を込め、拳も握りしめる。
我慢して次の工程に移った。名残惜しいように見つめながらも、ANIは沈黙したまま動かない。
「失礼しました、興奮しすぎましたね。これから三人一組になってもらいます。丁度綺麗に分けられるので、皆さんチームを組んでください」
カムパネラたち受験者は、縦に三つ並ぶ長テーブルに着いていた。その境界線を割ると、丁度いい具合に三人組が作れる。これは好都合だ。受験者たちは立ち上がると三人ずつで固まり、折り畳みテーブルを隔てて不気味なANIに近寄る。
カムパネラのグループはアスターの元におり、薄目で見つめあう。
「はい、それではこちらを、そちらにはこっちを。それでは皆さん、それぞれ協力して異常性を検査し、そして解明しましょう」
手を叩いて鳴らすとそれが合図のつもりだったようで、能力試験が開始された。するとカムパネラはまず初めに、自身の簡単な紹介から始める。
「私はカムパネラと言うんだ、よろしく。魔術に多少の覚えがある」
「......何故自己紹介を? 今はこれを解明する試験でしょうに」
鋭い目つきの猫のような少女が睨みつけながらそう言った。尖った犬歯のような歯がちらりと見えた気がする。
「試験の趣旨は異常の解明だけだとは思えなくてね。それだけが目的なら一人ずつで良いだろう。そうしないで三人をチームにしたってことは、それなりの理由があると思ったんだ。
取繕者として現場で知り合って協力することは多い。そういうとき、お互いに最低限は知っておかないといけないだろう?」
カムパネラが淡泊にそう説明する。鋭い目つきの少女は、口を噤んでしばらく考えた後に自身の名前を明かす。
「それもそうか......。私は、カリン。まあ、今はこれくらいでいいでしょ」
せっかちな様子のカリンは、不服そうに名前を口にすると独りでにANIに向き直った。
「ぼ、僕はドランチャナと申します。えっと、ANIの分析をしていきましょう!」
何を言えばいいのか分からなかったのか拳を天に突き上げるようにしている。頬を少し赤らめているのを見るに、恥ずかしかったようだ。
これで任務の遂行がしやすくなった。わざわざ君とかお前とか、紛らわしい呼び方ではなく名前で呼べるのは、それだけで実際の現場でもかなり大きなアドバンテージになる。
こうして遂に、カムパネラもANIとご対面する。
それはただの岩のような、岩石の塊だった。ただ普通じゃないのは、人の顔のような物がいくつも付いており、伸びた枝みたいな一本は人の腕のようだった。総じて不気味な見た目の岩だ。
この特徴と名前から察するに、異常性というのは何らかの原因によって岩の形状の変化や周囲への精神汚染などだろう。
安全であるという情報を信じてカリンがべたべたと触れるが、発見は何もない。声を掛けたり叩いてみたり、色々と試してみたが何ら変化は起きていない。手詰まりだった。何度でも叩いて殴ってを繰り返すカリンを見て、中々バイオレンスな少女だなとカムパネラは思っていた。
一歩身を引いて二人の健闘を見守るカムパネラに、アスターが近づいてくる。
「どうして昇格試験を。今までは興味無かったでしょうに」
「? マルコスの依頼があるって言ったろう。それで、私の免許では数字が足りないんだよ。
チェリッシュは二級なんだが、彼女は事務所に所属しているだけだからね。
事務所長である私の等級が高くないといけないだろうから」
「そうですか。それでマルコスさんの依頼内容は聞いているのですか?」
「ああ、今回も『天使派』絡みだね。なんでも、ヨークタウンの支部で依頼を遂行してほしいと。
尤も、情報漏洩を恐れてまだ詳細は話してくれないがね」
カムパネラが会話し終えたとき破壊音が聞こえてきた。音の方向に顔を向けると、カリンがカートを蹴りつけていた。何度か追撃を入れている様子を見て、ドランチャナが体を震わせている。
当のカリンは憑りつかれたような、盲目的に暴力衝動を抑えきれていないように見える。
「た、助けてください。彼女、すごく気性が荒いですよ」
距離を取ってブルブルと小鹿のように震えるドランチャナ。指さされたカリンは、怒りの矛先をカムパネラに定めたようにずんずんと近づく。額に人差し指をぐりぐりと押し付けて「あんたも手伝え」と、至極真っ当な事を口にした。
両手を上げて降参したカムパネラが顔岩を観察する。
全体を舐め回すように眺めて、異変に気付いた。初めに付いていた顔以外に、4つの顔が追加されていた。追加分の顔はそれぞれ表情が違っていたが、初めから刻まれていた顔は、全て統一された悲しみの表情を浮かべていた。
後ろでメラメラと怒りを滲ませるカリンの視線に冷や汗を掻きつつ、カムパネラが推測を立てる。
「これ、新しい顔が追加されてるよ。側面に所狭しとね。見たところ、私たちの顔みたいだね。アスターの分もあるなんて、太っ腹なANIだね」
「本っ当に不気味なものね」
忌々しいといった様子でカリンが岩を睨みつける。大型の肉食獣のような瞳は、覗いただけでも震えてしまう程恐ろしい。
追加された四つの顔の内、カムパネラの物を見つけてアスターが伝えてくる。
「カムパネラさん、これ本当にカムパネラさんですか? なんだか見たことない表情で刻まれてますよ」
「岩程度が、高精度な自律思考を持ってるわけないから、間違いもあるよ」
「そんな軽く受け流していいんですか? 自分だけ仲間外れみたいなものですよ」
「いやどうでもいいよ」
カムパネラが咳ばらいをして、頭で組み立てた推論を披露する。
「この岩の異常性は、単純に状況に合わせて表情が変化することじゃないのかな? それ以外に変わったこともないし」
「はぁ? それだけなわけないじゃない! 試験なのよ、仮にも。そんな簡単なANIな訳がないでしょ!」
声を荒げて詰め寄るカリン。こんなに気性が荒いのかと驚くが、誰も注意していないことに気が付いた。ハイドは試験官としての役割を果たしていないし、他の受験者は自チームのANIにお熱だ。アスターはポンコツだから、この場合はカウントしなくても良いだろう。
暴れ出しそうなカリンの肩を掴んで静止し、状況を整理し始める。と、カムパネラに一つの考えが浮かんだ。
「多分、このANIの異常性はもう一つある。それは『周囲の人間の精神を揺さぶる』ものかもしれない。いや、読み込んだ人間の精神状態を操作することなんじゃないか」
「だーかーらー! そんな簡単なわけないでしょ!」
「アスター、こいつを静かにさせてくれ。君、精神感応魔術が得意だろう」
「わかりました。この状態はちょっと怖いですから」
アスターがカリンの手を無理矢理に握るとそこから淡い緑色の粒子が発生する。少しすると、カリンも落ち着いたようで静かになった。そんなところで、姿の見えないドランチャナを探すと、顔岩の影に隠れて縮こまっていた。カリンの暴走ぶりを見て、隠れていたのだろう。
「私の考えでは、この顔岩はずばり『周囲の人間の心を一定の方向に向ける』ことじゃないのかな」
「それは......どうでしょうか。僕は怒ってませんでしたが、カリンさんはとても怒っているように見えたのですが......」
「うぐ...ごめん......。で、でも、確かにそうね。カムパネラの考えが当たってるなら、ドランチャナもぶち切れてないとおかしいわ」
「精神を操作することが効果なんじゃなくて、心の方向をある程度揃えることが真の効果なんだと思う」
そこでカムパネラは四つの顔を差し示して予想を続ける。
「ここの顔は私たちのもで、それ以外は元からあったものだ。私たちの表情は四人とも違うが、他の顔は皆同じ顔をしている。この顔岩は、まだ私たちに慣れていない。だから精神を操作する力が弱いんじゃないかな?」
「なるほど。確かにそれならわかりやすいかもですね。でも、皆悲しそうな顔をしていますよ? 怒った顔なんてどこにも......」
「怒りと悲しみが同時に表れないとは言ってないだろう。乱暴にされたことに悲しみと怒りを抱いていたのなら、説明つくんじゃないかな」
「そもそもカリンさんだけが効力の対象になったという前提がおかしい気もしますがね」
アスターが余計なことを口ずさむ。肩をビクつかせると、カムパネラが彼女の口を素早く塞いだ。幸い、カリンとドランチャナは気が付いていない様子だった。
もう頑張る気力もこの空間に居座る気もなくなっていたカムパネラは、導き出した答えを強引にチームの回答として誘導し、ハイドに答えを聞きに行く。クイズ番組のようだが、これであっているのだろうか。
「そうですね、この岩の異常性は『周囲の精神に感応する』ことです。それも異常性の一つです」
トンチを効かされた気分だ。だが、それもそうかと納得する。ANIの異常性がたった一つだけとは限らない。いくつもの異常性を持っていたとしても、なんら不思議はない。
「他の異常性はなんなんだい?」
「単純に見た目と『新たに顔を生成する』ことですね。顔を認識した人間のコピーを作るものです。他にも、探せばあるかもしれませんが、残念ながら”ファクトリー”でもまだ研究段階でしてね」
研究中の物を持ち出して、あまつさえ試験の道具にするとは。安全管理や規範意識はどうなっているのだろうか。上級の免許試験の受験人数が少ない理由が、よもやこんなところにあったとは。これでは命が幾らあっても足りないかもしれない。
そうして、能力試験はあっさりと幕を閉じた。




