最終話 それが俺にできた目標ですから
北晋国藤堂軍と北晋国、紗伊那、秦奈の連合軍との戦争から一週間。
かつての北晋王に無理やり徴兵され民達は皆、家族の待つ地に帰っていった。
そして優菜もまた、生まれ育った地、北晋国御陵町に戻っていた。
数ヶ月前、当たり前のものとして毎日学校に通っていたときのように制服のボタンを一つ外し、高校に久しぶりに足を踏み入れる。
同級生達の笑い声やチャイムを聞いた時、思っていた以上に学校が好きでその空間が癒されるものだったということを優菜は知った。
ただ優菜の目的はクラスメートの待つ教室ではなく校長室だった。
初老の校長とそんなに面識もなかったが、彼は優菜の話を聞いたあと、その気持を後押しするように大きく頷いた。
「そうか、国のために働くのか。やはり藤堂の姓を持つだけあって普通の学生とは違う道をゆくのだな」
「暫くは北晋国で働いて国を立て直してから、それから紗伊那へいくつもりです。紗伊那で働きたい。紗伊那の姫の為に働きたい。それが俺にできた目標ですから」
退学届けを受け取ってもらい一礼して校長室から出ると学ランを着た山ちゃんが手を挙げた。
彼は晴れてただの学生になった。
優菜を守る必要も、何かを爆破しに行く必要もない。
友を作り、勉強をして、遊べばいいのだ。
「寂しくなるな、休みになったら遊ぼうぜ優ちん」
「おう、馬鹿なことしまくろうぜ」
優菜が親友に年相応に笑って見せると山ちゃんもまた屈託のない笑顔を見せてくれる。
そんな山ちゃんの笑顔、優菜は初めてみたような気がした。
そしてその後ろからチラチラ見える眼鏡。
冬野という名前を得て、藤堂秀司の掌で遊ばれた少年だ。
結局、双ヶ丘での戦闘に於いて勝利した優菜はきついことを言ったものの彼を級友である山本信二に託し、命を奪うことはなかった。
藤堂秀司が知れば甘いと鼻で笑っただろう。
でも優菜はそれでいい、そう思った。
「万年二位、お前は万年二位で終っていくのだな」
そんな言葉が懐かしく感じられて、優菜は目尻を下げた。
高校に通う、その万年二位の間、優菜は全てのものから自分を偽って過ごしていた。
努力、熱意、やる気、そういった類のもの全て持ち合わせていなかった。
けれど今は違う。
いろんなものを身につけた、体験したと思う。
それにこれからも体験していきたいと思う。
いい意味でも、悪い意味でも。
そして執着するものを見つけた。
冬野であった少年は穏やかな顔をした優菜をまくし立てながらも、全然優菜に口撃できていないと気づくと、やがて諦めたように一つ息をついた。
「次はきっとあんな無様なことにはならない。今度お前に会うときは、きっと立派な軍人になってやる。志のある軍人だ。で、お前が切腹するところまで追い詰めて、びびらせてやる。俺にやったみたいに」
「そうか。頑張れよ。じゃな、山ちゃん、鈴木」
(この冬野メガネの名前、確か鈴木だったよな?)
今まであまりに眼中になく記憶力重視の優菜であっても、メガネ、もやし、としか認識していなかったせいで、鈴木か鈴本か正直覚えていなかった。
フルネームといわれたら絶対無理だ。
けれど、今度は覚えておこうと思う。
いつか北晋のよい軍人となるのなら。
優菜は二人に手を振って学校を出た。
校庭で女子たちは騒いでいた。
その手にはいつものように優菜を賞賛する横断幕がある。
けれどその瞳は完全に違う方向へとむいていた。
彼女達を釘付けにしたのは騎士達だった。
とんでもない噂話を信じ、どんな怪物かと思っていた紗伊那の騎士達のその凛々しさに彼女達の心は一瞬で持っていかれた。
顔だけはやたらいい国王騎士団長とそして大人の笑みをたたえる魔法騎士団長。
後ろには国王騎士副団長をはじめ国王騎士全てが整然と並んでいた。
見慣れた学校の校庭にまるで絵画が抜け出したような違和感がある。
(ま、まさかヒナ、迎えにきてくれるっていってたけど、凄いハデ)
二人の騎士団長に守られるように立つヒナは優真と手を繋いでいた。
ヒナはどんなに金持ちなんだと思うような上質の純白の毛皮のコートを、そして優真はいたって普通に赤いコートにランドセルを背負っていた。
その優真の足元には黒い犬。
杖をついて揚揚と立つワンコ先生だった。
(なんだよこの統一感のなさ!)
初めて見たヒナは不審な少女で、双子ってことを受け入れられなくて、
先生は喋る意味不明な犬で、
そんな二人とただの小学生である姪優真とともに、大切な人を失い、たった四人で逃げるところからはじまった。
それが優菜の物語。
「ごめん、お待たせ」
先生を抱き上げて、躊躇いがちに優真に手を出すと、優真は手を出してくれた。
そして紗伊那が用意してくれたこれまた銀細工などが施された豪奢な馬車に乗り込む。
馬車は女の子たちの歓声を聞きながら走り出した。
「優菜、紗伊那にいかないの?」
心配そうな優真の手をしっかりと握り締める。
壊れてしまいそうな姪を安心させたかった。
「当分な。蕗伎おじちゃんの手伝いをするんだ。その間、優真はヒナと先生とお留守番、ヒナにひいおばあちゃんのところに連れて行ってもらうといいよ。ひいおばあちゃん、きっと優真のこと可愛がるぞ!」
「うん」
まだ優真は笑えない。
けれど見守ってくれる人がたくさんいる紗伊那へおいておくことにした。
馬車で暫く揺られてから優菜は地上を高速で移動する一つの影を見つけ馬車から顔をだした。
空には赤い飛竜の姿。
「桂だ!」
「迎えに来てくれたのね」
「折角だしあっちに乗せてもらおうか」
フレイの背中に乗って、自分の故郷を焼き付けておこう、そう思った。
年の離れた両親と姉と姪、そんな家で成長した。
両親が死んだ後、姉と姪、三人で家事を分担し、生きてきた。
そして両親を殺した藤堂秀司をいつか自分の手で倒そうと考えてきたが、そこに至るには誰一人信じられない苦難の道のりだったはずで、飛竜まで仲間にして冒険するなんて思ってもみなかった。
でも、ここに辿りついたその道は、
「案外、楽しかった」
フレイが両翼を広げ、風をはらみ空に昇るごとに人々の姿が小さくなり、山をはるか下に見ることができる。
尚もフレイは羽ばたき続ける。
そこからは見渡す限りの雪に覆われた地が見えた。
深い雪に包まれた山々。
永久凍土の平野。
何一つ他の色を持たない白銀の大地。
けれどその白一色の景色が優菜は一番好きだった。
余計なもの、優菜の中でモヤモヤする謀、そう言ったものが何一つないように、通用しないように思えるからだ。
「すごい! 綺麗ね、優菜」
隣にはそんな雪にまけぬくらい輝く少女がいる。
仁、徳で国を治めようと頑張る「王道」を目指す少女。
そんな少女につりあう男になるように、その少女が晩年は穏やかな暮らしが送れる様に「覇道」を目指す自分がいる。
きっと今の自分ではつりあわないだろう。
藤堂の七光りに毛が生えたようなものだ。
だからこそ、北晋国をもう一度上皇、そしてその跡継ぎの蕗伎のために纏め上げて、そしてそれから全ての経歴を引き下げ紗伊那に乗り込んでやる。
そしていつまでもこの少女の半身の座は譲らない。
そんな野心を抱きながら優菜かに白銀の地を眺めていた。
こんばんは!
『姫君の婿捜し 白銀の覇者』完結いたしました。
ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。
途中、更新を止めたりもいたしましたが、皆様が見捨てず見守って下さったおかげで今夜最終話を迎えることができました。
本当に感謝しております。
とはいってもまたちょこちょこ連載してゆくつもりでおります。
一体、いつになったら結婚できるんだ!
というお叱りの言葉を受けそうですが、
また新しい冒険をさせたいと目論んでおります。
末筆になりましたが、皆様のますますのご多幸を心よりお祈り申しあげます。




