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第88話 行こう、ヒナ

 北晋国、王都から半日ほど離れた平原。

 本来ここは農作地だったが、藤堂軍がすでに布陣していた。

 先に布陣されていたことは若干の不利には繋がるが、それでも兵力さは北晋だけでも十倍、これから遅れてやってくる紗伊那、秦奈軍を含めればとてつもない兵力差にはなるだろう。

 だから、優菜は無用な戦いを望まないという姿勢を見せるため、まず上皇に呼びかけてもらうことにした。


「皆の者、苦労をかけました。我が息子は王たる器ではなかった。けれど私はその息子に全て渡して隠居をしてしまった。夫を亡くしたその辛さから逃げるように。けれどもう一度立ち上がります。だから、戻ってきて欲しい、同じ国の民が争わなければいけない必要はないのです」


 けれどもう向うから離反する者はいなかった。

 離反するものは離反しきっていて、あとは藤堂秀司の信奉者や逃げることが出来なくなった者たちだろう。


(これが限界か)


 次の手を打とうとした優菜の背後から重い音が聞こえてくる。

 五種の装束に身を包み竜にのった騎士達だった。

 彼らの頭上には飛竜の姿も見える。


(時間通りだ)


 太陽の高度を確認してから上皇に頷く。


 紗伊那と秦奈を味方につけたという情報だけは知っていた北晋、上皇軍の兵士達もその地鳴りのような音に気おされ一瞬ざわつきはしたが、それもすぐに収まった。

 そして日が一番高くに昇った頃、優菜は自分の父から託された扇を空に向け、まっすぐに藤堂秀司へと振り下ろした。

 それが合図だった。

 先陣を切って蕗岐が馬に乗って走りだす。

 騎兵も歩兵もそれに従って走り始めた。

 時折、雪の中に埋まっていた地雷が爆発し土が抉れた。

 矢が雨のように降り、盾を突き破り倒れるものたちがいた。


 けれど完全に上皇軍が押して、すぐに藤堂秀司側の戦線が下がってゆく。

 同じ国民が血まみれになって戦っていた。

 何故、戦う必要があったのか、上皇があれほど心をかけてきた民がどうして戦うことにならなければならなかったのか。

 父が家族も顧みず作り上げたものはこんなものだったのか。

 戦いの高揚感ではない寂しさが優菜を包んでゆく。

 そしてその元凶、藤堂秀司の姿が奥の奥にちらりと見えた。


(全部、お前のせいで!)


 状況が計画通りに進み、古参の将軍に後のことを任せ、屈伸を一つする。

 それからまるで従順な飼い犬のように隣に座っていた犬へと目を向ける。 

 そろそろか、そんな目をしていた。 


「さてと、先生、仕上げだ! 行こう!」


 優菜は体を翻し駆け出した。

 その隣には黒い犬が四足でピタリと寄り添って走ってくれた。

 

「優菜、冷静にな、我を忘れるな」


「分かってる」


 多くの兵士を殴り、蹴り飛ばし藤堂秀司へと足を運ぶ。


 突然、頭の上から斧が降ってきて、半歩避けると、そこには片目を失った夏野という男がいた。


「まだお前、生きてたのか」


「ひひひ、お前殺せば、こっちの勝ちだ」


「なわけ、ないだろ」


 話をしても無駄な相手だ。

 ぶちのめす!優菜は構えた。


「はいはい、これ、お兄さんに任せる!」


 背中を誰かに押され、誰かと振り返ると蕗伎だった。

 その彼の握る剣はどれだけの人を斬ったのかもう血に濡れていた。


「もう、ほんとこいつちょこちょこ逃げるんだ、いいから行った、行った」


「じゃ、遠慮なく。今度こそ、絶対そいつ倒して下さい」


「はい、は~い。絶対ね」


 優菜はまた兎に角走った。藤堂秀司へと。

 けれど突如、血を流し倒れていたはずの兵士に足を掴まれた。

 バランスを失って転びそうになり、慌てて足を止める。


「こんなところで止まれない! 放せ!」


 けれど向うも必死の形相で優菜の足首を握っていた。

 むしろ折ろうか、そんな力の込め方だった。

 その間に兵士に囲まれてゆく。

 一呼吸後には四方全て敵に囲まれていた。


(くっそ)


 けれど突如、猛烈な風が吹いて兵士達がまるで紙切れのように四方に吹き飛ばされてゆく。

 ただ、その中心にいる優菜の周りは何故か無風だった。


(え、これって魔法)


「大して強くないワンコめ」


 そんな先生の視線の先には紗伊那の魔法騎士を束ねる長の姿。

 白い法衣に身を包んだ男がいた。

 

「ワンコ兄さん!」


(ありがたい)


 これは一人で戦ってるんじゃない。

 助けてくれる人がたくさんいる。

 そう思うと、じいんと胸に何かがこみ上げてきて、目頭が熱くなる、そんな優菜の手を誰かが引っ張った。


「行くよ! 優菜!」


「え?」


 制服に身を包んだヒナだった。

 いつものような天真爛漫な笑顔を見せられて、正直当惑してしまった。


「ちょっと待って! ねえ、お姫様なんだよ? 後方にいといてって!」


「そんなことできると思う?」


(できないと困るんだけど……でも……思わない)

 

 そう心の中で返してからはもう優菜には迷いはなかった。


 ただの高校生だった自分がここまで来た。

 これだけの大軍を動かせるようになった。

 そのきっかけはこの隣にいる『双子の妹』のお陰だ。

 後先考えず突っ走って、一緒に笑った妹のお陰だ。


「わかった。行こう、ヒナ」


「うん」

 

 走り出した二人。

 そして見守り続けてくれた犬。

 けれど、そんな優菜の前に立ちはだかった人間がいた。

 静かにわが道を塞ぐその男。


「慎一さん……、ねえ、やっぱりそいつの味方するの? それでいいの?」


 彼はもう何も言わなかった。

 優菜に教えた武術、それを用いて優菜に襲い掛かってくる。

 

「ヒナ下がってて。この人の癖は俺が知ってる」


「分かった!」


 ヒナはきき分けよく優菜との手を放してから援護しようと柄に手をかけたが、気配を感じ振り返った。

 そこには美珠姫の侍女頭の姿があった。


「美珠様」


「貴方は」


 ばあやが死んだ後、美珠によく尽くしてくれた人だった。

 感謝、そんな想いが甦ってくるほどの笑顔。

 だからこそどうしても確認しておきたかった。


「教えて、ねえ、貴方が全部藤堂秀司に報告してたの? 私のこと、逐一。何か弱みを握られてるの? だったら」


「弱み? いいえ」


「だったらなんの為に?」


 その笑顔があまりにも気持が悪くて、ヒナは手を交差させ腰に帯びた二振りの剣を抜く。


「何の為? だってそれが軍籍にいた私に下された命令でしたから」


 その言葉を言い終えるか終らないかのうちに、丸い顔の女は背後から小刀を取り出し、ヒナに切りかかる。

 けれどその動きはあまり慣れているものではなく、ただの護身術のようだった。

 ヒナはさっさと決着をつけて優菜の援護に回るため、一気に片をつけようと足を踏み入れた。

 けれど足元の何かを踏んだ。


「動かないで! ヒナ! 足上げちゃだめ!」


 その事態に気がついたのはヒナよりも優菜が先だった。

 優菜の叫び声でヒナは動きを止める。

 その前で女は剣を振り上げていた。

 ヒナはこんなまどろっこしい戦い方に腹立たしい気持を押し込めるため唇を噛んで、その腕を左右の腕を持ち上げて受け止めると、押し返す。


「なるほど、芙栄に随行し、貴方が爆弾を設置して回ったわけですか。騎士や私のために働いてくれた人々の命を奪った爆発を引き起こしたのね」


「ええ、なかなか効果的だったでしょ?」


 秋野という元侍女は主だったはずのヒナへ敬意も何も払わず、勝ち誇った顔で胸元から手榴弾を取り出し、ヒナにちらつかせた。


「さあ、どっちがよろしいですか?」


 避けられるかもしれないとヒナは足を持ち上げようとした。


「ヒナ! 動いちゃだめだ! 今行くから!」


 助けようとした優菜の動きを春野の蹴りが封じる。


「慎一さん! くっそお」


 動けば爆発する。

 動かなくても爆発する。

 ヒナは動けず汗が頬を伝う。


 すると猛烈な勢いで突っ込んできた何かがグイっとヒナの体を引いて転げ飛ばした。

 それと同時に魔法騎士が地雷の爆発を最小限に食い止めることに成功し、ヒナは頬に冷たい雪を感じただけだった。


「も~! 周りみてよ! って美珠様のこんなこと言ってもきかないか、アイタタタ。怪我ない? そりゃ、良かった」


 茶色の髪の女はヒナの様子をさあっと確認して独り言のように口を開き、すくっと立ち上がった。


「珠利、助かったわ」


「ほんと、私がいないとダメダメだね」


 まだ体が本調子ではないながらも珠利は守れたことが心底嬉しいようで、ヒナの頭をガシガシなでると女へと顔を向けた。

 顔には好戦的な色が滲んでいた。


「割とあんたのこと好きだったんだけどさ」


「あら、奇遇、私も貴方のことは好きでしたのよ。ウジウジしてて、馬鹿にするにはもってこいの存在だったから」


「ふうん。まあいっか。あんたがうちの可愛い姫様と親友、傷つけた犯人だっていうのなら、ボッコボコにするだけだしね」


「ちょっと珠利! 体は!」


 物騒な言葉にヒナは珠利を押さえつけ問いかけた。

 すると珠利は剣を構えヒナへと微笑んだ。


「これくらいなら大丈夫だよ~。さてと、ほら、いっといで」


 ヒナは頷いて優菜へと目を向ける。

 優菜が春野と戦うその奥に藤堂秀司がいる。

 楽しい演目を見るような顔で。


「優菜!」


「分かってる! くっそ!」


 急かされても相手は一筋縄ではいかない。

 分かっているだけに厄介な相手だった。


「慎一さんどいて! 俺はやらなきゃいけないんだよ」


「優菜、甘えるな。ここは戦場だ」

 

 真剣な眼差しでもっともなことを言われると、どこか彼に甘えている自分がいることに気付かされる。

 この人を倒して、その上で藤堂秀司の下にたどり着かなければいけない。

 気負う優菜の視界に碧の鎧が入ってくる。

 気がつくと、騎士が立っていた。

 優菜を背で庇うように。


「おや、私の相手を貴方がすると?」


 春野は別に驚いた風でもなく優菜を庇う国明を見ていた。


「ああ、そうしてもらおうか。藤堂秀司を仕留めたい気持はやまやまだが、それは私の仕事ではないようだ。まあ彼が出来なかった場合、その任を帯びることにはなるだろうが」


 春野はチラリと優菜へと目を向けた。

 優菜はその場で立ち尽くして春野へと求めるような視線を送っていたが、実際春野と目が合うとヒナに目を向けてヒナの手を取った。


「慎一さん、言っとくけどその人結構強いよ。俺、蹴っ飛ばされて雪に突っ込んだ。暫く息できなかったもん」


「まあ、紗伊那の英雄だからな強いんだろう」


 そんな気の抜けた返事を聞いてから、優菜は少し躊躇ったけれど声をかけた。


「慎一さん、話をしたい。これが終ったら」


「甘えるな優菜」


 どこか柔らかく返されて優菜は俯いた。

 その一方でヒナは優菜を庇う男にどうしても声を掛けたくなった。


「……死なないで、珠以」


 本当の名を呼ばれ国明は顔を緩める。

 それを見ていた春野は首を振った。


「あなたは私と似ているとおもっていたが、やはり違うようだ」


「何のことかわからないが、さあやろうか」


 国明は顔を引き締めると目の前の藤堂秀司の部下に剣を向けた。

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