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第79話 私にとっての一番は

 国王は藤堂秀司から届いた書状の前でただ思案していた。

 その前には五騎士団長と竜仙を代表して縁が立っている。

 彼らは皆、王の決断を待っていた。


「病人にあそこまできつい言葉をかけられるのが祥伽という人間なのですよね。普通、もうちょっと優しく労わったりしませんか?」


「生憎、そんな感情持ち合わせていないもんでな」


「あれほどきつい言葉をかけたのが私だからよかったものの、貴方と結婚する人は本当にかわいそうでなりません。どうして次期国王となられるお兄様と貴方とはこうも違うんでしょう」


「あんなやつと一緒にするな。それにお前以外の女と会話をする気もない」


 廊下からずっと諍いにも似た声が聞こえ、それは部屋の前で一旦静かになった直後、入ってきたのは姫と王子だった。

 お互い供もつけず気ままに好きなことを言い合いながら、歩く二人。

 そのお互いの立場から言葉の端々にまで気を配らなければいけない関係であったが、そんなことを気にすることもなく言いたい事を言い合う二人は、部屋へと踏み入れ居並ぶ他人の目を少しばかり意識したのかどこか澄まして自分も事態は分かっているのだとみせようと試みていた。


「お父様、皆様、おはようございます。まあ難しいお顔」


「藤堂秀司の書状にどう対応するか、王が思案しておられるのです」


 光東の言葉に姫としてではなくヒナとして口を尖らせる。

 書状の内容は同盟を結びたいというものだ。

 きっと同盟を結べばいつか寝首をかかれる。

 そんなものどう考えたって破り捨てて当然。

 なのに何を考える必要があるのか。


「当然、藤堂秀司は信じられる人間ではありません。が、相手の真意がわからないのならば慎重にゆくしかありませんね」


 考えお見通しな国明の言葉にヒナは口を引っ込めて父の隣に立った。

 そして父の肩に手を置いて耳元で囁いてみた。


「お父様、もし私がここですごく甘えた顔をして、声を出して、こんなやつ滅ぼして頂戴っておねだりすれば、お父様はかなえてくださる?」


 娘にものすごく甘い父王であったが、そんな娘の頭を一度小突くとまた思案顔に戻ってしまう。

 当然ながら拒否されて姫は小さな溜息と供に本心を吐き出した。


「どこかに私の気持を理解してくれるものすごく素敵な悪魔はいないかしら」


「本当にお前はろくでもないことばかり考える。しかし、そんな悪魔がいたら俺はいつも罵られ続けるんかもしれんな」


 いちいちつっかかってくる祥伽の言葉にヒナは首を振って憎憎しい藤堂秀司の書道に目を落とした。

 嫌な気持ばかりがこみ上げてくる。

 それが限界に達しようとした時、王のもとへと伝令と相馬が走ってきた。

 何か大事が起こった。

 それは誰の目にも明らかだった。

 

「北晋国にて大規模な衝突があったとのことです。場所は双ヶ丘」

 

 その声にその場にいた者たちは壁にかかっていた北晋国の地図を覗き込む。

 双ヶ丘、北晋国の国王が篭城している場所だった。


「陥落したか」


 聖斗の無表情な声がヒナの心を余計かき乱した。

 藤堂秀司は北晋国王を滅ぼした。

 全てが藤堂秀司の予定通り、そういわれているようだった。

 けれど伝令は大きく首を振った。


「いいえ、それが、藤堂秀司軍が退却とのことです!」


 その言葉に一同息を呑んだ。

 事前の情報では藤堂秀司に敗走など考えられないことだった。

 数でも組織力でも圧倒的に有利だったはずだ。

 

「いやあ、俺も驚いたんだ。何かいい情報ないかなって情報局へ行ったらこの話が飛び込んできてさ! これって偽情報? これも藤堂秀司の策略? いや、でも偵察してた飛竜からの報告だから」


 相馬は思いもよらない話に興奮状態に陥っていた。

 相馬だけではなく、そこに居並ぶ軍人全てが予期せぬその言葉に面食らっていた。

 尚も相馬の声が響く。


「だってもともとの話では藤堂秀司の兵は十万と国王軍三万でしょ? それからどれだけ篭城してたっけ」


 地に落ちた国王と民衆に支持されていた覇権を狙う軍人。

 どう考えても国王側に勝てる要素などないのに。

 

 そんな中、国明は双ヶ丘にある要塞を指しながら呟いた。


「背水の陣」


「やっぱり、それ? 今回は川じゃないけど」


 落ち着かない相馬は地図に目をやり、ヒナも知ったような顔をして地図へと寄ってみた。

 すると相馬がヒナの顔を見て、要塞を指差した。


「戦いを有利に進めるには、川を前にして軍勢をかまえ、川を渡ってくる敵を向え撃つのがいいんだよ。でも昔昔にその常識とは反対に、川を背にして軍をかまえた将軍がいたんだ。 川を背にするともう逃げる場所がないから生きるために兎に角戦って勝つしかない。 兵士たちは生きるために必死に戦い、敵を破ることができた」


 キョトンとしたヒナに相馬は尚も続ける。


「逃げる場所がなくなって追い詰められたら、人は最後の力を出して生きるために死に物狂いで戦うんだってさ。それが今回はこの要塞だった。どこか一箇所手薄にして、あっちに逃げ道あるよ~ってわからせておけば、逃走兵がわんさか出て自然に崩れちゃうんだ。でも、藤堂軍は逃げ道を作らずただ苛烈に追い詰めた。ここは篭城も長かったし、反撃する力ももうなくなったのと思ってたんだけど、何がきっかけだったのかな」


「ここは穀倉地帯でもない雪深い場所ときいています。もともと篭城目的ではなかったでしょうから、充分な兵糧もなかっただろうし。最後の兵糧が尽き、死から逃れるために戦うしかなかったのでしょうか」


 光東の言葉に相馬も深く頷いた。


「それしか、考えられないよね」


「それって、どこかから来てくれた悪魔のお陰じゃないの?」


「悪魔などと、全く女というのはこれだからくだらない。しかしこれで、少し戦況はかわるか?」


 ヒナの言葉に心底呆れた顔を浮かべる祥伽の前で王はただ顎に手をあてて考えていた。


    *


「珠利さん。ちょっと話をしてもいいですか?」


 その声に剣を握る手を止めて振り返る。

 まだ数十歩離れたところに緑の甲冑に身を包んだ騎士がいた。

 どこか純朴そうな綺麗な瞳をした少年騎士、国友。

 その国友にというよりは誰にも見られたくはなかった。

 姫の護衛であるはずの自分が火傷で動けなくなっているということを。

 そこまで弱っているところを見られたくはなかった。

 あえて国友を見なかった、聞かなかったことにして剣を鞘に戻し、無視して歩き始める。

 すると国友も何もいわずついてきた。

 珠利はさらに速度をあげる。

 けれどまだ自由のきかない体は小さな石ころに躓いて、そのまま崩れ落ちた。


「珠利さん!」


 国友の大きな手が珠利を引き起こし、体を抱えあげる。

 それがさらに珠利を惨めにさせた。

 体が自由にならず拒否できなかったこと、年下の男に手を貸されたこと、それら全てが珠利をやりきれない気持にさせ、一歩的に怒鳴りつけた。


「こんなに情けないところみないでよ!」


 はがゆい自分に今にも泣き出しそうな珠利の茶色い瞳と心配そうなまだまだ若い少年の瞳が交わる。


「お願いです。珠利さん、感情的にならないで。ちゃんと話をしたいんです」


「話すことなんて、何もないよ! だから放して!」


「珠利さんになくても、俺にはあります。俺はいっぱい話したいことありますから。でも兎に角」


 国友は顔を近づけて珠利の額に自分の額をくっつける。

 そんな仕草に思わず珠利の心臓は高鳴った。


「珠利さんが生きていてくれてよかった」


その言葉に珠利は目を潤ませる。

 けれどそれを見せないように顔を背けるともがいた。


「降ろせっていうの!」


「嫌です! やっと珠利さんに触れてるんです! 絶対降ろしませんから!」


「あんたも頑固だね! いいから降ろしな!」


 けれど珠利がどれだけ頑張っても、その腕から逃れることはできなかった。

 結局珠利のほうが疲れ、そのまま大人しくなると国友はそんな珠利の背中を子供をあやすように撫でた。

 珠利はその心地よさに少し目を細めて国友の胸に頭をもってゆく。

 この四つ年下の男に甘えるのは正直はじめてで、年下のこの男が「男」なのだと改めて感じた。


「国友はいいやつだから、すぐにいっぱい女の子が寄って来るよ。私みたいなガサツな女ほっといてよ」


「嫌です。そんなことしたら、珠利さん、可愛いから別の男が放っとかない」


「何言ってんの? 私二十年生きてきて、恋人なんていたことなんてないんだから」


 珠利は真剣な国友がどこかおかしくて笑うと息を吐いた。


「それに私、いっぱい火傷もした。きっと、国友見たらひくと思う」


「それは珠利さんが頑張ったからです。べつにひきません!」


 もう何をいっても勝てないと珠利は思った。


 どうしてこいつはこんなまっすぐなんだろう

 そしてどうしてこいつが選んだのが自分なのか。

 自分の何を見て、どういうところが気に入ったのだろうか。

 自分は愛するあの姫様以上にこの男を好きになるつもりもないし、どちらかが崖から落ちそうだったら間違いなく可愛いお姫様を助けに行く。

 でも、その次に選択肢があるとして、

 自分が落ちても国友の命は助けてやりたいと思う。


 それでいいのだろうか。


 珠利は自分から首を伸ばして口付けてみた。

 あの憎い、超ムカつく歌姫を二人で見に行って以来の二度目の口付け。

 恋人なのかと美珠に、国明に聞かれたら、絶対首を振るだろう。

 それでもどうしても触れてみたかった。

 国友もその口付けを静かに受け止めてくれた。


「珠利さん、好きです。大好きです」


「私にとっての一番は」


「知ってます。美珠様です。そんなこと分かってます。でも国王様、教皇様の下でもいいから好きになって下さい」


 もう何も言いたくなかった。

 自分の完敗だ。

 次に姫様に会えたら相談してみて、きっと背中を思いっきり押してくれるだろうし、そうしたら彼に甘えてみるか。

 珠利はそう心に決めて国友にもう一度唇を寄せる。 

 国友も少し唇を寄せた。


「で、そちらはうまくいってるのですか?」


 突然聞こえた声に二人は逢引をみられたかのように距離を置いて周りへと目をやる。

 人の姿はない。

 自分達に掛けられた声ではなかったのか。

 更に声が聞こえた。


「こちらがうまくやってもお前達が失敗すれば、どうにもならないと思うがな」


 その声の主を二人は知ってる。

 国王騎士を束ねる団長の天敵と言ってもいいほどの男だった。


「もうご存知でしたか。そう、残念ながら北晋国王を我らの手で討ち損じてしまいました」


「伝わってはきている。私を誰だと思ってる? この紗伊那の最前線を束ねる国王騎士団副団長だぞ。しかし北晋を解放するのだと大口を叩くお前達は国王軍相手に退却したそうじゃないか」


 国王騎士副団長、国廣。

 それは偽りなく本人だった。

 彼が話をしている人間は一体何者なのか。

 それは珠利、国友二人にとって最大の関心事だった。

 男は文人ともいえるような細身の男だった。

 紗伊那で見たこともない。

 着ている毛皮のコートと帽子からして北晋の人間に違いない。


「任せた人間が悪すぎたのです。まだこちらには多くの兵がおります。ご安心を。しかし貴方の手腕は見事なものです。王都は見事に偽姫の話題で溢れかえってるのですから。あの中には貴方が流した噂も混じっているのでしょう? 紗伊那の上層部への不信感はもう充分高まってる」


「ふん。私はやることはやった。兎に角お前たち藤堂軍にも成果を見せてもらいたいものだな、春野とやら」


 愛想なく吐き捨てると国廣は男を残して天幕の方へと歩いていってしまった。

 男のほうもまた音もなく林の中へと消えていった。


 木の陰に隠れて気付かれることのなかった珠利と国友は二人で硬直していた。

 お互い整理する部分が多くあった。

 けれど理解できないからこそ、国友が声をあげた。


「ど、どういうことですか。副団長が」


 国友の腕を押しのけて珠利は地面に足をつけると国友を眺めた。


「あんたは信じていいんだよね?」


「え? あ、あの、俺は紗伊那の騎士です」


「あの副団長も紗伊那の騎士でしょ?」


「あ! そうです」


 国友も信じられないという顔をして歩き出した珠利に従う。

 珠利は体の痛みすら忘れ早足で天幕へ入ると、外套を羽織って外へと出た。


「私、王都へ戻る。今の話伝えてくるよ」


 そんな珠利をどうしていいのか分からず国友はうろたえていた。


「あの、でもここから馬でなら王都へはどう考えても最低一週間はかかります、あの、まず副団長に確かめてみては」


「飛竜に乗せてもらうよ。あんたさあ、確かめたとして本当のこと言ってくれると思うの? 人がよすぎない?」


「うう。それは…。あの珠利さん、でも飛竜は私用ではうごかせません」


「ああ、もう! くっそ! 使えない! こんな時にあの馬鹿団長がいればよかったのに」


 珠利は机を叩くと、いてもたってもいられないのか、結局馬へと向かった。

 一方、国友は珠利と離れて自陣内を走った。

 そして同期の騎士を探した。

 もともとは嫌な敵でしかない人間だったがもう親友、好敵手となった騎士を。

 その存在は国境近くの臨時の竜舎の中にあった。

 

「どうした、えらく怖い顔して」


「君、騎士だよね」


 突然の国友の質問に国緒は首をかしげた。


「は? 何に見える?」


「なら、騎士である僕を信じて力を貸してほしい。…ここから僕、珠利さんを連れて脱走しようと思う」


 その国友の言葉に国緒は目を丸くして暫く言葉を失っていた。

 騎士が脱走とはどういうことか。

 質問するよりも先に剣に手がかかっていた。

 返答次第では剣を向けるつもりでいたのだろう。


「どこへ?」


「国のために、王都へ行く。信じて欲しい」


 国緒はそんな国友の顔を見て、剣に置いていた手を国友へと伸ばし引き寄せた。


「言え。お前と俺は仲間だ。何でも手伝ってやる」


    *

   

「珠利さん、ちょっと落ち着いて」


 馬上の珠利においついたのは国友だった。

 彼は騎士の証、竜に乗っていた。

 竜と馬では体格も違いその移動速度は圧倒的に竜の方が速い。

 けれど騎士ではない珠利には竜に乗る権利はなかった。

 

「あんたねえ! 私に話しかけてる暇あるなら、先に城にいきな!」


「一緒に!」


「そんな悠長な! 馬と竜じゃ」


 珠利の視界に国友の手に手綱が握られたもう一匹の竜が入った。


「え? あんた、それ……」


「大切な仲間の竜です! 貸してくれました。俺を信じて」


「騎士が竜をかすなんてこと!」


「国の一大事ですから! 行きましょう!」


 一方、国友に竜を貸した国緒は副団長の前に引き出されていた。


「国友はこの非常事態に竜をつれてどこへ行った!」


 先輩騎士の怒号のなか、ただ静かに正座をしていた。

 別の騎士がさらに怒鳴りつけてくる。


「北晋国の内通者として疑われても仕方のない行いだぞ!」


 けれど国緒は唇を引き結んだままだった。

 

「もういい、こいつを牢につなげ」


 先輩騎士のその最後尾にいた国廣は背を向けた。

 そんな現在の最高責任者の姿勢に別の騎士達はあせりを隠せず詰め寄る。


「しかし、副団長! このようなこと、兵や他の騎士にばれては」


「いい、責任は全て私がとる。こいつは牢につなげ」


「はっ!」


 つれられてゆく国緒を見て、国廣は口を持ち上げた。


「どうやら、あの問題児は王都に戻ったようだな」


こんにちは!

皆さんいかがお過ごしですか。


更新に日にちがあいて申し訳ございません。

入院の末、何とかPCの前に座れるまでになりました。


これからも精一杯更新していきたいと思いますので、

お付き合い下さいませ。

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