↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/91

第78話 私がもう一度、国を立て直します

 北晋国、双ヶ丘

 二つの小高い丘があることがその地の由来となった場所には砦があった。

 南に位置する紗伊那と数百年前に領土争いをしたときに侵入を食い止め、反撃に転じたという北晋国の伝説にもなる場所。

 そこは今、再び北晋国の戦いの場となっていた。

 戦いというよりも、苦しみの地に変わったというほうが相応しいのかもしれない。

 かろうじて雪だけはしのげる古い砦の中で本来の国王軍は飢えと戦っていた。

 そこにいる大多数はもともと志があり愛国の為に軍を志願したわけでもなく、強制的に徴兵されたものたちだった。

 国王に忠誠を誓うものというよりは、反乱軍について処罰されることを恐れ、平和的に家に帰ることを願ったものが多かった。

 彼らは日々飢えと死への恐怖に怯えていた。

 彼らを死へ誘おうとするのは強大な紗伊那という国ではない、同じ血が通っているはずの反乱を起こした北晋の兵士達だった。


 紗伊那との国境に意気揚々とやってきた王はともに国を発展させてきた藤堂家に裏切られ、逃げるようにこの城へと入った。

 計画もなく、ろくに兵糧もないこの城へ。

 上官の話ではすぐに各地から援軍が駆けつけ、反乱は治まるということだったが、いつになってもその援軍の姿は見えなかった。

 次第に城を取り巻く兵士の数だけが膨れていった。

 そして兵糧が減って、自分達は生きるためにある選択を迫られた。

 人を食す。

 数日前までともに篭城していた仲間を衰弱したからといってほふり、燃料がわりに骨まで利用した。

 生き延びるために余すところなく使った。

 そんな過酷な環境の中で、下手な正義感を見せたり、体が弱ったことを知られれば次の日には自分が食事になる。

 だれもがこの異様な状況の中、まともな頭でいられる自信はなかった。

 しかしこのような悲惨な事態に陥る前には国王軍にもまともな脳を持っていたものもいた。

 若かりし頃から、王であった上皇の元で軍を指揮していた老将軍であった。

 彼は状況を読み、すぐに降伏するよう王に進言した。

 けれど誇りと欲だけは人一倍である王の不興を買い、既にその体は兵士達に分け与えられていた。

 もう王に付く者たちの中でまともに戦術戦略を立て、戦える人間がいなかった。


 見張り台に座り、取り囲む藤堂軍を見ながら諦めたように兵士がポツリとつぶやいた。


「上皇様は我々を見捨てられたのだろうか」


「我々は何のためにこんなところにきたのだろう」


 まるで感染が広がるように、一人悲しみを口にだせば傍にいる者達も悲嘆にくれてゆく。

 そんな時、軍服ではなく黒の服を着た人間が前にたった。

 この地獄でしかない雪に埋もれた場所にはそぐわないほど生気に満ちていた。


「皆、待たせた。我々は上皇様の密命を帯びここへとやってきた」


 ああ、やっと。


 そんな安堵感が心に広がってゆく。


「上皇様は我々を見捨てられるお方ではない!」


 そうだ、知ってる。


 上皇様が国王として君臨された時、この国はもっと自分達に優しい国だった。


「上皇様は今も藤堂軍と交渉をしておられる。ここにいる者の命を救うべく」


 その言葉がいかにまやかしであっても、兵士たちからは歓声が漏れる。

 隣にいる人間すら信じられなくなりつつあったそんな日々の中で、その言葉を信じるしかなかった。


「皆、ここを出て、家へ帰ろう」


 見たこともないその男が言った言葉は涙が出るほど心に沁みるものだった。


    *


「思ったより時間がかかってるじゃないか! 何でこんなに時間が掛かるんだよ!」

 

 国王軍を南の国境から引き剥がし、丘の上にまで追い詰めることができた男は双眼鏡で砦を凝視し天幕の柱を蹴った。

 けれど足を襲った激痛に顔をしかめる。


「だから秀司様は城攻めなんかするなっていってたでしょう? 労力と時間を使うだけなんだから。これだからろくにものをしらない青二才は」


冬野という名を貰った優菜と同じ年の少年は自分の能力がどれほど優れたものなのか知りもしない丸い顔をした女が自分をけなすのが許せなかった。


「五月蝿い! もう落とす。黙ってろおばさん! 余計なことはいうな」


 神経質そうな細く白い顔をした少年がとりつかれたように双眼鏡を覗いているのを見て、呆れたように秋野は机の上に肘をついた。


「じゃあ秀司様にはなんて報告しておきましょう? まだまだかかるからこっちは放っておいて下さいって言っておけばいいの?」


「黙れよ!」


 苛付いて双眼鏡を投げつけると兵が入ってきた。

 中年の兵士はその双眼鏡を拾いあげ静かに今回の司令官へと視線を送った。

 もともと軍では藤堂秀司大佐よりも上官であった男。

 けれど反乱軍に加わるにあたり、自分の経歴を捨て国を思う一個人として参加した者だった。


「降伏を勧めてはいかがでしょう? あの王の性格では自ら降伏するなどということはありえませんから。もともとは同胞なのですし、」


「あいつらは国王についたんだ! 先を見る力も何もない虫けらどもだ」


 同じ国の民を虫けら呼ばわりする若造。

 その言葉は天幕の中で警護にあたっていた者達すら顔をゆがめるものだった。

 秋野はそんな周りの様子を見て自分は巻き込まれたくはないと、そそくさと席を立った。

 背中を向けた彼女の背後で思ったとおり、中年の兵士が声を荒げた。


「虫けらとは聞き捨てなりませんな! 彼らはもともとは我らの同胞。生きる道は違えど、立派な北晋の民です!」


 精神的に弱い冬野は強い口調で言い返されて小さくなってしまう。

 相手はそんな人間的に弱い冬野を見下しながら言葉を放った。


「丘の上では死んだ兵を食していると聞きます。この状態を放置しておけば、国を憂い立ち上がったはずの我々に対する民の心が離れてしまいます。どうか、降伏勧告をお出し下さい!」


「五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿い! お前は今は反乱軍の一兵士だ。偉そうに俺に指図するな! 俺の方が上官だぞ!」


 意地を張った子供のように言葉を頑なに聞き入れない冬野に怒鳴られ、男は悔しそうに出て行った。

 それと入れ違いにお茶を持って違う兵士が入ってきた。

 冬野はその兵士を見て、藤堂秀司に貰ったお気に入りの虎の毛皮の敷物にどかりと座って膝を叩いた。


「偉く怒ってるじゃないか」


「おお、山本」


 もともと共に学校で学んだ同級生、山本信二は傅くようにお茶を運んできた。

 冬野は彼を見ていれば優位に立てた気持ちになった。

 先日まで学校で自分をモヤシなどと馬鹿にして、自分の最大の好敵手である藤堂優菜の親友であった人間を顎で使える立場に自分はなっている。

 それもこれも能力があるお陰だ。


 それも当然、自分は遊ぶこともなく日々勉強に明け暮れたのだ。

 そしてもっとも崇拝する人に非凡な能力を認められて、冬野という特別な名前を貰った。

 頑張った自分の当然の結果だと冬野は思った。


「さっきの人、もともと偉い人なんだろ?」


「全然大したこともないさ。俺に比べれば」


 山本信二という男は別にそれ以上、自分を立ててくれるわけでもなかったので、冬野は苛ついて横柄な態度を取った。

 普通に暢気に学生生活を送ってきた山本とは雲泥の差であり、対等に喋ることすら気にくわなかった。


「お前も上になりたかったら、もうちょっと俺に気を遣え」


 すると山本信二は軽く頭を下げた。

 階級などこんな奴に説いても仕方ないのだろうが、やはりどうしても優位に立ちたかった。


「そうか、気づかなかった。すいません」


 それから山本信二は何を思ったのか、声を潜めて冬野の耳に囁いた。


「なんか、噂なんだけどさ、」


 けれどその先が来ず、冬野は苛ついて声を荒げる。


「何だよ! さっさと言え!」


「なんかさあ、お前のやりかた非難して、藤堂さんにチクってる奴いるみたいなんだけど、大丈夫か?」


 聞いた途端、冬野の顔が急激に赤らんだ。

 怒りの為に。

 そしてそんなことをしそうな人間といえば先ほどここから出て行ったあの中年男しか考えられなかった。


「あいつ!」


「お前は俺たち若者の星なんだ! 頑張ってくれよ」


 最後に冬野の心をくすぐるような言葉を吐いて、山本信二は部屋を出た。



 その夜、もう何度目になるかわからない軍事会議が行われていた。

 そして冬野はかつての階級関係なく、大勢の軍人が集まった場所で、人を刺し殺した。


「人の意見が聞けない虫けらは藤堂軍に必要ない! 死んで当然だ」


 剣で人を傷つけるのは正直初めてだった。

 学校を辞め、軍に入った時に優しい両親が買い与えてくれた見事な細工が施された剣。

 筋肉よりも脳を使う人間であったから、剣術を習ったことはなかったけれど、これを持っていると一人前の軍人である気がしてずっと腰から下げていた。

 国を思う自分が、藤堂秀司を崇拝する自分が不穏分子を斬り捨てた。

 そんな高揚感に浸っていても、誰一人、冬野を褒め称える人間はいなかった。

 なんともいえない沈黙だけが続く。

 むしろ責められているようだった。


「何だお前達、その目は!」


 自分は間違ったことはしていない。

 自分がお手本なのだと。


「もういい! こうなったらすぐに決着をつけてやる! 総攻撃をかけるぞ! 支度しろ!」


 指揮権は自分にあるはずだというのに、誰一人動かない。

 冬野は心地悪い視線の中で、ただ怒鳴り散らした。


「さっさと動け! 愚図ども! 藤堂さんに言いつけるからな!」


 そんな時だった。

 丘の上から地鳴りがした。

 訳がわからず地震かと机の下に逃げ込もうと机に手をかける。

 兵士が飛び込んできた。 


「冬野様! 国王軍が丘を降りて我が軍に突撃してきます!」


「ええ?」


 とんでもなく素っ頓狂な声で、慌てふためくうちにどこからか喊声が聞こえ、天幕にも火矢が飛び込んできた。


「っひ!」

 

 燃え広がる火を避けて外に飛び出ると、既に戦いが始まっていた。


 砦を四方から囲んでいた藤堂軍と、南側一点を集中的に狙い突破しようとする国王軍。

 南には紗伊那があり、逃げ場所がないためここだけ人員が少ない。

 弱点といえば弱点だった。

 すぐに兵士が押されているのが分かった。

 丘の上からは火のついた砦を構築していた丸太や、巨石が転げ落ち、包囲していた藤堂軍を飲み込んでゆく。

 北側に位置していた自分の天幕に火矢が打ち込まれたのはどうやら威嚇のようだが、冬野は戦況に動揺を隠せずにいた。


「な、何で、これだけ戦える?」


 冬野にとってそれは想定外だった。

 もう何もかもが尽きて気力など失い、命惜しさにあてのない篭城しているのだと思っていたのだ。

 援軍など来ないところで篭城しても意味がないのに、何もしらないおろかな人間だと。


 そんな時、どこかから退却と言う声が聞こえた。

 次々にそんな声が聞こえてくる。

 総大将である自分が何も言っていないにも関わらず、どういうことかと首をめぐらせ慌てて騎乗で叫ぶ人間に寄って行くと、それはかつて将軍と呼ばれた人間だった。

 そして冬野を見下していた。


「藤堂秀司につけば、この国はかつてのように良いものに変わるかとおもうたが、とんでもない愚か者を指揮官にすえたものよ! あの藤堂も。器が知れるわ!」


 馬に当てる鞭を頬に当てられ、冬野は頬から血を流したままその場に残された。

 人数的には圧倒的に勝っていたはずの藤堂軍があっさりと退却して行くのを呆然とみていた。



 優菜は全く感情の宿らぬ目で一人の男を見ていた。

 群衆の前には北晋国の王が磔られていた。

 篭城で溜まりに溜まった国王についた兵士達のガス抜き、見せしめとして王は磔られたのだ。

 まだ生きているのか、時折肉でたるんだ体をピクリと震わせる。

 一国の王をそんな目に合わせたのは、懐刀であった「死神」の隊長。


 そしてその男は見事に昨晩、藤堂軍を急襲し篭城していた者たちを解放した。

 その時の正規の国王軍は一万八千ほどであり、囲む藤堂秀司の軍は約九万。

 完全な勝利だった。

 一夜にして北晋国で地位を得たその男、蕗伎の隣には彼を後見するという名目で上皇が立っていた。

 二人は優菜とは違うどこか悲しげな瞳で国王を見つめていた。


「憎くて仕方なかった人ですが、あんまりうれしくありませんね」


 そんな蕗伎の隣で上皇は一度目を閉じた。

 涙がいくつも頬を伝い落ちてゆく。

 けれどそんな涙を拭うと後ろに目を向けた。

 そこにはなんとか戦いぬいた兵士、一万八千人。

 劣勢の中、生きることだけ、それだけを考えて我武者羅に戦いぬいた一万八千人だった。

 

「政をせぬ国王のせいで皆に苦労をかけました。私がもう一度、国を立て直します」


 その決断が彼女の細い老体にどれほどの負担をかけるのか、優菜は心が痛んだ。

 彼女は充分に国を作ってくれた。

 父、藤堂優太郎と、国王夫婦は人生の殆どを費やし、作りあげてきたのだ。

 けれど彼女のたった一人の息子はその母の功績の偉大さに一欠片も気付かなかった。

 母が揃えた無類の家臣たちを排除し、自分が思うようなとんでもない国を作り上げた。

 そして上皇は五十年働き続けやっと作り上げたものを、また作り上げなくてはいけないのだ。

 

「お願いです。この国を立て直すため、もう少しだけ家に帰るのをまっていただけませんか? 藤堂秀司率いる軍と南にあるの紗伊那国と協議する間だけ。私に力を貸してください」


 兵士達に白髪の混じった頭を下げる上皇を見るのが優菜は辛かった。


   *


「お前が全部……」


 冬野は縄に縛られ目の前に立った男をみつめていた。

 優菜は静かに見下ろしていた。

 その目は哀れんでいた。


「まさか今回のこと、お前が考えて」


「お前はまだ上に立つべきじゃなかったんだ」


「な、何を! 俺は違う! お前よりも才能を持った!」


 けれど優菜は静かに首を振った。

 そこにいるのはいつも学校でとぼけた顔を見せていた藤堂優菜ではない。

 これほど悲しそうな顔をする藤堂優菜をはじめてみた。


「きっともう少し経験を積んで、自分も人の痛みが分かればきっとお前もいい軍人になれたと思う」


「な、何を! お前、どれだけいい気になってる」


 優菜は喚く元クラスメートの縄を緩めた。

 逃がしてもらえるのか、そういう期待に満ちた冬野の目を優菜は伏目がちにあえて無視してから、小さな刀を置いた。


「敗軍の将っていうのはどうするものか分かってるよな」


 その言葉を聞いて冬野の体も唇も声も全てが震えた。


「お前、俺に死ねって言ってるのか? 俺達まだ十六だ! 将来だってある」


「甘えたこというなら、軍をおもちゃみたいに扱うな!」


 優菜は胸倉を掴んで怒鳴りつけた。


 優菜はどうしてこの男が冬野という名前を貰ったか分かっている。

 きっと優菜の級友であったからだ。

 藤堂秀司がこいつが熱烈な信者ということを知り、この地位に据えたのだ。

 いつか戦う時がくれば優菜がこの級友をどう処分するか楽しむために。

 変な情に呑まれてしまうのか、それとも冷たくあしらうのか。

 ただの娯楽として、そのためだけに彼は使われたのだ。

 冬野は軍をおもちゃのように扱った。

 けれど藤堂秀司は彼をおもちゃにしたのだ。


 何も知らない冬野は涙を落として叫んで優菜にしがみついた。


「頼む、助けてくれ! 頼むから、何でもするよ!」


「お前、どこまでモヤシなんだよ。最後ぐらい男らしいところ見せてみろよ」


 優菜はすがりつく級友を押しのけて部屋から出て行った。

 外にいたのは山本信二。


「頼んだよ、山ちゃん。あと……協力してくれてありがとう」


「俺達、親友だろ? 気にすんな優ちん。……学校で待ってる」


 何も分かっていない少年兵から優菜の親友に顔を戻した山ちゃんは黒い服に身を包み、冬野のいる天幕の前の様子を窺っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。