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第74話 俺、やるしかないよね

「体、重い。頭、超痛い」


 目を閉じたまま声を出してみる。


(風邪でもひいたかな)


 本当に体が悲鳴をあげるくらい痛くて、重かった。


「どうしよう、賢い子なのに単語しか話せなくなっちゃったけど」


 耳元で聞こえるからかうような男の声。

 そして次に聞こえた声は度を越えて楽しそうだった。


「私の僕としてどう利用してやろうか」


 その声には覚えがある。

 自分の師匠の声だ。

 基本、二足歩行する長靴を履いた犬。

 凄い偉そうで、割と暴力的で、でも人間になると恐ろしいぐらい美しい男の人。


(あの人一体いくつなんだろ?)


 ゆっくり目を開けると、視界がぼやけていた。

 ぼんやり焦点があうまで待ってみる。

 すると目の前にいた黒い物体がさらに顔に寄り、薄っぺらい湿った何かが顔を這うように動いた。

 犬の舌で舐められてる、それに気付いて優菜は右手をその黒い物体へと回すと、艶やかな体毛を感じた。


「先生、くすぐったい」


 輪郭がはっきり見て取れるようになるとワンコ先生の爛々と輝く黒い瞳が見えた。

 優菜はそのまま口の端を持ち上げて先生の顎の下を撫でてみる。

 気持よさそうに目を細めるワンコ先生のその向うにいた蕗伎も笑みを浮かべた。


「おっはよう! 優菜」


「うん、おはよう。ねえ、先生、体重い」


 全く蕗伎とは違う低いテンションで優菜が先生を撫でていると、先生は思い出したように立ち上がり、傍にあった杖を優菜の頭に振り下ろした。


「いった!」


「体が重いだと? それで済んだだけありがたいと思え。宝珠が割れるまで戦ったお前が悪いんだからな。おまけに嫌がらせのように弾丸をくらってからに。治療する私の身にもなれ。こっちは落ちてゆくお前を抱えて空まで飛んだのだから。どれだけ師匠を酷使する」


 そういえばと体を探ってみる。

 計、三発、一発は服に守られたが、喰らったはずだった。

 傍でヒナが悲鳴を上げていた気がする。


「ヒナは?」


 答えをくれたのは蕗伎だった。


「城に帰ってもらってる。優菜を探すって泣き喚いたけど縁に思いっきりほっぺたびんたされて、しぶしぶ帰った。ナニ? 俺達二人じゃあ嫌なわけ? 師匠と兄貴分だよ? 充分だと思うけどな、優菜は案外寂しがりや」


 まだ続きそうな愚痴を優菜は切り上げた。


「ヒナは、俺が死んだと思ってる?」


「死んだとは思ってはいないだろうが、無傷だとおもってもないだろう」


 先生の言葉をきいて優菜は息を吐いた。

 今、ヒナはいない。

 自分を見守ってくれる大きな瞳の少女は単体であるべき場所に戻った。

 歯車が戻った。

 紗伊那という大きな箱はこれで動きだすのだろう。

 けれどそこにかつて恐れていたほどの喪失感はなかった。

 まだ考えなければいけないことがあったから。


「あいつは? 死んだ?」


「さあ、生死不明だよ。でも北晋軍はちゃんと紗伊那の騎士が引き下がらせたよ」


「生死不明か、嫌な言葉だな」


 優菜は体を起こすと先生の頭を撫でて立ち上がった。

 随分体を動かしていなかったせいか、体中の関節が固まってしまったようで、動きがぎこちなくなってしまう。

 まだ血も体を巡っていないのか、優菜は一度大きくふらついて傍にあった机に手をつき、鏡に映った自分に驚かされた。

 首の左側には極太の黒い筆で描かれたような不可思議な模様があったからだ。

 ワンコ兄さんの儀式の時に見たような得体のしれない模様。

 優菜は指や掌でこすってみたが落ちなかった。 


「先生、これ、ナニ? 何で落書きしたの? 油性?」


 寝てる間に顔に『バカ』や目の上に目を書かれるよりは幾分ましではあったが、その奇抜さから人目をひくに違いない。


「もう~最悪だ。ちょっと先生!」


 けれど先生は不機嫌そうに優菜の腰を杖で突いた。


「何を言っている! これほど高度な魔法を落書き呼ばわりするとは。お前は本当にバカだな。額に『私はバカです』と書いて歩け!

 これはなお前の生命力を高めるために施したまじないだ。まあ、お前の体に直接かいた魔法陣だな。死ぬよりいいだろう。一生、その魔方陣と生きることになるがな」


「刺青だと思えばいいんじゃない?」


 優菜はそのふたりの言葉に文句も言わず、鏡に近づいて白いシャツを脱いでみた。

 魔方陣の中心は心臓の上だった。

 そしてそこから血が体を巡るように、胸にも背中にも魔方陣は伸びていた。

 体の奥に眠る力を呼び覚ますような黒い炎が体の左半分を支配していた。


 体力の限界を超え宝珠が割れ、さらに銃弾を二発喰らった。

 正直、あの状況下で優菜は自分の命の終わりを予感していた。

 桂の故郷を守り、ヒナの国を守るためなら命なんて惜しくなかったから、自分のしたことに悔いは全くない。

 けれど保護者であるワンコ先生はちゃんとそんな自分の命を救ってくれた。

 尊大に振舞っている先生にかけてしまった負担は並大抵のことではないような気がした。

 

「でもさ、これ、女の子だったら、ないちゃうかも。お嫁にいけないよ」


 どこかおどけて見せると先生は冷たい視線を向けてくる。


「お前、男だろう」


「そうだね。男だったら戦いの勲章とか言えるのかな」


 鏡から視線を外し、目の窓から差し込む光へと向けると、次第に窓の向うに広がる景色が見えてきた。

 光の下に広大な畑が広がっていた。


「あ、ここじいちゃんの家?」


 ほんのちょっとだけ懐かしい景色だった。

 けれどもう、ヒナも優真も桂も、じいちゃんだって誰もいない家。

 自分達がいた頃の楽しそうな声はどこからも聞こえなかった。

 そこは整えられているはずなのに、世間から忘れられた廃墟のように色を失ってしまっていた。

 優菜は深呼吸をすると、振り返り黒い犬の前に屈んだ。

 

「俺が寝てる間、何がどう動いたか教えてください」


「よかろう」


「それでもし間に合うなら、今から国王の軍を助けて生死不明の藤堂秀司に一発ガツンとかましてやりたいんだけど?」


「ああ、きっとそれなら間に合うよ~」


 とても楽しそうな蕗伎の声に優菜は頷く。


「ヒナの傍にいるって誓ったばかりなのにいきなり別行動か、人生うまくいかないもんだな」



 その後、三人でむさい食事をとった。

 ヒナも優真もいない食卓は彩よりも量が優先されていた。

 畑でとれた大量のジャガイモを使ったコロッケ。

 山盛りキャベツと大量のご飯。


「年だろうか。もうあげものは」


 胸焼けを起こす先生を横目に二人はただがつがつと口に運んだ。

 時折、情報を口に挟みながら。


「ふうん。王様まだ篭城してるんだ。援軍なんて来ないのに」


「援軍はこないけど、逃げ道もない。立てこもるしかないんでしょうよ」


 蕗伎は優菜の欲しい情報はある程度仕入れていた。

 篭城している兵士の数や、それを囲む藤堂秀司の兵士の数。

 両軍の将の名前。

 兵士達の士気。

 北晋国王都の状況。

 もしかしたら部下が何度かここに報告にきていたのだろうかと優菜は思った。


「でも、そんなに食料もってたっけ?」


「ううん。そこなんだよね。多分、篭城してる兵士はきっと死んだ仲間を食べて生きながらえてるんだと思うんだとな」


「それ、壮絶だな」


 優菜はあげものを食べる手を止めた。

 急速に食欲が減退してゆく。

 今自分が口にしているのはジャガイモでも、そこに見えるひき肉が人肉を連想させた。

 けれど蕗伎はケロリとしていた。


「逃げ道もない無能な国王についた三万人。でももう弱って死んじゃって半分くらいになってたりして」


 優菜はその言葉に蕗伎の顔を見た。


「ん? ひらめいたっぽい?」


「だめもとで、やってみようかなって。体も動かしたいし」


「いいね。だめもとってところが。これが美珠だってみてよ。絶対助けるってきかないよ~」


 優菜は思い浮かべてみる。

 いつもいた自分の半身。

 頼りなさそうに見えて、芯のある少女だった。

 こと『人助け』に関しての行動の早さたるや驚くべきもので、もう直感と本能とで動いているとしか言いようがない。

 そんなヒナは、今優菜が死んだと思って、もしかしたら泣いてるんじゃないか。

 しかしその反面、前の恋人とよりを戻してるんじゃないか。

 泣いてるヒナを見たらあの男前の元カレ騎士団長が放っておかないんじゃないだろうか。

 そんな風に思ってしまう。

 けれど優菜にはするべきことがあった。


「ヒナに会うのは、多くのものを片付けてからにする。俺は暫く死んだことにして動くよ。ヒナがいない間に、絶対ヒナが認めやしない汚い仕事をやりたい。ヒナの作る世界の為に」


「いいね、最高。それ」


「国にはそういう人間が必要だ」


 先生も反対することもなく、結局、白ご飯をお茶漬けにして流し込んでいた。


 優菜はこの二人を前に思う。

 きっと先生も蕗伎という人物も、そうやって生きてきたのだ。

 先生もきっと騎士という栄光の仮面に隠れて汚れた仕事をしてきたのだろう。

 蕗伎も国の汚い仕事を引き受ける部署の隊長だった。

 そして今、自分がいる。


 国にはその栄華を支えるために暗殺や工作を行う人間がいる。

 決して日の目を見る仕事ではない。

 誰にも語られる仕事ではないし、都合が悪くなれば斬り捨てられる存在になる。

 そして国民からは隠された人間になる。

 優菜は実際はそちらの方が性にあってると思っているし、好きだった。

 学校に通ってるときながらそんなことばかり考えてきた。

 普通に学校に通っていたのも、地図を何の気なしに眺めていたのも、どうやって姉や優真に悟られず、あの害虫ともいうべき義兄を消し去るかというものが根本にあった。

 そのために死神に入ることまで考えていたのだ。

 こっちが驚くほどの一直線人間のヒナを、あの眩しさを守るためには影が必要なのだ。

 影があるから光もある。

 その影になるべく自分は選ばれたのかもしれない。


「なんか、二人が俺を選んだ理由分かってきた。まあ、いいや。篭城してるとこもぐりこむよ。んで、悪いけど兄ちゃん」


「兄ちゃんって俺のこと?」


 ソワソワした蕗伎に優菜は頷いた。


「カリスマになってもらうから」


「え? 俺が?」


「上皇様の後光、思いっきり拝借しよう」



 優菜はそれからこの家にいた時の自分の部屋へと足を運んだ。

 ここには荷物を少し置いてあった。

 北晋国から出た時に持ち出した荷物だ。

 そして優菜は箱へと手を伸ばした。

 

 父から託された思い。

 それが姉から託された箱に詰っていた。


 箱を開けると父の使っていた純白の羽でつくられた扇が姿を見せた。


「父さん、俺、やるしかないよね」


 優菜は上皇の隣で国を支えた父を思い出してその扇を持ち上げた。


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