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第71話 いつもより三倍ほど馬鹿にしてみたのよ

 本会議場では多くの官吏達が一つのことについて声を潜め話をしていた。

 その表情は誰一人として明るいものではない。

 内容は後継者についてだった。

 北に姫が向って数日、騎士全員が慌しく北へと向かった。

 そのまま国境に残った騎士もいれば、王都に戻った者も多くいる。

 けれどその戻った騎士はまるで貝にでもなったように、ある人間についての情報を口にすることはなくなった。

 姫様についてだ。

 官吏の中には姫を直接見た人間もいる。

 十六歳の誕生日を境に露出が増え、騎士と共に国を守った姫は次に官吏登用制度に意義を唱えた。

 それは今まで官吏になった男達が口にしないものだった。

 中にはその違和に気付かないものすらいただろう。

 けれど、女性だからこそ、もしくは人の心がわかる人間だからこそ、姫は異を唱えた。

 官吏に女性も、と。

 そして彼女はその詔が出るまでは、官吏と意見を重ね、王都にいた。

 詔が出たその時には皆と握手を交わし、嬉しそうに笑顔を向けていた。

 今、その笑顔は全くみれなくなった。

 官吏達の多くは上司の表情を窺い、膨大な情報を生き抜くために取捨選択してゆく。

 彼らにとって情報は昇進への大切な道具であった。

 そんな官吏達を巻き込むように、姫の消息が北で途絶えたその数日のうちに姫が北にて亡くなったという情報がどこからともなく津波のように押し寄せ、彼らはその後の自分達の出方をどうすべきか探っていた。

 けれど数日前からちょくちょく北の国境や白亜の宮に姫の姿があるという噂が流れてきた。

 ただ、それが本当の姫という確証はどこにもない。

 やれ、よく似た町娘だの、王の隠し子だの。

 どこで似た娘を見たことがある人がいるだの、なんだの。

 それはもう誰が、どう口にしたのかわからないほど、多岐にわたったが、それを強くかき消すような姫が生きているという証拠はどこにも存在しなかった。


 だからこそ、本会議場に姫が足を踏み入れた途端、視線が集まった。

 誰もが姫の真贋を自分の目で確認しようとしていた。

 けれどそこにいた姫の姿に皆が首を傾げたくなった。

 姫は王に似た綺麗な二重が印象的なとてもかわいらしい顔立ちをしていた。

 けれど今、そこにあるのは腫れぼったい一重の目と、膨らんだ顔をした女性だった。

 年恰好は非常ににている。

 髪も姫そっくりの黒髪。

 けれど、その人が姫だというには何かが違うように思えたのだ。


 少女は本会議場の官吏達よりも一段高いところに座ると落ちつかなそうに様子を見て、そして後ろに控える相馬に何かを囁いた。

 相馬は落ち着かせるようにその少女の肩を叩く。

 けれど姫の乳兄弟であり自他ともに認める第一の側近であるはずの相馬には痛々しい痣があり、それが何かただならぬことがあったのだ、と悟らせる結果になった。


 会議が始まると、姫はつまらなさそうに足をぶらつかせ、そして思いついたように資料に落書きを始めた。

 その動作は皆の視線を集め、慌てて相馬が取り上げる。

 そして相馬の様子をうかがいつつも、暫くじっとしていたはずの姫の頭がフラフラと揺れた。

 紗伊那の一部が隣国に襲われた、こんな重要な会議の時に彼女は居眠りを始めたのだ。

 相馬が慌てて、気取られないようにたたき起こし、説明を聞かせる。

 けれど、もう人にその姿は見られた。

 これは姫ではないと。

 やはり、彼女は姫のふりをした人間なのだと。

 誰にとっても信じがたい姫の姿だった。



 そんな失望渦巻く、会議の最後に一人の男が立ち上がった。

 一重の鋭い目で王を睨みつけながら。


「昨晩、我が家をうろつく男がおりまして、あれはこの国の諜報部ではございませんかな?」


 その言葉に一同がざわつく。

 男は現役の大臣なのだから。

 それもよりにもよって、官吏の任命、異動などを司る吏部の大臣。

 彼はどの大臣たちよりも若く、精力的に仕事をこなすやり手であったが、どこか独善的に物事を進めてしまうところがあり、人々の評価は真っ二つに割れる人物であった。

 年は王よりも下、けれど貴族あがりの線の細い男は国の王相手にひるむことなく、尚も続けた。


「私に北晋国の血が入っているから、私をお調べになっているのか? 一体誰の指図でございましょう」


 その鋭い目は次に麓珠へと向いた。

 質問に答えたのは麓珠だった。

 吏部大臣とは全く違う酷く焦った顔をして。


「いや、そうではない、何かの勘違いだろう」


「例え生まれたのは北晋であろうとも、私は育った紗伊那に忠誠を誓っております! けれど私の出生のことで疑われるのは心外! ここで私の忠誠をお誓いしましょうか! 腹を切ればよいのですか?」


 すると王が手を挙げて制する。

 そして文官最高位、太政大臣である麓珠もとりなすように続けた。


「落ち着け、誰も君を疑ってなどいない」


 そんな男を更に別の大臣がなだめた。

 白髪のでっぷりした男は大臣の中で最も老齢な戸部大臣だった。

 この最大の国の財務を司る男はもっとも思慮深く、経験も豊富で、多くの文官達から慕われている人間だった。

 戸部大臣はそんな若い吏部大臣の肩を叩いて座らせると、優しい笑みを浮かべた。


「それは、そなたの勘違いだわい。王は誰も怪しんでなどおられん」


「怪しまれているから、外におかしな奴がうろつくのです!」


 そんな中、美珠姫は欠伸を一つした。

 これほど事態が逼迫しているにも関わらず。

 それを見て吏部大臣は書類を叩きつけ出て行ってしまった。



「馬鹿姫、丸出しだね」


「いつもより三倍ほど馬鹿にしてみたのよ」


 相馬は会議の後、主の醜態を怒るわけでもなく頷いた。


「まあ、確かに三倍? 誰もあれを見て本物の姫様だとは思わないよね。あれが、本物の姫様ならこの国崩壊だよ」


 ヒナは本会議に入る前に今後の自分について相談をした。

 そして相馬は侍女頭が内通者であったことを知って、完全に内通者が把握でききっていない今の時点で、姫が生きているという事実はまだ確定させないほうがいいと結論付けたのだ。

 不確定なまま、曖昧に動かしていたほうが、紗伊那の人々に不安感を与えはするだろうが、狙われずにすむ、こちらが藤堂秀司を追い詰めるたけの時間を稼げる、そう判断して。


「でも、その顔一体何? 何で、そんなに顔むくんだのさ。またお酒でも飲んだ?」


 ヒナは両手で顔を挟む。

 泣きすぎた。とはいえなかった。

 国明の腕の中で散々泣いて、鏡の前に立ったら、目が開かなくなっていた。

 おまけに思いっきり泣いたせいで、顔中真っ赤になってむくんでしまって、その赤味を引かすだけしか会議までにはできなかった。


「しかし、大臣が内通者か、気が重いね」


 そんな相馬の言葉にヒナも小さく頷いた。


「私、あの方のこと知らない。何度かお会いしたけれど、人となりはわからないものね。違うと言い切れない。もどかしい」



 ヒナの部屋では優真が項慶に勉強を教わっていた。


「ヒナ! 会議、終ったの?」


「うん! 遊ぼう、優真!」


 項慶の厳しい先生に嫌気がさしていたのか、優真は嬉しそうに手を引いてヒナをつれてゆく。

 そんな姫と新しい生徒を見送って、項慶は相馬に声をかけた。


「注文どおり、侍女たちの噂を聞いてきたわよ」


「ああ、ほんと助かる。俺だと姫の執事だってばれてるから構えられてさ。で?」


 相馬は項慶へと話してくれという目を向けた。


「やっぱり、貴方の睨んでいた通り、姫が暗殺された温泉出身の新人の侍女には、最近男ができたらしいわね」


「相手は美珠様の家庭教師?」


「そう。あの姫に最近勉強を教えるようになった吏部の()(もう)という男よ。でもこの男、評判はいたって普通よ。別に派手好きでもないし。他に女性の影もないし。勤勉実直だといわれてる。ただ、侍女の中に、彼がその北の地出身の千佳(ちか)という侍女に温泉行きを勧めてはどうかって言ってるのを見た人間がいるわ」


「そう、やっぱり」


 相馬はあえてそれはファイルに書かずに頷いた。


「でも、それだけで内通者かは判断できないわね。誰かに聞かれていても、ただ恋に破れて傷心の姫をお慰めしようとしただけにしか聞こえないもの」


「だよね。俺達も北へ行くまではそう思ってたんだ。千佳だってそう思ってたんだと思う。ああ、姫の家庭教師か。勉強熱心な姫様のために、麓珠様が選んで下さった各部署のえり抜きが内通者だったなんて」


「内通者になったのが先なのかしら、それとも家庭教師だからこそ、内通者に選ばれたのかしら」


 相馬にも項慶にも、事実を知ればきっと傷つく姫の様子が手に取るように分かった。

 まだ全てが分かるまで、姫には伝えずにいよう。

 声にださなくても、お互いの出した結論はそれだった。

 それから相馬は疲れたように目を閉じた。


「まだ本調子じゃないの? あなたも」


「悠長なことを言ってる場合じゃないよ。今はやらなきゃいけない時なんだから。今日は会議で吏部の大臣が偉い剣幕で怒ってた。俺が聞いてた通り、ちょっと高飛車っていうか、なんか自己中っていうか」


「あら、私も評判は聞いたことがあるけれど、とても仕事ができるんでしょ?」


「そうだけど……。ん? はっ! そうか! 士蒙は吏部出身なんだ! もしかして、士蒙に命令を出したのは吏部大臣! そうか大臣は北晋出身だから、どこかで藤堂秀司と繋がってる? やっぱりあいつが、内通してるのか?」


「同じ国だからってそう決め付けるのは早いとおもうけれど」


「絶対そうだよ。だから麓珠様も諜報部を動かしたんだ。ん、分かってきた! 俺動けるぞ! 俺が突き止めてやる! よし、優菜、早く戻って来い! 俺の格好のよさ見せ付けてやる」


 相馬には今、気になっている少女がいた。

 美珠と双子と名乗る優菜という少女。

 耳と目を失い、何もできない自分に全てを教えてくれた人だった。

 声も顔も知らないその少女はほっそりした温かい手で自分の掌に色々なことを教えてくれたのだ。

 美珠姫が生きていて、今、どんな状況であるかということを。

 いうなれば自分の生きがいを取り戻させてくれた恩人だ。

 きっと優しい子に決まっている。

 それに暗守に聞いても光東にきいても、聖斗に聞いても優菜はとても線の細い美少女だと言っていた。


「よし来い! 俺の春!」


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