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第69話 自分のするべきこと

「ヒナ、あんたは王城へ戻りな!」


 竜仙が襲われて数時間、一向に優菜の姿は見つからなかった。

 銃弾を受けて、命を限界を伝える宝珠が割れた。

 血が体を染め、口から血を吐いた。

 平常時であれば、どんな困難だって優菜は乗り切れる、と信じようとするところであるけれど、今はどう考えても危険な状態だった。

 だからヒナは周りを見ることができず、フレイの背中を降りることを強固に拒んだ。


「いや! 私だって優菜を探す! 優菜をさがさなきゃいけないの!」


 縁はそんな意固地になって喚くヒナの頬を思いっきり平手で叩いた。

 ヒナは手形がつくほど赤くなった頬を押さえながら、驚いて縁へと目を向ける。


「紗伊那が北晋に襲われた。これ、どういうことか分かるよね? あんたの立場何? あんたの仕事何?」


 ヒナは何度も首を振ったが、やがて唇を噛んだ。

 目には悔しさが滲んでいた。

 自分が何であるか、今になってようやく思い出したのだ。

 そして王の前で、その愛娘である姫に手を挙げた縁はどこもひるんだことなく続けた。


「あんたの気持ち、私には痛いほど分かるよ。私だって大切な人を失ってるんだ。反乱が起こったって第一報を受け取った時、私らは国の手前動くこともできずじっと情報を待つしかできなかった。あの時、どんなに辛かったか、ここにいる皆知ってる」


 桂が涙をいっぱいためたヒナの肩を抱いた。

 大丈夫と言いたげに。


「だから、私達があんたの代わりに探す。私らだって、今回は待ってるだけで終りたくないんだ。あんたも優菜も桂の家族なんだろ? この里で生まれ育った桂の。だったら私らの仲間でもある。だから、見つかるまで私らは諦めない。その間、あんたは自分のするべきことをしておいで、あんたがこの国の跡取りなんだろ?」


 けれどヒナは何度も何度も首を振った。


「でも、優菜が見つかった時には、私が一番にいてあげたいの!」


「そんなこと、優菜、頼んでた? 上皇様に会いに行くとき、優菜、そんなこと一言もいわなかったでしょ?」


 ヒナはその言葉に胸を押さえた。

 思い出した。

 優菜から託されたものがあることを。


「一人の女の子だったら、あんたはここにいて私達と一緒に探せばいい。でも、あんた、自分の立場わかるでしょ? あんたは私達の仲間であると同時にこの襲撃を目撃した紗伊那の跡継ぎだ」


 ヒナはその言葉を受け止めつつも、声にならない悲鳴を上げてただ泣いた。

 紗伊那の跡継ぎである自分は大切な人の大事な時、その人を探すことすらできないのかと。

 ただそれを口に出すことは絶対にできなかった。

 そんなヒナの体を桂が包んで何度も何度も撫でた。


「大丈夫だよ。だって先生もいないし! きっと先生が助けてくれてるんだよ!」


 そんな二人の下に小さな足音が近づいてきた。


「ねえ、ヒナ、何で泣いてるの?」


 その声にヒナの肩が揺れる。


「ねえ、優菜は?」


 優真だった。

 ヒナは慌てて涙を拭うと、とにかく頑張って優真に笑みを向けた。


「あ、うん。あのね、やらなきゃいけないことを思いついたんだって。だから暫く別行動。おいていくなんて酷いよね?」


「本当に?」


 ヒナは何度も頷くと窺うような優真を抱きしめた。

 小さな小さな体だった。

 そんな少女に、貴方の父親がこの竜仙を襲い、優菜を痛めつけた、そんな真実をどうしてもいえなかった。

 そしてヒナは必死に笑みを作った。


「ねえ、優真、紗伊那のお城へ行こう?」


 これ以上ここに優真を置いておいて、またこの場所で何か起こったらどうにもならない。

 ここの人たちを巻き込んで、これ以上傷つけてもいけない。

 だったら、王都に連れて行った方がどうにかなる。

 警備だって堅固であるし、自分の勝手知ったる場所だ。

 優菜がいない今、優真を守れるのは自分だけ。

 まだ強くなければいけなかった。


 一方、優真はまごついていた。


「え? でも」


 優真は今後は桂へと視線を向ける。

 桂はただ優しく優真の頭を撫でた。


「私も行くつもりだよ。フレイもね」


 すると噛み付いたのは昂だった。


「お前、一緒に白、育てるんだろ!」


「あ、うん。でも」


 優真自身も何が一番いいのか分かりかねているようだった。


「だったらここにいろ!」


 そんな昂の頭を縁が叩いた。

 そして優真の前に屈んで縁は強い笑顔を見せた。


「きっと、優菜、怪我して帰ってくるから、優真、あんたが治療してあげな」


「うん」


 それでも、始終不安そうな優真をとある人間が抱き上げた。


「お父様」


「このお髭の人? ヒナのお父さん?」


 国王は何度も何度も優菜とほお擦りして、そして笑顔を向けた。


「お髭、痛い」


「そうなの、お父様のお髭、すっごく痛いの」


 優真はヒナと似た王の表情も窺ってから、結局またヒナに目を向けた。


「お城には私のお母様もいる。ね? 行こう?」


 優真はたくさんの年上の者の顔色を窺ってから、ゆっくり頷いた。




 優真ははじめてみる真っ白い宮に目を奪われていた。

 そして土ぼこりで汚れた普段着で歩く自分に恥ずかしくなったのか、ヒナの後ろに隠れた。


「ねえ、このお城、すごいね。北晋国とはまた違うのね」


「ここはね白亜の宮っていう私のおうち」


「ヒナ、お姫様? お嬢様? 実はえらい人?」


 するとヒナは内緒ねというように口に手をあてて、首を振った。


「そう、私は本当はお姫様だったの、でも、えらくもなんともないよ」


 お姫様という言葉に優真はどんなことを想像したのかは分からないけれど、はしゃぎもせず、ただヒナの手を握った。

 その力が強くて、優真を余計な緊張の中に置いてしまったのかとヒナは不安になった。


「お父様、私達、お湯を浴びてきますね」


 ヒナは優真をまず落ち着かせたくて、父に断り、自室へと入った。

 尋常でないくらい血を浴びて汚れていた学生服を全て脱ぎ捨てて、そして優真へと向いた。


「折角だし、一緒に入ろうか? ね、桂も、この部屋のお風呂おおきいよ!」


「私、群れる気ないけど、まあ今日くらいいっか」


 どんな気の利く侍女が用意してくれたのか、白いバスタブには既に熱いお湯が用意されていた。

 まず体の汚れを落とすために薔薇のにおいのする石鹸の贅沢な泡で優真の体を洗いながら、あえて楽しそうに声に出してみた。


「ねえ、優菜帰ってきたら、何食べたいかな?」


「何がいいかな」


「そうだ、ねえ、優真、ケーキでも焼いてみようか。 私達にもできるってとこ見せてあげないとね」


「そうだね。きっと優菜驚くね」


 ヒナはこれ以上、優真の前で泣くわけには行かなかった。

 優真だって不安を感じてる。

 きっと薄々分かってるのだ。

 けれど自分達の顔色を窺って、嘘に付き合ってくれた。

 まだ七つでしかない少女。

 本当に賢くて、愛しい妹分だった。

 すると先に体を流し終えた桂がバスタブから優菜に声を掛ける。


「そうだ、優真、昂にもケーキ焼いてあげたら? あんたたちも案外気があうからね」


「え? 昂に?」


 どこかわざとらしく嫌そうな顔を作りながらも優真は口では笑っていた。


「そうだね。助けてもらったから、作ってやるとするか」


 ヒナは自分の体を洗った後、口元まで湯船に浸かりながら息を吐いて優菜を思い浮かべてみた。


 黒髪の優しい顔をした人。

 いつも隣にいてくれた人。

 今はその人がいないのだ。

 不安で仕方なかった。

 けれど、まだ守るものが自分にはある。

 託されたものがある。

 目の前の、優真と桂。

 竜仙で苦しみ続ける人々。

 そしてこの国に生きる人々。

 それが自分の心を奮い立たせてくれた。



「あっつい。のぼせた」


「ふうう」


 三人で茹で上がり脱衣所に上がると、ちゃんと新しい服が用意されていた。

 ヒナのものはもちろん、桂の平服と、あとは


「かわいい」


 黄色の小さな花があしらわれたフワフワのレースの服だった。

 見覚えのある服にヒナは声をあげる。


「それ、きっと私が優真くらいに着ていたものよ」


「本当に? めちゃくちゃ可愛い。これ着たら私もお姫様? 昂びっくりするかな?」


 嬉しそうな優真にそれを着せて、脱衣所から部屋へと出ると美珠の部屋にはすでに人がいた。

 きっと国王から聞いて、駆けつけてくれたのだろう。


「お母様」


「お帰りなさい」


 娘を抱きしめて、そして今度は優真を抱きしめた。

 そして顔を見ながら目じりをさげる。


「はじめまして、優真ちゃん」


「はじめまして。ヒナのお母さん」


 教皇は優真の雫の垂れる髪を丁寧に拭いてから、服に目を落とした。


「美珠の服がちょうど入ってよかったわ。何でもとっておくものね」


「あの、私、これ、着ててもいいの?」


「ええ」


 すると優真はそのままソファへと行くと妙に行儀よく座った。

 どこかのお姫様のように。

 教皇はそのまま為政者の前に立たされ、緊張している桂に目を向ける。


「桂もいろいろ大変でしたね。聞きました。竜仙にも私も顔をだすつもりです。皆苦しい思いをしているのでしょう」


「皆に比べたら私なんて」


 けれど教皇は首を振ってそんな桂の手を優しく握った。


「いいえ、貴方だって、たくさん苦しんだはず。貴方は美珠と年も変わらないはずなのに、色々辛い思いをしたのでしょう」


 桂は何かを思い出したのか、何度も何度も首を振って大きな涙を一つ落とした。

 そしてそれを見られたくはなかったのか、袖でぐいぐい拭いて豪奢なソファに腰掛け、クッションを抱きしめた。

 一方、優真の隣に座った娘である美珠姫を見て教皇は目じりを下げる。


「まあ、妹ができたみたいね。貴方に妹がいたらこんな風だったのかしら?」


「ええ、きっと。そうよ」


 ヒナは優真に抱きつくと二人で、あえて笑いあった。

 無理をしてでも笑わなくてはいけなかった。


 そしてヒナたちの前に侍女が冷たいレモンジュースを置いてくれた。

 のぼせた体に水分を補給して、息を吐く。

 椅子に座ると恐ろしく疲れているということに気がついた。


「今日は大変だったわね。ゆっくりおやすみなさい」


 ヒナの様子に気づいた母はそう言って娘の頬を撫で、優真と頬を合わせた。

 優真と桂と三人でヒナがいつも一人で使っている大きな寝台に寝転ぶと、もう体は動かなくなった。

 体がまるで沈むような感覚。

 きっと優真も桂も相当に疲れていたのだろう。

 すぐに寝息が聞こえてくる。


 けれどどれだけの暗闇の中にいてもヒナは眠れずにいた。

 優菜を思えば、眠ることなどできなかった。

 こっそり布団を抜け出して、外へ出る。

 月明かりが穏やかな夜だった。

 虫の鳴き声を聞きながら庭の木に隠れ、そして涙を落とす。


 ずっと傍にいると約束したばかりなのに、


「優菜、どこいっちゃったの? ねえ、優菜」


 いつもなら隣にいてくれる自分の半身。

 手を握ってくれていた人。


「優菜ぁ」


 祈るような気持で両手で握りしめていた封筒を開いてみた。

 薄い手紙だった。

 けれどそこにはこれから自分がなすべきことが書いてあるのだろう。

 藤堂秀司と戦うための方法が。

 勝つための計画が。

 優菜の志は今自分に託されているのだから。


 封のされていない手紙をゆっくり開いてみる。

 けれどそこに書かれていたのは


『自分が幸せになれる方法を選んでください』


 たったその一行だった。

 

 どんな高度な戦略でもない、長い遺書でもない。

 与えられた言葉はその一行だった。

 

 幸せになれ という願いでもなく

 幸せにしてやる という他力本願なものでもなく。

 優菜らしい言葉だった。


 色々な選択肢を自分で選べというのだ。

 ヒナはその場でただ膝を抱えて泣いた。

 

 目の前で宝珠が赤に変わるのをみた。

 彼は命を削って戦った。

 そして宝珠が割れた。

 先生曰く、命が潰える時という意味だ。


 けれどこれも全てが優菜の壮大な作戦の一部である気がした。

 きっと、いつかまたひょっこり顔を出してくれそうな気がして。

 けれど、今夜はただ泣きたかった。

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