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第68話 紗伊那が踏みにじられた

「優菜!」


 ヒナの目の前にはもう何もなくなっていた。

 大切な人の姿も、憎い藤堂秀司もそして山ほどいた敵兵も。

 それでも背後からはまだ喊声が聞こえる。

 敵の侵略は尚も続いているのだ。


「先生、先生どこ?」


 どれだけ呼んでも返事はなかった。

 先生ならきっと優菜を助けてくれる。

 もしかしたら、もう救出に向ってくれたのか。

 ヒナは信じることにした。

 

 目の前には赤い光を失ったただの水晶片。

 今まで共に戦い続けた人の武器の一部だった。

 ついさっきまで、二人でここで戦った。

 戦い続けたのだ。

 なのに、今相方の姿はない。 


 ヒナの傍には二振りの剣があった。

 それは自分に与えられた剣。

 はじめてできたおじいちゃんから与えられたものだった。

 この剣で国を守る。

 それがこの国の跡継ぎである自分の役目。 


「戦わなきゃ」

 

 ヒナは二振りの剣を握る。

 どんなことになっても、戦わないといけないのだ。

 ここを守ることが自分の使命なのだから。

 自分の命が潰えても民を守ること、それが自分の生きる道だ。


 それでも足は出なかった。

 チラリと谷底へと目をやる。

 優菜が落ちていった谷底へと。

 静かに覆いをする雲しか見えなかった。


「優菜」


 本当は声をあげて泣きながら自分も谷底へと落ちてゆきたかった。

 そうしたら優菜が受け止めるような気がして。

 けれど戦える人間が一握りしかいないこの場所で自分にできること。

 それはどう考えても、戦い、守ることだった。

 桂の家族として、紗伊那の姫として。


 ヒナはその切り立った崖に背中を向けた。

 目の前で人々が戦っている。

 自分の家族を家を守るため。

 ヒナは襲い掛かってきた兵士を切り捨てた。

 

 それから数分した後のことだった。

 ヒナの傍を白い何かが通り抜けてゆく。

 激しい金属音を立てながら、いくつもいくつも白い何かが傍を抜けて、敵を飲み込むようになぎ倒してゆく。

 朝を迎えた竜仙に差し込む光がその「白いもの」を照らし出すと、その鎧はまぶしいばかりの光を反射し、彼ら自身が発光しているように見えた。


「光騎士団!」

 

 竜仙から歓声が漏れる。

 それは安堵の声だった。

 ヒナは体が限界を超えていたがそれでも剣を離せなかった。

 後から現われた彼らにひけを取らないくらい戦った。

 もう体に感覚がないくらい疲れているのに、守るというその気力だけでただひたすらに戦った。

 けれど誰かがその腕をつかんで引き寄せた。

 大きな手が、片腕しかない手が自分の頭を包み込む。

 ヒナはその肩越しに景色を見回してみた。


 のどかな秘境、竜仙は今、血と死に溢れていた。

 竜仙の民は誇りある騎士を奪われただけではなく、肩を寄せ合って生きる居場所までも蹂躙された。

 結局跡継ぎである自分は彼らを何一つ守れなかった。

 彼らの心を何一つ助けてあげられなかった。

 悔しくて、悲しくて、ヒナの目からは涙がいくつもいくつも落ちる。


 純白の甲冑に身を包む騎士の、その先頭にいるのは元来穏やかに微笑む人間だった。

 けれど彼の顔は見たこともないほど強張っていた。

 

「我々は紗伊那の地を守る為に存在する。ここは紗伊那の民の暮らす地。ここへと侵略するものを全て排除しろ!」


 そして鮮やかに、手加減なく相手を切り捨てる。

 ヒナは白がそこを制してゆくのをただその肩越しに見ていた。


 彼らが到着してか、それとも藤堂秀司という司令官がいなくなってか、決着がつくのは早かった。

 光騎士団団長、光東は真っ白の装束を少し血で汚してあたりを確認すると、娘を抱きしめる王の下へと足を向けた。


「殲滅いたしました」


 王は頷くとただ黙りこくっている娘から手を放し様子を窺う。

 娘は呆然とその景色に目をやっていた。

 空からは桂や縁が舞い降りて、そしてそこにいる人物に気がつくと跪いた。


「陛下!」


 王は彼らに頷くと、娘の手を握ったまま周りへと目を向ける。

 王が何度も訪れた竜仙という村は今は破壊の限りを尽くされていた。

 美しい自然に溢れた場所は、砲弾に焦がされ黒い煙があがり、天を突き抜けそうな山の形もどこかいびつだった。

 王は表情を崩さず、そばに控えていた光東に視線を送る。

 すると忠臣、光東はすぐに王の意図を理解した。


「すぐに救護班を、怪我人の治療に当たれ」


 そう声をあげているその彼の脇をすり抜け、ヒナは王の前に跪く桂を掴んだ。


「ねえ、優菜を探して! 優菜、酷い怪我してるの! 落ちたの! お願い!」


「落ちた? ここから?」


 すると桂はすぐフレイに跨った。

 すぐにヒナも背中に乗る。


「美珠様、危険です! 捜索なら我らが!」


 心配そうな光東の肩を王が叩く。

 父である王は止めても行くことくらい分っていた。

 すぐに赤い竜は空へと舞い上がり、そして直滑降に下へと降りていった。

 縁もまたすぐに指示を出した。


「使える飛竜、非戦闘員も皆、この下で優菜を探しな! 王、報告は族長が、兎に角我々は優菜を」


 そして縁も王に頭を下げ、竜に跨る。

 縁の声を聞いたのか、戦い疲れた者、避難をしていた者、竜仙にいる飛ぶことのできる飛竜は全て空に舞い上がり雲の下へと向ってゆく。

 王はただその姿を見送っていた。


 竜仙の渓谷は人の踏み入れない岩場であり、そしてその下には灰色の海が広がっていた。

 中には岩の突起に激突し果てている者もいたが、多くの者は海に落ちているようだった。

 海に浮かぶ死体がいくつもあったが、そこに優菜の体はない。


「水の中にまだいるの?」


「だろうね」


 飛びこもうとしたヒナを誰かがきつく制した。

 別の飛竜の背中に乗った蕗伎だった。

 彼も血で汚れていたが、今は彼の成果に興味はなかった。


「美珠、君、泳げないだろ?」


「でも!」


「そんな奴がいっても邪魔」


 そしてすぐに装備道具を外すと海に飛び込んだ。


「私も、行ってくる。ヒナ、フレイを頼むよ」


「私も!」


 そう言ってはみたものの、足手まといになることくらい分かってる。

 すぐに手を引っ込めて手綱を握る。

 するとフレイが心配するなと言わんばかりにヒナに顔を寄せてきた。


「お願い。桂、優菜を!」


「うん、家族だもん。絶対助けるから!」


    *

 

「イタタタ」


「ほら、貸してみろ」


 布団の上で火傷の薬を塗っている珠利に国明が手を差し出した。

 珠利は躊躇いもなく晒しを解いた背中を向ける。

 そこには大きな火傷の跡がいくつもあった。

 国明はその傷をみて励ますこともなかったが、優しく気持を込めて塗りこんでゆく。


「早く稽古したいなあ、そんで北晋国のやつら、ぶったおす!」


「少しゆっくりしてれば、またすぐにできるだろう。そうしたら相手はしてやるから」


「ゆっくりしてたら筋力おちまくりじゃん! 私にはゆっくりなんて合わないんだよ。もうちょっと動ければ美珠様についていったのに」


「そうだな」


 国明は嬉しそうな顔で空を駆ける姫を思い出して少し顔を緩めた。

 一方で珠利は口を尖らせていた。

 

「あのさあ、男の人ってさあ、体に傷いっぱいある女って嫌いかな?」


 国明はすぐにその質問の意図を理解して首を振った。

 

「いいや、別にその人の体目当てなわけでもないし、生きていてくれて、そばにいられるだけで、それでいい」


 珠利は振り返ることなく続けた。


「それって、美珠様のこと? 玲那って女のこと?」


 国明は答えなかった。

 黙々と薬を塗りこんでゆく。


「ねえ、私達、親友だよね」


「ああ、そうだな」


「まあ、あんたの方が『いいとこのぼんぼん』で私よりちょっと剣はできるけど」


「そんなの関係ないだろ?」


「だよね。私らは『美珠様を守る』その共通の意識でお互い強くなってきたんだ。だからちゃんと聞かせてよ。あんたの気持ちをさ。絶対めちゃくちゃ悩んだんでしょ? でも、それ誰にも言えなくてさ。大切な人を傷つけるだけ傷つけて、自分を散々傷つけて、結構辛かったんじゃないの?」


 やっぱり国明からの答えはなかった。

 けれど珠利もそれ以上何も聞かなかった。


「ま、いいや。美珠様のあの一件でさ、本当は聞いてあげたくても自分にも心の余裕がなかったから。今になって聞いてあげようと思っただけだし」


「ありがとうな、珠利」


 親友の言葉に珠利は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「やめてよ~、あんたに礼言われると、すっごい気持ち悪い。さ、あの姫様のためにも私は早く治さないとね。早く塗って、寒いよ」


 そんな時、天幕が空いた。

 入ってきたのは食事の盆を二人分のせた食事当番、国緒と国友。

 けれど部屋の中の半裸の珠利とそれに触れる国明を見て二人とも面喰らったように一瞬だまって、盆だけ置いて、すぐに国友は部屋を出て行ってしまった。


「あ」


 国緒が困ったように頭を掻く。

 珠利は肌を見られたというよりも、傷を見られたくないのか、上布団を引き寄せて羽織った。

 国明は自分達が誤解されたとも気がつかず、立ち尽くす国緒に目を向けた。


「どうした?」


「お食事をお持ちしました」


「ああ」


 けれど国緒は少し思案顔で部屋に留まっていた。


「何だ?」


「いえ、仲がよろしいように思えたので。以前、同行させていただいた折、お二人が幼馴染でらっしゃることは伺っておりましたが、お二人は体の関係もお持ちで?」


 すると二人は噴出した。


「はあ? 男ってのはどうしてそういう風にしか思えないの? こいつの裸なんてほんっと昔からみてるし、別に遠慮もなく私は見せれるし。でも、体の関係なんてないない。天地がひっくり返ってもね」


「ああ、ないな」


 あっさりと言い放つ珠利と国明の言葉に国緒は息を吐いた。


「きっと、あいつ、変な誤解して飛び出して行きましたよ」


「ええ? 何でそうなるの?」


「普通、そうなるでしょう」


 国緒の言葉に珠利は頭を掻いた。

 けれど何か思いつめたような顔をして、そして目を伏せた。


「じゃあ、もうその誤解してくれたままでいいよ。私、国王騎士団長と体の関係がある愛人でいい。美珠様なら分かってるから、笑い飛ばしてくれるだろうし、別に他人にどう思われたっていいもん」


 国明は珠利が何を思いついたのか、手に取るように分かったが、次の来訪者のためにそれを否定することはできなかった。

 入ってきたのは表情を堅くした国廣だった。


「失礼いたします」


「どうした? 城から連絡か?」


 国廣は小さく頷いた。 


「竜仙が北晋国に襲われたそうです」


「何?」


「うちの国が攻撃された?」


 空気が途端に張り詰めたものへと変化する。

 国廣は尚も続けた。


「敵は光騎士団、そして竜仙の者達によって撃退されましたが……」


「が? 何?」


 珠利の声に国廣は頷いた。


「どうやら、その中に美珠様、優菜さんがいらっしゃったようなのです」


「それで!」


 急かす珠利に国廣は顔をあげた。


「美珠様のご無事は確認されましたが、優菜さんは……」


「そんな!」


 珠利は首を振って主を思い浮かべる。

 きっと悲しんで動けなくなっているに決まっている。

 それは身を切るよりも辛い話だった。


「王から団長へと至急帰還命令がでております」


「分かった。帰る。珠利、お前はまだ戦えない。ここで養生してろ」


「はあ? 殴り倒すよ!」


 珠利は国明を睨んだが、国明は珠利を気にも止めていなかった。

 そしてすぐに剣を帯び、兜を掴むと控えていた国緒に目を向けた。


「戦えない奴を連れてゆくほど俺達は暇じゃない、お前と国友でこいつの面倒をみてやれ」


「あんたねえ、本当にぶった切るよ!」


 珠利は体を起こそうとしたものの、そのまま痛みに悶絶する。

 その姿を見ようともせず、国明は天幕を出た。

 後ろには副団長が付き従った。


「戦争になるか」


「でしょう。紗伊那が踏みにじられたのですから」


「では任せたぞ」


 国廣は頷くと国明の背中を見送った。


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