第67話 誰が守ってやれる
空では飛竜に乗った元竜騎士や戦える人間達が魔道士を退かせようとその手綱をたくみに操っていた。
そして飛竜も竜仙を傷つけられ、怒り激しく嘶き相手を威圧する。
一方、地上では非戦闘員が逃げていた。
混乱も起こらず、皆黙々と自分のなすべき仕事、避難場所を理解し動いている。
どれだけ急襲されたといっても、子供も老人も悲鳴を上げたり、錯乱したりしない、それが優菜には驚きだった。
けれどその強い眼差しを見ていれば答えはすぐに分かった。
皆、誇り高い騎士の家族なのだ。
騎士を支え、守ってきた彼らの心は相当強いのだと優菜は理解した。
優菜から数歩離れたところで、一生懸命自分の幼い飛竜を連れて非難しようとしていた子供を北晋の兵士が掴んだ。
目の前に迫った剣、それを見てその少年は顔をひきつらせ、小さな悲鳴をあげた。
優菜はすぐに駆け寄ると渾身の力を込めて、その兵士を後ろから殴り飛ばした。
背中の骨が折れる不快な音、鎧がはじけ飛ぶ高い音が耳に入ってきた。
「早く、その飛竜つれて、逃げろ」
少年は小さく頷いて、飛竜の手を引いて走っていった。
優菜の後ろからは別の兵士が近づき、剣を振り上げ迫っていた。
それをかわして、蹴り飛ばす。
「ここはお前らが入っていい場所じゃないんだよ!」
どうして彼らがこれほど苦しまなければならないのか。
家族を奪われ、国民に見放され、そして今度は他国にまで侵略され。
それでも戦わざるを得ない、残された者たち。
そんな彼らは今日、笑っていた。
皆楽しそうに一つの火を囲んで、声をあげて笑っていたのだ。
桂だって、少し離れてはいたけれど、フレイと顔を緩めていた。
(なのに、あいつが! あいつが、そんなささやかな幸せまで奪うのか)
猛烈な怒りが優菜の体を駆け巡る。
北晋国の人間として、彼らのこの非道な行いを許すことができなかった。
「俺はこの場所を絶対守る! 何があっても!」
グローブの宝珠からまばゆいばかりの白い光が漏れる。
隣に二本の剣が見えた。
「あたりまえじゃない! 紗伊那の空にまた飛竜が沢山舞うのを私は見たいの! 絶対守りぬくから!」
ヒナも両手に剣を握り締めた。
その剣に強い業火がまきついてゆく。
「やるぞ!」
「うん!」
それからしばらく互いの背中を感じあいながら、兎に角戦った。
竜仙の人々を守るため。
少しでも彼らの悲しい気持ちをやわらげるために。
「ヒナ、優菜、二人とも!」
空にはフレイと桂だった。
彼女は強い目をして、鎌を持って空に浮かんでいた。
「私も空に戦いに行く。ここ任せてもいい?」
「もちろん!」
ヒナの言葉に優菜も目の前の相手を殴り飛ばして頷いた。
「お前の気持ち、ぶちこめてこい! お前が守れ、この竜仙を」
優菜と目が合うと桂は強い眼差しで、空高く舞い上がった。
「頑張れ! 桂!」
ヒナもそんな桂の背中に声をかける。
そして二人は前を向いた。
まだまだ敵の数は多い。
「優菜、いける?」
「おう、まだまだいける!」
「じゃ、ぱぱっとやっちゃうよ」
「了解!」
*
昂は岩の隙間から心配そうに外を眺めていた。
外で戦うのは基本女か、老人ばかり。
退団したばかりの姉のような人間は充分に戦えるが、他には騎士の選考にもれた者、退役して何年も経った者。
決して充分な戦力ではなかった。
八人兄弟の末弟、昂の上は全員竜騎士だった。
子供ができて退役した姉、縁以外の他六人の兄たちは、現役の竜騎士だった。
父親も現役の竜騎士だった。
強い父がいれば、兄達がいれば、こんな奴らすぐに倒せるはずだった。
けれど今は竜仙の美しい山を傷つけられ、そしてどこかにあるはずの卵たちも潰されてゆく。
卵はとても希少なものなのに、それがこのわけの分からない攻撃で潰されてゆく。
「俺も行く! ここを守らなきゃいけない!」
それは意地でもなんでもない、本能だった。
この場所に生まれ、騎士を志す自分の使命だと、そう思った。
だからこそ、走り出そうとした。
けれど、そんな手を掴んだ人間がいた。
「だめ」
優真だった。
「離せよ!」
けれど優真は手を放さない。
どれだけ乱暴に突き飛ばそうとしても優真はがんとして手を離さなかった。
「くっそ! 俺が行って」
「今、昂は何の役にもたたない。昂には飛竜もない」
「ある、俺には白がいる!」
けれど優真は首をぶんぶんと振って、昂を自分へと引き寄せた。
「私だって、戦いたかった」
「え?」
「私、優菜が色々考えてくれてるその隣でいつも何もできなかった。言ってくれたら私だって何かお手伝いくらいできるのにって。でも、きっと本当に何もできないもの。優真、まだ子供だから、きっとそばにいっても何にもできない。邪魔になるだけだもん」
「お前と俺は違うんだよ!」
「いっしょだもん!」
優真は涙を零しながら、まっすぐ昂の目を見ていた。
「今、昂が出て行ったら、邪魔だもん。白ちゃん、まだよちよち歩きしかできないのに」
「それでも、俺は竜騎士に!」
「だったら今は我慢して! 昂も優真も、あと十年、うんん、あと五年したら絶対、人を守れるようになる。そうなってみせるもん!」
声を上げて泣いてしまう優真に目を落としてから、昂はもう一度外へと目をやった。
飛竜もそれを操る人間も自分よりもはるかに強い。
戦えないように見えている人間ですら、今の自分よりは断然強い。
冷静になってみれば、自分がとてつもない活躍をして英雄になるよりも、迷惑になってしまうことはすぐに分かった。
昂はそれでも行こうとした。
足を一歩外へと向けて、そして相棒、白を呼ぼうとした。
けれど目の前にいるのはまだ戦いということも分かってない、幼い飛竜だけ。
どう考えても自分は邪魔なのだ。
飛べもしない、生まれたての飛竜を連れて出れば恰好の的になるだけだ。
昂は外を見ることのできる隙間から、もう一度目をやった。
嫌いな憎い桂も空にいた。
父を兄を奪った憎いやつの妹は見事な手綱裁きで赤い竜を操り、そして魔法使いを倒し、空に浮かぶ黒い鳥を落としていた。
「きっと、俺はあいつよりも弱いよな」
「桂も一生懸命修行したもん、それに桂の気持も強いもん」
昂は視線を下に落として唇を噛んだ。
けれど突然、そんな二人がいる避難壕が揺れた。
どうやら魔法弾が着弾したようで、天井に皹が入り砂のつぶてが天井から降ってくる。
昂は体で優真と自分の飛竜、白を庇っていた。
遊んでもらえると思った白は昂に抱きつき返し、優真は驚いたように昂を見ていた。
「な、何だよ」
「守ってくれたんだ」
「悪いかよ、俺だってそれくらいできるって」
赤らむ顔を隠すように鼻の下をこすると優真は笑みを向けた。
「ありがとう」
昂ははじめて人を助けられたことが嬉しくて、ただただ俯いていた。
*
「ヒナ、下がって」
「まだ戦えるってば」
けれどヒナの腕は戦い疲れ、痙攣し始めていた。
「私は戦わなくちゃいけないの! だってここの人たちだって紗伊那の人たちなんだから、一緒に戦う!」
痙攣する左腕を叩くように押さえながらヒナが叫ぶ。
けれど目の前にはまだ多くの敵。
そして優菜の足も左手の宝珠が赤へと変わろうとしていた。
近づいてきた男を蹴り飛ばす。
徐々に足にも腕にも痛みを感じていた。
優菜はヒナとは違い、自分の限界を知っている。
それを超えれば命を削るということも知っていた。
今まで何をするのも全て頭の中で整理して計算して、無理のないように生きてきた。
そして身につけるものは、あの厄介な兄を倒すための知識だった。
けれど、そんな人生に転機がやってきた。
本能で動くヒナのせいだ。
全く理論で考えないヒナのお陰で、随分自分も行き当たりばったりの暮らしをするようになった。
そしてそれは今もそうだった。
ヒナがいなければ、きっとこんな血のつながりのない人々のために命なんてかけなかった。
なんだかんだ理由をつけてここから逃げただろう。
優菜は息をするともう一度構え直す。
そして体に力を込めた。
両手と両足の宝珠が赤色に変わる。
それを見たヒナが悲鳴をあげた。
「優菜! だめ、それ以上」
「ここは桂の故郷だ。家族である俺達が守ってやらなくて誰が守ってやれる」
「優菜」
ヒナは何か言いたそうにしていたが、やがて頷くと息を整えて、剣をしっかり握り直した。
「そうだね。桂、やっと帰ってこれた。それに私は竜騎士を誰一人守ってあげられなかった。絶対、今度はまもるんだから」
この村を知って、きっと美珠姫としての記憶を取り戻したヒナはとても後悔したに違いない。
魔女と首謀者だけを倒せば、魔女と首謀者さえ理解していればと。
そういう人間だと優菜は知ってる。
倒しても倒してもこの場所へと上陸する北晋国の兵士達。
美しい渓谷を壊してゆく無情な魔法弾。
兎に角、優菜は殴って蹴って、戦い続けた。
しかし、一度乾いた音がした。
パンという音。
喊声の中で異質な音だった。
そして直後優菜は左胸にやけつくような痛みを感じてその場に膝をつく。
「優菜! どうしたの?」
走ってきたヒナを押しのける。
「離れ……て」
けれどヒナは優菜をしっかりと抱きしめた。
「優菜! 何? どうしたの?」
けれど胸もとを染める血。
ヒナは半狂乱で優菜の体を抱きしめる。
「何? 優菜、これ、どういうこと? 先生! 先生どこ!」
「やはり、秦奈国の武器はいいな。剣なんかとは使い物にならないか」
二人の前に立っていたのは銃を握った男だった。
そしてその後ろには一列に連なった小銃部隊。
彼らの銃口は優菜とヒナへとむいていた。
ヒナはその銃の殺傷能力を知っている。
赤い瞳をした友達がそれで何度か自分を守ってくれたことがあったからだ。
「優菜」
ヒナの腕の中の優菜が動いた。
必死に目の前の藤堂秀司を睨みながら、それでも戦おうとしていた。
「まだ動けるか」
藤堂秀司は眉を動かして引き金を引いた。
それは優菜の腹を打ち抜いた。
「ぐっふ!」
加工してもらった、最高強度をほこる学ランのボタンをかけていないことが災いした。
白いシャツが紅くそまってゆく。
「優菜!」
硝煙の匂いと、ヒナの悲鳴があたりに響く。
「いやあああ! もうやめて!」
剣を持とうとしたヒナへと今度は藤堂秀司は銃を向けた。
乾いた音がすると同時にヒナのからだが飛ばされる。
優菜は背中に銃弾を受け、ヒナを庇っていた。
衝撃に優菜の体が揺れる。
ただ三発目は学ランが銃弾を食い止めた。
けれど黒の学ランで藤堂秀司にはその攻撃の失敗は分からなかったのだろう。
「三発くらっても死なないか。お前もしぶといな」
「優菜! 優菜!」
またすぐに駆け寄って、優菜にしがみつくヒナの目には大量の涙。
優菜は一度血を吐くと、後ろに目をやった。
その額には銃が突きつけられていた。
「さあ、死のうか」
優菜はぐっと相手を見た。
「お前……も、な」
拳に力を溜めて地面を殴りつける。
両手両足の宝珠が砕け散るのが見えた。
途端、渓谷の一部が崩落して足場が失われる。
体が宙に放り出された。
その中でヒナの体だけ頑丈そうな岩場に投げ捨てる。
慌ててヒナが掴もうとした手は空を切り、優菜と藤堂秀司、そして小銃を構えた兵士達の体ははるか雲の下へと落ちてゆく。
一度優菜とヒナの目があった。
もう笑う力も、声をかける力も何も残されてはいなかった。
ただぼんやり泣きじゃくるヒナのことを見ているしかできなかった。
そんな視界も狭まり、結局自分を包んだのは暗闇だった。




