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第66話 さてと、来るよ。二人とも

 国王騎士、杜国は鎧を脱いで緊張した面持ちで門の前に立っていた。

 真新しい自分の上司の家の前。

 白い石造りの家は小ぢんまりとしていたが、女性の好きそうな植物が玄関あたりに植わり、塀の隙間から見える中庭には子供のおもちゃが転がっていた。

 そこはどこにでもある平凡な子供のいる世帯の風景。


「うちの団長、これ一括で支払ったのかな。一体どんな給料もらってんだよ」


 杜国は同じ年の国王騎士団長を思い浮かべながら首を動かし中の様子を探る。

 ここに団長が今いて、自分の姿が見つかれば、ややこしいことになってしまう。

 幸せにやっている家族に波風をたてることにもなってしまう。

 だから、細心の注意を払って家の中の音に耳をそばだてる。

 たまに廊下を走る足音と子供の声、そしてそれを嗜める母の声。

 それ以外、何も聞こえなかった。

 杜国は上司の留守を狙って、その妻に会いに来たのだ。

 公的な用ではなく、私的な用で。


 本来ならそんなこと一人の男としてしてはいけないと自分を律するところだが、それでも会う必要があった。

 会わなければいけなかった。


 白い木の扉を叩いてみる。

 中から玄関に駆け寄る足音が聞こえて、そして向こうから女の声が聞こえた。


「どちら様ですか?」


 その声があまりにも美しくて杜国は一瞬言葉を忘れた。

 けれどすぐに名乗ることにした。


「国王騎士団所属の杜国です。少し君に、いや、国王騎士団長夫人に話があって参りました」


 向こうからも返事はなかった。


「夫から何か言伝ですか?」


 やっと返ってきた言葉に慌てて否定をする。


「あ、いや、そうじゃない。ここに来たのは私用なんだ。少し話を聞いてはくれないだろうか」


 すると相手からの返事はない。


「ちょっと話がしたいんだ」


「私は嫌です。それに夫のいない時に他の男性を家にあげるなんてできません。お帰り下さい」


 その声とともに扉の前から気配は消えていった。

 杜国はただその場で立ち尽くしていた。




 竜仙に着いたのは昼前だった。

 いつもと同じツインテールの優真は昂と一緒に生まれたばかりのヨチヨチ歩きの白い竜を歩かせていた。


「わ! 生まれたんだ!」


「ヒナ! 優菜」


 優真はよほど寂しかったのか、降り立った二人に駆け寄ってヒナに抱きついた。


「遅いよ。すぐ帰るって言ってたのに」


「ごめんね。優真」


 優菜は甘えるように何度も何度もヒナの体にすりついた。

 そしてワンコ先生を見つけると、力いっぱい先生を抱きしめた。


「先生、元気だった?」


(優真、それ、おっさんだから、って俺は無視か!)


「ああ、優真、お前もここで頑張ったんだな。その後ろのはあの卵か?」


 優真はワンコ先生のその言葉に満面の笑みを作るとヒナと優菜の手を引く。

 

「そうなの! ねえ、見てみて! 生まれたんだよ。白い竜はすごく珍しいんだって! 昂と二人で名前をつけたの。名前は白ちゃんなんだよ」


 後ろで昂も自慢げにどうだ、という顔をしていた。

 フレイや縁の飛竜とはまだ体のつくりが全く違う、全体的に手足、尻尾が短くて、ぽっちゃりした白い飛竜。

 目も大きくてまん丸で、初めてみるヒナや優菜をじっと見つめていた。

 まるで巨大なぬいぐるみだった。


「何だ! これめちゃかわいい!」


「わああ。これが飛竜の赤ちゃんなんだね。すごいじゃない! よくやったね。優真も昂も。いいなあ」


 優菜とヒナがしゃがみこんで覗くと白い飛竜は手を伸ばして二人に触れた。


「これから白ちゃんは昂と一緒に育って竜騎士になるんだ! 私は一番に乗せてもらうの!」


「そっか! いいね。昂も頑張ってね」


 天真爛漫に笑いあうヒナと優真の隣で優菜は胃を抑えて呆然と佇んでいた。


「な、なんか複雑。こんなに若い二人が結婚に向けて話を進めてる」


 優菜が呟く後ろで蕗伎はソワソワと様子を窺っていた。

 ヒナはそれに気がつくと前に出した。


「あ、そうだ。優真、この人、蕗伎って言ってね、もう一人の優菜のおじさん」


「お母さんがいってた、もう一人のおじさん?」


 優真の輝いた瞳を見ると蕗伎は蕩けそうな顔をして頑張って笑みを作った。


「はじめまして、俺は蕗伎。今まで長い間旅にでてたんだ。でもこれからは会いにくるから、よろしくね」


「うん、蕗伎おじさんって呼んでいい? 優菜は叔父さんなのに、『おじさん』て呼んだら怒るの」


「いいよ、なんとでも呼んでくれたら」


 優真も蕗伎もどこか探り探りの笑顔を向け合っていた。

 それをみている優菜もヒナも緊張したが、優真が笑みを向けて蕗伎の手を引いた。

 それから、白い竜の前に立たせ昂と一緒に取りに行った武勇伝を話し、やがて笑い声が聞こえてきた。


「あんたたち。お帰り」


「桂!」

 

 ヒナは駆け寄ると桂の肩に手を回した。

 桂は嫌そうにヒナに声を掛ける。


「何? 群れる気ないよ。私」


「もうそんなこと言って! 寂しかったくせに。帰るときにお肉買ってきたの! 奮発したんだよ! ここの人と飛竜と、皆でバーベキューしよう! 優真を預かってもらってたお礼だよ、皆でここで酒盛りしよう!」


 皆という言葉に少し桂はひるんだようだった。

 けれど縁がそんな桂とヒナの肩を抱いて食材を運びながら声を上げる。


「ほら、あんた達、支度手伝って! 皆、今日は宴会だよ~!」


 

 その日、竜仙は楽しそうな笑い声で溢れていた。

 皆、失った人たちの悲しみから抜け出すように、無理にでも元気を取り戻そうと楽しい空気にしようとしていたという方が正しいようだった。

 ここに住む誰もが抱えてしまった闇をほんの一瞬でも忘れるように。


 優菜は楽しそうに優真と桂とはしゃぐヒナを見ていた。


「ねえ、先生」


 目の前に飛んできたトンボを追っていた先生は顔を優菜へと向けた。


「ありがとう。色々」


「どうした急に」


「ヒナには俺の決意話たし。先生にもちゃんとお礼いわないとって思って」


「だからといって、ああいうことは結婚までお預けだ」


「うわ、爺くさい。最近の若い学生だってごく普通にやってるじゃん。別に結婚する訳でなくてもさ。学校でも何人もいたよ」


「相手を考えろ。許さんからな」


 釘を刺されたものの、優菜は折れなかった。


「ヒナは俺にとってただの女の子だから」


 先生はトンボに逃げられて肩を落としていたが、暫くして自分がトンボを追いかけるということをしていた事実に肩を落とした。


「最近、犬化が進んでるな」


「老化の間違いじゃないの? まあ、先生の面倒はみるからさ」


 優菜は少し笑って先生の首に抱きついた。

 柔らかい毛が頬をくすぐる。


「先生って犬臭くないね。なんかあったかいや」


「お前酔ってるのか? もしかして?」


「そう? そんなことないよ?」


 優菜はそのまま転がる。

 足元には酒瓶が二本転がっていた。

 先生は酔いつぶれて眠った弟子の頬をペロペロとなめると、その前に座って体を丸めた。


「お前が私の面倒を? まあ、それも悪くないか」


 まるで少女のような寝顔の優菜に顔を擦り付けて眠りについた。



      *



「大佐! 見えてきました! あれが竜仙です」


 空の上には魔道士の作った巨大な鳥。

 それが数十、空を飛んでいた。

 背中には完全武装した兵士達を乗せ、先頭に藤堂秀司の姿があった。


「よし! 夜が明ける前に襲撃する。あの村には娘が幽閉されてる。紗伊那に囚われた私の娘が。皆、協力してくれたことを感謝する」


 藤堂秀司の言葉に兵士達は頷いた。

 国王を追い詰めていた藤堂秀司が娘の便りを受け取ったのは一日半前だった。

 懇意にしている商人経由から届いたものだった。

 中には優真の父に会いたい気持ちと、祖父にあったこと、今は竜仙で竜を育てていることが楽しげに書かれていた。

 それを藤堂秀司は利用することにした。

 父に会いたい気持ちが書かれている部分だけを取り上げて、娘が紗伊菜に人質にとられていると兵を率いた。

 その裏で、紗伊那攻略の第一歩として、飛竜を手に入れれば、圧倒的な速度で紗伊那の本土を一気に制圧できると考えたのだ。


 まるで雲の上に浮かぶような霊峰、竜仙。

 藤堂秀司は手をあげる。

 すると後ろにいた魔道士たちは両手を掲げた。

 両手に、魔法が集まってゆく。

 そしていくつもの様々な魔法弾が薄暗い空を裂いた。


 優菜が気がついたのは一発目が岩肌に着弾し石が降ってきてからだった。

 地面に転がっていた優菜は慌てて体を起こして、状況を把握しようとする。

 酒のせいで少し頭がぼんやりしていたが、頭を振って一気に覚醒させた。


(どういうことだ。何が起こった?)


 確認しようと顔をあげた目の前にまで魔法弾が迫っていた。


(まずい!)


 すぐに大きな魔方陣が出現し、いくつもの魔法弾を止めてくれる。

 

「先生!」


「優菜! 優真やここの村の人を避難させなさい!」


 優菜の足元に二本足で立つ黒いワンコは手に杖を持って、そう叫んだ。

 学ランを羽織って、喧騒の中ヒナ達を探す。

 すぐに扉口に立つヒナを見つけた。

 ヒナたちはどうやら桂の家で眠っていたが、物音に気付いておきてきたようだった。


「何事?」


「襲われてる! 桂は優真をつれて避難誘導を! 俺は敵を見てくる」


 その頭上を飛竜がいくつか飛んでいた。

 縁がすぐに戦える人間を率いて応戦に出たようだった。


「襲われてるって、誰に? 誰がこんなこと!」


「こんなことするやつなんて一人だろう! くっそ、お祭りモードが台無しだ!」


 優菜は篭手に力を込めた。

 体に酒が残っていたが、なんだかんだ言ってはいられない。

 戦わないといけない時なのだ。

 ヒナも不安げな顔をしつつも空を見上げながら両手で剣を抜く。


「さてと、来るよ。二人とも」


 蕗伎は二人の間を抜けて、二人の前に立って現われた兵士達をぎろっと睨んだ。


「ああ、北晋国の兵だね。まあ、いいや、片っ端から斬り捨てる」


「でも、どうして…こんなところに」


 不安げなヒナの言葉に優菜は目を閉じた。


「きっと、優真が手紙をかいたんじゃないかな。桂には書かせないようにたのんだけど、一歩遅かったか。でも、優真が悪いんじゃない。あいつは親を思う子供の心まで利用した」


 優真にとっては藤堂秀司は大切な父親だった。

 優菜にとっては悪でしかなくても、優真は生まれた時からあの男を父親だと思い、そんな父の腕で抱き上げられて幸せそうに笑っていたのは事実。

 あの男はずっとよい父親を演じてきたのだ。

 あの男を慕う優真の気持は何一つ悪いことではない。

 むしろそれを制しようとした優菜の方が理解されないだろう。

 きっと優真も心の中で優菜をうらんでいたに違いない。

 けれどまだ七つの優真に全てを、藤堂秀司という男を話す覚悟は優菜には最後まで沸き起こらなかった。

 事なかれ主義を選んでしまったのだ。

 それが自分の甘さだった。

 優菜は自分への怒りから篭手に力を込めた。


「兎に角、ここを守らないと。あいつらに、ここをこれ以上傷つけられる前に」


「そうだね、飛竜の卵をまもってあげないと! 小さな子たちが竜騎士にはなれないもの」


 優菜は地面を蹴った。

 腕に力を込めて、一撃を繰り出す。

 それは北晋兵士の装甲を破壊し、兵士は地面に倒れた。

 ヒナもまた素早い動きで、掛かってきた兵士二人を切り捨てると、次の敵へと走った。


「あ、おかしなやつ降りてきた。何だっけなあ。こいつ」


 蕗伎の暢気そうな声が聞こえる。

 魔道士の作った黒い鳥からは巨大な大男が降ってきた。

 短いベストに丸っこい腹。

 そして長く伸びたモヒカン。

 それを見て、優菜は声をかけた。


「藤堂秀司の懐刀、夏野。いつみても季節感のおかしい男だよな。兄さん、この前倒してなかったの?」


 蕗伎はぺろりと唇をなめた。


「そうそう、砲台ではでかいくせに素早くしゃしゃっと、逃げられたんだった。よし、こいつはお兄さんにどおんと任せちゃって」


「頼みます」


「怪我しないでね」


 優菜とヒナの言葉に蕗伎は長い刀身を抜いて肩に担いだ。

 そして着地して両手に斧を持った男をどこか見下したように声をかけた。


「今日は春野ってやつは来てる?」


「嫌、あいつは紗伊那の内通者とよろしくやってるさ」


 そんな言葉に蕗伎は溜息を一つ。

 

「はあ、あいつがいたら俺がやってやるつもりだったのにさ。まあ、いっか。兎に角、やろうよ。俺らも」


 すると夏野という大男は浅黒い顔で口を持ち上げた。


「そうだなあ、死神の隊長と俺達、どっちが強いかは見ものだよな」


「別に、見世物じゃないけどね」


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