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第57話 私、優菜の恋人なんじゃないの?

 優菜は紗伊那という大国の王都に来て、まだこの純白の建物の内部しか知らなかった。

 そこはこの国の中枢ではあったが、民を、この国全てを把握できる場所ではない。

 この国の力を借りて戦うことになるのであれば、知らないことばかりだった。

 もちろんこの国については書物でよんだことはある。

 父の弟子達の話も聞いたことはある。

 けれど優菜はまだこの国の空気を、人をつかめずにいた。

 

 白い騎士の守る門を出て、実際王都を歩いてみることにした。

 喧騒が飛び交い、美しい建物がそこかしこに聳え立つ大都市。

 雪深い北晋国では王都といえども外を歩くのは軍人やよほど用のある人々ばかりで、民は基本的に家の中で過ごしていた。

 

(活気が違う。こんな国と永久凍土の国が勝負になるわけないだろう)


 優菜は歩いた。

 紗伊那国王都の地図は昔見た。

 探検するような気分で、子供の頃、地図を目で追ったのだ。

 それぐらいの知識だったけれどしっかりと整備された都市は、初心者でも歩きやすかった。

 教会の前を通り、澄み切った顔で出てくる祈り終えた者達を眺めながら、人の流れに逆らわず歩いてゆく。

 これほど多くの人の中を歩いたのは初めてだった。

 何度も人とぶつかりそうになりながら、子供の頃考えた自分なりの散歩を楽しんだ。

 通りかかった市場では、贅沢なほど沢山のものが売られていた。

 水水しい果物に、新鮮な赤い魚や青く光る魚。

 光を浴びた市場は活気に溢れていた。

 

 そこを抜けて、今度は問屋街を歩いた。

 道には馬車や荷車が多く通行し、魔法、刀剣、金物、織物、何もかもがその一帯を歩くだけで手に入る。

 その中でひときわ目を惹く、巨大な店、東和商会。

 この大国で最も力を持つ商家。

 何かに特化することもなく、全てがそろうその店の中は人々でごったがえしていた。

 業者だけではなく、個人の客も多くいた。

 優菜はそんな店の中で若い女の子達で賑わう一角へと足を運んだ。


(何かヒナにお土産でも)


 そこにあったのは美珠姫の本だった。

 本屋というほどの品揃えはなかったが、姫に関する商品をそこに取り揃えていたのだ。

 きっとヒナが手に入れた暗黒騎士との恋の漫画はその中の一つに過ぎなかったのだろう。

 その棚には五人の騎士団長分の全ての恋の話が揃っていたし、それ以外にも美珠姫の功績を分かりやすくたたえる本、騎士団長達の半生を綴った本が並んでいた。

 そんな本を手に取りながらヒナと年の近い少女達は楽しそうに声を上げていた。

 自分はどの騎士団長がいいだの、自分だったらどうするだの。

 誰もが自分に美珠姫を重ねていた。

 優菜が一冊本を手に取ると、少女が一人やってきて、品薄になった本の補充を始めた。


「一番、売れてるのってどれですか?」


 優菜はそのあたりの少女のような顔で懸命に働く少女に問いかけた。

  

「いらっしゃいませ、そうですね」


 そう自分と年の変わらない髪を一つに縛った少女は大きな目を優菜に向けて微笑んでくれた。


「やっぱり人気があるのは姫様と騎士団長の恋のお話です。暗黒騎士団長様や教会騎士団長様のお話は人気がありますよ」


(なんか、好感持てる子だな)


 笑顔が可愛い少女だった。

 客用の笑顔だとしても、その笑顔は生き生きとしていた。

 そしてその少女が勧めた本はいつの間にか優菜の手に乗っていた。


(はあ! さり気に俺、買う気になってた!)


「暗黒騎士団長のはもう妹が持ってるんで、でも、こうなったら確かに全員分揃えたくなる様な」


「そういう風に作ってあるんですよ」


 お互い顔を緩めて目だけで会話すると、優菜はそれを揃えてみることにした。

 けれど国王騎士団長で手を止める。


「これは……真実なのかな」


 ヒナとあの碧の鎧の男が恋をしていたというのは事実。

 忠実にその内容が書かれているのだろうか。


「いいえ、それは物語です。全部、嘘ですよ」


 表情をなくし、あまりにも冷めた顔でいうものだから、優菜はただその少女を見つめていた。

 すると少女は顔を元に戻して、また仕事へと戻ってゆく。

 けれど、自分はその向こうにあるものに目が行った。


「あの、あれ」


 そこにあったのは円台に突き刺さったチュッパチャップスの山。

 見慣れた北晋国のものだった。


「ああ、あれですか? 飴ですよ。仕入れたんですけど、棒がついてる意味が分からないって、全く売れなくて。もうすぐ賞味期限も切れるし、あまり関係のよくない北晋の商品ですし、下げることにしたんです」


「是非ってゆうか、あの山ごと下さい」


「え?」


「売れ残るんでしょ? ちょっとまけてくれると嬉しいな」


 すると少女は軽く頷いて、それを取ると渡してくれた。


「御代はいりませんよ、もうどうせ、下げるつもりでしたので。そちらの本はご清算なさいますか?」


「ああ、お願いします。でも、本当にいいんですか?」


 すると少女は頷いて本を袋に入れた。

 優菜は代金を渡しながらもう一つ問いかけてみることにした。


「美珠様のことが分かる場所があったら教えて欲しいんですけど」


 すると少女は少し思案してからある場所を伝えて、またごひいきにとだけ言ってくれた。


 少女が教えてくれたのは工事現場だった。

 姫の名前で病院が建てられるという。

 今、石工たちが彫り上げる美珠姫の姿を眺めながら、チュッパを抱えたまま地べたに座っていた。

 そこには自分の知っているようで、知らない美珠姫がいる。

 一枚の巨大な大理石の真ん中に描かれた美珠姫は優しい顔で人の言葉に耳を傾け、その周りをきっと騎士団長達が囲んでいた。

 彼らの周りはさらに民が囲んでいた。


(これがヒナの本当の姿、だったら、俺は……何なんだ?)


 ―戦うと決めたはずだった。


 あの街から焼きだされた時に。

 けれど、果たして自分はあの男に勝てるのか。

 勝てなければヒナが死ぬ。

 この国が滅びる。

 それが自分に任されている。

 そう思うと急に足がすくんだ。

 でも逆に勝ってしまえば、


(優真を傷つけてしまう)


 母を失った優真から今度は父を奪うことにもなるのだ。


「どうすればいいんだよ」


 どっちに転んでも傷つく人間はいる。

 自分の守るべき人間のどちらかが深く傷つくのだ。


(父さん、姉ちゃん、俺、どうすればいい?)


 すると背中に重みを感じた。

 柔らかい自分とは全く違う作りの体だった。


「一人で悩んでる?」


「うん」


「私、優菜の恋人なんじゃないの?」


「うん」


(本当に俺達、恋人でいいのかな。こんな俺が本当に恋人で。誰が認めてくれるっていうんだ)


 顔をあげられないでいると、ヒナは優菜の首に手を回して後ろから優しく抱きしめてくれた。


「一緒に考えよう? 私、全然できないかもしれないけど。そばには私のお父様やお母様、騎士団長、先生、皆いるもの。優菜、信じて。確かにこの国には私を売った人がいる。でも、私の仲間だっているの。私を支えてくれた大切な人たちがたくさんいる。あんな砲台だって皆で力をあわせて倒した、未来は変えられたんだよ」


(そう、そうだった)


「うん、ヒナ。あれは俺一人じゃ無理な話だ」


「でしょ? 皆が突然現われた優菜を信じてくれた。ちゃんと、信じてくれたからできたのよ」


 優菜が納得して顔をあげるとヒナは満足そうに頬を合わせ、それから突然錯乱状態に陥った。


「はわわわわわ! ってこれ! このチュッパの山!」


「あ、ただで貰った」


「どこの誰に! 私も貰ってくる!」


「あ、もうないよ! 全部もらってきたんだ!」


 ヒナは夢見心地でそれを抱えると一個掴んで、紙をめくりそして口に入れた。


「ラムネ味……おいしい」


 後ろには護衛をしたのか、桂の姿もあった。


(こんなところで悩んでてもなんにもはじまらない)


 優菜は顔を上げると、桂に声をかけた。


「頼みがある」


「ん?」


「優真に少しついててくれないか? 優真の家族だからこその頼みだ」


 桂に拒否する様子はなかった。

 静かに頷いてくれた。


「優真に幾ら泣きつかれても、絶対父親には手紙を書かせないで欲しい」


「あ、うん。分かった。でも……いつかちゃんと話してやりなよ」


「分かってる。上皇様に会ったらちゃんと、優真に話に行く」


 するとヒナは口の中で飴を転がして、深く頷いた。


「上皇様か、行ってみよう。私もちゃんと話を聞きたい」


「うん。俺も話してもらわなきゃいけない」


 するとヒナの手がゆっくりと自分へと伸びてきた。

 その手を繋ぐ。


「大丈夫、これは優菜だけの戦いじゃない。皆の戦いだから」


 その言葉が心強かった。

 もう自分は一人じゃない。

 この温かい手がある。

 それだけで折れかかっていた心が引き戻されて、力が沸き起こってくる気がした。

 優菜は自分の心を奮い立たせるために言葉にした。


「戻ろう、『皆』のいるところに」


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