第56話 だから一度死んでいただくことにしました
朝、何種類かの果物にパン、牛乳という健康によさそうな食事を運んできてくれた魔央に起こされ、気乗りしないまま指定された部屋へと行くとすでに人は揃いつつあった。
けれどまだそこに今日、もっとも重要になる人間の姿はない。
中央には国王、教皇、ヒナが座り、その周りを騎士団長や書類をもった事務官達が囲んでいる。
誰もが緊張に包まれていた。
新参者の優菜は結局どこに行っていいのか分からず、隅へといって壁にもたれる。
やがてワンコ先生こと魔宗が入ってきて、隣に立った。
いつものように飄々としているのかと思えば、瞳から緊張が伝わってくる。
それは覚悟を決めた男の顔だった。
魔宗は、姫を姫だと知りながら連れまわし、国を欺いたのだ。
そこにどんな思いがあったのか。
優菜は魔宗という人物について何もしらない。
その業績も人徳も何一つ、けれど自分の先生は横暴や無茶ぶりは多いけれど、自分達を邪険にすることも、見捨てることもしなかった。
だから優菜もちゃんと話を聞こうと思った。
それから暫くして、恰幅のよい文官と武官が姿を見せた。
年齢は王とそうかわらないように見えて、騎士団長達が頭を下げたところから推察するに、この国の要職につくものなのだろう。
どうやら全員そろったようでで魔宗は一歩前へと踏み出した。
「魔宗、はなしてくれますね。今回のこと」
ヒナの母親というよりは、女としての魅力を失うことのない教皇の凛とした声に頭を下げ、口を開いた。
「姫の亡くなられる少し前、隠居暮らしをしていた私のところにわざわざ足を運んだ人間がおりました。ご存知ではないかもしれませんが、私の現在の家は紗伊那の北、雪深い山の奥にあります。人の踏み入れぬ場所です。けれどわざわざそんなところまで足を運び、私に依頼してきたのです。姫殺しの力を貸して欲しいと。彼に会い私は……」
魔宗は顔をあげてまっすぐヒナを射抜いた。
「姫を殺害することを決めました」
決して許されざる重罪人だった。
けれど、誰も何も言わなかった。
責めることも、いぶかしむこともなく、ただ話を聞く姿勢だった。
「相手はとても若い男でした。そう、姫様や優菜とあまり年の変わらない少年。騎士でも、紗伊那の民でもありません。そんな彼が提示した報酬は金でも権力でもなく、姫の命と紗伊那の未来でした」
(姫の命を奪おうとした人間が提示したのが姫の命。どういうことだよ、呪いにでもつかうのか)
「その男の話では、姫はある人間に命を狙われている。北晋国の王を亡き者にするための口実として、ただそのためだけに殺される、ということでした。私はそれを騎士団長達に伝えさえすれば、調和の取れた紗伊那になった今、姫の命を守ることはたやすい。そう突き放しました。
けれどその男は諦めなかった。真摯な瞳で更に語ったのです。どれだけ力を合わせても、敵の力が見えない以上、姫を守ることは不可能だと、何度守っても、相手は必ず姫を殺す。その男にとって計画に失敗などありえないのだと。そしてそれに巻き込まれ、姫の護衛のものや、多くの人が死ぬのだと。
……だから、一度死んでいただくことにしました」
(だから「一度」死んでいただく)
優菜は目を閉じた。
(なるほど、だから姫は死んだわけか。敵に姫が死んだと認識させるために味方も騙して、親や信頼のあった騎士団長までを騙して)
「けれど、そのせいで、沢山の騎士や使用人が亡くなりました。もっと他にはなかったのですか? 私だけを殺す方法が」
ヒナだった。
かなり思いつめた目をしていた。
「ありません」
魔宗はそういいきると、ヒナと目を合わせた。
「貴方一人だけが死ねば、きっと相手はその事実に満足しない。敵の目的は、紗伊那の姫が襲撃にあい死んだという事実です。だから大きな爆発が何度も起こったのですよ。この国が隠し切れないようにね。
そしてその事実を紗伊那、北晋に知らしめ、北晋王に罪を全てかぶせ陥れることこそが相手の目的なのです。最小限の犠牲で、すます、これしかなかったのです。貴方が死んで、周りの人間が死んで、ただ、その中の数少ない生存者が姫の死を証言する。それが必要でした」
ヒナは自分の顔を覆って、何度も首を振った。
「私が、旅行なんかにいかなければ! ずっとじっとしていればよかったのです」
けれど魔宗は息をはいた。
「いえ、姫を城から連れ出すこと。そして纏まりつつあった紗伊那の輪を乱すこと、それが向こうの計算だったのですよ」
(そこから……か)
騎士団長達の顔色がかわってゆく。
ヒナはキョトンとして、ただ魔宗を見ていた。
「まだ、お気づきではないですか? この国に北晋国へ貴方を売った人間がいるのですよ。白亜の宮の内部情報を逐一、首謀者に報告し、貴方を孤立させた、そんな人間がいるのです」
「そんな! この国の人たちは皆いい人で」
ヒナはそう言ったまま黙ってしまった。
「これだけの大国、全員がいい人なんてそんなことはありえません。譲って、姫の人柄で信頼できる人間を集めたとしましょう。けれど、どこにでも付け込まれる隙はあるのです」
ヒナはただ言葉を失って、項垂れていた。
「誰が内通者か分からない以上、教皇様、国王様、それ以外のものにも本当のことはお伝えできません。なにせ、死んだと言う事実を、人々に信じ込ませなければいけないのですから。だから、私は魔力を施し、姫の死体を作り上げ……そして、敵に対抗できる唯一の人間に託した」
魔宗の瞳は今度は優菜を捉えた。
(俺……ですか)
優菜が視線を反らすと、ヒナの訴えるような声が耳に入ってきた。
「そう、ねえ、先生。どうして優菜と私を双子にしたの? それにも何か理由があるの?」
「その答えは私よりも、彼が答えてくれるでしょう、彼が私の依頼者なのですから」
開いた扉の先にいたのは若い男が立っていた。
(この人は!)
姉、優子の死、あべっちの死、両方で優菜の前に現われ、優菜に言葉をかけ、救った男。
蕗伎だった。
「蕗伎! あなた!」
ヒナは顔を見るなり怒鳴りつけた。
白い顔を、真っ赤にして相手を睨みつける。
それ以外に言葉が出ないようだった。
すると相手はにこにこ笑いながら手をひらひらと動かした。
「やあ、記憶が戻ったみたいだね。久しぶり、美珠」
「どういうつもり! 私、貴方に殺されたのよ!」
「ああ、あれは、この高名な魔法使いの幻覚だよ。俺、あの部屋に本当はいなかったんだ。すごいよね、あの人数に幻覚をかけられるなんて、さすが先生」
「幻覚?」
「そうだ、幻覚を見せるために、まず魔央を痛めつけた。幻覚だと気付かれないように」
「そのせいで、本気で死に掛けましたが。けれど私にはすぐに貴方の魔力だと分かった。だから追いかけることにしたんです。乱心した我が師匠を」
淡々と話す魔宗を少し恨みのこもった目で魔央が睨んでいる間、蕗伎という男の瞳が優菜へと向く。
優菜もじっと見返していた。
(全部、この人の仕業、この人の)
優菜が拳をつくると、ヒナがツカツカと寄っていって、優菜を見ている蕗伎の頬をつねって思いっきり引っ張った。
「痛いって、美珠、それ!」
「ちゃんと正直に話をして! どうして優菜を、お姉ちゃんを巻き込んだの」
「テテテ」
「いいなさい!」
「わかった、って。もう離して!」
ヒナが口を尖らせて手を放すと、蕗伎は頬をさすりながら笑みを作った。
「まず一つ目の誤解を解こう。お姉ちゃんたちは巻き込まれたんじゃない。はなから美珠を殺そうとした人間の別の計画の中に組み込まれていたんだ」
「別の計画?」
ヒナはそこで勢いを失った。
「あの男、見た目はすごく善良だろ? でも心の中はものすごいものが渦巻いてる。お姉ちゃんはそれに気がついてた。ずっと、知ってたんだ。父、藤堂優太郎と母親を事故死に見せかけて殺したのも、あいつが、いつか自分たちを殺すことも。わかってたんだ」
「そんな」
優菜の瞼に強い姉の姿が浮かび上がる。
蕗岐は続けた。
「それでも、どこかで信じたかったんだ。もしかしたら、思い直してくれるかもしれない、夫婦として添い遂げたいって、そう思って、あの日家に残った」
「そんな、お姉ちゃんが!」
「でも、結局願いも空しく、あの男でもなく、配下の人間に切り殺された」
蕗伎の最後のことばに優菜は瞳を閉じた。
血の海に横たわる姉の姿。
化粧をちゃんとしていた姉の顔には寂しさが浮かんでいた。
「それよりも、そんな妻よりもあの男が殺したかったのは」
そう言って蕗伎の瞳が優菜へとむく。
「優菜を? どうして、優菜を?」
「恐れてた。眠れる獅子が目覚めるのを」
「眠れる獅子?」
ヒナと蕗伎の顔が向いたのに気付くと優菜は首を振った。
「そうだよ、軍事演習を父親の傍でみていたたった十歳の子供が将軍顔負けの戦術を駆使して、藤堂秀司を負かした。そんな天才が本気で立ち上がるのを恐れたんだ」
「あれは、偶然だ」
優菜は顔を背けて、下唇をかんだ。
(全部知ってる、何だよ、こいつ)
蕗伎は優菜の答えに全く何の満足もせず軽く笑った。
「偶然? 違うね。偶然勝てるように緻密に計算された、圧倒的な勝利だ。それは藤堂秀司にとって、敵と認識する契機になった」
「別に、本当に偶然なんだ。適当にやってたら勝ったんだよ。父さんにも二度と軍事に手を出すなって叱られたし」
それでも優菜はそんな言葉を否定しようと躍起になっていた。
「君の父は分かっていたんだ。本当の息子の実力も、あの男の欲も。そしてあの時、息子が魔物に目を付けられたことも。だから、そう言って、戒めようとした。けれど、本当は君の才能が嬉しかったんだろうね。君を後継者として指名しようと動き出した矢先になくなった」
父が自分に託したもの。それは姉から渡された箱の中に全て詰っていた。
「君の父親は藤堂秀司に殺された。君は有能であっても後ろ盾がないから、ただの学生になった。けれど藤堂秀司は君を恐れていた。だから、もう殺すことにした。自分に手に負えなくなる前に」
優菜と蕗伎は暫く見合っていた。
言葉もなく、互いの目をただ見つめあう。
「君はあの男をしり、戦える唯一の人間だ。だから、君に俺の友達を託した。美珠は俺がはじめて手に入れた大切な、大切な友の一人。君なら守りきれる。そう信じて」
「守りきれなかったら、どうするつもりだったんだよ?」
「そうなったときは、そうなったときだ。君があの男に負けたら、北晋は崩れ、秦奈国、紗伊那国もいずれ落ちるだろうからね、姫が実際に死んだときと未来は変わらない。だから、最高の魔法使いも雇った。裏世界では、彼ほど名の知れた魔法使いはいない。ほぼ伝説に近い存在だったけど、何とか見つけて協力もしてもらえたし」
そして蕗伎は一呼吸置いてから、もう一度声を上げた。
「これは紗伊那だけの問題でもない。北晋だけの問題でもない。この大陸の勢力図を塗り替える問題だ」
そんなこと優菜にとってはどうでも良かった。
両親、姉の死も、そしてヒナの存在まで、すべてあの男が関係していることがどうしようもなく腹だだしくて、頭に血が上ってゆく。
(俺の人生、ほとんど全部仕組まれてたっていうのか)
優菜は拳を握ると、蕗伎を思いっきりにらみつけた。
「このことは俺だけの企みじゃない。ある方の考えでもある。紗伊那と秦奈の目を北晋国へと向けるように、最初に画策したのは俺だけど。協力してくれた人がいる。君の父親を信頼し、共に戦ったさるお方だ」
優菜は息を吐いて、黙った。
瞼に浮かぶ、どこか少女のような強い女性。
父の隣にいた女性。
「上皇様か」
「ご名答。上皇様は君の父親から君の事を託されていた。君の父親も命を狙われていることは分かってたんだろう。何かあったら、君を助けてくれるように願っていた。上皇様は君に会いたがっておられる。君の知恵を貸して欲しいと」
「嫌だ」
優菜は固くそう言った。
半分、意地
半分、本気。
誰かの思惑でここまで動かされたのも、これから先誰かの思惑で、あの男と謀計を張り巡らして戦い続けるのも絶対に嫌だった。
「別にお前がいやなら、しなくていい。敵はもう分かっている。紗伊那にも有能な軍師たちは多くいる」
魔宗だった。
(そんな風に言われたって、やるもんか)
「お前が戦うのはお前にとって他人でも優真の父親だ。あの子はきっとそのことをしれば傷つく。お前だって優真に対して重いものを背負うことになる。だったら、戦わず、静かに祖父のもとで二人で暮らすのも私は一つの手だと思う。お前の未来はお前が決める話だ。お前はよく、ここまで戦った。お前は五十万の人間の命を救ったんだから」
優菜を見る鬼師匠、魔宗の瞳がどこか優しくて、優菜は居心地が悪くて外へと出た。
今更ながら「美珠」に戻ったことを機にざっと登場人物を纏めてみました!
☆登場人物☆
・優菜 … 北晋国のただの高校生 16歳
・ヒナ/美珠… 紗伊那の跡継ぎ16歳。
・ワンコ先生/魔宗 … 黒犬かと思いきや、元魔法騎士団長
・優真 … 優菜の姪
・桂 … 反乱を起こした竜騎士竜桧の妹 飛竜フレイは相棒
~国王側の騎士団長~
・国明… 国王騎士団長貴族の御曹司 美珠の元恋人
・光東… 光騎士団長 温厚な男 実家はこの国一の商家。
~教会側の騎士団長~
・聖斗 … 教会騎士団長 もっとも大きな騎士団を束ねる最強の男、
↑彼の幼い頃の話は『姫君の婿選び』に掲載中。
・暗守… 暗黒騎士団長 水銀の髪と瞳を持つ。
・魔央 … 魔法騎士団長 元ワンコ兄さん




